第38話:夢の超特急通学
廊下を歩いていると、ふと男子生徒2人が話しているのが目に付いた。
「あー、毎日満員電車に乗って来んのだりー」
「お前んち立川だっけ? よくあの通勤ラッシュに乗れるよな」
「しょうがないだろ。親が会社が近いとかで引越しやがってさー」
なるほど、立川からってのは確かにチト面倒だな。立川というのは、窓咲を縦断する架空都市線の北端・三鷹からJRで西に20分ぐらいの所だ。あのJRの路線は、朝は東方面、夕方は西方面に行くのが混み合うので、この男子生徒もそのラッシュでもみくちゃにされてることだろう。
あと、この辺だと賃貸で住んでる家庭は、小学校選びのために引越し、それからは転校が可哀想だとかで同じ所にいて、中学出たら親の都合のいい所に引越す、というのがままある。
「やぁやぁ、そこの男子諸君」
「うおっ、厳木じゃねぇか。何の用だ」
「何の用だじゃないでしょ? これからキミに快適な通学ライフを提供してあげようというのに。満員電車、嫌なんじゃないの?」
嫌でしょ? 嫌だよね? 嫌じゃなかったら強引に嫌にしちゃうぞ?
「そりゃ嫌だけど・・・もしかして楽に移動できるもんがあんのか!?」
「モチのロンよ。この私に任せなさい? ちょっと試したい試作品があるからタダでやったげるわ」
「マジ!? サンキュー! 持つべきものは同級生だな!」
オッケー決まりだな。
「俺も行っていいか!? どんなのか気になるわ」
お、あんたも来るのか。名前が分からんが、立川に住んでる方を男子生徒A、ダチの方をBってことにしよう。
「それじゃ、放課後立川に行くわよ」
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男子生徒ABと、鈴乃も共に電車で移動。
「うっ・・・毎日これ? ホント嫌になりそうね」
鈴乃がそう漏らした。授業から解放されるのは4時半過ぎだが、そこから駅に行って電車に乗ってると、三鷹で乗り換える頃には混み合ってしまう。
「これならまだマシな方だ。部活して帰るともっとだし、朝なんておしくら饅頭状態だぞ」
「えぇ~~っ。あたし電車通学じゃなくて良かったっ」
同感だね。こんなのに毎日乗って移動してる人の気が知れない。
電車は、人々を乗せて進んで行く。都心から帰宅中の人は途中駅でも降りるのだが、その途中駅で働いてる人もいるのでぶっちゃけ立川に着くまではあんまり減らない。その立川では、結構な人数がどっと降りる。乗る人も多いようだが。
「うっへー・・・」
エスカレーター前の行列に、鈴乃がうんざりしたような声を出す。人ごみに紛れてるとなんか、誰かの手の平の上で転がされてる気分になるんだよな。運転手付きのリムジンで移動するような奴らは、この光景を見て笑うことだろう。
10階にレストランがあるような商業施設とセットになってる駅舎を出た。
「へぇ~っ。初めて来たけど、結構栄えてるのね」
鈴乃が感心したように言う。窓咲の住人は特に用事がない限り立川には来ないが、都心からの距離の割に栄えていて、商業施設もオフィスビルも窓咲より多い。
「じゃあ俺んちこっちだから」
本人の案内のもと、男子生徒Aの自宅へ。
「着いたぞ。ここだ」
さてマンションに着いた訳だが、中に入ってもできることはない。
「それじゃあ、そうね・・・あっちの方に行きましょ」
マンションには入らず、裏手に回り込む。ここはここで奥のマンションの裏手のようで、間にフェンスもあって手狭だ。
「こんな所に来てどうすんだよ?」
「こうすんのよ。そいやっ!」
ボワワ~~ン。煙玉召喚。
「うわっ! ゲホッ、ゲホッ、なんだ!」
「鏡子! やる時はちゃんと言いなさいよ!」
「くそっ! こいつが厳木だったの忘れてた!」
おい男子生徒Bてめー張っ倒すぞ。
「ゲホッ! ゲホッ、ゲホッ・・・」
やがて、煙は晴れていく。そして、私たちの目の前に広がったものは・・・、
「ちょっ、暗っ! どこだよここ!」
暗いくら~い洞窟の中。私の手にあるランタンだけが頼りだ。
「地下よ」
「地下ぁ!?」
「そ。私の新発明品、サブウェイメーカーで学校まで一直線の線路を引いてあげるわ」
「マジで!?」
「マジよ」
誰もが憧れる、家と学校を繋ぐピンポイントの鉄道路線。そんな夢物語を現実のものにするのがマッドサイエンティストってもんよぉ。
「学校の方角は、あっちね」
私は早速サブウェイメーカーを取り出し、東南東の方角に向けた。こいつはガンタイプで、ダイヤルで距離をセットして引き金を引けば、地下鉄路線の完成だ。
「え、ちょっと、穴開ける気? 大丈夫なの?」
私たちは壁に囲まれた空間にいるので、サブウェイメーカーを使うとトンネルを掘る形になる。
「だいじょぶダイジョブ。水道管とかよりもずっと深くに来てるから」
ていうかここ自体、移動と同時に穴開けて空間を作ったものだ。
「そんじゃ、いくわよ。・・・そりゃっ!」
カチッ。
引き金を引くと、
ドゥルルルルルルル・・・!
「「うおぉっ・・・!」」
「わぁっ・・・!」
男子生徒ABと鈴乃が声を上げた。目の前では、トンネルが一直線に出来上がっていく同時に下には線路が張られ、それが遠く、手元の明かりが届かない闇の中にまで続いて行った。
「うっへぇ~~。マジでできるんだな」
男子生徒Aが言った。
「でも電車はどうすんだ? 線路だけじゃ意味ないだろ」
「ちゃんと出すから待ってなさいって」
ボワワ~~ン。
さっそく車両を召喚。
「って、トロッコじゃねぇか!」
「別にいいでしょ走りさえすれば。これでも電動よ。それにアンタ、マジもんの電車とか運転できるの?」
「それは・・・無理だ」
「でしょ。まずは私がやるけど、後はアンタが1人でやるんだから、ちゃんと見ときなさいよね」
「お、おう・・・」
そんな訳で4人でトロッコに乗り込んだ。もちろん、正面を照らすライトも付いている。それでもずっと奥は闇になっているが。
「こっちのレバーがアクセルで、こっちがブレーキ。以上」
「単純なのね」
「レールが一本道でカーブもないからね。それじゃあ、つかまってて」
「え?」
レッツ、ゴー!
ギュィィン!
「「おわぁぁっ!」」
「きゃぁっ!」
全速ぜんしーん。電動タイプは加速が良くていいね!
「ちゃんとつかまってる?」
「動かす前に言いなさい!!」
「言ったじゃん、“つかまってて”って」
「その後が問題なのよ! ととっ、とにかく一旦止めて!」
「ほい」
キュィッ。ブレーキを掛けると、
「「うわぁぁぁぁぁ~~!!」」
「きゃぁぁぁぁぁ~~!!」
3人は前方に飛んで行って、ドサドサドサと地面に落ちて倒れ込んだ。
「いったた・・・何すんのよ!」
「止めろって言ったの鈴乃じゃ~ん」
「止め方にも色々あるでしょ・・・! 何で急発進に急ブレーキなのよ」
「私の趣味」
「フザけてんの!?」
「文句あるなら自分で運転しなさいよもー。大体やり方わかったでしょ?」
「簡単そうだし始めから鏡子がやる必要なかったでしょ・・・」
パン、パン、とスカートをはたきながら鈴乃が戻って来る。しかし、その後ろで男子2人はみっともなく尻餅をついたまま呆けていた。
((大曲って、何でこんな奴といつも一緒にいるんだ・・・?))
ロクなこと考えてねーなありゃ。
「アンタらも早く戻ってきなさーい。鈴乃に轢かれちゃうわよ」
「轢きなんかしないわよ鏡子じゃないんだから」
「私だって轢く相手ぐらい選ぶわよ」
「お願いだから誰も轢かないでね?」
「分かってるわよ。ジョークよジョーク」
男子生徒ABも立ち上がり、再び全員が乗り込んだ。鈴乃がレバーに手を掛けたのだが、
「あ、俺やるよ。どうせ自分でやんなきゃいけないし」
「あ、そう? じゃあどうぞ」
結局は男子生徒Aに交代。男子生徒Aは、アクセル用のレバーを持ってゆっくりと引いた。もちろん、トロッコもゆっくり動き出す。
「なによー、つまんないわねー。度胸が足りないんじゃない?」
「ちょっとずつでいいだろ別に」
その言葉通り、男子生徒Aは少しずつ加速していく。普通に活発そうな男子高生だが、随分と小心者だな。
「おぉ~~っ。地下だけど気持ちいいな、これ」
男性生徒Bは、風を受けて楽しんでいる。Bは、そのまま顔だけを私に向けて、聞いてきた。
「なあ、これ電動って言ってたけど、電池か何かか?」
「そうよ。いま話題の燃料電池。私たちの足の下に積んであるわ。燃料は水素で、空気中の酸素も使って水の電気分解と逆のことをして発電するの。排ガスは水蒸気しかないからトンネルの中でも安心ってワケ。二酸化炭素で充満させちゃまずいでしょ?」
「ふーん。鏡子にしては考えてるのね」
「一番に考えてるのはビジネスだけどね。充電式のバッテリーだと、儲かるのは電力会社じゃん。消耗するタイプの燃料にすれば、それを定期的に売りつけることができるでしょ?」
「うっわ、ずりぃぞ厳木! 俺にそれ買わせる気か!?」
さすがに直接の利用者たる男子生徒Aが反発した。
「金のやり取りすると君津がうるさいから、ラーメンおごりとかでね」
今どき本体を買わせるだけじゃビジネス成り立たないんだよ。むしろ本体なんかタダで与えて消耗品を売るのが主流さ。プリンター本体よりインクの方が高いとかね。あと、ウォーターサーバー、めっちゃ欲しいんだけど水まで買わされるのが嫌で我が家には導入されてないんだよなぁ。
「これがあれば電車の定期いらなくなるんだから一緒でしょ。補充も私がしてあげるからさ」
「くっそぉ~~」
そのままトロッコは進んで行く。
「しっかし、景色全然変わんねぇな」
「地下だからしょうがないでしょ。それより、ちゃんと前見てなきゃ危ないわよ」
「うおっ! 行き止まりだ!」
「行き止まりじゃなくてゴールよ。ブレーキ掛けなさい」
ようやく、学校の真下に到着。男子生徒Aがブレーキを掛け始め、いい感じで止まった。
「ふぃぃ~っ。楽しいなこれ!」
「でしょ? 憂鬱な通学がアトラクションに早変わり! ってね」
「これなら俺も欲しかったけど、家近いからな~」
男子生徒Bは、私ら同様、電車を使うような距離ではないらしい。
「お前んち行く時は乗せてもらうわ」
「おう、任しとけ」
使い方はどうぞご自由に。
「それで鏡子、これどうやって地上に出るの?」
「そんなの、上に上がるための煙玉があ・・・」
「“あ”、どうしたの。“ある”のよね?」
私は、ポケットに手を突っ込んだ状態で固まっていた。
「あ・る・の・よ・ね?」
何かを察知したようで、鈴乃が追及してくる。
「もちろんあるわよ。家に」
「今なきゃ意味ないでしょ!!」
いやー失敗したぜ。なんか持ち歩くの忘れてた。だってさ? 今日って、そこの男子2人の話をたまたま聞いて急に決まったじゃん? だったらさ、準備してなくてもしょうがないよね。
「うぉぉい! どうやって地上に出るんだよ!」
「俺たちこのまま地下で飢え死にするのか!?」
うろたえる男子2人。
「ホント肝が据わってないわねアンタたち。大丈夫に決まってるでしょ」
「どうすんだよ?」
なんだよその人を疑ってるような視線は。
「サブウェイメーカーがあるから、これで道を作るのよ。さすがに真上にトロッコを進めるのは無理だから、斜めにね」
「どこに出るつもりなのよ?」
鈴乃まで、私を疑うような視線を向けてきた。全く、親友とあろうものが信頼ってモンが足りないんじゃないのかね。
「窓咲公園にするわ。建物の近くは水道管とかがあるから無理ね。配管図は知り合いに提供してもらったのがあるからちゃんと避けれるわ」
「なる、ほど、ね」
鈴乃は、最大限の妥協といった様子でそう言った。どこかから外に出なきゃいけないのは変わらないからな。
「そんじゃ、行くわよ」
スマホで公園までの距離と水道管の配置を確認し、サブウェイメーカーをカチッとな。
ドゥルルルルルルル・・・!
最初と同じように、線路が出来上がっていった。ちょっと傾斜がきついけど、のぼれんことはないだろう。トロッコは今しがた乗って来たやつを移し、
「そんじゃ行くわよ。またアンタが操縦する?」
「今度は俺にさせてくれよ。いいだろ?」
男子生徒Bが名乗り出た。
「ああ、じゃあ頼むわ」
という訳で今度は男子生徒Bの操縦で、レッツゴー。順調に、トロッコは進み始めた。しかし、
「あっちゃー」
「え゛、どうしたの」
鈴乃が睨んできた。
「そんな怖い顔しないでよ。燃料が切れそうってだけ。急に決まった話だから、前使ったまんまになってたのよね」
不覚にも地上に出る道具を忘れてしまったからな。これは想定外。しょうがない、うんうん。
「燃料なくなったらどうするの?」
「歩くしかないわね。どうせ公園までだし」
立川まで歩くよりはマシだろ?
「誰のせいで余計に燃料を使うことになったか分かってるよね・・・?」
そりゃあ、学校なんていうパブリックスペースで電車通学の愚痴をこぼしていた男子生徒Aのせいに決まってんでしょうよ。
さて、しばらくトロッコは進んでいた訳だが、
「ん? おい、スピード、出なくなってきたぞ」
途中で燃料切れを迎えてしまった。
「あー、まだ1キロぐらい残ってるわねー。イタチの最後ッぺでもうちょい進んどく?」
「1キロかー、ちょっとメンドくせーなー」
だよね? 歩けば15分ぐらいかかる距離だし。
「ちょっと待って。最後ッぺって、どうやって?」
「言ったでしょ、水素を使ってるって。あれ、火を点ければ燃えるのよ」
もちろん、水素を漏らすための機構も用意してある。私ってば準備がいい!
「え、でも、それ、燃やしたらどうなるの?」
カチッ。
ドオオオオォォォォォン!!
「「ぎゃああああああああああああ!!」」
「きゃああああああああああああ!!」
水素を後ろから漏らし、火を点けた。文字通り、最後ッぺで超加速!
「こうなるわよ」
「だからやる前に言って!!」
百聞は一見に如かずって言うじゃない? 目で見た方が、いや、体感した方が早い!
「「「あああああああぁぁぁぁぁぁぁ・・・!!」」」
3人は、尚も絶叫を続けている。そうこうしているうちに、前方に光が見えてきた。
「ちょっ、鏡子、出口!」
「ブレーキならそっちに言って」
「あんた! 早くブレーキ、ブレーキ!」
「さっきからやってるよ! でも効かねえんだよ!」
「そりゃそうでしょ、浮いてんだから」
「鏡ぉぅ子ぉーーーーーーーーーーーーーっ!!」
トロッコは、勢いそのままに出口の光へと向かい、
パァァーーーーーーーーン。
大空へと飛び立った。夕暮れの綺麗なオレンジに包まれる中、私たちは、風を受けて飛んでいる。だというのに、
「「わああああぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・!!」」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛・・・!!」
3人は、このわびさびを満喫するのを忘れ、必死に何かを叫んでいる。おっと、そろそろ重力に引っ張られる頃か。きっと、鮮やかな放物線を描いていることだろう。そして、そのゆく先だが、池だ。
「落ちるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
男性生徒Bが叫ぶ。こりゃもう、どうしようもないな。
「ちょっと鏡子、アンタまさかわざと・・・!」
「違うわよぉ。こんな勢い出るとは思ってなかったんだもーん」
騒ぎになったら君津に呼び出されて反省文書かされるんだからさ。
「とっ、とにかく何とかしなさい!」
「ちょっと待ってよ。いま反省文考えるので忙しいから」
「そんなの後でしなさいよ!!」
言うても、ねぇ? そのまま、トロッコは体育館めがけて進んで行き、
「「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
「いぃぃやあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
バッ、シャーーーーン! 計算通り、池にホールインワン!
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翌日、朝っぱらから私は君津の前で正座させられている。
「お前は、正座させるだけじゃ足りんようだな」
「やだなぁ先生。反省はしてますよぉ。ただ、結果としてこうなっちゃうだけで」
「それを“反省してない”と呼ぶんだ」
おいおい、もうちょっと生徒を信じたらどうだね。
「それで、今度は何ページ書けばいいんですか」
「いつも通りでいい。ただし今度は、お前が嫌いなボランティア、奉仕活動をやってもらう」
「えー・・・」
この私を、タダで働かせると? いや最早、人をタダ働きさせようって考え自体が人道から外れてると思いますがねえ!
「ちょうど、今日の放課後、水泳部がプール掃除をするらしい。それを手伝え。無論、見張りも付けるからな」
プール掃除、だと・・・!?
次回:ペナルティプール掃除




