第32話:馬・馬・馬
さて、これから第9種目、私がエントリーされている“馬・馬・馬”が始まる。実行委員の合図を受けて列が進み、入場門をくぐってトラックへ。
竹馬でトラック1/4周、ポヨンポヨン跳ねる馬の玩具でトラック1/4周、最後に四つん這いの人間に乗ってゴールまで駆け抜けるこの競技、スタート地点は本部とは反対側の場所だ。竹馬+ポヨンポヨン馬で半周回り、本部の目の前で人間馬に乗ってそこから50mダッシュという構図になっている。
「位置について、よーーい、」
パァン。
1年生から始まった。にしても、竹馬はともかく、ポヨンポヨンの馬のオモチャって・・・。高校生にはキツいだろ。せめてホッピングとかにしてくれよ。
【やはり皆さん苦戦してるようですねえ】
体育の授業や放課後に練習することはできるが、普段馴染みのないものだし、他の競技の練習もあるし、ジャンケンで負けて嫌々出てる人もいるだろうから、手こずる人は多い。逆を返せば練習してれば、
【青組速い! ダントツの1位です!】
ぶっちぎれる。ふーん、ま、あんなもんか。私も授業の自由練習の時にちょっとやってみたが、あれくらいだったら勝てそうだな。
で、2年に回ってきた。各クラス5人の選出だから4色のチームごとに10人いて、例によって五十音順で私は2番目。誰を何番目に配置するとかいう戦略戦ができないシステムだが、学校の体育祭だからいいや。にしても男子多いな・・・物好きで出てる女子も数人いるみたいだが。
1番手は赤組が勝利し、出番が回ってきた。てことは私が勝てば赤組の2連勝か。
【厳木さんが出るようですが、用具に細工がなされていないことは確認済みで~す。他の3チームはみんな男子! 厳木さんが負ける姿を見るのが楽しみですね!】
おい、マジでナメてんだろ。放送席にいる人が特定の生徒が負けるのを期待するのは良くないと思いまーす。あと、マジお前らに代わって星岡のヤローを封じたんだからな? いち参加者に過ぎない私が治安の維持に努めたんだから感謝しろよ?
しかもなんか、最後の馬役の人まで身体検査されてるし。あれは2交代制になってるから、あの人の出番はこれが最初だ。
「位置について、」
始まるらしい。竹馬に、片足をかける。
「よーーい、」
パァン!
さてと、いきますかね。
「うおっとぉ!」
あ?
「うわっ」
隣の青組のやつがいきなり足を踏み外して倒れてきやがった。避けられず、2人して尻餅をつく。
【あぁーーっと! 赤組と青組が転倒ーー! 青組の選手が先にバランスを崩したように見えたが、巻き込まれるとは運がない! 日頃の行いが悪いからであろう~!】
あぁ~ん? ナメとんのか?
「どきなさいってのよ」
「ぐえっ!」
男子生徒を押し退け、横腹に蹴りを入れた上で立ち上がる。前の2人はそこそこのペースで進んでいたが、無理なほどではない。天才発明家たるもの、人類の発明品である竹馬を使いこなせなくてどうするってんだよ。おぉぉぉらぁぁぁぁぁ!
【あぁーーっと! 立ち上がった厳木さんが猛追を見せる! なぜ無駄に運動はできるのかーーー!】
無駄じゃないからさ。女子高生だろうが発明家だろうが、運動能力ってのは必要なんだよ。竹馬は筋力よりもテクニックが求められるから、男子相手だろうと関係ないね。
とりあえず2位の選手に肉薄のところまで来て、次のポヨンポヨン馬に乗る。こいつはこいつでテクニックが要求される道具だ。いかに素材のバネ性をいかして前進するかですよ、先輩。
「キョウコーーーっ!」
赤組のテントがそばにあるので、クーロンくんの声が聞こえてきた。その横で鈴乃も、ぼけーっとした様子で見ている。
とりあえず2位に追い付いたが、カーブなので抜くのは諦め、直線になったところでスパートをかける。
【あぁーーっと! 赤組が2位の緑組に並んだーーっ!】
【しかしあれですね。厳木さんがあのオモチャで遊んでる姿は何だか滑稽ですね】
よし、放送委員、私にケンカ売ったことは後悔させてやるからな。覚えてろよ。
だがとにかく今はレースに集中だ。このままコイツを抜き去…
「どぅえっ!」
【あぁーーっと!】
「あ?」
バランスを崩して倒れかかってきた。青組の奴といい、ワザとやってんじゃないだろうな? あぁ~ん?
ここは、
「わーー! くるなーーー!!」
バチィン!
「ぎゃっ!」
ビンタ炸裂。いやぁ、急に男子が飛びかかって来たもんだからつい手が出ちまったよ。正当防衛、正当防衛。うん♪
【緑組の選手! バランスを崩したところに厳木さんの張り手をくらって反対側に倒れたーーっ! ひどい、これはひどい! あそこで受け止める器量が厳木さんには無かったようだーーー!】
ある訳ねぇだろ、そんなの。
【さぁ1位の黄組が間もなく最後の馬に乗り換えます! 後ろから迫るマッド才媛から逃げきれるかぁ~~!?】
よりによって1位は星岡のヤローがいる黄色だ。負けらんないねえ、これは。
「鏡子さん!」
うわ・・・。そういや、2人いる馬役の片方は野球部員だった。1/2で私に当たったが、今のこの状況なら都合がいい。
「とにかく勝て。後で私の飲みかけのジュースやるから」
「ホーーーーーーーー!!」
【速い! 速い! まるで本物のサラブレッドだ! 馬になる特訓でもしているのかーーっ!?】
馬っていうよりは、野球部の連中は私の犬になってるのさ。
「くっ・・・」
「あ?」
【あぁーーっと! 黄組の選手! 横にスライドして赤組の道を塞いだーーっ!】
【この競技では選手同士の妨害が認められていますからね。横に並ばれる前に策を打つのは良い作戦と言えるでしょう】
今、選手同士の妨害が認められてるって言ったか? 今の言葉、忘れんなよ?
【迫る! 迫る! 赤組の厳木さん迫る! 黄組の選手は体をよじって後ろを見ているが、これにどう対処するのか~~~っ!?】
対処できるもんなら、してみろよ。
【あぁーーっと! 厳木さん、靴を手に持って投げる構えを取ったーー! 汚い! これは汚い! さすがはマッド才媛!】
何とでも言え。勝利こそが、全てなのだよ。
【これに対し、黄組の選手も靴を脱いで、・・・投げたーー!】
待ってました♪
「っせい!!」
パコン!
私は手に持っていた靴で、敵が投げてきた靴を打ち返した。
「ふぎゃっ!」
【あぁーーっと!】
そしてぇ?
「うわあぁぁぁぁ!!」
【黄組の選手、落馬ーーー!! 厳木さんの反撃に屈してしまったーーーっ!】
でもってサクッっと抜き去りましてぇ?
【ゴーーーーーール! 1位は赤組! 赤組の2連勝を、そして厳木さんの勝利を許してしまったーー!】
相変わらず放送席は私に対してアウェーなんだが、それに対して勝利を示すってのは中々に気分がいいわね。
「鏡子さん・・・! オレ・・・!」
なんか知らないが、馬になった野球部員は涙ぐんでいる。えぇ・・・。
「鏡子さんと一緒に勝てるなんて、感激です・・・!」
「ご苦労さま。約束通り飲みかけのジュースをあげるわ。後で応援席に来なさい」
「ウォッス!」
私の出番は終わりだが、馬役は2交代なのでその野球部員は持ち場に戻って行った。
ここにいても仕方ないのでテントに向かったが、一緒にレースした奴らが全員がゴールしたのに、次がなぜか始まらない。
【えー、只今、教育委員会より抗議が入りまして、審議しております。妨害ありのルールとは言え、靴を投げるという遠距離攻撃はどうなんだという指摘です】
あぁ~ん? 妨害ありってんなら何でもありだろうが? 遠距離攻撃禁止ってルールブックに書いてないんだろ? そもそも私は・・・、
【えー、この審議に対し、赤組の応援団長から抗議が入りました。厳木さんは靴を投げるのではなく近付いたら叩いて攻撃するつもりだったのに対し、投げるものだと勝手に勘違いした黄組の選手が先に投げてきて、身を守るために反撃したに過ぎないという主張です。
今となっては厳木さんの真意を知ることが困難であり、実際に黄組の選手が先に投げるという行動を取ったためにこの主張を受け入れ、只今のレースを有効とすることにしました】
「イェッス!!」
でかした応援団長。そう、私は反撃しかしていないのだ。フッフッフッフ。こんなこともあろうかと先制攻撃はやめておいて正解だったぜ。
「「「ワーーーーッ!」」」
赤組の応援席は沸いている。そう。勝つことは大事。
--------------------------------
「「「ワーーーーッ!」」」
「はぁ・・・鏡子ってば、相変わらず人騒がせね」
ま、でもあっちが先に靴投げてきたのは事実だし、仕方ないわね。
「いやー、さすが厳木だな」
「いつもがアレなんだからこういう時ぐらいは役に立ってもらわないとな」
赤組のメンバーからも散々な言われようだけどね。
「なるほド、自分からは攻撃できないかラ、敵に攻撃させてカウンターしたということだナ! さすがはキョウコ! 参考にさせてもらうゾ!」
カオルーン君に挑むような人はいないと思うけど・・・。 by 大曲鈴乃16歳。
--------------------------------
競技が終わり、1人歩いてテントへと戻る。
【悔しい! あまりにも悔しすぎる! これでは厳木さんの思うツボだ! 皆さん、挑発には乗らないように気を付けましょう!】
ハンっ、好きにしろってんだ。てかせっかく真面目に体育祭やろうとしてんのに色んな奴らが先に仕掛けて来るんだよ。文句を言わないでもらいたいね。
「さーて、野球部の奴にジュースあげちゃうから新しいの買ってくかー」
運動部のスポーツドリンク用の自販機が近くあるはずだ。そっちに行こう。
「クックククク・・・」
!
この声は・・・、
「星岡!」
こいつ、私の気絶薬からこの短時間で目を覚ましただと・・・!?
「この俺を封じるとは、さすがだな、“マッド才媛”よ。とっさに神の力を発動させていなければ俺は未だ眠り続けていたことだろう。代わりに野球部の連中に眠ってもらってるがな。フハハハハハハ・・・!」
つまり、気絶薬を掛けられる直前に神の力を使って威力を軽減、といったところか。
「だが、神の紋章を消される不覚を取った以上、今回はここで引き下がるとしよう。あれは、すぐに刻めるものではないのでな」
お? “神の紋章”ってのは・・・こいつのことだからあの刺青のことだろう。もしかして、あれがなきゃ何もできないとか?
「だが、勘違いするなよ。神の紋章を失ったがために撤退するのであり、それさえあれば貴様なんぞに後れを取ったりはせん。覚えておくことだな」
あ、マジっぽいぞ、これ。はっはーん、そういうことね。刺青消したら神の力 (ガチ)は出せないらしい。
「次にまみえる時は、我が封印されし神の力を以って貴様の術を封じてみせようぞ! フハハハハハハハ!!」
それで星岡くんは去って行った。気絶薬の効果を弱められて脱出されたのは不覚だったが、刺青を消したお陰で綱引きどころか今日1日星岡のヤローを封じることができたぜ。ついでに弱点も発見。ラッキー♪
応援席テントに帰還。
「あ、鏡子お疲れ」
「どうよ、私の華麗なる勝利は」
「ホントあんたって、いい性格してるわよね。初めから相手に靴投げさせるつもりだったでしょ」
「当然でしょ? あんなのに引っ掛かる方が悪いのよ」
「キョウコ、凄かったゾ! ああやって戦えばいいんだナ!」
「まずは真面目に競技をやるのがコツよ。もしバカな奴が仕掛けてきたら、それで、ね」
「ウム!」
「ちょっと鏡子、変なこと教えるんじゃないわよ」
「何言ってんのよ。私が徹底マークされてる以上、赤組の一番の主力は彼なのよ」
「そりゃそうだけど・・・」
【続きまして、第10種目、2年生全員による綱引きです。チーム対抗で、クジ引きで決定した組み合わせでトーナメントが行われます。2年生の皆さんは、所定の位置に集合してださい】
「やっとオラの出番だナ!」
クーロンくんの初陣、綱引きがこれから幕を開ける。
次回:開演、カオルーン劇場




