第39話:ペナルティプール掃除
今日は、楽しい楽しいプール掃除! なはずもなく、
「あーメンドくせー」
デッキブラシをせっせと動かしてプールの底を磨いている。水泳部の面々は水着の上から体操服というスタイルだが、こっちは今日突然言われた上に体育の授業もなかったので制服だ。
「誰のせいだと思ってるのよ。私だって鏡子を見張るように言われて来てるんだから文句言わないの」
鈴乃は鈴乃で、朝のホームルーム終わりに君津に呼ばれてプール掃除を命じられたらしい。それと、
「何で僕まで・・・」
幼馴染のセルシウスも一緒だ。鈴乃1人では不安だとかで君津に頼まれたらしい。
「ごめんねー、鈴乃が役に立たないばっかりに」
ゴン!
「いった・・・っ!」
チョップされた。
「ごめんねー、鏡子がやらかしたばっかりに」
頭を押さえる私そっちのけで、セルシウスに向かって手を合わせる鈴乃。
「別にいいよ。大曲さんは悪くないんだから」
「ありがと♪」
同志だとでも思ってるのか、鈴乃はセルシウスにはやけに甘い。
「ちょっとー、私と扱いが違くない?」
「加害者と被害者なんだから当然でしょ。 鏡子にはお互い苦労するわよねー」
鈴乃は私に冷ややかな視線を送ったあと、セルシウスに同意を求めた。
「そうだね。昔からこうだけど」
「ほらぁ、鏡子が悪いんだからそれを受け止めなさいよ」
何が何でも私を悪者にしたいらしい。全く、これだから16歳は。
「はいはーい、そこー。口ばっかりじゃなくて手も動かしてー」
手を止めていたら、この場を取り仕切る水泳部長から注意の声が飛んできた。
「怒られちゃったじゃない」
「鈴乃が私のせいにするからでしょ」
「実際そうでしょ!」
「そこ! せっせと働く!」
「「はぁ~~い」」
あーメンドくせー。何でこの私が他人の指示のもとで掃除なんか。怒られるのもメンドいから手は動かすけどさ。水泳部の様子を見る限り、手さえ動かしてれば口も動かそうとも怒られない。
「ねえ鈴乃。もっと作業を効率化したいと思わない?」
「思わない」
うぐ・・・即答だったな。しかも、こっちを見向きもしなかった。ゴシゴシと懸命にデッキブラシを動かしておられる。
「厳木さんが何かやろうとすると、間違いなく面倒が増えるから」
セルシウスからもこの言われようだ。
「まぁまぁ、やってみなきゃ分かんないじゃなーい」
「あたしたちは、過去の経験を踏まえた上で言ってるんだけど」
ようやくこっちを向いたと思ったらそれか。
「その過去の積み重ねで、少しずつ改善していくのよ」
「その結果のプール掃除でしょ? 何回反省文書かされてきてんのよアンタは」
「しょうがないじゃん魔が差したんだから」
「差さないようにして?」
「マッドサイエンティストには、抑えきれない衝動ってもんがあるのよ」
「ホント、そのマッドサイエンティストを抑えなきゃいけない立場にもなってね?」
ガンバ☆ 私には、やりたいことがある。鈴乃は、それを止めたい。そうなったら、思いが強い方が勝つのさ。
「本当に大変だよ。厳木さんは、気付いた時には手遅れの状態まで持っていってるから」
2人いても止められないとあっちゃあ、私の“思い”ってやつが相当なものってことになるね。
「実際、掃除なんてパパッと終わった方が楽でしょ?」
「みんなで協力して、みんなで使うプールを、みんなの手でキレイにする。機械なんかでやるよりは、ずっと良いわ」
「そんなのはキレイゴトね。人類はね、作業効率化とともに進化を遂げてきたのよ」
「血も涙もない支配者の考え方ね」
「それ以前に厳木さんの場合、どう取り繕ったところで心にもないことを言ってるのが目に見えてるからね」
随分と言ってくれるじゃねぇかぁおい。デッキブラシだって人類の進化の証なんだぞ?
「じゃあ言い方を変えるわ。私が作ったものを使った方が、掃除が楽しくなる」
「絶・対・に・や・め・て」
「えぇ~~っ? じゃあどう言えば鈴乃は納得するのさ」
「何を言っても無駄に決まってるでしょうが」
えぇぇ~~っ?? つまんないなあ。まぁ別に? 鈴乃の許可なんていらないしぃ? という訳で、
バッ。
洗剤を撒かせていただいた。制服だと基本装備が揃ってて良いね。
「ちょっと、何してんの」
「洗剤よ洗剤。頑固な汚れがあったの。機械任せにしなきゃいいんでしょ?」
「っ・・・。変なもの使ってないでしょうね」
「だったら試してみる?」
パッ。
「ちょっ!」
鈴乃の方にも撒いた。
「だから確認しながら行動しな…」
ツルッ、どてっ。
「いたっ! 何これめっちゃ滑るじゃない! てか制服・・・!」
濡れちゃったねえ。
「洗剤なんだから滑るに決まってるでしょ。そんな訳で効率よく移動できるだろうから、行ってらっしゃ~い」
トン。
私は、尻餅を着いた鈴乃の背中をデッキブラシで押した。
「えっ、ちょっ、これっ、止まっ!」
鈴乃は押された方向に向かって、ボーリングの球のように滑っていった。いや~、私特製のつるりんバブル洗剤の滑りは相変わらず抜群ですな~。
「止まっって~~~~!!」
鈴乃はデッキブラシを前に出して摩擦で止めようとしたが、既に水が撒いてあるので大したブレーキにはならず、止まらない。このままでは壁にぶつかるが、
「水泳部女子、出動!」
「「「はい!」」」
プール内やプールサイドを掃除していた水泳部の面々うち、女子が鈴乃の救助に向かった。しかし、
「きゃぁっ!」
「わっ!」
後方から鈴乃の救助に向かった2人は、つるりんバブル洗剤の餌食となって転倒。
「きゃぁ~~~!」
「誰か止めて~~~!」
鈴乃の後を追う形で、仲良く滑り始めた。
「バカもん! 後ろから追うな! 横か正面から向かえ!」
「「はい!」」
しかし、横から鈴乃を助けに行った部員も、
「わぁっ!」
鈴乃の手を掴むことには成功したが、引き上げることはできず、逆に鈴乃に引っ張られて転倒。一緒に滑り出した。
「ごめんなさい!」
鈴乃は私には決して言わないような台詞を発し、なおも滑り続けている。
「くっ、正面で受け止めるしかないか・・・!」
女子部長が叫ぶ。しかし、間に合いそうなのは本人も入れて3人だけだ。滑っている人数は、既に4人。
「水泳部、男子も行くぞ! ビート板で壁を作れぃ!」
「「「ウォッス!」」」
ここで、男子部員も出動。プールサイドからビート板が投げ込まれたり、自ら持って突入したりして、救助活動が繰り広げられる。
「なんで厳木さんは何もしないのさ」
「アンタこそ」
私とセルシウスは、その光景を仲良く眺めているだけだ。
「僕には無理だよ。厳木さんなら、助ける方法いくらでもあるでしょ」
「鈴乃がさっき言ってたわ、機械なんかに頼らずにみんなで協力してやるのがいいって。だから鈴乃本人が私の助けを望んでないと思うの」
「鏡子ぉーーっ! 何とかしなさーーい!」
「「・・・・・・」」
なんてタイミングでそのセリフを叫ぶんだよ。
「・・・そうでもないみたいだけど」
当然、セルシウスからの返事はそうなる。
「いいじゃん、もうビート板部隊が整ったみたいだし」
私のつるりんバブル洗剤で滑ってる鈴乃たちが向かう壁の前で、駆け付けた水泳部員たちがビート板を構えて壁を作った。6~7人集まったようで、最低限なんとかなりそうではある。
「「わぁぁぁ~~~~!」」
まずは鈴乃と、助けようとして引きずり込まれた水泳部員。
「一同! 気合いを入れろォ!」
「「はい!」」
「「ウォッス!」」
壁部隊が構える所に、鈴乃たちはそのまま突っ込んで行き、
「ぎゃふっ!」
「「「くぉぉ・・・っ!」」」
激突。壁部隊は背中をマジもんの壁にぶつけたが、一応クッションとしての役割は果たせたらしい。
「2人とも! すぐに退避するんだ! 次が来るぞ!」
「え!?」
鈴乃が後ろを振り向く。自分が滑ってる最中の出来事を把握しきれてないのだろう。
「「ああぁぁぁ~~~~!」」
続いて、後ろから鈴乃を追い掛けて転んじゃった2人。
「ちょちょちょちょっ!」
鈴乃は四つん這いで横に退避、一緒に流れて来た部員は勇敢にもそのまま壁部隊に加わった。そのままビート板の壁部隊に2人の水泳部員が向かって行き、
「「ウうぃ~~~ェッ」」
男子部員の妙な声と共に、無事受け止められた。
「一件落着みたいね」
「なに他人事みたいに言ってるのさ」
「セルシウスにも他人事でしょ」
「他人事だから、厳木さんのことも助けないよ」
「は?」
別に私はピンチじゃないんだが。と思っていると、
「鏡子!! アンタやる気あるの!?」
鈴乃から怒りの声が飛んで来た。ああ、”助けない”ってそういうこと。
「あーるわよーー!」
やる気がないだなんて心外だ。せっかくだから“やる気”ってやつを見せてやるか。私は、ついさっき鈴乃が滑って行った跡に飛び乗った。つるりんバブル洗剤の効果で、スーーッと前に進んでいく。もちろん、転倒などという無様は晒さない。んで、この滑りに乗ったまま横向いてデッキブラシでゴシゴシすればぁ?
「ほらー! こうすればゴシゴシするだけで移動しながら掃除できるのよー?」
移動はバブル洗剤による滑り任せなので、感覚的にはその場でゴシゴシしてるだけだ。効率的だろう? と思って進行方向の方を見ると、
!?
なんか、水泳部の面々がビート板を構えて待っていた。しかし、どう見たって私を助けようっていう雰囲気じゃない。鈴乃に至ってはデッキブラシ構えてるし。
「清掃作業の効率化のため、厳木さんの自由を奪う! 皆の者、かかれ!」
「「はい!」」
「「ウォッス!」」
あぁ~~ん!? 水泳部たちは、ビート板を盾に突っ込んで来た。人が作ったつるりんバブル洗剤も利用して、スーーッと進んで来る。テメェらこそ掃除しろや!
「援護します!」
あ?
「うわっ!」
プールサイドから、ホースを使ったと思われる水が飛んで来た。あんにゃろ! だがそれよりも正面だ。水泳部の面々は、結構な剣幕で向かって来ている。私は制服だから逃れる手段なんてポケットにいくらでもあるが、ペナルティで掃除させられてる現場から逃げると後々面倒なので、まずは平和的解決を試みよう。
「やだなぁみんな。もっとさ、協力し合って楽しく掃除しよ? ね?」
「そのためにあなたを押さえる必要があるんです!」
ダメだ、聞く耳なんて持っちゃいねぇ。
「あ、そうだ。このあと焼肉なんてどうです? おごりますから」
「「「そん、なもん、いら~~~~ん!!」」」
くっそが。このまま捕まっても水泳部から君津に“厳木さんに邪魔された”と伝わるだけだから良いことはない。こうなったら、こいつら全部片付けて私がパパッと掃除終わらせる形で貢献するしかないな。ちなみに、セルシウスだけは、後ろの方で1人でせっせとデッキブラシを動かし続けている。
それはそうと、水泳部連中を何とかしないとな。まずは、文字通り横から水差してきてるプールサイドの奴だ。食らえ、ステルスこちょこちょ太郎!
「!? うっ、くっ、くすぐっ・・・あひゃっ、ひゃひゃひゃっ・・・!」
どぉ~だ、立ってられるのがやっとだろう。実際、私を狙ってるはずの水は、左右にビチャビチャと逸れて他の水泳部員に当たったりしている。
「ひゃひゃっ、ちょっ、やめっ・・・!」
「おい! 大丈夫か!」
大丈夫じゃないだろうな。さぁステルスこちょこちょ太郎、本気でやるがいい!
「!!? っ~~~ひゃっ、、やっ、、やめて~~~~~~~!!」
ザコが。そいつはプールサイドに倒れ込み、ホースから出る水は意味もなくその場に垂れ流されるだけとなった。
「よくもやってくれたな!」
さて、次はテメェらの番だ。まず私は、つるりんバブル洗剤を四方八方にバラ撒いた。どうせプール掃除もしなきゃいけないから洗剤必要だしな。
「うわっ!」
「きゃっ!」
突然の事態に、横や斜めから向かって来ていた連中が転倒。もちろん、そのまま滑って進む。
「し、仕方ない! このまま進むぞ!」
どうぞご自由に。
「止まれないのは向こうも同じ!」
そいつはどうかな? ヒュィッ。
「なにっ!?」
私は、ミニバルーンを使って飛んだ。当然、私に向かって来ていた水泳部の連中は滑りで止まれないまま1点に集まっていく。そのまま仲良くぶつかることだな!
「どいて~~~!」
「うわぁぁぁぁ~~~~~!」
つるりんバブル洗剤の滑りを前には、泳ぎが得意な連中も為す術はなく、
「「「わあああぁぁぁぁ~~~~~~!!」」」
激突。その後も、アホが群がって吸い寄せられるように、後ろからどんどん水泳部の連中がそこに突っ込んでいった。もちろん鈴乃も。セルシウスだけは、1人そしらぬ様子でデッキブラシを動かし続けている。
とりあえず、邪魔だから全員縛り上げて掃除をちゃちゃっと済ませるか。と思ったら、
「ん?」
斜め下から何か飛んで来た。ってオイ!
「う゛・・・っ!」
なんとか反応が間に合ってロボットアームで止めることができた。しかし・・・、
「キョウコ! 恨みはないが覚悟しロ!」
飛んで来たのはクーロンくんだった。なんで・・・!
「ちょっと待って! 後で遊んであげるから・・・!」
「そういうワケにもいかないゾ! キミツ先生にお願いされたからナ!」
「は!? 君津!?」
と思って、妙な視線を感じた方を見下ろすと、いた。君津が。あいつ、いざとなりゃクーロンくんを仕向ける気だったのか。とにかく、この子からは離れないと危ない。彼は既に空中。ミニバルーンでもっと上に行ければ…
がしっ。
「げっ!」
手遅れだった。クーロンくんと私の間にはロボットアームがあったのだが、彼はそれを利用してシュバッと私の後ろに回り込み、しがみついてきた。ミニバルーンの耐荷重は、80キロ。高校生2人なんて無理だ。
「ちょっと、クーロンくん、離して! 後で美味しいものご馳走してあげるから、ね?」
「美味しいものならさっきキミツ先生にもらったゾ!」
あんにゃろ・・・! 人にはゴチャゴチャ言うクセして自分も生徒を買収しやがって。クーロンくんほどの驚異的な身体能力の持ち主にここまでがっちりホールドされると、さすがの私にも振りほどけない。ミニバルーンに吊られた私たち2人は、そのまま水泳部員たちの待ち構えるプールへと降下していく。その中には鈴乃がいて、手を口の横に沿えて声を張り上げた。
「カオルーンくーーん! 絶対に離しちゃダメよーー!」
「ウム!!」
ウムじゃねえ! いや、有無ぐらい言わせて?
「さて、何か言い遺すことはあるか? マッド才媛」
どうやら、有無ぐらいは言わせてもらえるらしい。じゃあ聞くけどさ、何で指をポキポキ鳴らしてんですかね、男子部長さんは。女子部長さんもシャドーボクシングとかしなくていいよ? お前ら入る部活間違ってるだろ。とか考えてるうちに彼らの待ち受ける地上が迫る。
「いやー皆さん、ここは平和的解決をですね・・・!」
「最期の言葉はそれだけか?」
こりゃアカン。改めて抵抗してみるも、クーロンくんの束縛を振りほどくなんて不可能。私に遺された猶予は、もう3秒もない。
「いやー、あのー、そのー・・・ら・・・」
「“ら”?」
最期に、叫ぶべき言葉。私の、今の一番の願い。
「ラブアンドピース!」
--------------------------------
シャーーーーーーー。
平和の叫びも空しく捕らえられてしまった私は、今、正座している。プールサイドのシャワーで。
シャーーーーーーー。
滝にでも打たせてるつもりなのか、冷たいシャワーが全身に降りかかる。滝行なら胡坐をかかせて欲しいところなのだが、正座だ。
ペナルティ奉仕活動への妨害ということで、君津には「やはりお前は普通に正座させるだけでは足りんらしい」と言われ、水泳部たちの掃除が終わるまでこうしてることになった。白い装束みたいなのは与えられたのだが、身ぐるみは剥がされたので脱出道具も何も残っていない。あと、セメントで正座って地味にキツい。
「どうだ? 反省する気になったか?」
「先生も一緒にどうですか? 心が洗われますよ」
「俺にその必要はない。汚くなんてないからな」
美味しいご飯でクーロンくんを釣ったクセによく言うぜ。
「見ろ。厳木がいないだけであんなにも平和だ。願いが叶って良かったな」
プールでは、水泳部の面々がキャッキャ言いながら掃除に当たっている。鈴乃とセルシウス、そして結局クーロンくんも加わった。
セルシウスは相変わらず黙々と作業してるが、他の連中が小学生のように遊んでおり、見てて気持ちのいいものではない。何よりカンに障るのが、あいつら、人が作ったつるりんバブル洗剤を利用してスケートでもやってるように遊んでやがるんだよ。
「世界が平和である時、それは自分の思い通りにことが進んだ結果であって欲しいですね」
マッドサイエンティストの、切なる願いだ。
次回:完全に地上階




