第45話:魅惑のスウィートハート
翌日。
「こちらです。どうぞ」
「ほう・・・ハート型とは、あなたにしては王道で来ましたな」
「味も王道ですよ? ただ、やみつきになっちゃような隠し味があるだけで」
「ほほう。では早速」
私は“まどさキャンディ”に足を運んでいた。日曜日だが、ここには会社の為に働くことに歓びを見出す優秀な社員が多いようで、普通に人がいる。鈴乃には何も言ってない。あいつはこの領域には付いて来れないから置いて来た。
「なるほど・・・悪くありませんね」
「なんだろう、この、次に手を伸ばしたくなるような感覚・・・」
“まどさキャンディ”社員の反応も上々だ。
「どうです。100缶にひと粒という希少性に加え、もう1つ欲しくなるような味わいにすることにより、購買意欲をそそるのです」
「素晴らしいです。むしろこの味だけで独立した商品も出せるのでは?」
「それもいいですが、ひとまずは当初の予定通り“ドロップス”に混ぜる方針でいきましょう。もし顧客から要望が出るようであれば検討するということで」
「スウィートハート味、製品化着手ですね。それで、隠し味というのは?」
「こちらです。スウィートウォーター、とでも呼びましょうか」
私はテーブルに、極限まで薄めた媚薬が入った瓶を出した。
「「「おぉぉ・・・!」」」
「こちらを、製造状況に合わせて支給しますので、何なりとお使いください」
「ありがとうございます。やはり、成分などのご開示は厳しいので・・・?」
「そこは秘密にさせてもらいたいですね。こちらにも商売がありますので」
「そうですか。残念ですが、承知しました」
「止むを得んでしょう。このような魅惑的な味をご提供頂けるのですから、文句は言えません」
「それでは、弊社にて製品化を進めますので、進捗がありましたら連絡を差し上げます」
「はい。ではよろしくお願いしますね、皆さん」
「いやはや、こちらこそ。あなたにはお世話になってばかりだ」
がしっ。
最後に、開発部長と握手を交わして終了。“お世話になってばかり”と言ったのは、設備故障対応をしたことなどがあるからだ。
“まどさキャンディ”を後にして、帰宅。この先ウハウハになることを考えると、ルンルンが止まらない。
「あ。そういや明日からテストだったっけ」
今日は6月28日。中間試験の時期に突入だ。市内の学校は全部、“社会に合わせて4月と10月を区切りにする”ということで2学期制となっており、ちょうど真ん中に当たる6月末頃に中間試験を行う。なお、春・夏・冬の長期休みは3学期制の学校と同じようにある。
「今度は私の100点阻止するやつ出るかな~」
窓咲高校は進学校だが中堅クラス程度のレベルであり、その中である程度の平均点が出るようなテスト作りが教師に求められ、教師陣の性格も読みやすいため私の手に掛かれば基本的に100点となる。テストなど、私のルンルンを止める要因にはならないのだ。
「教師どもを返り討ちにする楽しみもあるし」
教師としては100点を取られたら負けだと思ってるのか、ほとんどの奴が私の100点を阻止するためだけにやたら難易度の高い問題を最後に出してくる。それも配点1で。まあ? 私の敵じゃないけど?
でも他の生徒には迷惑なようで、「厳木のせいで100点が取れない」とまで言われる。知るか。99点か100点かで将来変わる訳でもなしに。 え? その問題に時間かかるから見直しがおろそかになる? そんなのは個人の責任だ。配点1で難易度高いやつとか、捨てればいい。
そんな私も、一度だけ100点を逃したことがある。あろうことか、国語教師が一度、“私がサイコロで出す目は何でしょう?”という問題を出し、答案返却時にその場でサイコロを振るという暴挙に出た。
しかも配点は“その時に出たサイコロの目”で、それにより1つ前の問題の配点も変動するというもの。失点を最小に抑えるべく6で回答したが見事に外れ、96点になった。
この時、幼馴染であるセルシウスは私が6で回答すると読んでおり、差をつけるため5にしたらしいので私と仲良く96点。危うく初めてセルシウスに科目単位での勝利を献上するところだった。
だが成績上位の常連にこの1/6を当てた奴がいるので、私は入学以来の連続100点記録と同時に連続全科目1位の記録も途絶えた。やるじゃないか、佐藤恵美16歳(当時)。
ちなみにこの国語教師の暴挙には生徒たちが猛反発。学校側に告発され、その国語教師は半年間“月初めに振ったサイコロの目×1万円”の減給処分を受けた。トータルの減給は20万になったらしいが、教師陣の間では“20万を懸けて厳木の100点を阻止した男”として一目置かれることになったという。
「ま、1週間テキトーにやろー」
今、私の関心事は“まどさ式ドロップス”にある。テスト前の時期は他の生徒相手に家庭教師業をやることもあるのだが、ここ3週で図書館に仮面ランサー、フリピュアと案件が続いたので断り続けた。なんてったって、図書館はともかくスウィートハート味が上手く行けば定期収入ゲットだ。今後訪れるであろう“まどさ式ドロップス”の爆売れを考えると、ニヤけざるを得ない。
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「やっと終わった~・・・」
金曜日。最後の科目も終わり、机に屈伏する鈴乃。
「おっつかれぇい。甘いモンでも食べ行く?」
「やめとく。テストの後って鏡子と一緒にいると劣等感にさいなまれるのよ」
ふん、くだらんな。
「悔しいなら勝つことね」
「ほんと、なんで・・・」
「勝ちたきゃ鈴乃もマッドサイエンティストになれば?」
「プライドが許さないから無理」
プライドだぁ? そんなんだから人生負け犬になっちまうのさ。
「んじゃ、まった来週~」
「じゃーねー」
よほど疲れたのか、棒読みでひらひら手を振るだけの挨拶になった鈴乃。しょうがない、1人でクレープでも食うか。“まどさ式ドロップス”の売上の1パーも入るワケだし、ちょっと贅沢しようかね。
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翌日。
「それで、進捗があったんで・・・?」
私は、“まどさキャンディ”にお呼ばれしていた。どうやら、スウィートハート味の製品化に進捗があったらしい。
「え~・・・例の件についてですが・・・」
ん・・・? なんか歯切れが悪いな。
「社員からも、概ね高評価が上がりました。味見に夢中になる人も出たぐらいですよ」
それは良かった。
「ところがですね、その・・・何と言いますか、開発者としての探求心が騒いだと言いますか・・・」
あれ・・・? なんか、不穏。
「例の“スウィートウォーター”を蒸留して成分を取り出す者も現れましてですね、その・・・」
ん・・・!? おい、あれ、媚薬、なんだが・・・。
「社内恋愛が増えたまでは良いのですが・・・」
・・・おい?
「それで、その、トラブルが絶えなくてですね・・・」
あ?? いや、ほら、そこは、皆さん大人なんですから、ね?
「家庭崩壊する者も出る始末で・・・」
ほーん!? ・・・でもさ? ほら、そんなのは個人の責任であって、蒸留なんてバカな真似せずにさ、取り扱いにさえ気を付ければさ、間違いなく売れ筋商品になる訳で、だから、ほら、・・・ね?
「それでですね、その・・・この1週間で起きたことを考えると、目を瞑る訳にもいかなくてですね、そのぉ・・・」
待って待って。待て待て待って。ほら、今からでも、運用方法を変えればいくらでも・・・。
コトン。
テーブルの上に、残りが3割ほどになった“スウィートウォーター”の瓶が置かれ、それが、スゥゥッと、こちらの方に押し戻された。
「すみませんが、今回の話は無かったことに・・・」
「・・・・・・」
ち・・・ちぃきしょおおおおおおおおおおおおおおお!!
次回:MNCをやっつけろ!




