第30話:開幕、窓咲高校体育祭
「「「「私たち! 選手一同は!」」」」
5月30日、土曜日。今日は体育祭だ。赤・青・黄・緑4チームそれぞれの応援団長が選手宣誓を行うことで幕を開ける。
なおチーム分けは、うちの学校は各学年8クラスなので、1・2組が赤、3・4組が青、以下略となっている。私は2組なので赤。私のこの美しい赤毛と比べると人工物オーラをムンムンに出したビビッドな赤のハチマキを締めている。
開会式後には準備運動としてその場でラジオ体操があり、それも済んだところで解散し、応援席となっているテントへ。
【第1種目は、100m走です。10分後に開始しますので、出場予定の選手はスタート地点までお集まりください。また、第2種目の200m走に出場予定の選手は、遅れないように入場門までお集まりください】
「さってとー、行きますかー」
私は100m走にエントリーされている。集合が入場門じゃないのは、本部席の前を一直線にダーーッと走るためである。
「鏡子あんた足速い方なんだからポイント大きい200か400にしなさいよねー」
中の下ぐらいの運動神経の鈴乃も、100m走だ。
「ハンっ。知らないわよそんなの。優勝しても金がもらえる訳じゃないんだから、労力の少ない方を選ぶに決まってんでしょ。2倍も4倍も違うのよ?」
「金になるかどうかで判断しないでよ」
「は、何言ってんの。資本主義社会に生きる身として当然のことでしょ」
「あんたの方が何言ってんの・・・」
世の中ってモンがまるで分かってない鈴乃と歩き、100m走のスタートラインの後ろに並んでいる1年生の列の後ろに付き、腰を下ろす。走る順番は1・2組をひっくるめた五十音順だが、オーマガリな鈴乃とキューラギな私の間に1組の人は入らず、鈴乃の後ろになった。
「鈴乃のみっともない走りを後ろから見届けてあげるわ。せいぜい頑張ってね」
「自分の苗字をこれほどまでに呪ったことはないわ・・・」
去年も聞いたような気がするぞ、それ。
「なんか運動部ばっかだし・・・」
ドンマイ♪ 日頃の行いが悪いんじゃないのかな?
幸いにして、私の横に並ぶ対戦相手は文化系っぽい人ばっかりだった。ほら~、こういうところで人徳の差が出るのですよ。
「位置について、よーーい、」
パァン!
1年生男子から、競技が始まった。
「お、赤組勝った」
金にならないからそこまでの気合いは入れないが、勝つか負けるかで言えば勝つに越したこはない。
その後も割と淡々と消化されていき、2年男子までが終わって2年女子に突入。そしてすぐに、6番目となっている鈴乃の出番が回って来た。
「転んだりするなよー」
「トラップとか仕掛けてないでしょうね」
「あるけど使ったりなんかしないわよ」
生徒会どころか教育委員会にまで目を付けられてるっちゅーに。
「なんであんのよ・・・」
「しょうがないじゃん。このためだけに撤去すんの面倒なんだから」
「だからなんであんのよ!」
そりゃあ、1年以上もこの学校に通ってれば、ねえ?
「全く・・・」
鈴乃がスタートラインに行き、係の人の号令に合わせてクラウチングスタートの構えを取る。さーて、運動部にまみれて情けなく負けちゃう姿でも拝むとしますかね。
パァン!
スタート! 鈴乃、案の定出遅れる!
「お、でも意外と頑張ってんじゃん」
ビリではあるけど、恥をかくほどの差はなく鈴乃は健闘している。でも、周りの運動部員と比べると体幹がショボいのか、フォームは結構ダサい。まあ私も、ビジネスのために一定の運動神経は確保してるけどフォームとかは知らんし。
このまま鈴乃がビリになる瞬間を見届けようと思った、まさにその時!
「あ」
青組の人がコケた。マジか。その人はすぐに立ち上がったものの、鈴乃に抜かれて4位になった。様子からして、「あーもうサイアクー!」とか言って笑ってるっぽい。こっちとしても鈴乃をビリでイジれなくなってサイアクだぜ。なぜコケなかった鈴乃。
「さて、と」
次は私か。ということで立ち上がる。だが・・・、
「ん?」
なんか、さっきの人がコケた現場に作業着を着た人物が3人ほど押しかけている。工具箱みたいなのも持ってて、それを開けてワチャワチャと何かやったあと、バッ、と白い旗を上げた。なんだ? あれ。
「命拾いしたわね、厳木さん」
「は?」
誰だ? あんた。見た感じ、この場を担当してるスタッフっぽいから実行委員の誰かか。
「妙なのが仕掛けられてないか調べてるのよ。赤旗が出たらアウト。その時の競技は無効になるわ」
「はぁ?」
つまり、あれか? 私が何か仕掛けてないか調べてたってことか? フザけんな?
「もうちょっと生徒を信用したらどうですかね」
「1年前にドーピングなんて真似をやっといてよく言えるわね。“尿検査が無駄に増えた”って赤組の人イラついてたわよ。お気の毒に」
去年私が依頼に基づき男子生徒にドーピング薬を盛ったところ、バレて今年は赤組全員にドーピング検査が行われた。尿の提出という形で。
「だから今年は何もやってないんだけど。迷惑しちゃうわ」
「迷惑なのはこっちよ。余計な仕事増えるし、公立高校だからあの業者は市の予算よ?」
べー。
私は舌を出してその人から顔を逸らして、スタートラインに移動した。
「位置について、よーーい、」
パァン!
はい、鏡子ちゃん1位でゴ~~ル。余裕っしょ。
「マジで1位になんのムカつく・・・」
友の勝利を素直に喜べない捻じ曲がった性格をしている鈴乃が出迎える。
「ラッキーパンチで3位になれたクセして」
「さっきの、鏡子が変なの仕掛けてないか調べてたらしいわね。日頃の行いが悪いんじゃないの?」
「悪けりゃ私が1位になれる組み合わせになんないってのよ。お生憎さま」
「なんか、強烈に鏡子が負ける姿を見たくなったんだけど」
「私が負けるってことは他のチームに点差つけられるのよ? 鈴乃ってば、赤組の優勝よりも私の負ける姿の方が見たいんだ~。それってどうなのぉ?」
「鏡子にだけは言われたくなんだけど・・・!」
だったら日頃の行いに努めることだね、鈴乃ちゃん♪
応援席に戻り、3年の分まで行われる100m走と、次の200m走まで見届けた。ポイントの途中経過はまだ発表されてないが、どっこいどっこいと言ったところだろう。なお、あれ以降転倒者は出ていないのでプチ地盤調査は行われていない。仕掛けがある場所で誰も転ぶなよ~?
次の第3種目は1年生全員参加の玉入れで、その次は“コンダラーレース”(野球部のあのローラーを運ぶ競争、男女混合だが男子しか出て来ない)だが、
【続きまして、第3種目、1年生全員による玉入れです。1年生の皆さんは、所定の位置に集合してださい。
また、第5種目の自転車パン食い競争に出場予定の選手は、スタートライン付近に集まっておいてください】
次のやつに呼ばれた。自転車パン食い競争のスタートラインは100m走と同じだ。玉入れは人数が多いので1年生がテントから直接トラックに入って行く姿を眺めながら、立ち上がる。
「鏡子パン食い出るんだっけ?」
「まーねー」
全員参加型を除いて3つまでという縛りがあり、文字通り3つ以下なら1でも2でもいいのだが、女子は出たがらない人が多いので基本は2つ、ジャンケンで負けたら3つ出ることになる。不覚にも3つ出ることになった私だが(日頃の行いが悪い訳じゃないわよ?)、午前中に固め、午後の出番は生徒会に頼まれて私が作った“ドラグーンパニック”の外野だけだ。さっさと終わらせてラクしちゃおーぜっ。
「パンに毒とか入れてないでしょうね」
「だから何もしてないって言ってるでしょ」
てか毒とかシャレになんないだろ。私がそれやったら死人が出るぞ。混ぜるにしても激辛玉か激マズエキスだ。
スタートライン付近に到着。
「ククク、クククククク・・・」
この痛い感じの笑い方は・・・、
「貴様もこの競技に来るとはな、我と同じ“四天王”の称号を持つ者よ」
誰かが勝手に作った“絶対に敵に回したくない四天王”の一角、“ゴッド星岡”こと星岡宇門 (ほしおか・うもん)だ。彼の“封印されし右手”には、神の力 (ガチ)が宿るという。なお、自らを進んで四天王と名乗っているのは星岡くんだけで、クーロンくんは「なんだソレ! ウマいのカ!?」、八雲さんは「勝手に変な呼び方をするな。シメるぞ」といった反応だ。
「ククククク・・・貴様と戦えないのは残念だが、見せてもらうぞ、“四天王”の力を」
チャリ乗ってパン食うだけに何の力が必要なんだよ。
「はいはい、星岡くんも頑張ってね」
「ククククク、ククククククク・・・」
相変わらず変な奴だな。中々に痛々しい言動を取る星岡くんだが、神の力はガチのガチもんで、3ヶ月前のバレンタインデーの昼休み、屋上に大量のチョコが召喚されたのが記憶に新しい。涙に暮れる男子生徒で傷をなめ合ったんだとか。神の力、もっとマシな使い道はないのかよ。あと、彼は6組だから黄色のハチマキだが、全く似合っていない。
玉入れと”コンダラーレース”が終わり、自転車パン食い競争が始まる。1年男子の最初のグループがチャリにまたがってスタンバイ。ちなみに、吊り下げられているパンは袋に入っている。透明1色で絵も文字もないから、小中学校の給食用のやつだろう。
【続いては、第5種目、自転車パン食い競争です。自転車に乗ってスタートし、本部席前にあるパンを咥えてゴールまで最初に到着した人が1位です。自転車、パンともに細工はされておりませんのでご安心ください】
おい、後半のコメント必要だったか? 私に対する当て付けか? あぁ~ん?
「あら、自分も出る競技だから細工をしなかったのかしら。自転車はランダムで与えられるものね」
さっきの実行委員だ。こいつ、私に何か恨みでもあるのか?
「位置について、よーーい、」
パァン!
始まった。最初は微妙にふらつきながらスタートし、その後はスイスイと進んで行く。もちろんスピードを保ったままパンを咥えて行くのがベストなのだが、
【あぁーっと! 赤組、通り過ぎてしまいました~!】
スピードを付けるほどミスる率は上がり、戻らなきゃならない距離も増える。結果として、前もって減速しておいてしっかり止まってからパンを咥えた子が1位になった。つまんねー。
それからは、ブッ飛ばした後パンの直前で急ブレーキを試みようとして砂で滑って結局はオーバーランする人が出たり、スピードに乗ったままパンを咥えられたが袋のギザギザが裂けたのかパンが落ちて戻らされる人が出たりもして、競技は進んでいった。
で、1年女子の次が2年男子だ。その中で星岡くんの出番は5番目。
「クックックククク・・・」
だから何なんだよ、その笑いは。
「位置について、よーーい、」
だが、星岡くんが右腕の包帯を外すことはなく、
パァン!
スタートとなった。4人がチャリでパンを目指すが、
(我が呼び声に応え、今ここに降り注げ! ブラッディオーシャン!)
ザーーーーーーーー。
【あぁーーっと! ここで突然の雨!】
マジか。なんか、いきなり土砂降りの雨が降った。それも、星岡くんの走るコースだけを避けて。空を見ると、さっきまでなかったはずの灰色の雲が不自然に配置されていた。包帯関係なしに神の力呼べたのかよ。
【や、やみました! 今のは何だったんでしょう!】
雨はやみ、灰色の雲も消えた。煙みたいにフゥッと。
【ですが、砂がぬかるんでしまい、選手たちは足を、いえタイヤを取られています! そんななか黄組の”ゴッド星岡”がスイスイ走って行くーーっ!】
おい、放送席から星岡くんのコースだけ濡れてないの見えてるだろ。
「うわぁっ!」
べちょ。
【あぁーーっと! 青組転倒ーー!!】
あーあ、可哀想に。彼は今日ずっとあの汚れた体操服で過ごすんだね。
【そのまま悠々と、黄組1位でゴーーール!】
と叫ぶのは黄色のハチマキを付けた放送委員。いや、おかしくない? 今のどう考えても不正だろ?
【只今の突然のスコールに関しまして、実行委員会でも協議されましたが、自然現象であり、スタート後に起こったものであるため、有効となりました】
オイふざけんな? そりゃあ何の痕跡も残らない自然現象だけどさぁ・・・星岡くんが神の力もってるって分かってることじゃん? ちゃんと調べようぜ?
「クックックック。神よ」
ゴールした先で、自転車に乗ったまま両手をYの字に広げて空を見上げる星岡くん。あんにゃろ~~。
その後、謎の作業員軍団により乾いた砂が上から被せられ、競技が再開した。そして回って来る、私の順番。
「失礼します」
あ?
今度は白衣を着た謎の医者(?)的なやつが現れた。
「口の中を確認させて頂きます」
あ?
現れたそいつは、歯科検診でよく見る金属のやつを持って私の口に近付けてきた。というか、強引に口の中に入れ込まれたので反射的に口が開いた。
「大丈夫そうですね」
そしてそいつは私から離れ、バッ、と白旗を上げた。
「・・・・・・」
こいつ、私が口の中に何か仕込んでないか調べやがった。何で私に対してだけ異様にチェック厳しいんだよ。しかも赤組はクーロンくんの武術まで禁止されてるんだぞ。黄組の星岡を放置するな?
【只今、赤組の厳木さんに不正がないことが確認されました。競技を再開致します】
おい。なに学校ぐるみで私を晒し物にしようとしてんだよ。
「ふふっ♪」
あの実行委員、まじナメてやがる。実行委員は中立な立場であるべきだと思いまーす。
「位置について、」
まあいい、さっさとやっちまおう。チャリ乗ったままパンの袋くわえるぐらい余裕だし、勝てるだろ。私レベルにもなればなぁ、イカサマなんてしなくても勝てるんだよ。
「よーーい、」
パァン!
スタート。好き好んで自転車パン食い競争に出るだけあって、回りの女子たちもそこそこ普通にチャリを漕げている。今はタイヤ半個分の差で2位に甘んじているが、ノーブレーキでパン咥えて行けばいいから問題ない。
と思っていた矢先、
ザーーーーーーーー。
また、雨が来た。しかも、私のコースだけ。この先の道のみならず、私自身も濡れるハメに。ほぉしおかのヤローーーー!!
【あぁーーっと! また雨だーー! 女子の競技中ではありますが、先ほど同じものを有効にしてしまったため、これも有効となります!】
地面の砂が濡れたことで、減速。このままじゃ普通に負ける。かくなる上は、
「わっ、わっ、わっ」
ぬかるみでバランスを崩したフリをして?
「わーーー!」
おぉらぁっ!
「「「きゃぁっ!」」」
急ハンドルを切ってタイヤで泥を撒き散らしながら盛大にコケた。ほとんど横に並んでいた他の選手たちも、突然浴びせられた泥に驚いて転倒。
【あぁーーっと! 赤組の厳木さんをきっかけに全員転倒ーー! マッド才媛の名にふさわしく泥を撒き散らす外道っぷりだーー!】
お前ら、いちいち私をディスらないと気が済まないのか? まぁ? 今のはワザとやったんだけど? 念のために私もコケといたから、変な疑いは掛けられないだろう。
という訳でさっさと立ち上がり、チャリに乗る。
【しかも戦犯の厳木さんが最初に立ち上がったー! 巻き添えにした他の選手には目もくれず進んで行くーー!】
知るかよ。これは勝負なんだから情けなんて無用さ。てか雨降らしたのテメェの仲間の黄組の奴だからな?
そのまま、ぬかるんだ泥の上ではあったが、パンも普通に咥えて1位でゴール。
【厳木さんが勝ってしまったーー! これは悔しい! これは悔しい!】
【いや~。彼女が最初にバランスを崩した時はイケると思ったんですけどね~。まさか周りを巻き込むとは。自分だけ先に立ち上がった辺り、ワザとやったんじゃないかとも思えてきましたね】
違いますー。濡れた泥でバランスを崩したんですー。だって突然の雨だったんだも~ん。
しっかし、体操服もだが体の方も盛大に泥で汚れてしまった。次の出番まで時間あるし、洗うか。あと星岡のヤローは後で吊るし上げる。
テニス部のシャワールームを拝借し、服を脱いで洗い、私自身もシャワーを浴びる。冷水と温水をかなりの頻度で往復するポンコツだが、泥にまみれた直後なだけあって、中々に気持ちがいい。しばらくここでサボってるか。
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「クッククククク・・・。あの程度では何ともなかったか。さすがは我と同じ“四天王”に数えられし者だ。クククククク・・・」
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去年の夏にテニス部に頼まれて作った瞬間乾燥機を使って乾かした服を着て、テントに帰還。今度、ポンコツ給湯器も直してやって何か巻き上げるか。
「あ、鏡子お帰り。シャワー浴びて来たの?」
(コケたのは絶対ワザとだから聞かないことにしよう) by 大曲鈴乃16歳
「まあね」
「てかあの雨なに? 鏡子の仕業じゃないんだよね?」
「あったり前でしょ? あんな真似しなくても勝てるっつーの。星岡くんの仕業よ。あんにゃろーまじブッ潰す」
「え、星岡君?」
「間違いないわね。1回目は彼んトコだけ濡れなかったし」
「うわ・・・鏡子はがっつりマークされてんのに、なんかムカつくね」
だろ?
「でもどうすんの? 鏡子が何かやったらバレるでしょ?」
「私がやんなきゃいいのよ」
「え・・・」
鈴乃が、“あたしにやらせるんじゃないでしょうね”といった感じで自身の身を寄せる。安心しろ、やるのは鈴乃でもない。私はスマホを取り出して、とある生徒に連絡を入れた。返事はすぐに来た
<鏡子さんに声かけてもらえるなんて、光栄ッス!>
星岡と同じ2年6組所属の野球部だ。こいつなら、黄組の優勝よりも私の役に立つことを優先する。とゆーわけで働いてもらうわよ?
「あたし、知らないわよ・・・」
ああ、知らない方がいいさ。鈴乃は普通に体育祭やっててくれ。
さて、星岡のヤローをどうするかだが、オーソドックスに拉致がいいだろう。野球部によると星岡の次の出場種目は午前の最後にある、2年全員参加の綱引きだ。失踪したことには気付かれるだろうが、星岡は星岡で変人扱いされてるからサボリか何かと思われるだけだろう。綱引きはポイントがデカいから、奴の独壇場にする訳にはいかない。
という訳で、野球部を使っての星岡拉致作戦、始めますか。
次回:ゴッド星岡の神隠し




