第3話:恋のキューピッド鏡子
ガララララッ。
「黒田くん、いる?」
翌日の昼休み、私は3組の教室のドアを開けた。もともと半開きだったが、気付いてもらうために音を立てた。
「うわ、厳木じゃん」
「何しに来たんだろ」
「おーい、黒田ー、お客さんだぞー」
3組の面々が反応する中、名前を呼ばれた人物が返事をした。
「え、俺?」
あいつが黒田か。ふーん、あの可愛らしい白鳥さんが、ねえ。ちょっともったいない気もするけど、本人の望みだからまあいいや。黒田、あんた、私のビジネスのために白鳥さんと付き合いなさい。
「あんたが黒田くんね?」
「まあ、そうだけど」
(顔も知らずに呼んだのか、こいつ? てか何の用だろ)
「おめでとう。あなたは厳選なる抽選の結果、今週末うちでやるバーベキューに招待することになりました。だから来なさい」
もちろん、抽選などしていない。強いて言うなら、偶然にも依頼人の思い人が黒田くんだったことは、抽選と言えなくもないだろう。
「はあ? 意味わかんないんだけど」
「土曜日のお昼に、うちでバーベキューをやるわ。そこにあなたを招待してあげるって言ってるの」
「いや、誰があんたの招待なんか・・・。それに土曜は部活だし」
「部活は私に脅されたことにして良いから休みなさい。もし来てくれたら、A5ランクの和牛を提供できるんだけど」
もちろん私も、タダで強引にバーベキューに連行するような真似はしない。相手のメリットもちゃんと用意しておかないとね。
「A5、ランク・・・」
ゴクリ。揺れる心。唸る喉。
「って、騙されるか。そう言って変なもん食わすつもりなんだろうが」
「あらそーお? もし断られたらまた抽選からやり直しね~。いいのかなー? 他の誰かからA5ランク和牛の感想を聞かされることになっても」
そこで私は、ポケットから超小型クーラーボックスと割り箸、ライターを取り出した。クーラーボックスの中には、もちろんA5ランク和牛。それを箸でつまんで、
ジュワッ。
ライターで炙る。タダのライターではなく、すぐにサッと肉に火を通せるぐらいの火力はある。
「はい、じゃあ、そこのあなた、どうぞ」
「え、私?」
焼き立ての肉を近くの女子生徒に差し出した。
「召し上がれ。あーん」
「あーーん・・・」
パク。
「んん~~~~っっ!!!」
女子生徒はまるで悶絶するように叫び、
「しあ、わせ・・・」
パタリ。机に屈服。ご協力ありがとう。お代はそのお肉でいいよね。
「どうする? 黒田くん」
「っ・・・・・・」
A5ランク和牛が、あなたを待っているわ。
「私とあなたただけじゃなくて、鈴乃と、うちのクラスの子も1人呼んであるわ」
私と2人きりじゃないことも伝えておけば、彼が怖がる理由はもうない。
「・・・本当に、お前に脅されたことにしていいんだよな」
決定ね☆
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放課後、ファミリーレストラン“ジャスト”。
「とりあえず黒田くんは誘っておいたわ。うちのクラスの子もいるって言っといたから、白鳥さんがいても変に思われないはず」
「あ、ありがとう。厳木さん」
何やら呆けている様子の白鳥さん。その様子じゃ、本当に黒田くんとは疎遠になってしまってるようね。
「バーベキューともなると色々と作業があるだろうから、その中で交流していきなさいな。分担作業は私と鈴乃で組むのが自然だし」
「う、うん」
「媚薬混ぜないように見張ってなきゃいけないからね」
鈴乃も私がクライアントとの約束を破らないことは知っている。でも白鳥さんはそうでもないから、安心させてあげないとね。
「しないわよそんなこと。それで私か鈴乃に惚れちゃったら大変じゃん」
「確かに」
「あはは・・・」
にしても白鳥さんがまだちょっと固いなあ。お膳立てまではできたけど、大丈夫か? まあ? 色々と仕掛けを準備するつもりでは居るけど?
「緊張しすぎは良くないから、バーベキュー楽しむぐらいのつもりで行こ。鏡子はともかく、あたしもサポートするから」
おい“鏡子はともかく”って何だ。私はマッドサイエンティストだぞ?
「う、うん。そうだよ、ね」
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そして迎えた、土曜日。
黒田くんには12時集合と伝えてあるが、鈴乃と白鳥さんには11時半に来てもらった。わお、白鳥さんの私服やばい。本人は狙ってなさそうだけど、男子の気を引けそうね。でもこれからバーベキューだよ? 汚さないようにね。
コンロを囲ってあるベンチに座り、談笑。
「鏡子が作ったにしては、普通のコンロね」
「ま、基本は普通のコンロよ。色々と機能を付け足しただけで」
「“色々と”って何よ・・・」
「問題は、今日のために作った訳じゃないから2人の仲を縮める機能がないことね。 あ、そうそう。火おこしは白鳥さんと黒田くんにやってもらうから、頑張ってね」
「え、火おこし・・・?」
「大丈夫よ。やり方は着火剤に書いてあるし、黒田くんが助けてくれるでしょ」
本当はワンタッチで肉を焼き始められるような機能も付いてるが、ここは2人に共同作業の機会を作ってあげた。ああ、私、恋のキューピッドやってる。
11時55分に、黒田くんが登場。へえ、意外と時間に律儀じゃん。それとも遅刻したらA5ランク和牛にありつけないと思ったか?
「あ・・・」
白鳥さんに気付いた黒田くんが、驚いた反応を見せる。
「純、ちゃん・・・」
白鳥さん、頑張れ。
「ゆ、雪実じゃん! まさか2組の代表が雪実だったなんて、奇遇だな」
どっちもクジで決めたことにしているのは、白鳥さんにも伝えてある。で、黒田くんの反応だけど、一応は幼馴染であることは意識してるようだ。
「う、うん。偶然、だね」
白鳥さん、嘘をつくのが苦手みたいね。
「なんか雪実と話すのも久々じゃん。ウケる」
“ウケる”って何だよ“ウケる”って。だけどこの、軽く同窓会みたいな雰囲気から恋に発展! させなきゃいけないのかー。
「てか雪実その恰好・・・可愛いっちゃ可愛いけど、バーベキューやんのにそれキツいんじゃ?」
あんたの為にオシャレして来てんのに・・・可哀想な白鳥さん。
「だ、だって・・・」
プシューー、と顔を真っ赤にして俯く白鳥さん。あちゃー、“可愛い”だけを聞き取ったかー。でもその反応、いいんじゃない?
「うお・・・」
黒田くん、ちょっと見惚れてるよ?
「・・・てか厳木んちって広いんだな。うちはマンションで庭とかないから、家でバーベキューできるなんて羨ましいな」
あ、話逸らしたぞこいつ。
「両親の稼ぎがいいお陰でね。ラボもあるんだから庭ぐらいあるわよ」
ガチャリ。噂をすれば影。母が玄関を開けて顔を出した。
「あら。鈴乃ちゃんに、学校のお友だち? いらっしゃい」
母は男子の姿があるのを見て一瞬だけ目を見開いたが、白鳥さんの様子を見て全てを察したのか、すぐに表情を戻した。マッドサイエンティストは、親の期待には応えないものさ。
「母の真理です。いつも鏡子がお世話になってます」
私がお世話してんのよ。この2人をくっつけるために。
「今日は楽しんで行ってね」
「「はーい」」
「あ、はい」
「あと鏡子、私とお父さんのお昼もそれだから、後でチョロっと持って来てね」
娘にA5ランク和牛をたかるこの母よ。 まあ? この和牛も? あなたに媚薬売った金で手に入れたものだけれども?
「はいはい。後で持って行くわよ」
「ごゆっくり~」
母が退散。
「うわ、厳木のお母さん、すごい美人だな・・・」
おい、あんたのこと好きな女子高生がすぐそばにいるのに何言ってんだ。さすがにこれには白鳥さんの表情が曇る。
「あんた人の親に向かって何言ってんのよ、気持ち悪い」
「ごめんごめん、そんなつもりじゃなくって」
「どっちにしてもウチの親はもう既婚者だから、諦めて身近なところで探すことね。今日は3人の女子に囲まれてハーレム状態じゃない」
「そのうち1人が厳木だろ・・・お前も見た目だけは悪くないんだけど」
失礼しちゃうわね。あんたがさっき“美人”と言った私の母も、娘に作らせた媚薬を旦那に盛るような女だぞ。
「ちなみに、鈴乃に手を出すのは私の許可がいるから」
「あんたはあたしのお父さんか」
「まあ実際、大曲もちょっと勘弁したいなぁ」
(事あるごとに厳木に巻き込まれるのはゴメンだし)
サラッとフラれた鈴乃。黒田くん、心の声、ちゃんと表に出さなきゃ。
「プッククククク・・・!」
ドン。
肘で小突かれた。
「あと1人は・・・」
黒田くんが白鳥さんに顔を向ける。それに気付いた白鳥さんが上目遣いで返す。そして、
ボンッ。
何かが爆発したように顔を赤くしてそっぽを向いた。何あの可愛い生き物。さすがの黒田くんも上目遣い攻撃にはタジタジだー!
「えと、それより、バーベキューだな、バーベキュー」
「う、うん! 早く始めよう、厳木さん!」
お前らマジ爆発しろ。
てか、黒田くんの反応、悪くなくない? これ、いけるんじゃない?
「じゃあ私と鈴乃で食材持ってくるから、2人で火ぃ起こしといて。炭と着火剤はあの箱に入ってるから」
「え、ああ、分かった。頑張ろうな、雪実」
「う、うん!」
食材を外に出すべく、台所へ。
「あれ、意外といけるんじゃない?」
「やっぱ鈴乃も思った? 黒田くん、結構いい反応してたわよね」
久々に話す幼馴染が可愛い服を着、事あるごとに顔を赤くし、さらには上目遣い攻撃。ここまでくりゃ黒田くんも白鳥さんを女として意識するでしょうよ。
「ホント、何回か合わせればもう勝手にデートするようになるんじゃないかしら。あとひと押しってところね」
その“ひと押し”の面倒を見るのも、文字通り面倒なんだけどねえ。
食材を持って外に出ると、2人はコンロのそばにいた。着火は無事に成功したようで、うちわでパタパタと扇いでいる。
「それ、そうするのもいいけど、こっちにもあるわ」
私はコンロの横から、管を引っ張り出した。
「うちわじゃ上からしか扇げないでしょ」
だったら横にも穴を開けろという話だが、今日のために急きょ改造して塞いだのだ。その代わりに導入したのが、この管。
「こっから息ふいて空気を送り込むのよ。口付ける場所とコンロの間に断熱材入れてるから熱くないわ」
そして私は管を咥え、
「フーーーーッ」
と息を送り込んだ。
「「「おおおぉぉっ・・・!」」」
炭火が強めに赤く染まり、3人が声を出して感心する。
「息ふいた風が途中で増強される構造にしてるから、どんな人でも強い風を送ることができるわ。 じゃあ次、鈴乃ね」
「は? 私?」
いきなり振られて驚いた鈴乃だったが、
「オッケー」
私の作戦を理解したのか、承諾。鈴乃が何回か息を吹いた後、
「はい、次、雪実」
「あ、う、うん」
白鳥さんにバトンタッチ。よーし、いいぞぉ? もう風を送る必要もない位の火力になったけど、
「はい、黒田くん、あんたもよ」
「え?」
「え、俺も?」
黒田くんと白鳥さんが一緒に驚いた。このまま黒田くんもこれを使って息を吹けば・・・フッフッフッフ。恋のキューピッドを甘く見るんじゃありませんよ。
「や、でも・・・」
「高校生にもなって細かいこと気にしてんじゃないわよ。別にいいでしょ? 白鳥さん」
プシューーー。燃える木炭よりも赤くなる白鳥さん。やべぇ、白鳥さんの頭から煙が見える。
「う、うん・・・」
よし、本人の承諾が得られた。
「3人ともやったんだから、あんたも働きなさいよね。A5ランク和牛、食べたいでしょ?」
「お、おう・・・」
ここまで言ったらやるでしょ。全く、世話がやけるぜ。
「フーーーーッ」
心なしかちょっと紅潮してる黒田くん。コンロの熱のせいかな? で、相変わらず真っ赤で俯く白鳥さん。あっちは恋の熱のせいね。
息を吹き終えた黒田くんが、白鳥さんの様子を見て照れ臭そうにポリポリとこめかみを掻く。あらぁ~、もう完全に意識しちゃってるわねぇ。いい感じで火ぃ着いてきたじゃないの。このままお2人には爆発するところまで行ってもらいましょう。
「いい感じで火ぃ着いてきたわね。んじゃ、お肉焼きましょっか」
次回:レッツA5ランク