第22話:伝説のスーパーマタタビ2
5月10日、日曜日、午後4時。
迷い猫探しも佳境を迎え、残すは12匹となった。しかしうち2匹が田邊さんの“ココちゃん”と5万円の依頼主の子であり、雲行きが怪しくなってきた。
そこで私が取り出したのは、スーパーマタタビの性能を超えたスーパーマタタビ、その名もスーパーマタタビ2である。できればこいつは最終手段にしたかったが、既にその段階に入っているであろう。チャット通話で全員に連絡だ。
「スーパーマタタビの強化版を使うことにするわ。野球部のグラウンド借りるわね?」
【ウォッス。何なりとお使いください。我らのものは鏡子さんのものです】
「サンキュ。 あとみんな学校から離れて。半径4~5キロの猫が集まるわ」
【はぁ!? 何する気!?】
「言ったでしょ。スーパーマタタビの強化版よ」
【厳木さん大丈夫なの!? 普通のスーパーマタタビでもあんなになるのに】
「そこは何とかするわ。“間に合いませんでした”なんてヤだかんね」
既に12万5千とイズミーチケットは手に入れた。それと比べれば5万円は安いし、田邊さんも別に怒ったりはしないだろう。だが依頼主第1号と、自ら進んで名乗り出た5万円の分が失敗に終わるなどということがあっては、厳木鏡子の名が廃る。私の辞書に、“失敗”の文字は必要ない。
「クーロンくんももういいわよ。マジでやっばいから」
一番の功労者とも言える、私を負ぶったままのクーロンくんにそう声を掛けたが、
「オラもいくゾ! キケンなんだロ!?」
「そお? なら止めないわよ?」
「早くガッコウに行くゾ!」
ビュン。
そのまま学校に移動。この子がいればダメージが多少は小さくなりそうね。最後の仕上げにかかりますか。
野球部のグラウンドに到着。離れて位置ではサッカー部がまだ練習しているようだが、他でもない私のためだ、悪く思わないでくれ。
「準備はいい? 101どころじゃない猫が集まるわよ?」
「望むところダ! オラのヒトセン流のワザを見せてやル!」
「そんじゃいきますか」
スーパーマタタビ2を取り出し、
「集まれ! この街の猫ちゃんたち!」
頭上に掲げた。
「くル・・・近付いてくるゾ・・・! これだけまとまっていればキを感じル・・・!」
マジかよ。
「それじゃあ、私の後ろはお願いね?」
「ウム!」
2人で背中合わせになり、これから来るであろう猫の大群に備える。
【ヤッバ! 猫ヤッバ! 猛スピードで走ってるよ! かなりの数!】
【鏡子これ大丈夫なの!?】
「心配ならこっちに来る?」
【【絶対ムリ!!】
だろう? 最後は私に任せなさいな。
「鏡子さん!!」
「ん?」
猫よりも先に現れたのは、
「野球部!」
石田率いる野球部。明らかにボロボロの奴もいるが。
「助太刀します!」
「グラウンドは俺たちの聖域さ!」
「我らの魂、鏡子さんと共に!」
私とクーロンくんの周りに集まり、こちらに背を向けて腕を組み、猫を待ち構える野球部員たち。頼りない背中だが、いないよりはマシだと思おう。
「くるゾ!」
「「「「「にゃ~~~~ん」」」」」
猫登場。もうざっと50は居る。
「「「っ・・・!」」」
ビビる野球部員たち。
「我らの聖域と、鏡子さんを守るんだ!」
目的は迷い猫を捕まえることなんだが。私の盾になってくれるなら多少は目的のためにもなるけど。
「「「「「にゃ~~~~ん」」」」」
さあ、後ろからも来ましたよ?
「「「「「にゃ~~~~ん」」」」」
「「「「「にゃ~~~~ん」」」」」
右からも、左からも。
「うぅぉぉぉぉおおおお! 怯むなーーーっ!」
「「「ウォォーーーッス!!」」」
グラウンドを駆け、私たち目掛けて集まって来る猫たち!
「行くぞぉぉぉぉぉ!!」
「「「ウォォーーーッス!!」」」
まずは野球部が前に出る!
「ニャーーー!」
「ぐあああぁぁぁっ!」
「ニャニャーーー!」
「ぐおぉ・・・っ!」
「ニャニャニャーーーー!」
「ふおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「鏡子さんには毛一本触れさせん!」
「ニャニャニャニャーーーーーー!」
「どあ・・・!」
「佐藤! 手負いの状態で無茶をするな!」
「なんの!」
「ニャーーー!」
「ニャニャーーー!」
「く・・・っ、ごほぁ・・・っ!」
「部長ーーーーーー!!」
「俺のことはいい! 鏡子さんをお守りしろ!」
「この佐藤! 命に代えても!」
「ニャニャニャニャーーーーーー!」
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野球部、30秒で全滅。
「鏡子、さん・・・」
「あんたたちはよく頑張ったわ。 クーロンく…」
ギュルルルル・・・。
「ん?」
振り向くと、クーロンくんがお腹を押さえていた。腹の虫か。だが、それだけにしては様子がおかしい。
「オナカが空いテ、チカラが出なイ・・・」
・・・は?
「キョウコ、すまなイ・・・」
ガクリ。膝をつくクーロンくん。いや確かに、10時半ぐらいに食ったハンバーガーが最後だったけど。
「オラは、オナカが空くト、リキが出なくなるんダ・・・」
「・・・・・・」
・・・・・・マジ?
「まさカ、こんな時ニ・・・」
バタリ。
え・・・えぇ~~~~~!!?
「「「「「「「にゃ~~~~ん!」」」」」」」
迫り来る猫ちゃんたち。野球部は無様に倒れ、頼みのクーロンくんもこの有り様。
「フッ、結局私1人になっちまったか」
マウンドの上で1人、私は呟いた。
「上等だぁ!」
まずは手始めの、
「白網召喚!」
「「「にゃにゃ・・・!」」」
だが捕らえられたのは全体の1割にも満たない。そしてこれは、一度使うとしばらくは発動できない。
「「「「「「「にゃ~~~~ん!」」」」」」」
「「「「「「「にゃ~~~~ん!」」」」」」」
「「「「「「「にゃ~~~~ん!」」」」」」」
案の定、至近距離への猫の接近を許した。仕方ない、飛ぶか。
「いでよ! ミニバルーン!」
ゴオオオォォ・・・!
電子レンジぐらいのサイズの気球を召喚、掴まってバーナーを点け、飛び上がる。
「「「ニャニャニャーーー!」」」
「ちょっ・・・!?」
しかし猫は、まるでピラミッドを組むように自分たちで山を作り、仲間たちの体の上を駆け上がって来た。
「やばっ! もうちょっと加速…」
「にゃ~~~~~~~~~ん!!」
「ぐえっ!」
手遅れだった。スーパーマタタビ2は強力で、文字通り猫が飛び込んで来る。あえなく私は、腹に思いっ切り頭突きを食らった。それを皮切りに、
「「「にゃ~~ん!」」」
「「「にゃ~~ん!」」」
「「「にゃ~~ん!」」」
次から次へと飛び掛かって来る猫たち。
「ちょっ、ちょっ、待っ・・・!」
べとりべとりと私の体にしがみついてくる猫たち。ミニバルーンは1人用なので、重量オーバーで降下を始める。
くそっ、もう諦めだ。ミニバルーンの火を消して、仕舞った。だがこのままやられる私ではない! この時のために用意しておいた、
「千手観音!」
ロボットーアーム召喚。さすがに千本とはいかないが30本の腕が出る。しかし、
「くっ・・・!」
いかんせん、操作するのは私1人だ。この数の猫を対処するには限界がある。そして、
「「「「「「「にゃ~~~~ん!!」」」」」」」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛・・・!!」
猫たちのピラミッドの山に引きずり込まれていく。こりゃもう、ダメだ。手を上に伸ばすも、私の体は空しく猫の山に完全に埋まってしまった。もはやダーゲットの猫を探すどころではない。
私はもう、ここまでだ。猫って、以外と重いんだな・・・。
「ワトソン!!」
【へい、鏡子の旦那】
「どうせ近くにいるんでしょ。頼んだわよ!」
【A5ランク和牛300グラム追加で】
「上等よ!」
【お任せあれ】
頼んだぜ、相棒。ドローンも呼び寄せてある。この猫たちはしばらくここを離れない。この山の中から、ターゲットを見つけて捕獲してくれ。私はもう、猫たちにもみくちゃにされるしかない。
「オイ誰だいま脇腹に猫パンチしたやつ! いってぇ! 指に噛み付くな! 髪を引っ張るな!」
そう言ってられたのも最初のうちだけで、もみくちゃにされているうちに私は衰弱していった。
「・・・・・・」
全身が猫の海に沈み、私の意識は宙を漂う。
人生で2度目のキスは、三毛猫が相手になりました。
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「ココちゃ~~~ん! お帰り~~~~!!」
自分の飼い猫に頬をすりすりさせる田邊さん。
「厳木さん、ホントありがと! 大丈夫だった?」
「ええ、まあ、何とかね・・・」
私が猫の大群にもみくちゃにされているうちに、ワトソンとドローンが無事にターゲットを全部見つけてくれた。すっかり日の沈んだグラウンドに、私たちとココちゃん、そして5万円の依頼主の子が残っている。
“AS”の子はドローンに運ばせたのと、スーパーマタタビ2で集まった猫たちは、マタタビの効果切れで帰って行った。
「ほんと鏡子って、目的のためなら何でもするのね・・・」
鈴乃が呆れたように呟く。私はもう全身が猫の唾液でべとべとだ。臭いもきつい。
これで約20万とイズミーの年パスが手に入るんだから安いもんでしょ。汚れなんて洗えば解決するのよ。
「キョウコ、すまなイ! 肝心な時ニ・・・!」
鈴乃がおにぎりを大量に買って来たことで、クーロンくんは回復している。
「大丈夫よ。それ以外は大活躍だったじゃない。ありがとね」
「何かあったらまた呼んでくレ! 今度はバッチリ頑張るゾ!」
「うん、よろしくね」
クーロンくんは悔しさを滲ませつつも、元気に寮に帰って行った。
「鏡子さん・・・! 俺たちも最後の最後でお役に立てず・・・!」
野球部はもう号泣している。私が猫にもみくちゃにされたことに責任を感じているらしい。
「気にしないでいいわよ。あんなん無理っしょ」
「しかし・・・! 何かしらの罰がなければ気が済みません・・・!」
いや、罰って・・・。あんたら私が何をしようともご褒美として受け取っちゃうだろ。
「んじゃ、ご褒美もお仕置きもお預けね」
「そんな・・・!」
「バカ野郎・・・! 鏡子さんをお守りできなかったのだから当然だ・・・!」
こいつらの理屈はもはや私たちには理解できない。
「では鏡子さん、また何かあればお呼びください。次こそは・・・!」
「ええ、頼んだわよ」
「「「ウォッス!」」」
野球部、肩を落としつつ退場。
さて、本当に初期メンバーだけが残った。
「後はこの子をお爺さんに届けて5万円もらえば終わりね。シャワー浴びた後で行くわよ、ワトソン」
「了解」
「んじゃアタシたちも、お役御免かな、厳木さん、マジありがとね!」
「な~に、これもビジネスだからね」
「今日はもう疲れたし、約束の“レディフェ”明日にしよ!」
「オッケー」
何とか動くようになった指で、OKサインを出す。
「んじゃ鏡子ホントお疲れ。また明日ね」
「はいは~い」
鈴乃と田邊さんも帰宅し、私とワトソンが残る。
「よい、しょっと」
私は立ち上がった。
「大変だったけど、この週末だけで稼がせてもらったわね。A5ランク和牛、今夜にしよっか」
「分かってるじゃねえか鏡子の旦那ぁ」
まずはシャワーを浴びるべく、家路に着いた。
次回:淑女の顔の惑星




