第24話:迷い船オーバーホール
「それでは、今度の土曜日、よろしくお願いします」
「はいは~い」
迷い猫探しが終わったのも束の間、今度は迷い船の点検を手伝わされることになった。いや、まあ、断ることもできたんだけど、報酬が、土曜の朝に山下埠頭に接岸して夜に出航予定の豪華客船、クリスタル・プリンセス号のディナー券だもの。断るはずないでしょう?
本来はツアー参加者しか乗船できないが、そこはツアー会社の力で何とかしてくれて、出港前までの乗船とディナーを特別にさせてもらえるという訳だぁ。どうせ生徒会の“ドラグーンパニック”は金曜までに作んなきゃいけないし、影響はない。
ちなみに、山下埠頭というのは横浜にある埠頭で、クルーズツアーの船もよく停泊する、要は港みたいなもんだ。
「何だったの? やることにしたみたいだけど」
通話が終わったことで鈴乃が話しかけてきた。
「漂流してきた船の点検を頼まれたわ。報酬は豪華客船のディナー。今度の土曜だけど、来る?」
「行くー!」
田邊さんは即答。
「もちろん、あたしも行くわ」
「はいはい、豪華客船のディナーだもんね」
「あたしはそうじゃないから・・・!」
「でも頂くんでしょ?」
「それは・・・もらうけど」
もらうんじゃん。
「場所は横浜埠頭だから。また朝早いけど7時に駅集合ね」
「オッケー☆」
という訳で、今日は解散。
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「さて、豪華客船の前に“ドラグーンパニック”を作りますかね」
改めて、生徒会に渡された紙を確認する。
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■体育祭新競技案『ドラグーンパニック』
・龍の形をした乗り物に、生徒4人が乗って操縦
・4チーム同時にスタートし、トラック1周で順位をつける
・参加しない生徒は、外からソフトバレーボールを投げ込んで妨害できる
withそれっぽいイラスト
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よくもまあ、こんなの考えるもんだ。在校生の弟妹や近所の子供たちに我が校に魅力を感じてもらうためとか言ってたな。大変なんだね生徒会も。こんな小手先で受験者集めてどうすんねん。既に報酬もらってるから協力してやるけど。
「体育祭で電動はムリよね~。ペダル漕ぐ感じにすっか~」
猫パニックの疲れが残ってない訳でもないので、ほどほどに作業を進めて就寝。
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火曜日。
「そういえば鏡子、生徒会に頼まれてる方は順調なの?」
「まぁね~。機構はもうできつつあるから、後は全体の骨組み構成とデザインよね」
「ふ~~~ん」
骨組みの方はこれから3日間かけて作っていけば完成するが、
「という訳で美術部に行くわ。来る?」
「美術部?」
「だって“ドラグーン”よ? デザインの参考をもらうのと、仕上げは美術部に頼むわ?」
いま話題のアウトソーシングというやつだ。このシステムには色々と思うところもあるのだが、絵まで描くとなると専門外すぎる。
ネットで見つかる画像だと細部が分かりづらいのよね。“ドラグーン”で検索したら“竜に騎乗する者”という意味は誤用とか出てきたし。
ガラガラッ。
「たのもーー!」
放課後、美術部のもとにやって来た。
「なんで道場破り風なのよ」
雰囲気さ。
「えっと・・・何かご用で・・・?」
何だよその迷惑そうな顔は。スリッパの色的には同級生のはずだが。
「ちょっと、龍の乗り物を作るのを頼まれててね、参考になるものがないかなーと思って」
「はぁ・・・」
納得したようなしてないような反応を示す美術部員。私が何かしら人の頼みを受けるのは大抵の生徒が知っている。
「はい、これ」
「え?」
私は、満月クロワッサン引換券を1枚差し出した。
「えっと・・・」
「受け取ったわね。という訳で手伝って」
「えぇ?」
「何よ。貴重な満月クロワッサンよ? いらないの?」
「う・・・」
美術部員は迷い、
「分かりました、こっちです」
立ち上がって美術準備室の方に向かい始めた。
「話が早くて助かるわ」
「当たり前のように生徒同士で賄賂とかしないでよ」
「賄賂じゃないわ。ビジネスよ」
「ものは言いよう、じゃないからね?」
美術準備室に入ると、それっぽい古めかしい紙の匂いが漂っていた。
「過去の先輩が作った彫刻があります。数日なら借りて行ってもいいですよ」
「ほほーう、これはこれは」
いいサンプルじゃないですかぁ。
「あとは資料ですね。龍だと、中国系でしょうか。この辺り、かな・・・?」
美術部員は、ラックに並ぶ分厚い本から1冊を取り出した。
「おぉ、いい感じじゃん」
様々な龍の、全体像から各部の拡大まで、絵画の分も彫刻の分もおありだ。
「この辺のはそうなのよね?」
美術部員が取った本の隣からも1冊。
「ちょっと鏡子、そんな勝手に」
「もう遅いですー」
「全く・・・」
鈴乃を無視して開いてみる。こっちもいい感じですね。
「じゃあこの2冊と、過去の先輩の作品ってやつを借りてくわ」
「ええ、どうぞ。滅多に誰も目を通さないですし」
ここで準備室を出て美術室に戻る訳だが、
「ねえ、美術部員って、何人いるの?」
「え? ・・・18人、ですけど」
私はポケットから、学食100円引き券を18枚出した。満月クロワッサンは絶品だけど食べない人もいるだろうから、今度はこっちが有効だ。
「それは・・・?」
いぶかしげでありながらも、妙に期待のこもった目を向ける美術部員。
「完成前の最後の絵付けをお願いしたいのよ。1人でやっても構わないし、みんなでやっても構わない。これは代表してあなたに預けておくわ」
「・・・・・・」
美術部員は割引券を受け取り、考えるようにしばらく目を閉じたあと、
「私だけなら、あなたの家に行っても邪魔にならないですよね?」
と凛々しい目つきで言った。1800円、デカいもんね。学校に持ち込んでから塗装してもらうつもりだったが、1人だけなら来てもらった方が楽だしいいや。
「なんで・・・」
額に手を当て、渇いた声で天を仰ぐ鈴乃。世の中コレっすよコレ。
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翌日の放課後から、美術部員も私のラボに入って手伝ってくれることになった。火曜日の作業だけで骨組みも大まかには完成しつつある。
「4人乗りでペダルを漕いで進む感じのものになるわ」
「へえぇ~・・・」
美術に携わる者としての探求心があるのか、興味津々のご様子だ。
「では、尻尾の辺りから進めていきますね」
どうやら塗装以外もやってくれるらしい。私も特にデザインにこだわるつもりもないから、多少は好きにやってもらっていいや。生徒会からもらった学食の割引とパンの引換券だけでこんな協力者が得られるんだから、世の中って凄い!
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そんな訳で、金曜の放課後には生徒会に引き渡すことができた。朝から学校に持って行くつもりだったのだが、「できればまだ他の生徒には知られたくないので」と言われたのでウチの庭に来てもらった。
「これは・・・中々に良いですね。想像以上です」
美術部員監修ですから。
「これ体育祭で使うの? 盛り上がりそうね」
鈴乃は同伴で、あの美術部員は昨日の完成で満足したのか部活に戻っている。てか美術部員には体育祭の競技用って言ってなかったわ。採用決まったら言っとくか。あと3台必要だし。満月クロワッサン、もうちょい渡さないとな。
「後は操作性と安全性が担保されれば問題ないでしょう」
「誰が作ったと思ってるのよ。その辺はバッチリよ」
「一応、それを確かめるのはこちらの義務ですので」
お役所みたいだねえ。ま、体育祭中に事故ったら生徒会的にはヤバいもんね。
「これで持ち運べるわ」
私はタブレットを操作し、
ボワ~~ン。
龍の乗り物は煙の中へ。
「はい、これあげる。これ専用だから。ここタップすれば今のやつをまた出せるわ?」
「助かります。目立ちますからね」
という訳で、生徒会の依頼完了~~! 採用されても同じの増産するだけだし問題ない。明日、船の点検もちゃちゃっと済ませて豪華客船ディナーといきますかね。
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土曜日。
「おっはよ~」
「おはよう」
「おはよ」
駅で鈴乃、田邊さんと落ち合った。
「そんじゃ、豪華客船に向かってしゅっぱーつ!」
「紀香、まずは点検だからね?」
「わかってるって」
伊東には友達が2人来ることも伝えてある。早速電車に乗り、移動を始めた。まずは架空都市線で登戸へ行き、そこからJRと私鉄を乗り継げば山下埠頭の最寄り駅に行ける。窓咲からは、1時間ちょっとぐらいだ。
3人寄れば何とやら。特に田邊さんはいくつも話題を持っており、特に退屈することもなく最寄り駅に着いた。
「ここからもちょっと歩くんだよね?」
地味に離れてるんだよなぁ、埠頭。10分も掛かんないからいいけど。大きな公園があるから田邊さんも来たことがあるのか、そんなことを言ったようだ。だが?
「大丈夫よ。担当者が迎えに来るから」
「マジ? ラッキー♪」
関係者以外立入禁止の所に行くからねえ、一介の女子高生が歩いて行く訳にはいきませんよ。
「担当者って男?」
「男ね」
「イケメン?」
「いや普通メン」
「そっかぁ」
何を期待してるんだか。この人のことだから半分は演技だろうなと思っていると、伊東が姿を現した。
「厳木さん、皆さん、おはようございます」
「おっはよーさん♪」
「「おはようございまーす」」
「では案内しますので、こちらへ」
これまたフッツーのワゴン車に乗り込み、移動。
目的地に到着。
「ヤッバ! 普通の人来れないトコじゃんここ!」
やや興奮気味の田邊さん。鈴乃は去年も2回ほどあったから反応が薄い。
「って、豪華客船ってアレ!?」
ここからは少し離れた位置に、大きな船が止まっている。
「いえ、あれも豪華客船と言えば豪華客船ですが、後ほどご案内するのは別のものです。あれよりも大きいですよ」
「うっそーー!」
ほんとー! クリスタル・プリンセスを甘く見てはいけない。
「その前に、今回点検頂くのがこちらです」
チーン。
「あはは・・・そうだよね」
これはこれでそこそこの規模だが、先に豪華客船なんぞ見たものだからショボく見える。
「しかも生臭くない?」
「実は掃除もまだでして・・・。これでも収容人数は100を超えるので、国内ツアー等で活用できないか検討しようかと思っています」
「あれ? そもそもそっちの会社って船持ってるんだっけ?」
こういうのは、船の運航は専門の会社(大抵は海外)があってツアー会社と別れてることが多い。で、同じ船に色んなツアー会社の客がいる。運航自体は船ごとに決まってるから、行きたいツアーを決めた後でツアー会社を選ぶことになる。
ツアー会社ごとに何が違うかって言うと、停泊先でオプションツアーがあったり、本来有料の船内Wifiの無料券が付いてたりする。後は単純に、集合場所や手続き方法が書かれてる資料が分かりやすいか。もっと単純なことを言うと、手違いやバックレもなく確実に船に乗ることができるかどうか。
「はい。運航そのものは委託することが多いですが、弊社で完全に所有権を持っているものもありますよ」
「へぇ~。意外」
「これでも頑張ってるんですよ。弊社は弊社なりに」
「で、今回は私に点検を委託ってワケね」
「そういうことです。業者に頼むとコストが掛かる割には雑なもので」
で、安上がりの女子高生を雇うと? 丁寧さも買ってくれてるようだが。
「ま、大半が人件費だからね。しかも業者は業者内でケチるわ指示系統が形だけだわで作業員には細かい部分が伝わってないことが多い」
「どういうこと?」
鈴乃から疑問が飛んできた。
「要は、破けた服の修理で、くっつきゃいいやぐらいの事しか考えずに雑に縫うような工事するのが多いのよ」
「ふーーん・・・」
あんま分かってなさそうだな。
「運転の荒いタクシーもいれば丁寧なタクシーもいるのと同じ。で、修理だとか工事だとかの業界には荒いのが多いのよ」
「え、そうなの?」
「モノにもよるけどね。でも雑なトコもちゃんとしたトコも高いわ。人件費ってバカにならないから」
時給1000円なら作業員1人を1時間拘束しただけで原価で1000円だ。顧客の負担はそれを軽く超える。
「引越しの時に洗濯機とかエアコンの接続に5千円使うなんてことしちゃダメよ。あれ、素人でもそんなに難しくないから」
取説には業者に頼めって書いてあることが多いから壊したら自己責任だけどね。でもドライバーぐらいしか使わないし、洗濯機なんて下手すりゃ工具なしのワンタッチだ。ホースの規格さえ合わせれば小学生でもできる。
「もちアタシは厳木さんに頼むから」
「懸命な判断ね」
迅速・丁寧、そして人件費を計上しないのが鏡子ちゃんのチャームポイントさ。ついでに言うと税務処理もしない。
「そんな訳で、今日はよろしくお願いします。お昼もクリスタル・プリンセスのビュッフェをにご案内しますから」
「分かってるじゃないの」
ビュッフェだと幾分かクオリティが下がって、外国人向けのもあるから日本人にとっては当たり外れの差も大きいのだが、気を付けて選べば普通に美味い。
報酬である夕食ディナーはしっかりしたレストランだから、もはや文句なしのものにありつける。お固すぎてちょい女子高生だけで行くには敷居が高いけど。
「えー! ビュッフェまでもらっちゃっていいんですかー!?」
「ええ、どうぞ。ビュッフェに3名ほど案内しましても影響は少ないですので」
どんな取り決めをしたかは知らないし、実際そうなんだろうけど、
「この規模の船、業者に頼めば普通に100万超えるから私たち3人をエコノミールームで参加させてもお釣りが出るはずよ」
「やっぱりバレちゃいますか」
伊東が肩をすくめる。いくらクリスタル・プリンセスでも1週間程度のツアーならエコノミールーム3人で50万にもならない。
「えぇ!? 100万!?」
「さすがに盛ってんじゃないの鏡子?」
「盛ってるもんですか。修理やら点検やらっていうのは、マジでワケわかんない値段かかるの。明細もザックリしてて内訳わかんないし」
私もラボの装置をオーバーホール(定期点検だと思っていいわ)にかけてた時期があったが、やたらと金がかかる。製品売ってる訳でもないし学会に出すようなデータも取ってないからもうやめた。
「厳木さんの言う通りです。白状してしまいますが、業者に頼むよりも皆さんを安い部屋で1週間ツアーに無償でご案内する方が安く上がります」
「うそ・・・」
「・・・マジ?」
「だから2人ともそんな気張って働かなくていいわよ。むしろ下手に触られると困るし、アシスタント程度だと思っといて」
ったく、改めて考えるとほぼ慈善事業だぜ。でも女子高生という身では1週間クルーズなんてホイホイ参加できないし、クリスタル・プリンセスの食事のクオリティはその辺でありつこうと思ったら5千円じゃ足りない。メシついでに探検させてもらうのもアリだし。
伊東たち“クルーズマリン”社としてもコストを抑えることができたが、もしこの船が事故れば全責任を負うことになる。点検を女子高生に頼みましたなんて言えないだろうからね。もちろん私も信用で仕事してるから、そんなヘマはしないけど。
「それでは、お願いします。お昼の12時ごろには外に出ておいてください」
「はいは~い」
「「はーーい」」
という訳で、点検開始!
「目視点検で済むところには、この子たちを使うわ」
「あ! ドローン!」
偶然にも別件で増産してたからね。活用しなくっちゃ。
「異常があれば知らせてくれるから画面のチェックもいらないわ。あの子たちに任せましょ」
「鏡子はどうすんの?」
「基本はエンジンとかの駆動部よ? 最悪はドアが1枚壊れてるのを見逃したぐらいじゃ大した問題にはならないから」
自分が客として乗った時に部屋のドア壊れてたらヤだけどね?
早速船内へ。
「ほぇ~~~っ」
「船の中って、こんな感じになってるのね~」
「ツアー申し込んでもこんなトコには入れないから、目に焼き付けとくといいわ」
「ヤバい、ますます厳木さんが凄く見えてきたんだけど」
でもあんまり祭り上げないでくれ。私を神と崇めるのは野球部だけで十分だ。てか多い。
「よーし、エンジンちゃんに到着」
「デカっ! クルマのボンネットに入んないじゃん!」
「これだけの船と100人の人を乗せるからね。さぁ~てまずはバラすわよ?」
スマホを捜査し、ホワ~~ンという煙と同時に工具箱を召喚。
「私は基本こっちに顔突っ込んどくから、工具を手に渡してくれる?」
「え? でもどれがどれだか分かんないよ?」
「番号振ってきたから大丈夫よ。“8番”って言ったら8番渡せばいいの」
「なんか病院のオペみたいだね」
「メスだけは“メス”って言おうか?」
「え、あるの?」
「あるわよ。今日は使わないけど」
「なぁんだぁ」
船の点検にメスは要らないからね。点検やら工事の業界にはメスを入れたいけど。恐ろしい値段する割に作業員の給料は安いって、誰の懐が温まってるんだろうねぇ。
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「結論から言って、この子は交換した方がいいわね」
所有者不明で漂流していただけあって、動くには動きそうだがボロかった。
「え、どうすんの? 買うの?」
「さすがにそこまではしないわよ。物は依頼主に用意させるわ」
という訳で伊東に電話。
【そうですか。型式は分かりますか?】
「CCリトルナインティーンナインティ・ターボシャフト・ガスタービン」
【ちょっと待ってください・・・あ、それなら在庫がありますね。昼食までに用意しますので、午後に交換お願いします】
「はいは~い」
通話終了。
「ブツは午後に来るわ。それまで他の場所を見てましょ」
という訳で、船の運航そのものに関わりそうな部分を見て回った。
「パイプがいくつかガタきてるわね。穴ほげるのも時間の問題だし、総とっかえかな」
「あ、それって今日だけで終わるの?」
「それをやっちゃうのが鏡子なのよ。しかも寝てる間に」
似たようなのが去年もあったから鈴乃も知ってるか。
「そ。それ専門のロボがあるから、何やればいいか決まったら後はその子たちがやってくれるわ」
だからその子たちを伊東に託せば終了さ。
「やっぱ厳木さんってパないね」
「つくづく、ちゃんと社会に出た方がいいように思えてきたわ・・・」
「嫌よ。社会には協力する価値のない人間が多いもの。これでも商売相手は選んでんの」
「相手怒らせて破談になってるだけじゃん」
「破談にさせてんのよ。私は私のポリシーを通してるの。それが分からない奴とは組まないからケンカした方が手っ取り早い」
「それで悪い噂が広まったらどうすんのよ? ネットで一発よ」
「だからこそ、直接手足を動かして私のウデを見せるのよ。人ってのはねえ、本当に困ったらワラにもすがる思いになるの」
反りが合わずにキレて破談になるんじゃあ、所詮その程度の悩みだったってことさ。
「さっすが! ココちゃんを見つけたのは伊達じゃない!」
「実際にやってのけちゃうのが何かムカつくんだけど・・・」
「知らないわよそんなの。 さ、そろそろ12時ね。お昼にしましょ」
外に出ると、
「すごっ!! デカっ!!」
ちょっと離れた位置ではあるが、クリスタル・プリンセス号が停泊していた。だがこの距離でも、周囲の風景とのギャップでその大きさが分かる。
「では皆さん、近くまで車で行きましょう」
近くで見ると、やはりクリスタル・プリンセスはデカかった。
「こんなの初めて見た!」
「あたしも。今までは遊覧船ぐらいしかなかったし」
依頼日に偶然これが泊ってないと見れないからねえ。世界中を旅するクリスタル・プリンセスは、日本製だから日本に来ることも少なくないが、基本は海の上だ。
しかし鈴乃、タダで乗せてもらっておいて“遊覧船ぐらいしか”とは良く言ったものだ。
船の入口では何やら乗船チェックをやっているが、伊東がスタッフとひと言ふた言話したあと、通れた。
「では、ビュッフェまで行きましょう。12階です」
私たちにウロつかれては困るのか、伊東もついて来るようだ。
「すごーい、廊下カーペットだーっ」
赤を基調とした高級感のあるカーペットが一面に敷き詰められている中を歩き、これまたゴージャスなエレベーターの前へ。
チーン。
レトロな音がした後、エレベーターが開く。
「Hello, girls」
「え、は、ハロー」
「ハロー!」
「ハッ、ローオゥ♪」
すれ違いで降りる外国人が挨拶してきたので、それぞれ返事。その後、エレベーターが閉まる。一緒に乗って来た中にも外国人の姿があり、他の日本人たちに明るく挨拶を振る舞っていた。
「ビックリしたぁ。意外と外国人多いんだね」
田邊さんのこの感想に反応したのは、伊東。
「ええ。クリスタル・プリンセス号は日本人向けのツアーが多めですが、外国の方にも多く利用されております。日本人が好きな方も多いので、こういった所で交流できるのもクルーズツアーの魅力と言えるでしょう。
ただ最近は、日本人に声を掛けるか迷ってしまう方も少なくないので、見かけたら積極的に挨拶しに行くといいですよ」
「あ、いが~い。外国人でもそういうことあるんですね~」
外国人だって人間だからね。陽気な人は多いが気まずくなる時もある。外国人だからといった先入観はあまり持たず、1人の人として尊重するのは忘れてはいけない。もっとも、日本人にも別人種かと思えるほど理解できない人いるけどね。
チーン。
12階に到着。廊下を挟んだ目の前にはもうビュッフェが広がっていた。
「私は席を確保しておきますので、皆さんご自由に料理を取ってきてください」
「ありがとうございま~す」
「は~~い!」
さ~て何食べよっかな~。
「あ! プレッツェル~~!」
私にはやたら固いパンにしか思えないそれに、田邊さんが飛びつく。デカいしオシャレだしバエるもんね。バエはギャルにとっては正義。
「色んな国の料理があるのね~」
「味付けも外国人向けになってるから、気を付けた方がいいわよ」
「あ、そっか」
「でもそれに挑戦するために来たんっしょ! タイ米チャーハンいってみよ~。あ! トムヤムクンもあるー!」
レディフェでも思ったが、田邊さん結構グルメな人だな。いいビジネスパートナーになりそうだ。
「いっただっきまーす!」
伊東が確保した席で、伊東が自分の飯を取りに行ってる間に、いっただっきまーす! 待つとかキモいしね。子供らしく“大人のご厚意”というやつを受けようではないか。
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「はぁ~~。もうお腹いっぱ~い」
「んじゃもうちょっと休んだら続きやるわよ? 伊東さん、替えのエンジンはもうあるよね?」
「はい。後ほどお渡し致します」
後はエンジン交換してー、自動点検&修理ロボたちを伊東に託せば終わりね。基本人海戦術になるからコストが掛かるこれも、私の手にかかればこの通りよぉ。
【プルルルルル】
「おや? すみません、ちょっと待ってて頂けますか」
伊東の電話が鳴った。ガラケーだし、普通に応答するようだから社用だろう。伊東がいないと下船できないし、待つか。
「あれぇ? のんのんじゃーーん! どったの~~?」
「ん?」
誰だ? 振り返ると、超ギャルっぽいギャルがいた。
「あぁ~~! ぽんぽん! なんでここに!?」
「言ってたじゃん! 旅行だよ~。のんのんこそ何で!? ガッコは?」
「厳木さんに付き合ってて今だけ特別に乗せてもらってるんだ~。てかぽんぽん家族旅行ってコレだったの!? セレブ~~!」
どうやら田邊さんの友達のようだ。田邊さんが“のんのん”で、この人が“ぽんぽん”らしい。しっかし見たまんまのギャルだな。
ぽんぽんさんから出た「ガッコは!?」のセリフは、これに乗ってたら軽く1週間はツアーで拘束されるからだろう。どうやらぽんぽんさんは、昨日から休んでるらしい。家族旅行で学校休む人が出るのは、小学校の頃からままあることだ。
「あ! マジだ! キョンキョンにリンリンちゃんだ~! ぽよぽよ~~⤴?」
挨拶のつもりなのか、親指から中指の3本を開いて目の辺りに付けてポーズを決めた。
「「・・・・・・」」
とりあえず応答するか。
「あ、ども」
鈴乃は相変わらず呆けたままで、“リンリンってあたし・・・?”みたいな顔して自分を指差してこっちを見ている。キョンキョンは私だろうからな。“鈴だからリンリンなんじゃないの”、と視線で返した。
「あ、紹介するね。いま同じ5組の“ぽんぽん”」
改めて、田邊さんが紹介してくれた。
「ぽんぽんは2人のこと知ってるから平気よ」
「ぽよぽよ~~⤴?」
それは“よろしく”って意味か?
「よろしく」
「あ、えっと、あたしも、よろしく」
「いえーーーい!」
やべぇ、キャラ作りに徹底されすぎて反応に困る。ガチもんのギャルすげぇな。
「このフネ夜にはここ出るって聞いたけど、ドコ行くの?」
「これから台湾行ってぇ、香港、マカオ、沖縄巡って最後神戸でポヨる」
「え、神戸? そっからどうすんの?」
「フツーに新幹線で東京来てポヨるよ」
「は・・・?」
頭にハテナマークが浮かぶ田邊さん。だが私と鈴乃はそれ以前に会話に付いて行けてない。さっきから言ってる“ポヨる”って何だ? “終わり”って意味か?
「フツーに横浜エンドにしてくれればいいのにね」
「うんにゃ? てゆーか出発も神戸だったよ。神戸に住んでる外国人のために今日1日横浜ってカンジ。だから昨日もわざわざ新幹線で神戸までポヨったんだよ?」
だから“ポヨる”ってなんだよ。絶対さっきと違う意味で使ってるだろ。
「なにそれメンドっ。こっち住んでる人は横浜から乗せてくれればいいのにね」
「そこなんだよね~。こういうツアーは途中ポヨとかできなくて最初から最後までポヨってなきゃダメなんだよぉ。メンドイんだけど」
えっと・・・途中参加はできないから最初から最後まだ乗ってろって意味ね、多分。
「じゃあ横浜出発のやつとか無かったの?」
「それがさぁ、パパンがマカオ行きたかったらしくてさぁ、仕事の休みと日程ポヨるのがこれしか無かったんだよね~」
日程が合うツアーがこれしか無かったのね。
「それでわざわざ東京と神戸往復ぅ?」
「そうなのよぉ、まじポヨれないわぁ」
ポヨるの、ポヨらないの、どっちなの。
「お待たせしました。・・・ん? そちらの方は・・・」
伊東が戻って来た。“まさか勝手に友達を・・・!?”っていう顔してる。
「あ、友達です。偶然このツアーに乗ってたみたいで」
「あ、そうでしたか」
ホッと胸を撫で下ろす伊東。女子高生が簡単に乗り込める訳ないのだが、
(厳木さんならできそうだからな・・・)
とか思ってるに違いない。
「じゃあキョンキョンは何してんの?」
「私? ちょっと他の船の点検を頼まれてて」
「あ、そうなんだー! アタシもポヨるー! のんのんも一緒なんでしょー?」
私は構わないが、念のため伊東に顔を向けてみた。
「厳木さんのお友達なら構いませんよ。ツアー参加者ならこの船の乗り降りも自由ですし」
「んじゃ、続きやりますかね」
立ち上がり、移動を始める。エレベーターを降り、私たちは伊東の裏ルートで、ぽんぽんさんは正規でスタッフにカードのバーコードを読み取らせて、下船。伊東の車に乗り込む訳だが、
【ピン、ポーン】
異常を知らせるアラートが鳴った。ドローンが何かヤバい場所を見つけたかな?
「ちょっと待って。何かあったっぽい」
タブレットを開くと、
「げっ! ドローンがウミネコに食われてる!」
コバエ型ドローン、ウミネコに食われる。パクリとクチバシの中に消える姿が、他のドローンの映像に映っていた。そのドローンの映像もまた、真っ暗になる。
「わお! 船が鳥にポヨられてる!」
映像見る限り10匹や20匹じゃなさそうだな、これ。鳥だけど、またネコかよ!
「伊東さん急いで! 追い払うから!」
「分かりました」
「キョンキョンが今からこれポヨんの!? 楽しみ~!」
ヤマネコだろうがウミネコだろうが、この私がポヨってやんよ。
次回:ポヨれ! 鏡子 対 ウミネコ
 




