第40話:完全に地上階
「いつ見ても立派な建物ねえ」
ここに来るたびにそう言ってるんじゃないかという感じで、鈴乃がそう呟いた。
「さっさと入るわよ。遊びに来たんじゃないんだから」
「鏡子にとってビジネスは半分遊びでしょ」
「仕事は楽しんでナンボっしょ」
私たちがやって来たのは、“窓咲の森大図書館”。市内西部の森林地帯を背にした大きな図書館で、その規模は市内で一番だ。“落ち着いて読書ができる空間を”というコンセプトの基で建てられたらしい。
窓咲市内の鉄道は南北にしかないため、窓咲駅から出てる循環タイプのバスで来ることになる(だいたい20分ぐらい)。もちろん、車とかチャリでも来れる。
一応は木を伐採しないで建てられたものであるが、鈴乃が言った通り立派な見た目をしている。さすがに木造ではないが。
「これもいつも思うんだけど、普通に地上なのに地下2階なんだよね、ここの入口」
「こんな場所に建てちゃったからね。反対側から入れば即3階だし」
当時の設計者の趣味という話だが、この図書館は10メートルほどの崖を跨いで建てられている。市街地側の出入口は地下2階で、散歩道として人気のある森林側の出入口は3階という設定であり、地下2階から地上2階までの4フロアは面積が半分しかない。ちなみに最上階は“6階”。ここから見ると8階建てに見えるけど。
そして今日のビジネスは、この4フロアの面積の拡張だ。要は、地面に埋まってる残り半分の場所を開拓する。蔵書と利用者の増加から混雑度合が年々増していき、ついには“落ち着いて読書ができる空間じゃなくなった”という意見まで出始めた。
借りた本を森林側に持ち出して自然の中で読書というのも可能なのだが、屋根がある場所は限られるし、夏は虫も少なくないので結局は屋内が混み合う。
そういった事態を踏まえ、今日は休館にして拡張工事をすることになり、それを請け負ったのが私だ。報酬は、3年間の市バス乗り放題。普段使ってるICカードに情報を入れて定期っぽくしてくれる。バスにもそんな乗らないから安い気もするが、市としては本来高校生以下にはボランティアしか頼めないところを、私がタダ働きをしないことを踏まえて用意した模様。自分たちで作った条例を、自分たちの都合の悪い時には無視しちゃうんだからぁ。しょうがないなぁ、もう。そういうの、大好きよ。
土日の休館はできなかったらしく今日は月曜なのだが、市の施設ということもあり学校から許可が出た。鈴乃に至っては、私の監視ということでこっちに来いとまで言われている。それと、
「来たか、厳木。大曲も世話かけるな」
「「おはようございま~す」」
担任の君津もセットだ。おいおい、そんなに私が信用ないのか? 混雑に困ってる図書館を救いに来たヒーローなんだぞ?
「くれぐれも、トラブルは起こさんようにな」
「その時は野となれ山となれですよ」
「ここを野山に変えるようなことには絶対するなよ」
「分かってますよぉ。こっちもビジネスなんですからぁ」
「どうだか」
「ホントに大丈夫かしら・・・」
君津や鈴乃の小言はサラリと流し、図書館の中へ。普通に地面歩いて入るのに“地下2階”とはこれいかに。
「皆さま、お待ちしておりました。館長の木島でございます」
正面に総合案内のカウンター、左右には多くの本が視界に広がる厳かな雰囲気の中、館長が出迎え。しっかし、人がいないと壮観なものだな。たまに来るけどデパートぐらいには人いるからな。館内をウロつく分には困らないが、いかんせん椅子が空いてない。
「では早速、こちらへどうぞ」
5~6人のスタッフも連れて、崖に埋まってる部分に移動開始。地下2階から地上6階までの8フロアのうち、4フロアの面積の半分が土で埋まってるんだから1/4か。正直、それだけで混雑がスッキリ解消とはいかないと思うが、
「今後は森林側への屋根付き通路の増設なども検討したいですね。その際は是非ともまたご協力頂ければと思います」
という訳だ。傘なしで行けるようになれば屋外にも人が流れるだろう。ビジネスの幅が広がりますねえ。
「今度は何をくれるんですか?」
「これ厳木」
コツン。
「いったぁ~い。ゲンコツなんかいりません~」
「だったら何も求めないことだな」
「皆さん見ました? 公立高校の教師が、出張中に、生徒の頭を殴りましたよ?」
君津は今日は出張の扱いだ。つまり! 税金でもらった仕事で! 生徒の頭を殴った!
「あはは・・・わたくしどもは、市からの委託で図書館を運営しているだけですので・・・」
この館長、逃げやがった。しかし? 付き添いのスタッフのうち、図書館の制服じゃなくて普通のスーツの2人は市の職員のはずぅ~⤴?
「いま体罰受けたんですけどぉ~~」
「「っ・・・・・・」」
目を逸らしやがった、こいつら。
「この程度で問題になるんなら今ごろお前は磔にされて全市民から槍を向けられてるぞ」
「そんなの返り討ちにしてやりますよ」
「鏡子はそれができるのが嫌なところなのよね・・・」
「全くだ」
しかし? それでも私に頼らざるを得なくなることがあるのでしょう? ああ、なんと気持ちのいいことなのでしょう。
地面を掘っていくという作業なので、その上にあたる“地上3階”からのスタートであり、エレベーターで移動する。騒音や振動対策のためか少しトロいが、ガラス張りで、下階に並ぶ本棚を見下ろすことができるので、そこまで億劫ではない。
この図書館、階段やエレベーターがある場所は吹き抜けになっていて全フロアが繋がっている。オープンな空間を意識したのかフロア内でも仕切りの壁などはなく広い1室になっているのだが、そのせいなのか各所の小さな物音が重なって妙に耳がスッキリしない。今日は人がいないから静まり返っているが。
「こちらです」
現場に到着。普段は本棚が並んでいるが、レールがあってスライドして動かせるようになってあり、今は広い範囲で床面がバンと見えている。
「鏡子、何とかなりそう?」
「まあね~」
別に、ここの床や周辺の地面を始めて見た訳じゃないからな。ていうか土掘るだけだし、天才鏡子ちゃんの手に掛かればお茶の子サイサイよ。
「んじゃ早速いっちゃうよ~ん」
ボワワ~~ン。
スマホを操作し、煙の中から現れたのは、“ストロングショベルくん”。自転車ぐらいのサイズなのに、そのパワーはショベルカーを遥かに凌駕する! 免許いらずで女子高生も安心! でも恨みのない人に向けちゃダメだぞ?
「こんなちっこいので大丈夫なのか」
「やだな~先生。誰が作ったと思ってるんですかぁ」
「マッドサイエンティストだったな。別の意味で不安になったんだが」
「やだな~先生。私は実績のあるマッドサイエンティストですよ?」
「色んな“実績”があるだろうがお前は」
「まぁまぁ見ててくださいよ」
てな訳で乗り込んでぇ? スイッチオン!
ゴーーーーーーーーー。
中々の音を立てて唸るストロングショベルくん。そしてレバーを操作してぇ?
ガラガラガラガラガラガラガラガラ・・・!
セメントをえぐります!
「「「おぉ・・・!」」」
耳を塞ぎながらも感心したようなリアクションの館長を始めとしたスタッフの皆さん。鈴乃と君津も“ふーん”といった様子で見ている。
「こんな感じで何箇所か掘って柱を立てて、それから全体を掘り進めて行くわ」
「それはいいがお前、耐震とかもちゃんとやるんだろうな」
「私を誰だと思ってるんですか。ガッチガチに固めて問題ないようにしますよ」
「だから設計とかもちゃんとやってるのか聞いてるんだ」
「何ですそれ? バニラ味ですか?」
「おい!」
「ちょっと鏡子!?」
何言ってんですかお2人さん。マッドサイエンティストを甘く見すぎだよん。私はバニラ味じゃないぜ?
「嫌ならちゃんとした業者に頼むことですねー」
私は視線を館長たちに向けた。
「「「・・・・・・」」」
黙って視線を逸らすしかない面々。これはもう窓咲市公認と言ってもいいでしょう。設計もやって法律もしっかり守る業者はお高いですからねえ、きっと予算がないんでしょうねえ。そんな迷える子羊のために、鏡子ちゃんがいるのです。
そもそも? 今回の契約は“図書館の下階4フロアの拡張”の一文のみであり、仕様書もなんにももらってない。下階4フロアの半分を埋めてる地面さえ掘れば、手段も工事後の強度も私の自由なのだ。それ以前に、基準だの法律だのを気にするんなら、女子高生に頼んでる時点でアウトだろ。
まあ? 法人として成り立ってる業者に頼んだところで仕様書も図面もなしに工事しちゃうこともザラにあるみたいだけど?
「もう心配でしかないわ・・・」
「安心しなさいよ鈴乃。何かあったら責任は全部市が取るんだから」
「「「・・・・・・」」」
館長やスタッフの皆さんは言葉も出ないようです。ま、こっちもビジネスだから、計算してないってだけでガチガチに固めるつもりだけどね。大きな取引先である窓咲市から仕事が来なくなったら痛いし。
そんな調子で作業を進めていき、まずはクレーターが1つ完成。深さはまだ1フロア分だが、傾斜は緩いので結構デカく、みんなも下りて来ている。
「柱ってこの辺までなんですよね」
「はい。ちょうど1フロア分の深さとなっております」
穴掘って作るフロアにも柱は必要なのだが、これは上階からの柱をそのまま延長させるつもりだ。柱は傷つけないように掘って来たので、クレーターの傾斜から柱が上に伸びる格好になっている。
「まずは柱の終点まで掘り下げましてぇ~?」
「どう継ぎ足すつもりなんだ?」
「継ぎ足すんじゃないですよ。土をそのまま固めて行くんです。この“固めるくんβ”で」
私が取り出したのはライフルぐらいのサイズの注射器。中には“固めるくんβ”が詰まってる。これを土の中に注入してあげればアラ不思議、石や鉄なんかも目じゃないぐらいに固くなるのだ!
「“β”ってのが気になるんだけど・・・」
「前のは強度不足だったから改良したのよ」
「“β”は大丈夫なんでしょうね!」
「だぁいじょうぶよ。βよ? β。 β の何が不安だっていうのよ」
「改良したっていう事実によ!」
「まぁまぁ見てなさいって。おいで、ミニロボちゃんたち!」
ボワワ~んと登場したのは、作業用ミニロボちゃんたち。彼らにもペンケースサイズの注射器を与えており、私の作業と並列進行が可能だ。
まずは“ストロングショベルくん”で柱の延長線上をひと回り残して掘って、“固めるくんβ”をちゅ~~~~っ。
コンコン。
「ほら、ガッチガチになったでしょ? 地震なんて怖くないわ。けど、完全硬化には24時間かかるから、今日掘る場所に本棚を移動させるのは明日がいいわね」
「かしこまりました。フロアさえ今日中に開ければ、休館せずとも対応はできるでしょう」
「ふ~む・・・確かに大丈夫そうね・・・」
鈴乃もコンコンと叩きながら固まった柱を覗き込むようにじっくり見て、スタッフの方々も少し安心したように胸を撫で下ろしている。
「強度は問題なさそうだが、耐久も大丈夫なんだろうな」
「あったり前じゃないですか。完全硬化さえすれば半永久ですよ。元が土なんで30年ぐらいしたら交換した方がいいですけど」
「そうか、ならいいが」
さ~て、“固めるくんβ”の実力を分かってもらったところで、続きをやりますかね。
「まだ形が粗いけど、削るのと磨くのは最後にやるわ。とにかく、掘るのと柱固めるのを先にやるから、見ててちょうだい」
てな訳で再開。私が掘り、ミニロボちゃんたちで固める!
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「ふぃぃ~っ」
柱固め、完了! “3階”のうちの半分はもうボコボコとクレーターだらけで、柱のある場所だけで4フロア分突き抜けるという形になった。
「うっひゃー・・・」
図書館とは思えぬ光景に、鈴乃が気の抜けた声を出す。
「さ、お昼にしましょ。 もしかしてごちそうを用意してくれてたりします?」
「何を期待してるんだお前は」
「こちらにできる限りで、という形なのでお口に合えばいいのですが」
で、出て来たのは重箱のお弁当。1人当たり2000円ぐらいかな? お役所にしては頑張った。てかスタッフの方がごちそう気分で食べてるし。
「これ終わったら“地下2階”まで全部地面の上に来るんですけど、この表示とかも変えるんですか?」
と聞いたのは鈴乃。確かに、今日で掘ってしまうから全フロアが完全に地上階になる。
「そこは悩ましいところなんですよね・・・。変えるべきではあるのですが、既存の利用者には“海外文学は2階”という風に馴染んでいる方も多いですから」
だろうな。ま、そこは図書館側で決めてくれ。数字が2プラスされるだけだから割とすぐに慣れるとは思うが、
「階段やエレベーターの表示を全部更新するのは手間が掛かりますし・・・」
それよな。設定上は1~8階なのにエレベーター表示はB2, B1, 1~6のままだと余計にややこしい。地味にフロアガイドとか非常口案内のやつも全部だろ? 内側だけで扱ってる書類もあるだろうから相当メンドいぞ。やるのはスタッフだから私は困らないけど。
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昼飯休憩も終わり午後の部開始。柱は完成したから後は掘って床板はめるだけだ。柱の成形と研磨は夜ミニロボちゃんたちにやってもらえばいい。
そのミニロボちゃんたちには、“固めるくんβ”の注射はもう終わったので今度は掘削作業を担当頂く。
「ねえ鏡子、スコップとかある? 足しにもなんないだろうけど暇なんだよね」
「“ストロングショベルくん”がもう1台あるわよ? 使う?」
「え゛。それはやめとく」
「なんでよ。女子高生でも安心して使えるシロモノよ?」
「その“女子高生”の基準が鏡子でしょうが」
「だいじょぶダイジョブ。チャリみたいなモンだって」
「チャリにそんな変なレバーはないでしょ!」
「簡単だから5分もあれば慣れるって」
「その5分の間に柱折っちゃいそうだからムリ!」
「しょうがないなあ。これだから16歳は」
柄の長いスコップを取り出して渡した。
「17歳でも一緒よ・・・」
スコップを受け取った鈴乃は、そのままミニロボちゃんたちのもとへ。彼らの掘削スピードも人間の手作業とそんなに変わらないから、鈴乃たちはほぼ砂遊びみたいな感じで戯れている。
一方で、君津と館長、スタッフの皆さんは黙って立ったまま見守るほかない。仕事だから作業を見てない訳にもいかないだろうし、公務員も楽じゃないねえ。
そこから先はもうほとんどルーチンワークで、土に埋まる“地下2階”から“2階”を開拓していった。
「よぅっし開拓完了!」
穴掘り作業を終え、上に伸びる柱だけとなった空間を見上げる。自分で掘って来ただけあって、いい眺めですな。
「おぉ・・・これだけの場所が新たに確保されるのですね。ありがたいです」
だろ? 2000円の重箱弁当と市バスの3年乗り放題だけでやったんだから感謝しろよ?
「でもこれ床はどうすんの?」
「柱を基準に土台組んでその上に床板を乗せるわ。照明とか空調の設置は後回しにするけど、天井裏の空間も作るわよ」
「へえぇ~っ」
ていうか照明器具も空調機も、配線も配管も用意されてない。もしかしてそれも“図書館の下階4フロアの拡張”の契約に含まれてるのか? 仕様書なしで受けちゃったツケが回って来ちゃったね! しょうがない、ワトソンに頼むか。彼にもタブレットを与えており、字を読むのに翻訳玉は必要ないので連絡。奴は上等な肉さえあれば動く。
にしても、工事はおろか物資の調達まで私に投げるとかナメてる。本来は金払って消費税も発生するところだからな? えぇ? 窓咲市さんよぉ。ボランティアって名目にしておきながら市バス3年乗り放題なんて賄賂まで用意しちゃってぇ。やってることは私と同じだからな? やーい、脱税図書館。それで節約した金、ちゃんと市民に回すんだよな?
さて、ここから先の作業はミニロボちゃんたちが主役になっていく。役目を終えた“ストロングショベルくん”は仕舞いま…
ボン!!
「ん!?」
「きゃあっ!」
「うおっ」
「「「わあぁっ!」」」
なんか、爆発音がした。てか、爆発した。“ストロングショベルくん”が。なんで・・・?
「おい、厳木」
「いや、私にも何がなんだか・・・」
とにかく、適当に言い訳せねば。と思っていたら、
「け、煙が上に!」
スタッフの1人が叫んだ。
「このままではスプリンクラーが作動してしまいます!」
「ちょぉっ!?」
慌てふためく鈴乃。
「おい厳木、何とかしろ」
「分かってますよ。スプリンクラーさえ反応しなければまだ…」
ザーーーーーーーー。
遅かった。いや、まだ煙全然届いてないんだけど、なんで?
「と、当館は、映像分析でも煙を感知するようになっているんです。なにぶん、扱っているものが本なので・・・」
マジか。火災対策は念入りにってことか。多分、燃えるよりは濡れた方がマシだという考えだろう。
「おい、厳木・・・」
タンタラタンタラタタララララララ♪
電話が鳴った。誰だろうか、こんな時に。取り出すと、発信元として表示されたのは金物屋のおじちゃん。なんかありそうだからみんなに聞こえるようにするか。
ピッ。
【もしもし、鏡子ちゃん!? 去年ぐらいに買ってもらったM3のネジ、あれ、取り違えがあったみたいで、全然耐久ないやつだったんだわ! 今さらゴメン! こっちもさっきいきなり取引先から連絡あったんだ! 埋め合わせは絶対する! 今は頭下げて回んなきゃいけないからまた後で!】
プツッ。
ポーーッ、ポーーッ、ポーーッ。
「「「・・・・・・」」」
言葉にならない、この虚無感。M3ってのは直径3ミリって意味だが、それを使ってる部分は数知れず。そういや去年ネジ交換したっけ。ボンッっていったことを考えると、欠けたやつが基板上に落ちてどっかショートさせたとか、ファンが外れてオーバーヒートでICがイったか。いずれにせよ、現実は変えられない。4フロア上のスプリンクラーの水が、無常にも落ちて来る。
「おい、厳木・・・」
私の顔から表情が消えてることで、君津も顔面蒼白になっている。
「今のは金物屋の取引先のミスだった。それは認めよう」
それは、よかったよ。でも、気付いてるね、あなた。
「だが、この、“固まるくんβ”、だったか。これ、水は大丈夫なんだろうな」
無論、水は固めたばかりの柱にも掛かっている。
「完全硬化さえしてしまえば、水どころか酸もアルカリも大丈夫ですよ」
「完全硬化までは24時間と言ってたな」
「はい」
「それまでの間では、どうなんだ」
「・・・・・・」
答えねば、なるまいか。黙ってたところで、すぐに分かることだからな。
「そんなのテストしてる訳ないじゃないですか」
接着剤の類は完全硬化まで絶対安静。わざわざ鉄球ぶつけたり水を掛けたりするもんかよ。その24時間のためだけに改良を加えるなんて面倒にも程がある。
「きょ、鏡子・・・?」
恐る恐るといった様子で、近付いて来る鈴乃。
「それ、冗談、よね・・・?」
私の肩を揺さぶり始める鈴乃。
「私たち、友だち・・・」
ウン、ソウダネ。
「い、今なら、冗談だって言えば許してあげるから、ね?」
それは何よりだ。だが、
「うっそぴょーん、って、私も言いたいところなんだけどね・・・」
スプリンクラーの水が打ち付けてくるのは、冷たい現実。
ピシッ。ピシピシピシッ。
「・・・ねえ、どうすればいいの?」
どうすればいいって、そりゃあ、
バラバラバラバラ・・・。
「いぃぃぃやあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「まずい! 全員逃げろ!!」
「「「わあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
燃え尽きた新聞のように崩れる柱! 支えを失って傾く“3階”の天井! 紙に込められた人類の英知が今! 私たちに降り注ごうとしている!!
ガッ!
「鏡子!?」
私は、ロボットアームを召喚して柱の代わりに天井を支えた。
「う、うおおぉぉぉぉ・・・!」
「鏡子!!」
「な、なんとか大惨事は免れたな・・・」
足を止める面々。
「し、しかし・・・」
うろたえる館長。いつまでこうしてりゃいいんだって話になる。
「厳木、離すなよ。絶対離すなよ」
「そういう言い方されると、離したくなっちゃいますねえ・・!」
「鏡子やめて!?」
「“冗談”って言ったら許してくれるんでしょ・・・?」
「今はダメに決まってるでしょ!!」
「と、とにかくスプリンクラーを止めて来ます!」
それは助かる。水さえ止まれば、土を持って来て“固めるくんβ”で固めれば柱は復活する。だが、私の手が塞がってたんじゃキツい。
「考えてみれば、あのちっこいロボットがあれば柱はまたできるんだろう。それまでお前が支えてろ」
「ちょおっ! 生徒をこんな所に1人置いて行くつもりですか!」
「お前が招いたことだろう。自業自得だ」
「違いますぅー。ネジの販売店が悪いんですぅー」
「それはロボの爆発とスプリンクラーの作動だけだ。柱が壊れたことに関しては“固めるくんβ”を作ったお前が悪い。命懸けで図書館を守るんだな」
「そんな殺生な!」
「こっちも生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされたんだ。たまにはお前も体を張るんだな。後で飼い犬も来るんだろう。1人じゃない、大丈夫だ。何とかしろ」
「ちょっちょちょちょっ! 鈴乃! これ使って!」
私はさらにプロペラを召喚。鈴乃に持たせたのはスマホ。
「えっ、これなに!?」
「プロペラのコントローラー! 屋上に取り付けるからボタン押して回して!」
「でも使い方!」
「その時に教える!」
まずはアームを増やし、申し訳ないけど壁に穴を開けてアームをぐいーっと伸ばして屋上にプロペラを運搬! “3階”~“6階”をまるごと持ち上げよう! 柱を失ったのは“2階”から下だけだ。数時間ぐらいならこれで凌げる。30本のアームをフル稼働させ、下から支えつつプロペラもありったけ設置! 後は鈴乃がボタンを押せば自由の身だ!
「黄色のボタン押して!」
「ぶえっくしょい!」
(やば! 隣の人のくしゃみで聞こえなかった!)
ん・・・!? なに迷ってんだ鈴乃!? あ、そう言えば。
「赤だけは絶対押しちゃダメよ!」
「・・・ぶえっくしょい!!」
「赤!? 赤なのね!?」
(後半聞こえなかったけど確かに”赤”って言った!)
「違う!! 赤じゃない!! 黄色!!」
「え!!?」
ポチッ。
「あ・・・えっと・・・赤って・・・どうなんの・・・?」
「・・・・・・。フーーーーーッ」
これはもう、悟りを開けそうですよ。プロペラは、軸となる棒を屋上に突き刺したのでアームはもういらない。だが、
「え・・・!?」
今度は逆に、天井が上に反り始めた。各階に本棚があるはずだがプロペラのパワーが勝ったらしい。バキッといくのも時間の問題だな、ありゃ。
「あ、あれ!? 鏡子!? 黄色押しても戻らない! どうなってんの!?」
「赤は遊びで作ったフルパワー稼働用よ。バッテリー切れまで止まらないわ」
「な・・・っ、なんでそんなの作るのよ!!」
「発明に、遊び心は必要でしょう?」
「いらないわよそんなの!! 遊び用なら簡単に押せないようにしなさいよ!!」
「だから隅っこでちっこいボタンになってたじゃん」
「押しちゃったじゃないの!!」
「いや、黄色って言った…」
「赤も言ったじゃん!!」
「赤は“押すな”って言ったのよ」
「紛らわしいのよ!! なんで“赤”って言っちゃったの!!」
いや、ほら、危険だから、ねえ?
「それより何とかしろ厳木。もうネジがどうとかは言わせんぞ」
「分かってますよ。残りの半分にもプロペラ付けますから」
西側半分だけにプロペラが付いてるから天井が反ってるのであって、東半分にも付ければひとまずは助かるはずだ。それで凌いでる間に西側を支える柱を突貫で設営。よし、これでいける。
てなわけで屋上にゴー!
「あー・・・結構そっちゃってるねえ」
屋上には本棚がないからか、結構そっていた。こりゃ確実にバキるわ。というわけでアームを使ってグサグサと屋上にプロペラを刺していき、赤いボタンでスイッチオン!
ブオオォォォォ・・・!!
よーし。これで東側も持ち上げられ…
ゴゴ、ゴゴゴゴゴゴ・・・。
「ん・・・?」
なんか、図書館全体が揺れてるような・・・。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・!
「あー・・・」
考えてみたら、東半分は“地下2階”の下で地盤に固定されてんじゃん。持ち上がるワケねーー。
「あ、鈴乃から電話」
・・・さて、なんて言い訳するかな。
【ちょっと鏡子、どうなってんの!?】
「えー、あー・・・」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・ドガッ。ドガッドガッ。ドガドガドガドガッ!
「あ・・・!?」
地割れが起きた。そう来たか。
「・・・今に分かるよ」
【は・・・!?】
何とか東側も持ち上がりそうで良かったよ。ははー。
【絶対ヤバいでしょ! どうなってんの!?】
ここまで来れば、この先で待つのはただ1つ。
ドドドドッ。ガラガラガラガラガラガラガラガラ・・・。
「うーん、やっぱり」
図書館、ついに地盤から離れて浮上。プロペラ、強すぎたね。だって、何十個も同時に使うことなんてないし、1個だけでも黄色ボタンで電車や飛行機を持ち上げれるぐらいだし。
「な゛、あ゛・・・!!」
浮かんだ図書館の下には、アゴが外れた様子の鈴乃の姿があった。そういや、“地下2階”の床はまだなかったね。他の面々も、呆然とした様子で飛び立つ図書館を見上げている。ミニバルーンで飛んでいた私は、力の抜けた感じで下の面々に手を振った。
「・・・・・・」
君津は、諦めたように自分に軽くアイアンクローをして首を左右に振った。
図書館が飛んだ以上、私が飛ぶ意味はなくなったので着地。プロペラをいくつか叩き壊したら図書館の上昇は止まり、今はホバリングしている。しかし、未だにみんな目の前の現実が夢だと思っているのか、その図書館を見上げたまま固まっている。
電力の供給は地下から行っていたようで、電線がだらりと垂れ下がっている。地中配線は電線用のトンネル通ってるものだが、浮上中に伸びきって図書館が傾き始めたので掘り起こして外に出した。
「ねえ、バッテリーって、いつ切れるの・・・?」
「夜中のうちに切れるだろうけど、墜落しちゃうからミニロボちゃんたちで給電するようにするわ。発電機も屋上に置いて」
「そうよね。切れちゃ、まずいよね・・・」
「としょ、としょ、図書館が・・・」
館長は口をパクパクさせている。私の3倍は生きてそうなのに、意外と経験が浅いようだ。図書館ってのはね、空を飛ぶこともあるんですよ。
「・・・・・・」
君津はもう、図書館を見ようとさえしなくなった。自己アイアンクロー、楽しいですか?
「ゆ、ゆっくり下ろすとかって、できないの・・・? ほら、半分のプロペラを黄色で動かすとか・・・」
一部のプロペラを一度バッテリー切れに追い込めばできなくもないが、
「地盤がボロボロなのに?」
もう、足場がない。東半分の柱が埋まってた所と、地中の電線まで掘り起こしたからもうグチャグチャになっている。
「だよねえ・・・」
まあ、いいじゃん。空飛ぶ図書館。だらしなく垂れてる電線は柱作って中に入れるからさ。後は見栄え整えれば、図書館としてイケなくもなくない?
それに、ほら、もう誰がどう見ても、全フロア完全に地上階だよ? これを期に、素直に1階から8階って付け直したらいいんじゃないかな。
そもそもさ、私たちの契約はさ、“図書館の下階4フロアの拡張”だったよね。見てごらん、地面に埋まってた部分もスッカラカンの空白だよ? これは契約も果たされたと言っていいよね。という訳で、今回の依頼、無事終了!!
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「すみませんでした・・・!」
そうは問屋が卸さず、その日のうちに私たちは市庁舎に来ることになった。市長室にいて、君津が隣で土下座しており、私も後頭部をつかまれて床に顔面を押し付けられている。手はだらりと足の横にあるけど。館長と鈴乃は後ろの方で立っていて、図書館は未だに遠く窓の外でホバリングしている。
「ま、まあ。こういうのは一定のリスクを伴いますから・・・」
だけど目が笑ってない市長。
ガン。
「ふぎゃっ」
「どこに上げる頭があるんだお前は」
「だってネジが」
「おかしいネジはお前の頭の中にある」
なんてひどい教師だ。生徒にそんなことを言うなんて。
「市長。さすがにこれは“一定のリスク”を超えるものであり、その元凶に何らかの責任を負わせるべきかと」
「だから責任はネジ…」
「悪いのはお前の頭のネジだと言ってるだろう」
「ま、まあ、君津先生。彼女はまだ高校生ですし、今回は不運も重なったことですし・・・」
「し、しかし・・・」
「幸いにも館内は本がいくつか濡れた他は無事です。図書館さえ営業できるようにしてくれれば構いませんから」
結局そこまではやらされるのね。こっちとしてもこのままじゃビジネスに影響出るからやるけど。
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で、翌日、図書館の公式サイトはこうなった。
<心機一転リニューアル! 窓咲の森天空図書館!!>
<かつてない読書空間を、あなたに>
<大変申し訳ありませんが、昨日のみの予定としていた休館を6/12(金)まで延長させて頂きます>
元々は“下階4フロアの拡張工事で1日休館”となっていたのがこうなったことで、ネット上で物議を醸してしまった。
<何があったんだ窓咲の図書館www>
<さすがにドッキリでしょ。工事が間延びしてるだけだって>
<怪しいのはマドコー。むしろ絶対マドコー>
色んな意見が飛び交っているのだが、窓咲市民が実際の図書館の写真をネットに上げたりしており、そもそも利用者の多い図書館なので営業再開する今度の土曜はかなりの来客が予想される。で、
「あ゛あ゛~~っ」
私は、それに間に合うように図書館の整備を進めることを命じられた。
「自業自得でしょ。鏡子はどうせテストなんて楽勝でしょうけど、あたしまで授業置いてけぼりにされちゃうのよ?」
「だったら学校行きゃいいじゃん」
「昨日みたいな事しといてよく言えるわね! ほっとける訳ないでしょ!」
「いや昨日の引き金は鈴乃でしょ。赤なんて押しちゃうから」
「鏡子が“赤”って言うからでしょ“赤”って!」
「“赤を押せ”とまでは言ってませんー。人の話はちゃんと聞きましょうー」
「っ~~~~。とにかく、ちゃんと週末に図書館開くようにしなさいよね」
「分かってるわよ」
実際、図書館は安定してホバリングしてるから大した作業はない。昨日掘って作ったフロアに床と天井つけて完成させるのと、来客が上がって来るためのエレベーターを作るぐらいだ。だらりと垂れてる電線もエレベーターと同じ柱に通せばいい。
肝心の混雑対策は、こうなった以上は空中にプレハブ小屋を浮遊させまくるしかないね。いくらでも部屋を増やせるし。プロペラは常にフルパワー稼働は危険だから余裕のあるスペックのものを作ろう。数も増やして交代制にして、週に1日は全員に非稼働日を設けたい。
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パンパン! パンパン!
【本日のご来館、誠にありがとうございます。窓咲の森大図書館、“天空大図書館”と名を変えまして、リニューアルオープンです!】
イズミーにも負けないんじゃないかってぐらいに人が集まり、“窓咲の森天空大図書館”がオープン。標高はともかくとして、地面に対する高さでは恐らく世界一であろう50メートルの位置にあり、市内には大して高い建物がないのでほとんどどこからでも、というか市外からでさえ見えるものとなった。
「俺は少々、厳木を見くびっていたのかも知れん」
「だめですよ先生? 生徒の可能性は無限大なんですから」
「鏡子の場合、リスクも無限大だけどね」
「無限大のリスクを乗り越えた先に、辿り着ける高みがあるのよ」
窓咲市に、新たなシンボルが誕生した。
次回:仮面ランサーになりたい!




