第4話:レッツA5ランク
A5ランク和牛は、やはり極上の品だ。
「俺、生きてて良かった・・・!」
んな大げさな。それと、そのセリフは白鳥さんと付き合えた時まで取っときな。
「厳木ってホントに凄いんだな。どうやって買ったんだこれ?」
「私レベルの発明家にもなれば、これくらいの稼ぎは余裕よ」
その稼ぎをくれた母も、「持つべきものは娘ね」と意味深に言ってくれた。金の出処はバレてるね。知らずに媚薬を盛られている父親も、「美味いな」という反応を見せた。あなたのお蔭で手に入った和牛ですからね、ちゃんと還元してあげなくちゃ。
「ハッハッ・・・!」
「あ、ワンちゃん。可愛い・・・」
白鳥さん、自身は猫みたいな感じなのに犬好きのようだ。
「あらワトソン、あなたもA5ランク和牛を食べたいの?」
A5ランク和牛につられてやって来たコイツは、うちの飼い犬の”ワトソン”。犬種はボーダー・コリー。私が作る”翻訳玉”を食べさせれば喋ることもできるが、必要ない時は普通の犬として過ごしてもらっている。
「ハッハッ・・・!」
「しょうがないわね」
私は網の上のお肉をつまみ、
「はいっ」
投げた。パクリ。
「ナイスキャッチ」
「「おおぉ~~」」
白鳥さんと黒田くんの2人が拍手。鈴乃はワトソンの芸は見慣れてるからか無反応。
「でもワトソンって厳木、探偵にでもなるのか?」
「知らないの黒田くん? 電話を発明したベルの助手の名前もワトソンなのよ」
「マジか」
そしてこの子は私の優秀な助手。頼りにしてるよワトソン。
「同じ肉ばっかりじゃ飽きるでしょ。次はホルモンよ」
神様の贈り物、ホルモン投入だ。もちろん、そんじょそこらじゃ手に入らない高級品。
ジュワー。油も滴る良いお肉。
「厳木さんって、ホルモン好きなんだね」
「意外でも何でもないけどな」
いちいち一言多いなぁ黒田くんは。白鳥さんの可愛さで悶絶させてやろうか。
「鏡子、焼肉行くたんびにホルモン頼むよね」
「当たり前でしょ? 内臓よ内臓。動物の内臓だなんて、この上なくそそられる食材じゃない。考えるだけでヨダレが分泌されるわ」
「世のホルモン好きに鏡子と同じ理由の人はいないと思うけど」
(あと“分泌”とか言うな) by大曲鈴乃16歳
一滴、また一滴と油が炭火に落ちて行き、
ボオォォォッ。
「うわっ! 炎上した!」
これもホルモンの醍醐味よね。白鳥さんもワタワタして、鈴乃は2リットルボトルのお茶に向かって走り出した。
「慌てなくても大丈夫よ。誰が作ったコンロだと思ってるの」
火は見ていて心が安らぐけど、せっかくのホルモンを焦がす訳にはいかない。ウィーン、ウィーン、と、コンロから網が持ち上げられて火の位置からも横にズレた。
「こんな機能付けるんなら、油が垂れないようにしなさいよね」
まあ、炭に油が掛からなければ炎上はしない。
「いいじゃないの、火、見るの楽しいんだから」
「後処理しないのもタチが悪いのよ」
2リットルボトルのお茶を持って来た鈴乃だが、
「まあちょっと待ってなさいよ」
「はあ?」
絶賛炎上中の炎だったが、突然、踊り出した。
「はぁ!?」
火はまるで、腰を左右に振るかのように踊る。そして両手が生え、天秤のように動かしてノリノリダンスを披露した。
「どう? 楽しいでしょ。名付けて、ダンシングファイヤーよ」
「ホントに無駄な機能しか付けないのね」
「無駄とは何よ無駄とは。バーベキューは楽しむものなんだから、余興があって然るべきでしょ」
バシャッ。
鈴乃が2リットルボトルからウーロン茶を掛けた。
「嘘でしょ!?」
火は一気に鎮まり、普通の火力に戻った。せっかくの炭が湿ってしまうのもあるが、それは些細なことだ。
「こっからが本番だったのに!」
「あとで1人で楽しみなさいよ。あんまり煙出してると通報されるじゃない」
「いいじゃないの別に。通報が怖くてマッドサイエンティストやってられるかってのよ」
「あたしは目指してないわよそんなの。普通の高校生でいさせてくれない?」
「しょうがないなぁ~」
私は、“まあ許してあげるけど?”という態度を取った。
「全く・・・」
“何よその上から目線の態度は”という視線が返ってきた。16歳のくせに生意気な。
「あんな炎上してたの一発で鎮めるなんて、大曲さんも凄いな。さすが厳木の助手」
「誰が鏡子の助手ですってぇ!?」
「あっはははははっ! 黒田くんナイス!」
ウィーン、ウィーン、と、網がまたコンロの上に戻る。
「お肉の油で燃えたのに、水かけても大丈夫なんだ」
白鳥さんは関心したご様子。鈴乃も結構慣れた手つきだったからね。私と焼肉行くたびにこれだから。
「油に対して水が大量にあったからね。そもそも水で火が消えるのは、温度が下がるからよ。サラダ油だと、300度以上じゃないと火種があっても燃えない。逆に400度とかになると火種がなくても発火するわ。大抵のものは温度さえ下げれば燃えなくなるから、水をかけて冷やしてるの。
なんで油火災に水がダメかと言うと、油を冷やす前に水が蒸発しちゃって、火の中で油も一緒に飛び散るからよ。けど肉から垂れる程度の油だったら水をガンガン掛けまくればイケるわ」
「はいはいストップ鏡子。あんたが詳しいのは分かったから」
「何よ。いつかお嫁に行くであろう白鳥さんに家庭の雑学を教えてたのに」
「およ、めに・・・」
チラチラっと黒田くんに目を向ける白鳥さん。あなたもう、隠すつもりないでしょ。
「おぉぉ~っ、ホルモンも美味ぇ~~っ」
「黒田くんもハマった? 動物の内臓に」
「その聞き方だと誰も頷かないわよ」
「でもこんな美味いのに内臓だなんて不思議だな」
「何言ってんのよ。内臓だからこそ美味しいのよ」
「鏡子やめて」
「いや~でもホント美味い。クジで当たって俺たちラッキーだったな、雪実」
「あ、う、うん・・・」
クジなんてやってないことを知ってる白鳥さん、罪悪感があるのでしょう。優しいなぁもう。ホント黒田くんにはもったいない。でもビジネスの都合上くっつけなきゃいけないから、ここでプランAと行きましょう。
私はお茶が入ったコップを手に持ち、
「わっ!」
ビシャッ。
「うわっ!」
お茶を盛大に黒田くんにぶちまけた。プランAのAは、“あ~やっちゃった”のAだ。
「ちょっ、マジか・・・!」
「ゴメンゴメン、すぐにタオル持って来るから」
初めからこのつもりだったので、タオルは玄関の脇に置いてある。それを走って取って来て、
「げっ」
お茶で濡れる黒田くんのお腹を雑に拭く。だがもちろん、これは私の仕事ではない。
「ほら、白鳥さんも手伝って!」
「あ、う、うん」
タオルを手渡し、
「う・・・」
照れる白鳥さんの手をつかみ、
「ほら早く!」
慌てているフリをして黒田くんのお腹に当てる。
「あ、その、ごめん・・・」
うお~~、可愛い~~。せっせと黒田くんのお腹を拭く姿が、まるで小動物のようだ。
「あ、いや、・・・サンキュな・・・」
黒田くんも中々に可愛い反応を見せる。私が拭いた時の「げっ」とは大違いだ。それにしてもお熱いねえお2人さん。もうマジで、私と鈴乃ぬきでやってもらえないかしら。
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「うぉ~、ごちそうさま」
バーベキュー終了。
「んじゃ後は片づけね。白鳥さんと黒田くんはゴミ集めの方お願い」
「うん」
「オッケー」
で、私と鈴乃はコンロだ。
「まだ火ぃ着いてるけどどうすんの?」
「こうすんのよ」
私がスマホを操作すると、ガシャン、とコンロに蓋がされた。酸素を完全シャットアウッ!
10秒待ってから開けると、火は消えていた。
「よし、後は燃えるゴミに出すだけね」
「炎上した時もこれで良くなかった・・・?」
「一度消しちゃうとまた火ぃ起こすの面倒じゃん。鈴乃がお茶かければ済むんだからそれで良いよね」
「あんたね・・・」
てか勝手にお茶かけたの鈴乃ちゃんなんですけど。私の可愛い炎ちゃんを返してよ。
これからくっつけようとしてるカップルに目を向けると、一緒に同じものを拾おうとして手がぶつかって「「あ」」とか言ってた。何やってんだあいつら。
「よし、これで全部ね」
「炭もゴミに出すのか? 埋めれば良いんじゃ?」
「埋めても分解されずに残るから、他のゴミと一緒に燃やしてもらうのがいいわ」
「へぇ~、そうなんだな」
「大学行ってウェイウェイ言いながらバーベキューする時のために、覚えときなさい」
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で、バーベキューが終わった訳だが、
「やっぱバーベキューの後はコレでしょ。水遊び!」
水鉄砲やら水風船を用意しましたよ? さすが恋のキューピッド私。
「え、でも私、服が・・・」
「だいじょぶダイジョブ、私が用意してるから。お着替えタイムといきましょ」
水着持参とか伝えるとスクール水着を準備しかねないから、何も伝えずに私が衣装を準備した。黒田くんには多分、スクール水着よりも普通の水着が効く。
「あら、可愛いじゃない、雪実」
「ちょっと透けるかも知れないけど、見せつけてあげなさい」
「う、うん・・・」
白鳥さんがなんか、勝負に臨む乙女の顔になっている。そんな彼女は水着の上にパレオとTシャツというスタイルだ。
私は優しいから、水着単体でもそこまでの露出度がないものをチョイスした。ここで露出しすぎて「お嫁に行けない・・・」とか落ち込まれたら大変だもんね。夏に黒田くんとプール行く用の水着は自分で買いなさいな。
「にしても鏡子、あんたこんな水着持ってたのね」
ああーーん? 今日このために買ったに決まってんでしょうが? という視線を返したら、一瞬で理解された。そんな鈴乃には学校のジャージを貸している。ちなみに私は着替えてない。
「でも、厳木さんは、いいの・・・?」
「いいのいいの。鏡子は濡れて困る服なんて持ってないから」
勝手に返事すんなよ。by厳木鏡子17歳。
「おまたせ」
「お、おう・・・」
Tシャツ&パレオの時点で好反応を示す黒田くん。
「んじゃ早速始めるわよ」
「これアレよね? 水風船が一気にたくさん作れるやつ」
「そうよ。でもこれはねえ、蛇口が必要ないの」
「え?」
私は水風船がたくさん付いた枝を1本取り、スポン、と栓を抜いた。
「市販品じゃなくて、私の発明よ」
勝手に水が溜まっていく水風船の束。本当に花束のように、ポンポンと風船ができあがっていく。
「おお! すげぇ!」
感心してる場合じゃないわよ、黒田くん。
ポーン!
バシャッ!
「うわっ!」
水が満杯になった風船が、正面に飛んで行った。よーし、上手く作れてたわね。その後も、ポンポンと水風船が飛んで行った。
「きゃっ!」
「ちょっ、鏡子、やめなさい!」
やめるものですか。
バシャン!
「きゃあっ!」
その後も私は攻撃を続け、結局3人ともズブ濡れになった。
「やったわね~」
鈴乃も私と同じ武器を拾い、スポン、と栓を抜いた。
「げっ」
「おぅらぁ~!」
私も反撃を食らってずぶ濡れになった。おのれ、鈴乃。
「水鉄砲も厳木の発明か?」
「あ、待ちなさい!」
バッシャーーン!
「え・・・マジ?」
見た目によらず高威力の水鉄砲に呑まれ、私は庭に転がった。
「ほら、雪実も。鏡子に反撃しなきゃ」
「うん!」
すっかりズブ濡れになった白鳥さん、その元凶たる私に反撃する気満々だ。その無邪気な笑顔が怖い・・・。
「待って、私まだ武器持ってない!」
「いきなり始めたのは鏡子でしょ?」
「行っくぜ~?」
しかも何で3対1なんだよ。ワトソンどこ? あいつ・・・肉だけ食って消えやがった。
「うぅおお~~!」
武器は全部3人がいる方にあるから、私は気合で走った。が、
バッシャーーン!
黒田くんの持つ高威力水鉄砲にやられて再び庭に転がるハメに。あれ、私が使うつもりだったのに・・・おのれ、黒田。
「なんだ厳木? もう終わりか?」
「終わらないわよ」
ここをどこだと思ってんの? ウチの庭だよ?
私はスマホをシュッシュッと操作し、最後にタップ。
パカッ。
「どわっ!」
「純ちゃん!!」
「黒田君!!」
黒田は落とし穴に落ちた。はっはっはっ。
高威力水鉄砲はあれ1本だけだから、今度こそ走って向こうに行ける。
「雪実、前!」
「う、うん!」
鈴乃と白鳥さんから攻撃を受けながらも2人のもとに到着。武器を手にし、その後はバトルロイヤル的な混戦になった。
だが? ここでただ水遊びをするだけが私じゃな~い。
ドン。
「きゃっ」
おっとゴメ~ン、手が滑っちゃった~☆
「きゃあっ!」
「うわっ!」
私に押された白鳥さんは、そのまま落とし穴に落下。
「ちょっ、雪実!?」
驚いた反応を見せた鈴乃だったが、ドン、と肘で小突いてきて、
「わざとやったでしょ」
と小声で言った。
「こうでもしなきゃ近づかないでしょうが」
と私も小声で返し、落とし穴を覗き込む。すると、
わぁお。
黒田くんが白鳥さんをお姫様だっこする格好に収まっていた。偶然だろうけどやるじゃないか黒田。
「ちょっ、雪実、大丈夫か・・・?」
その手に乗るのは、ズブ濡れの幼馴染。Tシャツの奥に透ける色白の二の腕や水着が黒田くんの目には映っていることでしょう。
「だ、だいじょう、ぶ・・・」
プシューーーー。耳まで真っ赤にして俯く白鳥さん。それを見て思わず顔を逸らす黒田くん。さぁさぁもっとお互いを意識しなさいな。
「そろそろ出してあげなさいよ」
はいはい。
スマホを操作すると、落とし穴の底がエレベーターのように上がり、2人が地上に復帰。
「「・・・・・・」」
あらあらぁ~。でもこのまま気まずい雰囲気になるのもマズいわね。
「ほら、休んでる暇なんてないわよー?」
バシャッ。
「きゃっ!」
「うわっ!」
早々に戦闘を再開し、その後も用意していた武器を使い切るまで水遊びを続けた。
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「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
はっちゃけすぎて疲れ、全員ズブ濡れのまま休憩。
「ママー、なにあれー」
「こら、余所んちの中を見ちゃダメよ」
(しかもあそこ厳木さんのお宅じゃないの)
庭の外を歩く母娘に見られるも、皆ほぼ放心状態で気にならない様子。
「あっはははっ。何だかんだで楽しかったな。誘ってくれて良かったよ、厳木」
「別に。新作の発明品試したかっただけだし、誰呼ぶかはクジで決めたし」
感謝するなら、あんたのことを好きになった白鳥さんにすれば? その恋がなければ今日ここに来ることも無かったんだし。
「でもこのままじゃ風邪ひくわ。鏡子、シャワー借りるわよ」
「別に」
3人がそれぞれシャワーを浴びるのを待ち、解散の時。
「んじゃ厳木、また何かあったら呼んでくれよ。クジ引きしなくていいから」
「あっはっはっ」
何度も呼んでるうちに、そんなことは言えなくなるだろうけどね。でも白鳥さんと付き合ってもらうまでは、距離を置かれる訳にはいかない。ここで鈴乃の出番だ。
「ねえ、実は映画のチケット当たったんだけど、この4人で見に行かない?」
もちろん当たってなどいない。鈴乃は懸賞で当たるほど日頃の行いが良くないからだ。初めからこのつもりで用意してもらっていた。
「お、いいじゃん、いつ行く? 明日?」
気が早いなお前。まあいいけど。
「私は明日でもいいわよ」
鈴乃と白鳥さんもOKのようで、明日の映画館行きが決定。後は適当にこいつらを2人っきりにして、今後も定期的にデートしてもらって白鳥さんに告白させれば黒田も断らないだろうからそれで完璧だ。プランEは“映画館”のE!
「んじゃ、また明日ね」
次回:プランE