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第37話:クライマックス!

「カオルン君お疲れ~っ! カッコよかったよ~っ!」


「ヤクソクどおり勝って来たゾ!」


「「「キャーーーッ!」」」


 騎馬戦がクーロンくんの独壇場で終了し、残り2種目となった。3年の全員参加型競技と、最後の“レインボーリレー”だ。


【次の第18種目は、3年生全員参加の“大航海時代”です。3年生の皆さんは準備を始めてください。準備を待つ間はポイントしゅうけ・・・休憩時間といたします】


 おい、内情が漏れてんぞ。


 それはさておき、随分と大層な競技名が出てきたが、これは大玉転がしと似た感じで、大玉の代わりに船の形をした御輿を担いでリレーするものだ。ただし、一本道の往復を繰り返すのではなくトラックを走って回る。


 御輿はシングルベッドぐらいのサイズで8人で担ぐもので、カーブで抜かすのは困難なので直線でどれ程のスピードを出せるかが肝になってくる。そのため、中継地点は直線の途中ではなくカーブの真ん中であり、僅差で追うチームは若干の遠回りを強いられるが、いかにスムーズに御輿をパスできるかも重要で、カーブで順位が入れ替わることも起こり得る。


 ポイントしゅうけ・・・もとい、休憩時間の間に3年生が持ち場についていく。基本は半周×10のリレーだが、スタート地点は入場門なので、そこに4つの御輿が集まる。ぶつかった時に絡まったりしないようにするためか、割とシンプルな船のデザインだ。

 あと、最後のゴールもカーブせず直進してゴールテープを切る形になっており、その直線でデッドヒートになった場合は中々にアツい。


【さぁて現在の集計結果が出ました!】


 お、現時点での得点が発表されるようだ。


【1位! くっ・・・赤組! 548点!】


「「ううぇーーーい!」」

「「フーーーーッ!」」

「「イェーーーイ!」」


 暫定1位の知らせに、テント内が歓声に沸く。放送席からのアウェー感は相変わらずだ。


【2位! 緑組! 517点!】


「「おぉぉ~~っ」」


 ここでも、一部の生徒からリアクションが出た。31点差か、微妙だな。


【3位! 青組! 502点!  4位! 黄組! 490点!】


 残る2つは生徒のリアクションも小さく、流して発表された。残り2種の配点は、大航海時代が1位60点で以下15点差、レインボーリレーが1位80点で以下20点差なので、まだどのチームにも優勝の可能性が残されている。レインボーリレーにクーロンくんがいるとは言え、緑組には勝っておきたいところ。


【では間もなく始まります。本校最上級生全員による、砂の上の大航海!】


「「「ワーーーーーーーッ!!」」」

 パチパチパチパチパチパチパチパチ!


 去年もそうだったのだが、ここで歓声を入れるのが通例となっているらしい。


「位置について、」


 ここからは少し遠いが、スタートラインではトップバッターを務める32人の戦士が御輿を担いでいる。並び順はクジで決まるが、普通の徒競走と同じように外側寄りのチームは少し前からスタートできる。


「よーーい、」


 4~5秒ほどの静止期間を挟み、


 パァン!


 “大航海時代”が始まった。最初のカーブにいかに早く着けるかがミソになってくるが、


【青組が前に出ました! それを黄組が2位で追っています! 3位は緑、4位は赤組です!】


 あちゃー、出遅れたか。この競技、3年生は全員参加だから、非力な8人組があるとストッパーになり兼ねないのでほとんど分散させているはずだ。それでも早い人を集めてる番手もあるだろうが、そういうのは普通トップやアンカーにくる。だからスタートでの出遅れは結構痛いぞ?


【さぁトップの青組、2番手に船が渡ります!】


 皮肉にも、私たちの応援席の真ん前に、奇数番手から偶数番手への中継地点がある。3年に対して文句を言う人はさすがにおらず、歓声が上がるなかビリで中継するのを見届ける。しっかしこりゃ、中継の手際での逆転もそこまで望める感じじゃないな。運よく他チームが手間取るか、マグレでサクッと渡せるかが起こるといいが。


 程度の差はあれそういうことがあり、直線での変動も含めて順位の入れ替わりはちょくちょく発生しているが、赤組は3位と4位を行ったり来たりしている。

 100m×10のこのリレー、進むにつれて2位から引き離されていき、後半に差し掛かる頃には、青と黄色で1位争い、緑と赤で3位争いという構図になった。


「キッツいわね」


「どうなりそう?」


「分からないけど、良くても3位でしょうね。どっちにしてもここでの優勝確定はないから、最後のリレー、勝たなきゃなんなくなるわね」


 もちろんここで3位になっといた方が楽ではあるが、どうなるか。とか思っていたら、


【おぉ~~とっ、3位グループの赤組と緑組が1位グループの青組と黄組に迫って来ましたぁ~っ!】


 何気に追い上げて来た。黄色や青の船が序盤戦よりも遅く見えるから、恐らく青組と黄組は、比較的速い8人組を前半に寄せていたのだろう。少しずつ差が迫り、このまま行けば追い付けるかも、という期待を抱かせるものにはなってきた。だが、


【いよいよアンカーに船が渡ります! 青組が1位ですが2位の黄組が追い上げを見せており、3位の緑組と4位の赤組も肉薄! 特に黄組はカーブで外側になりながらも差を詰めているぞぉ~っ! バトンパス勝負になりそうだぁ!】


 1対1なら抜かすのもそんな難しくないので、今の黄組のように追い付くこともできるが、


【しかし緑組と赤組、カーブを大きく回ることになり再び差が開き出したーーーっ!】


 4チームある状態で混戦になるとひどく外側を回らされるので、1つ内側のチームは抜けたとしても一番内側を走るチームを抜かすなんて無理になる。1回でもやってれば気付けるのだが、多分、私たちがやった綱引き同様、体育教師の方針でレース自体はぶっつけ本番だろう。去年も4チーム同時バトンパスにはなってないから実際の絵を見れてない。その結果、


【黄組がさきっ、いや青組も出た! この2チームが再び前に飛び出したーーーっ!!】


 青と黄色の一騎討ちに戻った。バトンパスでの逆転もできなかった以上、もう上位は無理だな。せめて3位にはなってもらいたいところ。運よく、一緒に出遅れているのは総合暫定2位の緑組だ。だが残念ながら、


「「あぁーーっ」」


 私たちの目の前で緑組の先行を許した。見た感じ、スピードは互角で直線勝負でも抜けそうにないから、キツい。


【トップは青組と黄組です! 互いに一歩も譲らず、真横から見ていても分かりません! 写真判定になりそうです!】


 ゴールの基準は、船の先端だけでもゴールライン上に来ればゴール。一応ゴールテープは張ってあるがほとんど飾りで、競った時には写真判定となる。そのまま、青と黄色が先頭、緑が3位、赤が4位のまま4つの船が本部席前を駆け抜けて行く。そして、


【2チームほぼ同時にゴーーール!! これは写真判定でしょう! 少々お待ちください! そして3位緑組、4位赤組! 総合暫定1位と2位の両チームが下位となり、面白い展開になってきましたーーっ!!】


 マジかー。4位になっちまったかー。既に入場門付近に行ってアップをしている“レインボーリレー”の選手は、どんな面持ちだろうか。こっちには、最後のクーロンくんの活躍で優勝が決まると前向きに捉えている人もいるが。


 隣の青組テントも、まだ1位なのか2位なのか分からないためか、固唾を呑んで本部席の方を見守っている人が多い。


【写真判定を行いますので、青組・黄組の応援団長は、本部席までお越しください】


 競技を終えたばかりの応援団長であるが、呼ばれ、本部席へ。ノートパソコンに映し出すらしく、それを覗き込む姿がここからでも見える。5~6秒ほどすると、応援団長の片方が拳を上げてガッツポーズを見せた。そのハチマキの色は、青。


「「「ヤーーーーーーーッ!!」」」


 その姿がバッチリ見えていたので、放送を入れるまでもなく青組のテントが歓喜に沸いた。トラック内に残っている3年生も大喜びだ。これはおアツいですねえ。


【写真判定の結果、青組が1位、黄組が2位となりましたーーっ! いやぁ、最後のデッドヒートは凄かったですねえ】


【そうですね。黄組としては、総合成績が4位だったので、ここで勝てなかったことが悔やまれるでしょう】


【ではその総合成績を発表します!

 1位! 赤組! 563点!  2位! 青組! 562点!

 3位! 緑組! 547点!  4位! 黄組! 535点!】


 うおぉぉぉ、1点差になっちまった。3位に落ちた緑とも16点差しかなく、最後のリレーは順位ごとに20点差つくから、この2チームに負けてはいけない。


【これは面白くなってきましたーっ! 最後の“レインボーリレー”、赤・青・緑組は1位を取れば無条件で優勝! 黄組は他力本願の要素も加わりますが、黄組が1位かつ緑組が2位となれば優勝で、まだ全チームに優勝の可能性が残されているーーーっ!!】


 マジでアツい展開になってきたな。赤組の優勝条件は、1位になるか、黄組に1位を取られても2位になること。まあぶっちゃけ、1位取れよっていう話になってしまう。


「カオルン君いるから大丈夫っしょ!」


「カオルンくーーん! 頑張ってーーー!」


 ここから離れた入場門にいるクーロンくんに、エールが飛ぶ。しかし、どうだろうな。確かに彼の身体能力は破格だが、他の学年は一番速い人が赤組にならないようなクラス編成にしてるだろうし、リレーだから1人では勝てない。

 そして一番の問題はバトンパス。受ける時は確実にバトンを受け取ってから走り出すようにすれば大丈夫だが、渡すのが難しく、オーバーランすればロスは数秒では済まない。それを防ぐには減速するしかなく、クーロンくんのスピードを活かせる範囲が限られてしまう。


【それではいよいよ、最終種目、各チームから6名ずつ選抜された選手による“レインボーリレー”です! 選手の皆さん、入場をお願いします!】


 入場門から、選手がゆったりとした駆け足で入って来る。あれくらいでは疲れないだろうし、準備運動ついでだろう。さっき“大航海時代”をやった3年だが、これに出る人は序盤で済ませただろうから、もう普通に列に入っている。


「カオルンく~~ん!!」


 色んな声援が飛び交う中、選手たちは途中で直角に折れ曲がり、グラウンドを突っ切って本部席前に向かう。一方で、入場門には4人の女子生徒が残っている。

 このリレーは、1年女子、1年男子、2年女子、2年男子、3年女子、3年男子の順のリレーで、トップバッターを務める1年女子は入場門でスタートだ。中継地点は全て本部席前なので、1年女子は150m、他はトラック1周の200mだが、3年男子は最後、ゴールテープのある場所まで直進するので250mだ。


【皆さん、お待たせ致しました! 泣いても笑っても最後の戦い、“レインボーリレー”が間もなく始まります!  精一杯の応援を、よろしくお願いします!!】


「「「ワーーーーーーッ!!」」」

 パチパチパチパチパチパチパチパチ!!


 歓声が沸き、それが少しずつ収まっていって静かになる。


「位置について、」


 1年女子代表の4人が手を地面につき、


「よーーい、」


 腰を持ち上げ、


 パァン!


 スタート。


【さぁ最後の”レインボーリレー”がスタートしました! 1位・緑組、2位・黄組、3位・赤組、4位・青組です!】


 スタートダッシュはそうなった。歓声が飛び交うなか選手たちが走る。


【黄組の選手、追い上げて1位に浮上! 後ろを引き離していきます!】


 ここからはトップスピードの勝負になり、1位と2位が入れ替わり、あとは順位をキープしたままカーブへと突入する。短距離走ゆえにここからの順位変動は起こりそうになく、2年や3年の選手と一緒にトラックの内側でストレッチをしていた1年男子の選手が出て来て、今の順位の合わせて並ぶ。女子より男子が速いので、どのチームもバトンパスゾーンの後ろ辺りまで下がっている。


「頑張れ~~!」


 私たちのいる応援席前を、選手たちが通過していく。赤組は現在3位ではあるが、クーロンくん1人で十分に逆転できる差であり、本人もそれを分かっているのか、手を抜かないまでも躍起になって前の選手に勝つことは考えてなさそうだ。


【黄組1位のまま、1年生男子にバトンパス! 緑組、赤組、青組と続いていきます!】


 どのチームもスムーズにバトンパスを終え、1位から4位までの差が全体的に詰まりつつも順位の変動はなくカーブに突入。1位と2位の差が2m、2位から4位までの差が1.5mずつの状態で、4人が並んで走っている。カーブを抜けた先に直進があるから、抜かすならそこだな。


「あちゃー」


 だが、直線に突入した直後、反対に抜かれてしまった。4位になり、トップスピードの差なのでそのまま離されていく。


【青組、速い! 赤組を抜き去り、緑組と黄組にも迫って行くーーっ!】


 青組にとっては、カーブになる前にどこまで行けるかだな。青組が速いというだけなので、赤組も、黄組には負けてそうたが緑組とはほぼ互角だ。


【ここで黄組、緑組を抜いて再び1位に躍り出たーっ! そのままカーブに、あぁーーっっと! 青組の選手も緑組を抜き、カーブの外側からの黄組の追い抜きを試みるーーっ!】


 黄色、青、緑、赤の順でカーブに突入。この後の直線は中途半端距離だけ走ってバトンパスになるから、ここで抜こうという考えだろう。だが、


【しかし、抜かせない! 黄組、内側にいることもあり、何とか1位をキープしています!】


 これが嫌なところで、せっかく地力で勝ってても抜かせないもどかしさを感じることになる。彼としては全力ダッシュを続ける判断のようで、黄組の選手の外側で走り続けている。


【さぁ続いて、2年生女子へのバトンパスです! ここでようやく青組が黄組に追い付いて行き、ほぼ同時にバトンパス! その後ろに、緑組、赤組と続いて行きます!】


 200mの短距離でもスタミナの問題は出るのか、地味に1位との差が開いてしまった。トラックで言えば1/8周、距離で言えば25mといったところだろうか。


【ここで青組が前に出たぁーーっ! 優勝へ1歩前進です!】


 一方の赤組はと言うと、残念ながら4位だ。この2年女子でも抜かせそうになく、いかに差を小さく抑えるかというところになるだろう。青組が1位で前を進んで行く中、


【緑組、ここで黄組に迫っていきます!】


 3位の緑組は、2位の黄組との差を詰めている。あれは直線でひっくり返りそうだな。赤組、頑張ってくれ。


 予想通り、最初のカーブを終えた先の直線で緑組が2位に浮上し、青組との差は詰め切れてないが広げられないぐらいには抑えている。


「赤組ー! 頑張れーー!」


「カオルン君が何とかしてくれるよーーっ!」


 3位の黄組、それから4位の赤組を見送る。


【1位の青組、2年生男子にバトンが渡りました! 2位との差もまずまずで、良い位置です!】


 1位との差は、1/4周弱、46~7mぐらいか。だが向こうは男子にバトンが渡ったからもうちょっと広がるだろう。


【2位緑組、3位黄組、そして赤組が、絶対的エース・カオルーン君にバトンが渡ります!】


 クーロンくんはバトンパスゾーンの一番後ろに立ち、後ろも向いて手を伸ばしている。リレーはいかに次の選手が加速したところでバトンを渡すかがカギとなるが、彼の場合、加速されると追い付けないのでこうするしかない。


 緑組、黄組の選手が通過して行った後、赤組の選手が到着。


「お願い!」


「ウム!」


 ビュゥン!


「「「おおぉ~~~っ」」」


 彼はバトンを受け取るなり、加速期間など必要ないと言わんばかりにスタートからブッ飛ばした。


 黄組の選手をあっさり抜き去り、ちょうどカーブに突入する辺りで緑組の選手も抜いた。そのカーブだが、


「「「キャーーーーーッ!!」」」

「「「うおぉぉ~~~っ!!」」」


 さすがに失速はするが、それでも尋常じゃないスピードだ。遠心力も凄いのか、バイクかよってぐらいに体を内側に傾けている。


【速い! 速い! カオルーン君速い! これはもう誰にも止められそうにない~~っ!!】


 すぐに直線に到着し、呆然とする他チームの応援席の生徒たちの前を駆け抜け、前を走る青組の選手に迫る。カーブを終える時にトラックから離れてしまったが、オーバーランとかコントロールミスとかではなく、青組の選手を抜くためだ。普通にこの直線で抜ける。


【赤組カオルーン君、1位に浮上ーっ!! まだまだ突き放して行くーーっ!!】


「「「キャーーーーーッ!!」」」

「「「ワーーーーーッ!!」」」


 しかもそのまま、赤組の応援席前に突入するというファンサービス付き。青組の選手を抜かすためにトラックを離れていたから、近い。カーブに突入するので、彼の体がバイクのごとく傾いていく。そのまま、トラックのラインに向かうように、私たちの前を通って曲がって行く。


「カオルンく~~ん!!」

「カッコいい~っ!!」

「いいぞカオルーーン!!」

「いっけぇ~~!!」


 熱い声援を受けるクーロンくんにこれと言ったリアクションはなく、ガチで走っている。その表情は真剣そのもので、童顔ということもあってギャップが凄い。


「あ、もうヤバい・・・!」


 一部の女子生徒が興奮のあまり鼻血を出してしまう始末だ。


【さぁ赤組! 1位で3年生女子へバトンパスです! あの恐ろしいスピードのままバトンパスができるのかぁ~~っ!?】


 鬼門のバトンパスだ。ぶっちゃけここで勝敗が決まると言ってもいい。


【おぉーーっとっ! 3年生女子選手、バトンパスゾーンの一番後ろに立っているぞぉ~~っ! どういうことでしょうかーーっ!】


 クーロンくんの走る距離を少しでも長くするならバトンパスゾーンの前の方にいるのがいいのだが、次に控える3年女子の選手は一番後ろの方に立っている。ということは・・・、


【3年生女子選手、カオルーン君が来る前に走り出しましたーっ! しかし! そこにカオルーン君がもの凄いで追い付いて行くーーっ!!】


 そうか。どんなに全力疾走してもクーロンくんからは逃げ切れないから、加速した上で追い付いてもらおうということだろう。後はそのバトンパスが上手く行くかだが、


「ナツミ!!」


「ハイ!!」


 バトンパスゾーンの先端間際というところでクーロンくんが追い付き、当然彼は勢い余ってオーバーランして行く。バトンが渡っているかに注目が集まるが、3年女子選手は慌てる様子もなく普通に走っており、そのままカーブへと向かって行く。その手には、赤いバトンがしっかりと握られていた。


【赤組、バトンパス成功~~っ!! これ以上ない完璧なバトンパスとなりました! これは大きい~~っ!!】


 信じられん。まさかあんな形でのバトンパスに挑戦して、成功させるとは。


【素晴らしい中継でしたね。彼のスピードをいかに殺さずに中継するかというところでしたが、そのスピードを活かして追い付いてもらって、お互いほぼトップスピードの状態ですることができました。よく、あの方法でやろうと思ったものです】


 全くだ。あれを考えるだけならまだしも、やろうと思ったらとんでもない難易度になる。2人で相当練習を重ねたに違いない。それくらいに完璧だった。


「もうコレ行ったんじゃね!?」


「油断しちゃダメだって! ちゃんと応援するよ!」


 実際、余程のことがないと限りもう逆転はされないだろう。さっきのでほぼ完璧に勝負は着いた。2位との差も1/3周ほどあり、残り2周で何とかなるものじゃない。


【カオルーン君ばかり見ていましたが順位の変動が起こっています! 2位は青組のままで、3位・黄組、4位・緑組! まもなくバトンパスです! 赤組に追い付くにはミスは許されない!】


 それどころか、完璧にやる必要さえある。配点の高い最終競技というだけあって練習しているようで、100%の完璧かと言われると微妙だが、良い形でのリレーにはなった。


【じわりじわりではありますが、2位以下のチームが赤組に迫って行くーーっ!】


 ここで更に引き離してダメ押し、とは行かず、本当にじわりじわりだが、差は縮んでいる。しかし、アンカーもこのペースで行けるなら問題ないレベルだ。やがて、赤組の選手がこっちの応援席の近くまでやって来た。


「ナツミーーっ! ファイトーーっ!」


「まだ余裕あるぞーっ! 力まないように気を付けろーーっ!」


 ここまでくると怖いのは、転倒だ。それを本人もよく分かっているだろう。カーブということもあり、多分、95%ぐらいに抑えて走っている。


【赤組、1位でアンカーにバトンが渡ります! ここはミスしないように行きたいところ!】


「ヤバい、めっちゃハラハラしてきた・・・!」


 多分、結構な人が、走ってる本人よりも緊張してるだろうな。しかしもう、さっきのような完璧なバトンパスは必要ない。アンカーの3年男子選手はゾーンの一番後ろに立ち、腰をひねって後ろを向いた上で、肘を曲げて上腕部だけを出している。


 そこに3年女子選手が近付き、2人が頷き合い、女子選手がスピードを緩め、男子選手も足を動かし始めたが、ゆっくりと確実なバトンパス。


【赤組、アンカーにバトンが渡りました! さっきとは打って変わって、多少のロスが出ようとも確実なバトンパスを選択しました!】


【それでいいでしょうね。まだ2位との差は1/4周程度あります。バトンを落とすリスクを排除する方を優先するのが得策でしょう】


 バトンを受け取ったアンカーの3年男子選手は、そのまま本部席前を離れてカーブに突入していった。


【ここで、下位はまた順位が変わりまして、2位黄組、3位青組、4位緑組の順でアンカーにバトンが渡っていきます!】


 他のチームの最後のバトンパスも何事もなく進み、アンカー対決になる。やはりじわじわと差が詰められているが、


【これは逆転は厳しいかぁ~~っ!?】


 このまま行けば、逃げ切れる。


【しかし、最後まで何が起こるか分からないのが体育祭! 油断は禁物だーーーっ!!】


 こっちとしては転倒だけが恐怖の対象となったが、アンカーの選手の走りは安定しており、特にそんな様子はない。そのまま、他チームの応援席前を駆け抜け、


「「ワーーーーー!!」」

「「キャーーーーー!!」」

「「いっけぇーーーー!!」」


 大声援を受けながら、赤組の応援席の前を通って行く。このカーブに入る前に彼はチラリと後ろとの差を確認しており、余裕があるので、足の回転速度を少しだけ緩めている。


 そのまま無事にカーブを終え、最後の直線に入った。


【さぁ、もうほぼ決まりと言ってもいいでしょう! 赤組、チームを優勝へ導く、チャンピオンロードを駆け抜けます!!】


「「「ワーーーーーーー!!」」」


 赤組のテント内は既に相当なボルテージで、みんなして声を張り上げてアンカーの選手にエールを送っている。


 彼はそのままただ1人、前方に張られているゴールテープを目指して突っ切る。そして、この位置からでは後ろから見ることになるので距離感がつかめないが、赤組の面々が声援を送りながら見守っていると、彼は、左手に持つ赤いバトンを高々と天に突き上げながら、ゴールテープを切った。


「「ワーーーーーーーーッ!!!」」

「「キャーーーーーーーーッ!!!」」

「ィィェアーーーーーーーーッ!!!」

「キターーーーーーーーーーーー!!!」


 ただでさえ会話できないレベルの喧騒だった赤組応援席だが、そこから更に、爆発するようにボルテージが上がり、最高潮のものとなった。


【赤組、リードを守り切り1位でゴール! 優~勝~で~~~~~す!!】


 散々赤組にアウェーな立場に立ってきた放送席も中立な立場に戻り、赤組の優勝を会場内に知らせた。来賓や一般席の方からも、拍手喝采が飛んで来る。


【さぁレースはまだ続いております! 2位は再び逆転した青組! 3位争いが激しいですが、後ろから迫る緑組を黄組が振り切りぃ~っ、そのままゴーーール!】


 全員がゴールし終え、”レインボーリレー”終了。隣のテントで青組の面々が肩を落とす中、赤組テント内は未だに盛り上がっている。


「ま、なんだかんだで勝つと気分いいわね」


「ね。鏡子のインチキで勝った訳でもないし」


 おい。私を何だと思ってるんだよ。ビジネスと無関係なものまで反則してでも勝ったりしねぇよ。


(ビジネス絡むと何でもやっちゃうでしょうが) by 大曲鈴乃16歳


 ま、私が何もしなくてもクーロンくんがいるってだけで半分以上反則の領域なんだけどね。しかし、本人の身体能力である以上はどうしようもない。


【いや~、結局赤組が勝っちゃいましたね~。しかしまあ、別に厳木さんが活躍したって訳でもないので良しとしましょうか】


 おい、最後まで中立を貫けよ。全く、どいつもこいつも。


【ですが彼女に、インチキ発明品なしでも勝てるという実績を与えてしまったのは悔やまれますね。今後に響かないといいのですが】


 そうだぜぇ? 何気に私は出たやつ全部1位だからな? てめぇら何ぞこの身1つで十分ねじ伏せれるってんだよ。


「鏡子の場合、その汚い性格っていう強力なウエポンがあるからね。人並みの良心を持ってる人には真似できないのよ」


「ハンっ。そんなのは負け惜しみだね。結果が全てなのよ」


 泥ハネ程度でコケたり、靴を投げる構え見せただけで応戦しちゃう方が悪いんだよ。勝ちたきゃ鍛え直してくることだね。


【以上をもちまして、全ての競技が終了いたしました。10分後に閉会式を行いますので、生徒の皆さんはそれまで休んでいてください。応援にお越し頂いた皆さま、ありがとうございました】


 一時的に解散となり、リレーの選手が戻って来るのと、応援団が応援グッズの片付けを始める。当然、クーロンくんは戻って来るなり大勢の生徒に囲まれることになった。


「カオルン君カッコよかったーーっ!」


「お前が今年もMVPだな!」


 確かに彼がいなければ優勝はなかっただろうが、個人的にはあのバトンパスを決めた3年女子選手にMVPを贈りたいところだ。全力疾走しながら、後ろからバイクで来る人からバトンを受け取るようなもので、それを実行に移す勇気と、確実にできるようになるまで練習を重ねる根気は、目を見張るものがる。ナツミと言ったか、どんな人物なのか気になるな。ぜひともその人物像を解剖したいところだ。まずは名字から教えて頂いてですね、それから・・・ぐへへへへ・・・。


 --------------------------------


 閉会式が終わり、教室に戻る。女子高生のユニフォームである制服に着替えたが、多くの生徒は、優勝の余韻に浸りたいのかこのあと部活があるのか、体操服のままだ。担任の君津が入って来て、ホームルーム。


「まずは、優勝おめでとう。よく頑張ったな」


「「イェーーーーッ!」」


「静かにしろ。ほとんどカオルーンのお陰だろ。厳木の暗躍がない中で勝てたのは喜ばしいことだがな」


「「だっははははっ」」


「せんせーい、それはナイと思いまーす。私だって出たやつ全部1位だったんですけどー」


「あんな勝ち方しておいてよく言えるな。一切の非もなく勝ったのは100m走だけだろう。お前が取ったのは4点だけだ。全体の1%にもならん」


 相変わらずひどい言い草だぜ。ていうか他の競技も仮に負けても出るだけでポイント入るんだが?


「ドラグーンパニックは私が作りましたー。褒めてくれたっていいと思いまーす」


「お前のことだから生徒会から報酬をもらってるはずだ。金にならん言葉など必要ないだろう」


「私だって人間なんですー。モチベーションに関わるんですー」


「人の心があるんならたまにはタダで学校運営に協力して欲しいものだな。以上、解散」


「きりーつ」


 ガタガタガタッ。


 おい。


「優勝に浮かれるのは構わんが、帰りが遅くなったり事故に遭ったりせんように気を付けるんだぞ」


「「はーーい」」


「気を付け、礼」


「「「さよーならーー」」」


 てな訳で、解散。


「どっか寄ってく?」


「そうね。糖分ほしいしパフェでも食い行きましょ」


 鈴乃と、黒田くんが部活で1人暇だという白鳥さんも連れて、教室を出た。

次回:夢の超特急通学

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