第41話:仮面ランサーになりたい!
「こ、こんにちは。浜西太一、です・・・」
「どもども~」
図書館の件が片付いたのも束の間、今日は、鈴乃と、1人の男子生徒と共にファミリーレストラン“ジャスト”に来ている。
浜西くんの襟元のバッジの色は1年生のものなので、勇気を出して私、ではなく鈴乃に声を掛けたに違いない。帰り際に鈴乃に呼ばれ、ここに至っている。
「それで? 用件ってのは?」
「あ、あの、その・・・」
もじもじした様子の浜西くん。
「怖がんなくていいわよ。刺激しなきゃ危害は加えられないから」
人を猛獣みたいに言うなよ。
「は、はい。ありがとう、ございます・・・」
1年生の入学からは2ヶ月ちょいしか経ってないのだが、体育祭で八雲さん相手に見せたロボアーム千手観音と、例の空飛ぶ図書館のことで、私の存在はもう全員が知るものとなった。それを踏まえてこの浜西くんがどんなビジネスを用意してくれるかだが、
「えっと・・・まだ小学校に入りたての弟が、いて・・・」
弟が、いて?
「“仮面ランサーになりたい”、って・・・」
ほう。仮面ランサーになりたい、とな。
仮面ランサーとは、日曜の朝に放送されているヒーローものの番組で、不思議な力を手にした青年が変身して悪と戦う、というものである。武器はもちろん槍。シリーズになっていて年替わりなのだが、確か今は“仮面ランサー勇気”だったか。
「弟の名前が、“勇気”、だから・・・」
なるほど。
「つまり、変身ベルトを作ってあげればいいのね」
「う、うん・・・」
簡単な話だ。子供というのは純粋な夢を持つもので、そのビジネス領域は広い。
「でも、そういうのって売ってあるわよね? どうして鏡子なんかに?」
やけに鼻につく言い方だな。やれやれ、16歳にもなれば純粋な心を失ってしまうようである。
「もちろんオモチャも買ってるんだけど、その・・・“変身できない”って・・・」
「あぁ・・・」
これには鈴乃も苦笑いだ。所詮はオモチャだからな、限度がある。その辺のファミリーにも手が届く値段に抑える必要もあるし。もし世の少年たちが本当に仮面ランサーになりたいのなら、俳優を目指すしかない。ただし、将来イケメンにならなければ絶対になれない。
そんな夢も希望もあったもんじゃない現実を前に解決策を見出すのが、この天才鏡子ちゃんって訳よ。
「それじゃあ、弟くんを仮面ランサーに変身させることができた暁には、」
「う、うん・・・」
ごくり、と浜西くんが唾を飲む。私が対価を要求することぐらい、もう知ってるだろう。鈴乃が人を疑うような視線を向けてくる中、私は口を開いた。
「新作キャンディの味見をお願いするわ。もちろん弟くんにも」
「え・・・?」
高級レストランでも指定されると思っていたのか、拍子抜けしたような反応の浜西くん。
「ちょっと鏡子あんた変なの食べさせるんじゃないでしょうね」
「だぁいじょうぶよ。お菓子メーカーに頼まれてるやつだから、人が口に入れちゃいけないものは混ぜないって」
「その言い方も余計に不安を煽るのよ」
これは、窓咲市に拠点を置くキャンディ専門メーカー“まどさキャンディ”に頼まれているもので、看板商品の“まどさ式ドロップス”(缶の中に色んな味のあめ玉が入ってる)に、100缶に1粒だけの大当たり味を作りたいと頼まれている。
それを開発してレシピも提供する約束になっていて、報酬は“まどさ式ドロップス”の売上の1%分のクオカードを半年に一度と中々に大きなビジネスとなっている。ゆえに売上げを向上させるべく、子供の意見というのも欲しい。
「決めるのは鈴乃じゃなくて浜西くんよ。どうする?」
向こうにとっても悪くない話のはずだ。仮面ランサーに変身できて、あめ玉もタダでもらえるんだから。
「・・・大丈夫、です。あめの味見をするだけで、いいのなら」
決まりだな。
「ホントに大丈夫なんでしょうね・・・」
心配性だなぁ、我が親友は。1年以上の付き合いなんだから信じろよ。
(1年の付き合いがあるから不安なのよ・・・) by 大曲鈴乃16歳
さて、やると決まったはいいが、参考資料が必要だ。
「私仮面ランサー見てないんだけど、浜西くん録画してたりする?」
いま何話か知らんがこれから見たってワケ分からんだろう。中身が理解できないとキツい。
「う、うん。だけど、ハードディスクに入ってるから・・・」
「平気ヘーキ。これを使って」
私が取り出したのは、ACアダプタぐらいのサイズの黒い箱。
「これは・・・?」
「“データすいと~る”よ。テレビに差してるUSBを一旦こっちに移せば勝手にコピーしてくれるから。それで明日私にちょうだい」
「う、うん・・・」
「随分本格的にやるのね」
「当たり前でしょ。適当にやって“こんなの仮面ランサーじゃない!”とか言われたらマッドサイエンティストの名折れよ?」
「それ、折れても問題ない名前だと思うんだけど」
「一番折れちゃいけないやつなんだなーそれが。 あと浜西くん、このカメラで弟くんの写真を前後左右それぞれから撮って。パンツとTシャツ1枚ずつで」
「え? あ・・・うん。勇気に合わせて作ってくれるんだね」
「そゆこと。それで撮るだけで身長もスリーサイズも分かっちゃうから、よろしくぅ」
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翌日。浜西くんから“データすいと~る”と弟くんの撮影データも受け取り、鈴乃も一緒に帰宅。女子高生2人で学校から帰るなり仮面ランサーを見るという構図になった。
いま放送中の“仮面ランサー勇気”は既に35話オーバーで、最初の5話ぐらい見ときゃいいやと思っていたのだが、浜西くん曰く「途中から新しい変身とか新技が出るから全部見といた方がいいかも」とのことだったので追っ掛けることになる。
【変身!】
ベルト中央のギミックを回し、ポーズを取る主人公。すると、ギュィィィンと音が鳴り、渦を巻いた黄色のエフェクトが出て、ジリジリと稲妻のエフェクトも出て、その規模がどんどん大きくなって主人公を包み込み、最後にバーンとなって変身完了。
「さすがに結構ハデねえ」
「これ再現できるの?」
「ヨユーね」
再現ってか、この映像まんまインプットさせるから。
さて、この仮面ランサーだが、ベルトには変身時に回す中央のギミックの他、小瓶をセットするスロットのようなものがあり、最初は黄色の小瓶だけだったのだが、浜西くんの言った通り3話で赤の小瓶、5話で青の小瓶が出て来た。
メインの攻撃は稲妻を纏う槍なのだが、稲妻の色も変わる他、赤だと熱い、青だと冷たいといった特殊効果が付いている模様。テレビだとCGで簡単にできるしグッズの数も増やしたいんだろうが、再現させられるこっちの身にもなってもらいたいもんだ。
「んじゃあたし帰るから、頑張って」
「ほーい」
5話を終えたところで鈴乃が離脱。続きは一旦メシにしてからにするかー。
日付も代わり12時半を回った頃に、20話まで見終わった。10話で緑の小瓶(稲妻も緑になって風が付属する)が出てきたのと、18話で槍そのものがグレードアップした。それも、変身直後は初期デザインなのに苦戦してやむなくグレードアップさせる構成になっているので、私が作る槍も同じように変化する仕様にする必要がある。
あと、このグレードアップも小瓶で行うもので、ベルトにある小瓶のスロットが2つに増えた。まだ何かあんの・・・? 今日はもう寝るが、最新話まで見ないとベルトのデザインが定まらないので一行に着手できない。土曜日までに完成させて更なる新要素が加わる前に終わらせようという固い決心だけは着いた。
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「おはよ。何話まで見たの?」
「20話。もう色々と増えてヤバいわよ。絶対今週中に完成させてやるわ」
「うわ・・・子供の夢より自分の手間減らすのが優先なのね」
「んなこと言ってたら最終回まで見なきゃいけないじゃないの。子供はそこまで待てないでしょ? 1日でも早く提供してあげなくっちゃね」
「全く・・・」
てな訳で浜西くんには<今度の土曜日までにはできそう>と連絡を入れて、約束を付けた。
放課後。
「ホントに色々増えてるわね・・・」
「でしょ? 今度は何が増えるのかってもうビクビクもんよ」
こんな恐怖を感じながら子供向け番組を見る日が訪れようとは思ってもみませんでしたよ。17歳は大変だ。
また鈴乃が21~25話まで付き合い、続きを1人で見て、今日のうちに最新話まで追い付いた。結果として、銅の小瓶、銀の小瓶、金の小瓶が増えたのと、槍のグレードアップ形態も1つ増えた。
最新話で金の小瓶が出て来たのは本当に安心した。銅と銀が出て来たもんだから金も絶対あると予想が付くもので、浜西くんの弟にそれをねだられても再現できないところだった。今の段階で作っても十分に満足のいくものになるだろう。
まずはベルトと、槍のグレードアップ前形態を作るべく、3次元加工機を仕掛けて寝た。
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翌日。水曜日。
「ようやく本格的に作ってく訳ね」
放課後、今日からラボでの作業に入っていく。鈴乃も一緒だ。
「そうよん。昨日寝てる間にベルトと槍はできたから。それと、今朝から仕掛けてたスーツも、じゃーん」
「すご・・・もうできちゃってるんだ」
「まだまだ形だけよ。ベルト回してスーツに変身したり槍から雷出たりするようにしなきゃいけないんだから」
「ホント大変そうね」
「ま、私の手に掛かればお茶の子サイサイだけどね」
「ホントなんでマッドサイエンティストなんてやってるの・・・」
「何言ってんのよ。マッドサイエンティストだからこそ作れるのよ」
てな訳で、作ってくわよー?
「今日はどれ使うの?」
「3の5の11、4の1の3、あと8の4の10」
数字ばかり並べたが、“3の5の11”というのは、3番のキャビネットの、5番の引き出しの、11番の区画にある部品のことである。鈴乃はもう慣れているのでそれだけで分かる。
基本的に私のお目付け役となっている鈴乃だが、自分が仲介役となった責任からか、昨日や一昨日のように仮面ランサー鑑賞に付き合ったり、こうしてアシスタント化したりする。
「はい。 それは何? ベルトの中に入れるの?」
「そ。ベルトの真ん中のやつ回したらコイツが回ってスイッチオン、光がバーン、雷ジリリリ、テレビで見たまんまのやつが出て、それが消える頃にはスーツ着用完了ってワケよ」
スーツの出現には、普段から私が持ち歩いてる、煙と共に道具が現れる技術を応用している。
鈴乃が持って来た部品をハンダで付けて行きまして、
「よし、後はこれにあの映像をインプットさせるわよ?」
パソコンからケーブルを繋いで転送! 後は部品たちが自動で映像分析してくれて、それに合わせた光の出力をしてくれるようになりまーす。
「今思えばさ、テレビで見たまんまのやつができるって大丈夫なの・・・?」
「まあ関係者にバレたら何言われるか分からないよね。彼らの商売になってる製品の上位互換を作ってるんだから。
でもだよ? 近所のお姉ちゃんが純粋な子供のために頑張って作って、それを喜んで使ってもらえるっていう心あったまる話なんだから大目に見てもらいたいところね。更にはキャンディまでプレゼントしちゃうんだから、もう涙なしでは語れないでしょ」
「・・・あんた、もしかして、今回の報酬が賄賂じみてなかったのって、」
「そんなの偶然に決まってるじゃな~い。まさかこの私が、“金品の要求はしてませ~ん”って言える状況を狙ったとでも思ってるのぉ~~っ?」
「もうそうとしか思えないわよ」
「やだなぁもう」
「こっちが“やだ”なんだけど」
「まぁまぁ、夢見る子供のためだと思って。私らがグレーゾーンに手ぇ出すだけで1人の子供の夢が叶うんだから安いもんでしょ」
「そのセリフが“まどさ式ドロップス”の売上の1%を得るために出てるのだと思うと、悲しいわ」
「それは切り分けて考えなきゃ。こっちはこっち、そっちはそっちよ」
「同一人物がやってるんでしょうが」
「そんなこと気にしてたらマッドサイエンティストなんてやってらんないわよ」
「だからやめなさいよそんな職業」
「よーし転送完了! 早速確認するわよぉ~っ?」
「はぁ・・・」
ベルトは汎用性を持たせてサイズを調整できるようにしてある。立ち上がって腰に巻きまして、
「変身!」
ギュィィィィィン!
ベルトのギミックを回すと、
パーーーーーーン!
テレビで見たのと同じように光と稲妻のエフェクトが出て、この身が包まれていく。スーツのサイズは浜西くんの弟に合わせたので、出現する座標をズラして私の向かいに出るようにしておいた。
「おおぉ~~っ」
鈴乃の反応も上々で、私としても、変身できてるって気分になれてる。
「どうだった?」
「ほんとテレビで見たまんま。イケてると思うわよ、はい」
鈴乃がスマホで撮っていた動画を見る。うん、問題なさそうだ。
「んじゃ次は槍ね」
槍自体は変身時にスーツと一緒に出て来るが、小瓶による攻撃方法の変化を加える必要がある。そんな訳で、ベルトに組み込む基板を追加。もちろん小瓶は色分けするが、システム上は、装着された小瓶のICチップを読み込んで判断する。小瓶を認識したベルトから無線で槍に信号を送り、稲妻の色を変え、熱気や冷気が出るといった具合だ。
「ふぅ、今日のとこはここまでね」
とりあえず、黄・赤・青・緑の分が完成。あとは金銀銅と、槍のグレードアップバージョンだ。2日あればいけるだろう。
「お疲れ。もう9時かぁ」
「うちでメシ食ってく?」
「そうね。お邪魔しようかしら」
ラボを出て、リビングへ。
「ありゃ、まだ帰って来てない」
2人して飛び込みの仕事でも入って来たか。
「ま、冷蔵庫に何かあるっしょ」
「あたしやるわよ。タダでご飯もらうんだし」
「そう? んじゃよろしくぅ」
らくちんラクチン♪
(マッドサイエンティストの料理なんて食べたくない、って言いたいんだけど鏡子の料理美味しいからショックなのよね・・・)
夕食後、鈴乃は帰宅。仮面ランサー変身キットの続きは明日やるとして、“まどさ式ドロップス”の新味開発も進めなきゃいけないのよね。できれば変身キットを渡す土曜日に間に合わせたいところ。
「んん~~っと、やっぱりコレは欠かせないわよね~」
「100缶に1粒だから、ネタに走るのもありかしら~」
「大当たりってぐらいだから、やみつきになるヤツも考えよっと」
色々考えた。あとは浜西兄弟や“まどさキャンディ”社員が決めること。
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残り2日で予定通り、金銀銅の小瓶と槍のグレードアップバージョンもできた。金銀銅は威力が上がるって設定で稲妻の色しか変わんなかったのが救いだ。槍の方も、基本的には変身時と同じように光に包まれてグレードアップするから難しくない。
という訳で迎えた土曜日、
「厳木先輩、大曲先輩、こんにちは」
浜西君んちの最寄り駅に到着。そういえばこの子、後輩だったな。
「やっぱりもう残ってないかぁ」
鈴乃が軽く嘆く。ここは窓咲駅の2つ北隣・花街道駅で、駅前の大通りの両脇にハナカイドウという花がズラリと並んでいる。開花期を過ぎたので散ってしまったが、4月から5月にかけてはピンクや白の綺麗な花を咲かせる。
「それじゃあ、こっち、です」
もう何度も顔を合わせてるのだが、元の性格も謙虚そうだし先輩女子2人が相手だからか、遠慮がちに指を差して案内する浜西君。
10分ほどで到着したのは、ちょっとした河川敷の、枯れ草が多くて人が少ない場所。作った変身キットのクオリティが高すぎて通りすがりの奴に写真をネットに上げられ兼ねないから、人目につかない場所を頼んでいた。なお、浜西くんの家は団地だそうだ。
小学校に入りたての弟が河川敷で待っていたことになるが、
「チワッス」
中学生ぐらいの男の子もいた。
「上の弟の、圭人 (けいと)です」
なるほど。それから、
「あっちは妹の、茉奈 (まな)。幼稚園です」
勇気くんと同い年くらいの女の子も。幼稚園ってことは末っ子らしい。4人きょうだいか。
「わー! おねーちゃんだーー!」
兄しかいないためか、2人の子が私と鈴乃のもとに走って寄って来る。
「こらこら、お洋服ひっぱらないの」
とか言いながらも、私と同じく1人っ子の鈴乃は楽しげに子供の相手をしている。おかしーなー、私に対する態度と全然違うなー。相手によって態度変えたらダメって教わらなかったのかい?
「髪きれーー!」
見る目があるねえ、茉奈ちゃん。だけど今日のお客さんは、
「君が勇気くんね? お姉ちゃんがぁ、君を仮面ランサーにしてあげよっか?」
「うん!!」
君がこの街のヒーローだ!
次回:限りない力! 変身、仮面ランサー勇気!