第33話:開演、カオルーン劇場
【さぁいよいよ、午前中の最後の種目、2年生全員による綱引きです! 80人 対 80人で、意地と力のぶつかり合いの火蓋が切って落とされます!】
アナウンスを聞きながら、テントから直接トラック内に入って列を作る。それと同じタイミングで綱も運ばれて来て、2本の綱と、それぞれの綱に沿って生徒たちが並ぶという構図が作られていく。80人 対 80人の綱引きというだけあって、中々に壮観だ。なお、微妙に発生する人数アンバランスについては、少ない方が1年生から助っ人を入れることが認められている。
【注目はやはり、暴君カオルーンを擁する赤組でしょう。出場競技が午後に集中しているため、これが最初の出番となります。文字通り、赤組を勝利まで引っ張っていく重要な存在となるでしょう!】
【現在、4チームとも差は少ないものの赤組は2位。午後にカオルーン君が活躍することを考えると、他のチームとしては、1人当たりの力の影響が小さい綱引きでは勝っておきたいところでしょう。私としても、厳木さんのチームが勝つのは腹立たしいので頑張って頂きたいところです】
ところがどっこい、その願いは叶わないんだなぁ~っ。1人当たりの力の影響が小さいって、考え甘すぎでしょ。クーロン君からすれば、80人がぶら下がってる綱を引けばいいだけの話だ。
【1回戦は、赤組 対 緑組と、青組 対 黄組! 同時に行います! それでは選手の皆さん、綱を持って構えてください! まだ引いてはいけませんよぉ~?】
「クーロンくん、綱が動いてから引くのよ」
「ウム!」
この子の反射神経だと、ピストルが鳴ってから引いてもフライングを疑われる可能性が高い。
「う・・・」
クーロンくんが綱の右側、私が左側で先頭に立っている。敵は背の高い順に並んでいるようだが、私とクーロンくんの並びを見てビビってる様子だ。精神攻撃は大事。
クーロンくんは、左足を後ろ、右足を前にして、右膝を伸ばし左膝を曲げて体重を後ろにかけて、右手は前に目いっぱいに伸ばし、左手は自身の胸の前で綱をつかむ構えだ。私もその鏡映しの構えで、前に伸ばした左手を、クーロンくんの右手と左手の間の、左手寄りに入れて綱をつかんでいる。
後ろの生徒たちにもこの構図で並ぶように伝えてあり、私の右手と左手の間には、クーロンくんの後ろの生徒の右手がある。体育の授業で教師が「綱引きはぶっつけ本番の方が面白い。各チーム作戦を練るように」と言ったもんだからクラスメイトに頼まれて(報酬はケーキバイキング)フォーメーションを考えた。
とりあえず適当に並んで全員に綱をつかませて構え方を指示し、身長差やフォームの癖などで綱が上下してれば配置転換を繰り返し、綱が一直線になるようにした。後ろ足の膝を曲げてそっちに体重をかける姿勢は地味にキツいのだが、始まるまでは我慢してもらって、始まったら両足とも前に出して体全体を傾けて綱を引いていいと伝えてある。
まあ、クーロンくんがいるから普通に勝てるんだけど、できる限りの策は、ね。
「位置について、よーーい、」
パァン!
スタート。綱が引かれる力を感じる。
「クーロンくん、いいわよ!」
「ウム! では行くゾ! ヤッ!」
ズズ、ズズズズズズズ・・・。
「「「わーーーー!」」」
「「「きゃーーーーっ!」」」
パン、パァン!
はい、一瞬で決着。
「「「ううぇーーーい!」」」
「「「イェーーーイ!」」」
【あぁーーっと! 早くも赤組勝利! やはりカオルーン君の力か~~っ!?】
【これは・・・想定外ですね。それも、厳木さんのイカサマとは違い本人の身体能力なので、責めようがありません】
お前ら、いちいち私への当て付けをしないと気が済まないのか?
もう片方の試合は20秒ほどの戦いになり、
パン、パァン!
【ここでもう片方の試合も勝敗が決まりました! 青組の勝利です!】
なんだ、星岡のいる黄組は負けたか。まあ、今日に限ってあいつは“ゴッド星岡”ではなく“ノーマル星岡”だからな。
【では続きまして、決勝戦と3位決定戦を同時に行います! カオルーン君を擁する赤組を止めきれることができるのか~~っ!?】
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パン、パァン!
はい、できませんでした。綱引き、赤組の1位で終了! いやぁ、気分がいいですねぇ。赤組のメンツは意気揚々とテントに向かい、同じくテンション上がってる1年生や3年に迎えられる。
午前の部、終了! 赤組、暫定1位!
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「いや~~っ、順調そのものね」
鈴乃と2人、適当な日陰で弁当を食っている。クーロンくんは女子に連れて行かれたのでいない。
「ま、イカサマなんてしなくても負けないってのよ」
てかマジで、他から仕掛けられるパターンが多い。
「やる気なさそうだった割には、結構力入れてるわね」
「そりゃあ、放送席の連中があんだけケンカ売って来てっかんね。私がイカサマだけの人間じゃないってことを教えてやんないとダメっしょ。ああいう奴らが吠え面かくの見るのがちょー気持ちいいんだよから」
「そういうこと言ってるからケンカ売られるんでしょ」
先に売ってきたのはアッチですぅ~っ。当初は大人しくしてるつもりでしたぁ~っ。
「あ、厳木さん発見! 鈴乃もヤッホー」
この声は、
「あら田邊さん、ご機嫌うるわしゅう。調子はどう?」
ゴールデンウィーク明けに迷い猫の依頼をしてきた、去年同じクラスだった田邊さんだ。猫、大変だったなぁ・・・。でも良いビジネスパートナーが手に入ったから良しとしよう。
あ、でもハチマキ星岡と同じ黄色か。5組だったっけ。
「んー、まーフツーかな。厳木さんは相変わらず目立ってるね」
「いい迷惑よ。何の恨みがあって私を目の敵にしてるんだか」
「あっはははっ。監視と言わんばかりに教育委員会も重鎮つれて来てるからね」
「そんな暇があったら働けってのよ」
「教育委員会に余計な仕事増やしてんの鏡子でしょうが」
「ほっとけって話なのよ。どうせもうネットじゃ“マドコーはたまに何かやらかす”っていう風になってんだから」
「それが問題なんでしょ・・・」
ネットの噂なんて無視するぐらいの器量が欲しいもんだね、教育委員会には。
(誰が悩みの種になってる思ってるのよ) by 大曲鈴乃16歳
「そういやぽんぽんさんは? まだ豪華客船?」
ぽんぽんさんは、田邊さんの新しいクラスメイトでバリバリのギャルだ。2週間前に横浜に泊まってた豪華客船に乗ってて、台湾だとか香港だとか言ってたから、今日までに戻って来れるか際どいスケジュールだろう。
「うん。明日までって言ってたからいないよ。てかあの子運動苦手だし」
「そっか、残念」
体育祭出たいなら家族旅行なんぞのために休んだりしないだろうからな。しかしあの、何でもかんでもポヨポヨ言うの、地味に癖になっちまったんだよな。また今度聞かせてもらおう。
「てか“ぽんぽんさん”って、厳木さんウケる」
名前知らないんだよ。あとなぜか、さん付けしたくなる。
「ま、“ぽんぽん”で覚えといて。厳木さん名前教えたらそれで呼んじゃうっしょ? んじゃまたね。ポヨポヨォ~⤴」
「ポヨポヨ~」
「紀香も頑張ってね~」
田邊さんはそのままどっか行った。
「そういや鈴乃んとこも親きてないの?」
「来ないでって言ったのよ。見せ場なんてないしむしろ恥かくだけだから」
「敵がコケるラッキーパンチで3位になってるようじゃねえ?」
「うるさいわね。泥飛ばしたり靴打ち返したりして勝ってるクセに。あれこそ親に見せらんないわよ」
「だからうちの親も来てないわよ。そもそも暇じゃないしね」
土曜日だというのに仕事に勤しんでおられる。私から媚薬買ったり猫探しに12万5千払ったりするために。
「さぁ~て私はあと”ドラグーンパニック”で外野やるだけだからゆっくりしてよっと。鈴乃はあと借り物だっけ?」
「そ」
まだ100m走と綱引きしかやってない鈴乃だが、借り物競争での出番が控えている。あれはほぼ運ゲーだから、運動が苦手なことで恥をかくことはない。借り物の中身によっては恥をかくが。
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【間もなく、午後の部が開始となります。最初の競技は応援合戦ですので、応援団の皆さんは準備をお願いします】
午後イチの競技は応援合戦だ。私に応援団に入るはずもないのでテントから高みの見物。
「カオルン君がんばって~!」
「よシ、行ってくるゾ!」
クーロンくんは誘われたらしく、女子から黄色い声援が飛ぶことは間違いないだろう。
で・・・、
「すっげぇ・・・」
「どうなってんのアレ・・・」
クーロンくんは、飛ぶわ回るわ華麗に棒を振り回すわで、1人雑技団状態になっていた。組体操の類は禁止されてるが、彼は本人の力であそこまで飛んでいる。下の方で学ラン着て正拳突きをやってる応援団の方がオマケに見えるレベルだが、笛やら太鼓やらの音にはちゃっかり合わせて動いているので、言うほど浮いてはいない。いや、彼の体そのものはマジで浮いてるみたいに見えるが。
そして、パフォーマンスが終盤に差し掛かり、
「ヒトセン流・奥義!」
彼はそう叫ぶと、応援団の面々がチームカラーの赤い唐傘を回しながら一斉に真上に投げ、
「旋風陣 (センプウジン)!」
パアァァン!!
クーロンくんが上を向いて手裏剣を投げるように右手をシュバッと振ると空中で竜巻が起こって、数十本の満開の真っ赤な唐傘が竜巻に乗ってぐるぐると空中を巡るという演出になった。
竜巻はやがて止まり、満開のままの唐傘が、くるくると自転だけをしながらゆっくり降下してくる。そして、応援団の面々は、クーロンくんも含めて全員腕を組んで仁王立ちで傘の降下を待ち、全部落ち切ったところで終了。
「「「おお~~~~っ!」」」
パチパチパチパチパチパチパチパチ!!
パフォーマンスが終わったところで、喝采が飛んで来る。
【いや~っ、素晴らしかったですね! 武術の使用を禁止されているカオルーン君ですが、応援合戦が採点対象から除外されていることを受け、応援団長からの頼みに特別に許可が下りたそうです! 得点は付きませんし、厳木さんも出てませんから純粋に楽しませて頂きました!】
【彼は完全に自身の身体能力を使っているだけですからね。厳木さんの妙な発明品でパフォーマンスをするよりはよっぽど良いでしょう。赤組は良い判断をしたと思います】
私は自分の意志で出なかったんだが? そこらへん勘違いするなよ?
それはさておき、アナウンスでも出たが応援合戦は採点対象になっておらず、踊りたい人がパフォーマンスをやるといった雰囲気に近い。かつては順位を付けてポイントを入れていたらしいが、審査基準が曖昧ゆえにイチャモンが付くことが多くて外したようだ。
だからこそ思い切ってクーロンくんに活躍してもらうことができ、未だに拍手喝采が続いており好評と言えるパフォーマンスだったが、
「赤組ずりぃ~~!」
「ウチらこの後どうすりゃいいのぉ~~!?」
他のチームからは当然この反応である。で、実際、他の3チームの分は、それ単体で見れば十分なものではあったが、あれの後ではインパクトに欠けるものとなってしまった。順番的に赤組が最初だからね、しょうがないね。
【応援団の皆さん、ありがとうございました。次の第12種目は、部活動対抗リレーです。10分後に開始しますので、参加予定の部の方は入場門にお集まりください】
次も採点対象ではないパフォーマンス要員の、部活対抗リレーだ。帰宅部の私は引き続きテントで観戦。
【えー、ただいま入りました情報によりますと、“ゴッド星岡”率いる天文学部は急きょ棄権するとのことでした。体調でも崩したのでしょうか】
あいつ、逃げやがった。“神の紋章”を失って“ノーマル星岡”になっちゃったもんね、しょうがないね。
アナウンスによる部活紹介を受けながら、入場門から各部の選手たちが入って来る。バスケボールを持っていたり、剣道の胴着を着ていたり、様々だ。そんな中、
「鏡子さーーーん!!」
「げっ!」
あろうことか野球部は、ユニフォームこそ着ているがバットやグローブなどはなく、
<We ♥ KYOKO>
と書かれた横断幕を持って入場したきた。あいつら・・・。
【なんということでしょう! 野球部はあの厳木さんに愛のメッセージを送っています! ああすることで敢えて恥をかかせようという魂胆にも見えますが、】
「鏡子さんを悪者扱いする実行委員は許さ~~ん!」
【どうやら本気のようです! 一体彼らの身に何が起きてしまったのかーーっ!】
【野球部の様子が最近おかしい思っていましたが、これほどとは・・・。確かに、洗脳されてるんじゃないかという噂もありましたからね。厳木さんならやり兼ねないだけに、恐ろしい限りです】
確かにできるけどさぁ! 私が盛ったのはドーピング薬だけだぜ? それももう完全に解けてる。
【もはや本校の治安に関わるとゆゆしき事態と言っても過言ではないでしょう。なんかムカつくので是非とも野球部には負けて欲しいところですね】
「ブーブーー!」
「負けるもんかよーー!」
そしてガラが悪い野球部。お前ら、もうやめろ。これ以上教育委員会に目ぇ付けられてたまっかよ。
【こちらも採点対象ではなく、厳木さんが帰宅部であることから清い心で見られると思ってたんですけどね・・・】
お前らの心は汚れきってるから安心しろ。
「位置について、よーーい、」
パァン!
そんなこんなで、部活対抗リレーは始まった。バスケ部やサッカー部がドリブルしたり、剣道部が素振りしながら進んだり、美術部が1枚のキャンバスに1人ずつリレーで絵を描いていくパフォーマンスを見せる中、
「うぉぉぉぉぉ~~!」
「鏡子さぁぁん!」
野球部は、あの横断幕を掲げる以外はガチで走っている。
【あぁーーっと! 野球部だけが真面目に走っているーっ! このままでは、このままでは~~!】
野球部ダントツで勝っちまうじゃん。と思っていたら、
「陸上部! 方針変更! 勝利に全てを懸けよ!」
「「ウォッス!」」
「「ハイ!」」
ハードルを置いたりクッションも置いて棒高跳びをしたりしていた陸上部だが、野球部に勝たせたくないのか方針を変えた。既に結構な差が付いていたが、さすがは本職の陸上部、着実にその差を詰めていった。アンカーに移る頃にはもうすぐ抜けるという状態だったが、
「くっ、負けてなるものか! 我らはこの勝利を、鏡子さんに捧げるんだ!」
そんなもん捧げんでいい。
「食らえ! 激マズエキス・水鉄砲!」
「あ!?」
思わず声が出た。
「鏡子、あれって・・・」
やっべー! あいつらに私の発明品セット持たせたままだった!
「ぐおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
激マズエキスが口の中に入り、苦しみだす陸上部。
【あぁーーっと! これは・・・!】
【明らかにルールを逸脱した行為ですね。しかも、様子を見る限りただの水ではなさそうです】
【採点競技ではありませんが、これは対処が必要でしょう! こんなこともあろうかとレスリング部に有事の際の取り締まりをお願いしております! 競技中で申し訳ないですが、ここは…】
「待て!!」
実況がレスリング部を呼ぼうかと言うところで、陸上部のアンカーが声を張り上げた。
「これしきのことで屈したりはしない! 蜂に刺されようとも、毒を盛られようとも、この足で勝利をつかむのみ!!」
陸上部は、激マズエキスを口に入れらた状態で、再び走り出した。マジかよ、大の大人でも数分は悶えるような代物なんだぞ。
【うおぉぉぉ!! 陸上部走り出しました! セコい野球部を抜き去りぃぃ~っ、ゴーーーーーーール!! 厳木さんの息の掛かった野球部に勝ちましたーーっ! 大・勝・利~~~っ!!】
あの陸上部の奴、やりやがった。激マズエキス、改良が必要だな。このレース自体はどうでもいいが、気合いで突破できるようなものではイザという時に役に立たん。
あと実況が、なんか私に勝ったみたいな言い方でムカつく。とりあえず野球部の連中は後で説教だな。
その後は、つつがなく各部のパフォーマンスが進み、部活対抗リレーが終了。
【えー、只今の野球部の不正行為ですが、採点競技ではないので特にペナルティ無しとなりました。また、午前中の競技につきましては昼休みの間に映像分析を行っており、不正は確認されておりません。ただ今後は、赤組の優勝のために野球部員が利敵行為を行う可能性もありますので、より警備を強化して参りたいと思います】
野球部もマークされちまったな。ボディチェックぐらいやるだろうから発明品セットは没収されるだろう。ぶっちゃけ何しでかすか分からんからそれでいい。
「うわぁ、またネットで話題になってるわよ? 鏡子ぉ」
「知らないわよ。野球部の連中が勝手にやったことよ」
他校生徒の観戦も当然あるので、こういうことがあれば即ネットに上げられる。映像分析で不正チェックって、高校の体育祭ごときでやることかよ・・・。
「あんたが預けた道具でしょ・・・」
教育しても無駄だろうからなぁ、あいつらに道具預けるのはホドホドにしよう。いい勉強になったわ。
【続いて、第13種目、1000m走です】
余興に近い応援合戦と部活対抗リレーが終わり、ここから採点競技が再開する。午後の部の本格スタートという訳ですな。
次回:午後の部スタート




