第23話:淑女の顔の惑星
月曜日、始業前。
「ご苦労だったな。まさかペットショップの分までやってるとは思ってなかったぞ」
早速私は報酬のイズミーチケットを受け取りに職員室まで来た。担任の君津は指2本で挟んでキザったらしく差し出してきた。
「まいどあり~」
いや~。インフレが続いてるイズミーの年パス、しかもランドとシーの両方ですよ。猫本体とその唾液にまみれた甲斐があったってもんですよ。
「全く、ドローンで猫を連れ去るって噂が出た時にはどうしようかと思ったぞ」
「あれは“AS”の人が悪いんですよ、自分のサイトでしか告知しないんだから」
「誰もドローンで猫を捕獲して回るなんて思わんだろ」
「甘いですね。それをやるのが私なんですよ」
「だからこそ学校にクレームが来たんだろうが」
「あら、学校にも来たんですか? ウチにも来てたんですよ」
「ったく、何かデカいことをやる時は事前に告知しろ。騒ぎになる」
「嫌ですよ。場合によっては止められるじゃないですか」
「止めたら止まるのかお前は」
「止まる訳ないじゃないですか。何考えてるんですか」
「至極真っ当なことを考えてるんだが」
君津は“ふざけてんのか”と言わんばかりに睨みをきかせる。
「全く。どうせ止まらんのなら事前に言え。その方が幾分か気が楽だ」
「善処しますよ」
「お前の“善処”はアテにならん」
「ちゃんと猫見つけたじゃないですか」
「お前はビジネスにしか善処せんだろうが」
「当然じゃないですか。人類の基本ですよ」
「はぁ、もういい。教室に戻れ」
「あれぇ? 誰のお陰で静かに眠れるようになったと思ってるんですかぁ?」
「礼ならそいつで十分だろう。それとも言葉も欲しいのか? ビジネスに忠実な発明家さんも」
「いえいえ、ありがたく頂戴しますね~」
私はイズミーの年パスをぶらぶら揺らして見せた後、踵を返して退場。いい仕事しましたよ、本当に。
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放課後。
「それじゃあ、猫ちゃんを全員無事に保護できたことを祝して、かんぱ~~い!」
「「「かんぱ~~い!」」」
「ウム!」
それぞれジュースなりアイスコーヒーなりが入ったグラスを掲げ、カランと鳴らして重ねる。私たちがいるのは、田邊さんからの報酬である、飲食店“レディーフェイスプラネッツ”だ。アジア風のエチゾチックで妙な妖しさもある内装に対して洋食がメインの、ファミレスよりも値が張るがそれに見合ったボリュームを提供してくれる、そんなお店だ。
田邊さんが「手伝ってくれた人みんなにお礼がしたい」と言ったので、私と鈴乃の他、クーロンくんと、両親の許可も得てカケルくんも来ている。キンダイチくんは呼ばれてないのと、野球部は「自分たち役に立てなかったんで・・・!」と辞退した。
「それにしてもビックリしたぁ。いつの間にかカオルン君がいるんだもん」
田邊さんもまた、クーロンくんのことを“カオルン君”と呼ぶ女子生徒の1人だ。てか実際“カオルーン”だから私の呼び方より近いんだけどね。
「荻窪行く前に偶然会ってね。手伝ってくれたのよ」
「見返りを求める誰かさんとは大違いね・・・」
「へえ、鈴乃の知り合いにはそんな人がいるんだ。類は友を呼ぶって言うしね」
「あんたね・・・!」
「いやぁでもクーロンくん凄かったよ? 普通にチャリより速いし、アパートのべランダとか屋上とかピョンピョンだし」
「あれくらいどうってことないゾ!」
あれが“どうってことない”のが凄いんだが。
「え~、いいな~。アタシもカオルン君におんぶされたいな~」
「こうカ!?」
「ほえっ?」
田邊さん、クーロンくんともに通路側の席だったので、ヒョイっと近付いておんぶした。サラッとこういうことをしでかすのが彼の人気の秘訣でもある。本人に自覚はないが。
「おぉ~~っ、カオルン君カッコいい~~っ!」
抱きつく田邊さん。
「そうなのカ!? これくらいカンタンだゾ!」
「できない男が多いのよね~これが」
鈴乃が嘆くように肩をすくめる。
「カオルン君ありがと。だけどお店の中だからダメよ。ね?」
「そうだったナ!」
もう出禁は御免だからな。騒ぎになる前に戻らないとね。
「いいな~。ボクもそれくらい力持ちになりたいな~」
とカケルくん。
「そうそう。ちゃんと鍛えなきゃダメよ? 体も心も」
と田邊さん。ギャルやってると、周囲の男ビミョーなのが多いもんね。
「ヒトセン流のワザを覚えるカ!?」
「え? ヒトセン・・・?」
「ちょっと待ってストップストップ」
カケルくんが首を傾げたところに鈴乃が割って入った。
「カオルーン君がコーチしたらカケル君死んじゃうから」
「ム、そんなことはないゾ! ニンゲンならば、誰でも辿り着ける領域なんだゾ!」
んなワケないだろ。世界中の人がクーロンくんみたいなったら、それはもはや人類の進化と言える。
「ダメなものはダーメ。カオルーン君は特別なの。凄いの。だからぁ、カオルーン君にしかできないことは、自分だけのヒミツにしておかなくっちゃ。ね?」
「ムムム・・・そうだナ! オラにしかできないんだナ! トクベツ、嬉しいゾ!」
上手く乗せることができたようだ。単純で助かる。だからこそ恐ろしい部分もあるのだが。
「お待たせしました~」
「「「おお~~っ」」」
「すごーーい!」
「ウマそうだナ!」
頼んでいた料理が届いた。オードブル形式でつっつき合う予定だ。クーロンくんがいることで多めに頼んだこともあり壮観である。
「さぁみんな、どんどん食べちゃって!」
田邊さんは、ここの会計は全部出すと既に宣言している。よっぽどココちゃんが大事だったのだろう。
「まーずはっピザっ♪」
いい感じでチーズの焦げ目が付いているピザをひと切れゲット。んん~っ、美味い!
「これハ、オムライスだナ!」
取り分け用のデカいスプーンもあるのだが、クーロンくんは自分ので取りにいった。
「アッタシ~はカルパッチョ! ジカバシでいいよね?」
「別に?」
「いいんじゃない?」
この場にいる男性陣はクーロンくんとカケルくんだけだし、気にせんだろ。野球部のような連中がいなくて良かったぜ。あいつらの場合逆に「恐れ多くてできません!」とか言いそうだが、それこそ逆にキモい。
「たまに鏡子と来るけど、ボリュームもあって美味しいのよね~」
「私の解決能力あってのものよ。感謝なさい」
報酬の食事の時も鈴乃は自分だけは自腹切ることが多いが、今回の田邊さんのように、どうしても払わせて欲しいと言われたら従う。
「それと同じぐらいトラブルに巻き込まれてるんだけどね・・・」
「鈴乃が勝手について来てるんでしょ?」
「ほっといたらもっとヒドいことになるでしょうが!」
「んなモンやってみなきゃ分かんないじゃない」
「“中学の頃はヤバかった”って、結構な人が言ってるけど?」
誰だ? そんなこと言いふらしてるのは。
「私が大人になっただけよ。ほら、もう17歳だから」
16歳のお子ちゃまにつべこべ言われたくないね。
「ほんとに大人になった時が余計に心配だわ・・・」
「何が心配なのよ? 私が路頭に迷うなんてことになる訳ないでしょ?」
「そこを心配してるんじゃないわよ!」
「まぁまぁ鈴乃、実際厳木さんってチョー凄いし、多少のことはイイっしょ」
「“多少”じゃないでしょ“多少”じゃ・・・」
「でもね、鏡子ちゃんホントに凄いんだよ! 壊れたオモチャとかパパーッって直してくれるの!」
ほら、小学生だってこう言ってるんだぞ?
(なんかアウェーなんだけど・・・) by 大曲鈴乃16歳
“カオルーン君はどう思ってんだろ”的な感じで、鈴乃は少し遠慮がちにクーロンくんに視線を向けた。が、
「キョウコとスズノ、仲良しなんだナ!」
その一言で片付けられた。てか彼にとっては池にドボンしようが学校でボヤが起ろうが“多少のこと”だから。
「そうそう、仲良し仲良し。大親友♪」
「どの口が言うのよ・・・」
「ピザを味わうこの口が」
「まったく・・・」
そんなこんなで料理を食べていってる訳だが、
「ウマイ、ウマイナ!」
パクパク食べていくクーロンくん。
「「ほえ~~・・・」」
その様子に呆気に取られる鈴乃と田邊さん。
「お兄ちゃん、すごい・・・」
カケルくんも同様だ。
「たまにクラスのジョシに連れて来てもらうけド、ホントにウマイナ! ココ!」
たまに連れ来てもらうのかよ。何やってんだよ女子。まあ、見てて癒される気持ちが分からなくはないけども。
5人いるというのに半分以上をクーロンくんがたいらげ、ほとんどなくなった。
「もっと食べたいゾ! 頼んでいいカ!」
「いいよ~。バンバン頼んじゃって!」
「じゃア、これト、これト、これト、これト・・・」
「え・・・」
田邊さんの血の気が引いていく。もちろん彼の脳内に遠慮などというものはない。“ヤック”で4千円分食ったからな、この子。
<金、貸すわよ>
チャットアプリSHINE (シャイン)でこっそりメッセージを送っておいた。
<ごめん! もしもん時はよろしく! 利子は!?>
さすが田邊さん、よく分かっていらっしゃる。
<1日1パー単利で>
<了解! 親から借りてでも明日返す!>
だろうな。親は無利子だろうからな。
そして、第2陣の料理が届く。
「ここまで気持ちよく召し上がって頂けると、こちらも気持ちがいいですね」
微笑む店員さん。
「コレ、オマエが作ってるのカ!? 凄いゾ!」
「あ、いえ、わたくしはただ運んでるだけで…」
「マイニチ作ってもらいたいナ!」
「ほぇっ?」
相手の言葉など聞いちゃいないクーロンくん。しかもセリフだけ捉えると結構すごいこと言った。店員のこの様子、もしや年下好きか?
「ん゛ん゛っ」
だがそこはプロ、咳払いひとつで平常モードに戻り、
「お客様、本日は“月の日”となっておりますが、いかがなさいますか?」
と問いかけた。ここ“レディーフェイスプラネッツ”は、その店名にちなみ、男女混合の客は惑星を模したティアラを男性客から女性客に授けるということが可能だ。断ることもできるが、カップルや夫婦はもちろん、父親から娘へ、息子から母親へというパターン、更には何でもない奴らが遊びでやったりもする。
今日は月曜日なので、月をイメージしたティアラだ。月が“プラネッツ”なのかというツッコミは禁止。
「そうだったナ! いつもクラスのジョシと来た時にやってるゾ!」
何やらせてんだよ、女子。てかクーロンくん店員に顔覚えられてんじゃね?
「本日はいかがなさいますか?」
この催しの決まりとして、男性1人につき1回だけとなっている。つまり、クーロンくんとカケルくんが1回ずつ誰かにティアラを授ける。野球部がいなくて本当に良かったぜ!
しかし、この場にいる女は3人。クーロンくんが選ぶのは、果たして・・・!
「じゃあ、オマエにするゾ!」
「ほぇっっ??」
クーロンくんがビシッと指差したのは、店員。
「あの、いえ、これはお客様同士でやっていただくものでして・・・」
店員は慌てて胸の前で手をフリフリするも、
「ダメなのカ!? オマエがいいゾ!」
「いや、あのー・・・」
店員は両手を開いて前に向けたまま、うつむく。いや~、“オマエがいい”の破壊力、すげーな。
「オマエにすル! でなきゃやんないゾ!」
追い打ちをかけるクーロンくん。そこへ、
「では、こちらの松尾に対してでよろしいのですね?」
他の店員が救済にやってきた。グッジョブ。
「ウム!」
「では、少々お待ちください」
「いや、あの・・・」
反論しようとする松尾さんだったが、
「お客様のご指名です。従いましょう」
切り捨てられた。そして一旦バックヤードに下がった店員が月のティアラを持って来る。
「それではお客様、どうぞ」
「ウム!」
ティアラがクーロンくんの手に渡った。
「なんか変な流れになったわね」
「実はアタシこれしてもらうの狙ってたんだけど、こっちのが面白いからいいや」
やってもらうつもりだったんかい田邊さん。
「では行くゾ!」
「はい・・・」
観念して中腰になり、クーロンくんに頭を向ける松尾さん。顔、超真っ赤じゃん。まるで火星のようだ。
そんなことなどお構いなしに、いつも通りの無邪気な顔でティアラを運ぶクーロンくん。彼にとっては目の前の松尾さんも普段の女子と変わらないのだろう。罪な男だ。
そして、ティアラが松尾さんの頭に乗った。
「できたゾ!」
「あ、ありがとうございます・・・」
「「「おおぉ~~っ」」」
パチパチパチパチ。
その様子を見て拍手する他の店員たち。店員が指名されるなんて事態は滅多にないだろうからな。てか初だろ。
「あの子いいよね~」
頻繁に女子が連れて来るせいかクーロンくん有名人だし。
「ウム! 似合ってるゾ!」
「っ・・・!」
女子に調教されてきたのか、そんなことを言うクーロンくん。
「あ、ありがとうございました・・・!」
松尾さんは足早に去って行った。本人からすればとんだ公開処刑だっただろう。生きてれば、そんなこともあるさ。戻った先で早速イジられてるし。
「お客様は、どうなさいますか?」
別の店員が、カケルくんにそう声をかけた。完全にクーロンくんが見せ場を持って行ってしまったが、彼にも同じことをする権利がある。
「じゃあ鏡子ちゃんにする!」
カケルくんは迷わずそう言った。
「あら♪ 嬉しいこと言ってくれるじゃない」
「“あめっこ”のお礼!」
あーそうだった、この子んちの猫も見つけたんだったわ。色々ありすぎて記憶が薄れてた。
「「おおぉ~~っ」」
パチパチパチパチ。
今度は鈴乃と田邊さんの拍手を受けて、私にティアラが戴冠。
「キョウコも似合ってるゾ!」
「でしょ?」
「調子に乗ってるのがなんかムカつく・・・」
「そう思うんなら、ティアラを乗せてくれる男を見つけることね」
「くっ・・・」
なお、ティアラは店を出るまでは着けていられる。松尾さんは早々に外して仕事に戻ったようだが。心なしか、私らの席の辺りを避けてる気がするな。
クーロンくんも満腹になったところで、お開きに。会計は2万5千円を超え、田邊さんに5千円貸すことになった。鈴乃とカケルくんの胃袋がそんなに大きくなかったのが救いだったね。しかし明日返してもらっても利子50円か。つまらんな。
「あ、ありがとうございました。ま、またお越しを、お待ちしております」
他の店員に強引に連れて来られた松尾さんが、最後に対応してくれた。
「ウマかったゾ! また作ってくれるカ!?」
「だ、だからわたくしは・・・」
松尾さんは調理場担当ではないのだが、そんなことがクーロンくんに伝わるはずもない。
「またナ!」
「はい・・・」
そんな訳で、外へ。
「鏡子ちゃーん、みんなー、バイバーーイ!」
「「「ばいば~い」」」
「さらばダ!」
会計前に親を呼んでいたので迎えがあり、カケルくんが帰宅。
「ではオラも帰るとするゾ! またナ!」
「「ばいば~い」」
「カオルン君ありがとーーっ!」
さて、3人残ったが、特にすることもない。だが、
タンタラタンタラタタララララララ♪
私のスマホが鳴った。
「誰だろ」
表示されていたのは、“クルーズマリン伊東”。クルーズマリンといのは客船でのツアーを専門にしている旅行会社で、伊東は“厳木さん担当”になっている社員だ。ここでいう“担当”は、私が常連になっているのではなく、困ったときに私に連絡する係という意味だ。つまりは、新規の依頼が来る。
「もしもし?」
【もしもし、厳木さんですか? 伊東です】
迷い猫が終わったというのに、早速か。だが生徒会から言われている“ドラグーンパニック”を今週中に作らねばならないから、内容によっては蹴りだな。商談に入る前に、
「ビジネスの話になるから長いわよ。2人はもう帰ってていいわ。お疲れ」
解散しようとしたのだが、
「うんにゃ、なんか面白いから聞かせてよ」
「あたしも聞くに決まってんでしょ。どうせ巻き込まれるんだから」
いや鈴乃は自分から首を突っ込んでるだけだからな?
「そ。じゃあ終わるまで待ってて」
さすがに会話の内容そのものは伝えられない。距離を置いて、伊東との話を続ける。
「で、どうしたの?」
相手は年長者の社会人であるが、私と伊東の仲ならタメ口が許されてしまう。向こうは敬語だけどね。
「それが、横浜沖で所有者不明の船が発見されまして・・・」
ほう?
「各方面とも協議されたのですが、我が社が引き取って良いということになりまして、使えるかどうかの点検にご協力頂きたいのです」
次回:迷い船オーバーホール




