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第18話:迷い猫オーバーフロー

 私は、厳木鏡子 (きゅうらぎ・きょうこ)。高校2年、4月下旬だけどもう17歳。女子高生をやってる傍ら、家には両親が趣味で作ったラボがあり、物心ついた頃から発明に手を染め、今ではすっかり3度のメシより発明という生活だ。


 高校を出た後は進学も就職もするつもりもない。発明品を売ったり困ってる人を助けたりして”お小遣い”やファミレス奢りなどの報酬をもらったりしながら、信用を集めて将来的な常連客の確保を狙っている。



 さて今日は5月6日、水曜日だがゴールデンウィーク最終日の休みで、私は親友の鈴乃に呼ばれてファミリーレストラン“ジャスト”に来ている。


「で? 今日はそっちの人から?」


 鈴乃が私を呼び出す理由は1つしかない。ビジネスだ。そして、鈴乃の隣には同年代女子がいる。確か去年同じクラスだったな。


「田邊さん、だよね」


「そ。覚えてたみたいね。 んじゃ紀香、お願い」


「ありがと鈴乃。んじゃ厳木さん、話なんだけど、」


 この田邊さん、ギャルっぽい見た目の割にはちょっとサバサバした部分がある。人との距離の取り方も上手いから、鈴乃の他にも男女を問わず友達が多い。つまり、この人の信頼を得ることができれば、グフフフフ・・・。


「ちょっと、ウチの猫がいなくなっちゃって」


「なるほど」


 迷い猫か。恋愛相談に次ぐ定番だな。


「そのネコちゃんを見つければいいのね?」


「そ。おねが~い。“レディフェ”奢るからさ」


 田邊さんは自身の口の前で両手の指先だけを合わせた。振舞いは基本的にギャルだが、この人が油断ならない人物であることは知っている。やはり、味方に付けるべき人物。“レディフェ”は2000円前後だが、決して安い取引ではない。


 なお、“レディフェ”とは、“レディーフェイスプラネッツ”という名前の飲食店で、ハンバーグやオムライスにパスタなど洋食がメインだが、なぜか店内はアジア料理でも出るんじゃないかというエキゾチックな雰囲気になっている。

 ファミレスと比べると値が張るが、それが気にならないレベルでボリュームがあるので私も頻繁に来る。平日の昼間はママさんのランチで賑うが、うちの学校に近いという立地とその満点のボリュームから、放課後や休日は女子生徒のみならず男子生徒の姿さえも散見される。あのエキゾチックな内装の男子からの評価は“妖しいお姉さんが出て来そう”であるが。


「いいわ。探したげる。写真とかある?」


「うん、これ」


 スマホを見せてくれた?


「マンチカン? スコティッシュフォールド?」


「スコマンチ。マンチカンとスコティッシュのミックスね」


 なるほど。


「いなくなったのはいつ?」


「昨日。昼間はウチにいたはずなんだけど、夕方ぐらいから姿が見えなくなっちゃって・・・」


 そこで初めて、田邊さんは視線を落とした。さすがに心配なようだ。


「ま、そこは任せて。でもまずは田邊さんちに行っていい? 抜け毛とかがあれば欲しいんだけど」


「あ、いいよ。掃除はするけど何本かは落ちてるだろうから。さすが厳木さん、本格的だね」


 どうやら、既に一定の評価があるらしい。確かにこの人はあんまり私を遠巻きに見ないし。


「私には優秀な助手がいるから」


「え、鈴乃?」


「は?」


「そうそう、鈴乃の鼻ってば動物並みで」


「違うからね!?」


「あっはははっ、冗談冗談。んじゃアタシんち行こ」


 ファミリーレストラン“ジャスト”を後にして、田邊さん宅へ。


「あら、紀香のお友達?」


「「こんにちは~」」


「そ。チョー天才でヤッバいから、ココちゃんを探してもらおうと思って」


 “ココちゃん”が猫の名前のようだ。


「そう。 わざわざすみませんが、よろしくお願いします」


「大丈夫ですよ~」


 報酬はもらうし人脈作りにも利用させてもらいますから。


 リビングや田邊さんの部屋を巡り、抜け毛、エサ入れ、水入れ、そしてゴミ箱から取った爪切り後の爪を持ち帰らせてもらった。飲みかけの水とかがあれば良かったんだけど、ひと晩以上は放置してないようだ。母親はともかく田邊さん本人はガサツそうにも見えるが、やはりそうでもないらしい。桶を洗うのも毎日やってるそうだが、ちょっとぐらいは唾液の成分が残ってるはずだ。


「んじゃよろしくね、厳木さん。 鈴乃もありがと」


「まっかせて~」

「うん、大丈夫よ」


 田邊さん宅を後にした。


「で、どうするの? やっぱりワトソン?」


「そ。目には目を、動物には動物を、ってね」


 “ワトソン”とは、うちで飼っている犬 (ボーダー・コリー)で、さっき言った“優秀な助手”だ。

 もちろん鈴乃も信頼を置いている言わば相棒のような存在で、私が何かやらかさないか心配のようで頼まずとも付いてくる。理由が失礼極まりないが、何かと助かることもあるので気にしないことにする。。


 ワトソンに会うべく帰宅途中、


「あー! 鏡子ちゃんだーー!」


 1人の少年に声を掛けられた。


「あらカケルくん、奇遇ね」


 今年で小学生に上がったばかりの近所の子だ。父親と一緒に、特に荷物もなく歩いている。


「お父さんと散歩?」


「いやー、それが・・・」


 父親が、少し言い辛そうに苦笑い。


「“あめっこ”が、いなくなっちゃんたんだ・・・」


 カケルくんが言葉をつないだ。“あめっこ”とは、カケルくんの家で飼っているアメリカンショートヘアの子猫だ。去年の誕生日プレゼントに買ってもらったんだとか。


「それで、その、鏡子ちゃん・・・」


「なーに? 言ってごらんなさい」


「一緒に、“あめっこ”、探してくれる・・・?」


 偉いぞ、カケルくん。鈴乃と微笑ましいものを見る目で、父親は“申し訳ない”といった様子だ。


「そうねえ。それじゃあ、ケーキをご馳走してもらおうかしら♪」


「はぁ・・・」


 溜め息は鈴乃のものだ。私は子供相手でも報酬をもらうことは忘れない。鈴乃と出会って間もない頃はその場で怒られたりもしたが、「仲がいいからってタダで助けてもらうマインドが染みつくのは子供のためにならないわ」の一点張りを貫き、今となっては何も言ってこなくなった。


「いいよ」


 返事は父親からきた。


「それぐらいのことはさせて欲しい。鏡子ちゃんにはいつも世話になっているからね」


 これをご理解いただける人にのみ、私は協力する。優秀なビジネスマンは、客をも選べるのだ。

 なお、”いつも世話になってる”は、オモチャ修理をしたこともあるほか、普通に公園で遊んだりこともある。童心は大事。



 カケルくん宅からも抜け毛などを採取し、帰宅。玄関を開ける前に、


「ワトソン」


 ヒョイッ、パクッ。


 私が投げたのは、“翻訳玉”。これを食べることで、ワトソンは人間の言葉を話せるようになる。


「鏡子の旦那ぁ、今回はどういったご用件で?」


「猫探しよ。一緒にラボまで来てちょうだい」


「A5ランク和牛200グラム」


「はいはい、全部終わったらね」


(この飼い主にしてこの飼い犬ありね) by 大曲鈴乃16歳



 ラボに到着。ラボ内は通路と作業場所を明確に分けており、ワトソンは偉いので通路から一切出ない。あまりに優秀な助手だから、ラボに入れない訳にもいかないのよね。


「相変わらずワケわかんない機械ばっかりね」


「ところがこの子たちで、ワケわかんないものを分析できたりするのよ」


「ホントにわかんないわ、世の中って」


 なに16歳の小娘が世の中語ってんだよ。


「とりあえずワトソン、これで分かる?」


 作業台に置いた2枚の平たいバットに、それぞれ“ココちゃん”と“あめっこ”のサンプルを並べた。そしてワトソンが犬のごとくクンクン嗅ぐ。


「分からんでもないが、屋外で、距離も離れてるとなると他の猫と間違えるかも知れないな」


「そ。じゃあちょっと待ってて」


 まずは“あめっこ”にしよう。食べかけのエサがあったので唾液の採取が容易だ。こっちらっのそっうちっにかっけまっして~。


「はいこれ。どう?」


 成分を小瓶に詰めて、さらに綿詰めしたものをワトソンの鼻に向ける。


「クンクン・・・なるほど、これなら何とかなりそうだ」


「オッケー♪」


 キャップを閉めて、保管。


「ココちゃんのはどうするの?」


「まあ頑張るしかないわね~。ワトソン、どっちが匂い強い?」


 エサ入れと水入れ、両方の洗面器を嗅いでもらった。


「こっちの方だな。毛と同じ匂いを強く感じる」


 ワトソンが右の前足をポンと置いたのは、水入れ。垢になりやすいぶん多くの菌が残っていたようだ。


「んじゃこっちでやりますか」


 サニメント手袋を着けて、少量の綿を用意し、ちょびっとだけ水を垂らして洗面器の底の外周部をゴシゴシ。


「これでいいかしら?」


 綿をワトソンの鼻に近付ける。


「うーん・・・まあ、頑張ってみるさ」


「そ。でもこれ以上は無理ね」


 綿を小瓶に詰め、保管。


「やっぱり鏡子って、そういうの得意なのね」


 ペットの捜索は去年も何度かあった。もちろん鈴乃も同席していた訳だが、何を今更。


「私からすれば、迷い猫を目だけで探す方がよっぽどの自信家に見えるわ」


「そういうことばっか言ってると頼ってもらえなくなるわよ」


「だったら自分で探せばいいのよ。ほら、まだ4時だし、行くわよ」


 最終的には目で見つけるしかないので日没後は厳しいが、明日あさっては学校なので足掛かりだけでも見つけておきたい。



 という訳で、2本の小瓶をポケットに詰めて出発。と言っても、ワトソンは優秀だから一度嗅いだ匂いを忘れない。


「こりゃ思ったより時間掛かりそうだな、色んな匂いが入り混じってやがる」


 夕飯の準備も始まる頃だしね。


「とりあえず今日は、“あめっこ”狙いで近所にしましょ」


 カケルくんの家は3軒隣だ。ちなみに田邊さんはチャリで10分。


「ワンワン、ワンワワン」


「ニャー、ニャー、ニャニャニャー」


 ワトソンは野良猫とやり取りを交わし、こちらを見た。


「今日は見てないってさ」


「他の子にも聞いてみましょ」


「この光景に慣れてしまった自分が怖いわ・・・」


 犬猫より人間の方が怖いのは当然さ。



 結局、6匹の猫に当たってみたが、同じだった。


「変だな。皆“あめっこ”の奴とは交流があるはずなんだが」


「意外と遠くに行ってるのかもね? もうちょっと探してみましょ」


 近所の公園に行ってみた。すべり台とブランコが1つずつだけある、コンビニぐらいの広さの公園だ。


「どう?」


「クンクン、クンクン・・・特に匂いが強くなった気はしないな。方角もちょっと分からん」


「そっかぁ。んん~~っ、ひとまず今日はこの公園で終わりにしよっかぁ」


 すべり台の裏側や木の枝の上、ツツジの葉の中など、ひと通り探してみたが、見つからず。


「続きは土日かな~。放課後で探すのムリぽ」


 ゴールデンウィークのおかげで今週はあと木金だけだし。


「そうするしかなさそうね。あたしも手伝うわ」


 今日はこれで切り上げだ。


 --------------------------------


 翌日。5月7日の木曜日。


「ん?」


 登校中、掲示板にあった1枚の貼り紙が目に留まり、私は自転車を止めた。


<この子を探してます!>


 と共にあったのは、猫の写真。雑種かな? 三毛猫のようだ。それよりも目を引いたのが、


<発見頂いた方には謝礼金として5万円進呈いたします>


 の文字。 マジ? 既に迷い猫を2件抱えているが、5万円はデカい。


「あ、もしもし? 厳木ですけど」


 書いてあった番号に即刻電話して、放課後に会う約束を取り付けた。



 学校に到着。


「あっ、鏡子さん! おはようございます!」


 誰だ? わざわざ立ち止まって深々と礼をするなんて・・・野球部か。


「この間は、あざっした! オレ、鏡子さんの言うことなら何でも聞きます!」


 ほう? 言ったな? 覚悟しとけよ?


「んじゃそん時は呼ぶから、よろしくね♪」


「オッス!!」


 元気のいいこった。なお、この先ずっと、野球部の連中は顔を合わせるなり立ち止まって挨拶してくるようになった。5メートル離れていても、横断歩道の向かい側でも、駅で線路をまたいだ反対ホームからでも。

 おかげで、厳木が野球部にヤバいもん飲ませたという噂が広まった。まあ、ドーピング剤飲ませたんだけど。


 登校時間は野球部に遭遇することが多く、やっとこさ教室に到着。


「はぁ? また?」


 鈴乃に掲示板の迷い猫の話をした。


「という訳で、こっちもヨロシク! 5千円わけたげるからさ」


「いいわよ別にくれなくても。お金のためにやったと思われたくないし」


 おいおい。そんなお人好しだと人生やってらんないぞ? 17歳になるまでに直せ?



 昼休み。


「実はあの後、もう2件猫探しが増えちゃって」


 5組に足を運び田邊さんと話している。


(うち1件は5万円ほしさに自分で増やしたクセに) by 大曲鈴乃16歳。


「うん、いいよー。困ってるのはみんな同じっしょ。土日にやるんならアタシも手伝うから」


 鈴乃と違って田邊さんは優しいねえ。


「田邊さんちの近くにもいない感じ?」


「うーん、アタシも探し回ってるんだけど、そうなんだよねー。どこ行っちゃんたんだろ」


 既に捜索対象が3匹だし、こりゃワトソンだけじゃキツいかなー。


「土日両方潰すのも覚悟しといた方がいいわね。この2日で片付けましょう」


「オッケー☆ もちろんアタシも予定空けてるから」


 5組を後にして、教室へと戻る。


「キョウコーーーーーッ!」


「はぁ・・・」


 私たちのクラスである2組の奥、1組の方からダッシュでこっちに向かって来る男子生徒の姿。三つ編みのシングルテールがトレードマークだ。


「ヒトセン流・武術!」


 その男子生徒は左手を前に出してパーに広げ、右手を肩の辺りでグーに構えた。


「八肢拳 (ハッシケン)!」


 ドォォン!!


 私はすぐさまロボットアームを召喚し、それを受け止めた。このアーム、パーに開けば人間ひとり守れるぐらいには広がるけど、この感触、明らかに8点を同時に突かれている。だが、アームを仕舞って改めて見ると、目の前の男子生徒はただの正拳突きのポーズである。しかし目撃者は言う、一瞬だけ腕が8本に見えると。


「ウム!」


 満足げな表情を浮かべるこの子は、黄九龍 (コウ・カオルーン)。香港からの留学生だ。学校のそばにある、留学生や親が遠方にいる人向けの寮に住んでいる。

 “九龍”の読み方は色々あるのだが、寮監さんの「こっちの方がカッチョよくて日本人と仲良くなれるぞ」とのアドバイスから、英語読みの“カオルーン”を名乗っている。


 いきなり超人技で襲い掛かってきた訳だが、


「ヒトセン流の技を止めるとは、さすがだナ! キョウコ!」


 ヒトセン流というのは彼が使っている武術の流派だそうだ。幼少期に見たアニメの影響で強くなることに憧れ、家出して山籠もり修行をしていたところを人仙人(ヒトせんにん)と呼ばれる武術の達人に拾われ、叩き込まれたんだとか。


 明らかに人間離れした技が繰り出されたが、彼によれば「ヒトのカラダに流れるキのチカラを使っタ、ニンゲンのゲンカイを超えた先の限りにあル、宇宙最強の格闘術ダ!」で、気のコントロールさえ極めれば人間誰しもできるようになるらしい。人間の限界超えてるんじゃないのかよ。

 “ヒトセン流・気功術”というのもあり、ツボ押しで気の流れを乱して麻痺させたりもできるらしい。それと、とある日曜の昼下がりに寮の一室から空に向かってビーム放たれたという噂もある。おかしいだろ。


「またやってるぞカオルーンと厳木のやつ」


 私は襲われただけだぞ? 一緒にするな?


 なお、彼は黄 (コウ) の方が苗字だが、馴染みづらいのか、教師も含めてみんな“カオルーン”と呼んでいる。それと、


「キャーーッ、カオルン君カッコイーーッ!」


 本人の童顔とキレッキレの武術のギャップが一部の女子生徒に人気で、“カオルン君”という愛称もある。「カッコイイ」で済まされるレベルの技じゃないからな今の?

 ちなみに私は、“九龍”の字面から、親しみを込めて“クーロンくん”と呼んでいる。電磁気の単位に“クーロン”があるからこう呼びたくなるのだ。本人も「アダナか! 嬉しいゾ!」と言うのみで特に気にしてない様子。


「あんなの繰り出すカオルーンもだけど、止めちまう厳木もやべーよな。さすがは四天王だ」


 今、“四天王”という単語が聞こえてきたが、失礼なことに私たちは“絶対に敵に回したくない四天王”というものにカテゴライズされている。内訳はこうだ。


【心優しくない科学の子】マッド才媛・厳木

【地球生まれの戦闘民族】暴君カオルーン

【封印されし右手はガチ】ゴッド星岡

【綺麗な薔薇は棘ばかり】極道の娘・八雲


 誰が心優しくないって? 焼肉おごるだけでテメェの悩み1つ解決させてやるんだぞ? あぁ~ん?


 それはさておき、


「対決を楽しみにしているゾ!」


「いや私は戦いたくなんてないんだけど」


 とにかくクーロンくんは戦うことが好きなのだ。日本に来た理由も、「強い敵に出会うためダ!」とのこと。中国の方が強い人多いだろというツッコミを入れたのだが、「ヒト仙人サマが制覇しタ!」らしい。その仙人も今は世界中を旅して回っている。


 なお、廊下には“廊下を走ってはいけません”の貼り紙と一緒に、“廊下で戦ってはいけません”の貼り紙もある。誰のせいでできたのかは言うまでもない。

 1年前、入学式の日にガタイのいいラグビー部主将が骨折したのは有名な話だ。その日、それまでは“入学式の3時間後”だった最速停学記録が、“入学式の1時間前”に更新された。


「戦うつもりないんだから私の負けでいいでしょ」


 本人も停学はもう勘弁なのか、降参すれば「根性なしメ!」の一言で許されることが多い。だが、


「そういう訳にはいかなイ! この学校には強い気を持つ者が3人いル! 戦わねば気が済まなイ!」


 私に対してはこれだ。“強い気を感じる”って何だよ。


「まず他の2人にしてくれる?」


「断られタ!」


 私も断ってるんだが。


 キーン、コーン、カーン、コーン。


 あと5分で昼休み終了を知らせる予鈴が鳴った。


「今日は仕方なイ! でもいつかオラと戦ってもらうゾ、キョウコ!」


「はいはい」


 もはやここまでがいつもの挨拶だ。好きだねえクーロンくんも。てか、科学の力がある私や神の力 (ガチ)がある星岡くんはともかく、背後にヤクザがいるってことで恐れられてる八雲さんは、本人の戦闘能力も相当らしいけど人間離れしてるクーロンくんとは張り合えないでしょ。本人も「あんな化け物と一緒にするな」と言ってるらしいし。


 なお、その運動能力から停学明けには各部からのスカウトが絶えなかったが、マジで凄かったらしく、今となってはあらゆる方面から出場停止を食らっている。「ニッポンってつまんないゾ!」とヘソを曲げていた。


 そのぶん体育の授業では大暴れだ。チーム分けで勝敗が決まらないようにエグいぐらいのハンデが設けられている。思う存分やっても勝率が半々とのことで、本人も楽しんでいるそうだ。


「昼休み終わっし掃除行くかー」


「だなー」


 周囲の生徒たちもそれぞれ教室に戻っていく。


「カオルーン君、相変わらずね・・・」


 彼が現れた瞬間に私から離れるのも、鈴乃はマスターしている。アームで受けてる衝撃からして、あれをまともに食らったら確実にアバラがイく。


「どうやったら諦めてくれるんだろ」


「もういっそ戦ってみたら?」


「冗談でしょ。死ぬわ。冗談じゃなく」


「だよね・・・」



 放課後。

 5万円の依頼主のもとに行く前に、今日は生徒会に呼び出されている。連休明け早々に頼まれることと言えば、


「体育祭で使う道具を、作ってもらいたいのですが」


 今月末に控えている体育祭絡みであろう。


「どういうの?」


「こちらです」


 テーブル越しに生徒会長と向かい合う私に、横から書記が1枚の紙を差し出してきた。


「どれどれ・・・」


 --------

 ■体育祭新競技案『ドラグーンパニック』

 ・龍の形をした乗り物に、生徒4人が乗って操縦

 ・4チーム同時にスタートし、トラック1周で順位をつける

 ・参加しない生徒は、外からソフトバレーボールを投げ込んで妨害できる

 withそれっぽいイラスト

 --------


 なんだコレ。アトラクションでも作るつもりか?


「・・・それで、私にどうしろと?」


「もちろん、その龍の乗り物を作って頂きたいのです」


 マジかー。


「聞くけど、いつまでに?」


「まずは来週末までに1つだけ。土日の間に安全性などの確認させて頂いて、問題なければその翌週までに残りの3つをお願いしたいと思います」


 体育祭は3週間後の日曜日だ。まずは来週に1個作って吟味するってところか。ちなみに、4チームというのは、各学年8クラスで、赤・青・黄・緑の4色にチーム分けされるものだ。1・2組が赤、3・4組が青、以下略。


「今、迷い猫の捜索を3件抱えてるんだけど」


「もちろん、タダでとは言いません。成否に関わらず、学食100円引き券を50枚進呈いたしましょう」


 ほう。

 学食100円引き券は、校内表彰とかでたまにもらえるものだ。頑張った成果としてお金が手に入るのを体験してもらうために導入されたらしい。5000円分というのは悪くないが、


「それプラス満月クロワッサン引換券も50枚で。あと、間に合わなかった時のためにバックアップの競技も準備しといて」


 満月クロワッサン引換券も、表彰でもらえるものだ。売店のおばちゃんに渡した翌日は、人気商品の満月クロワッサンが確実に手に入る。もちろんタダで。


「いいでしょう。新競技案はもう1つあって、そちらも4人選抜である上に器具は既存のもので可能ですから」


「ではこちら、どうぞ」


 前払いにて、書記が報酬のチケットをくれた。こういうお客さんは嫌いじゃない。


「新競技案がもう1個あるのに何でこんなまどろっこしいのを?」


「生徒の兄弟や近隣の小学生など、多くの方が見に来られますから、少しでも我が校に魅力を感じてもらおうかと」


 大変なんだな生徒会も。


「ふーん。それはいいけど、別にこんなことで私の手を塞がなくたって、もう生徒にクスリ盛るような真似はしないわよ」


「失礼ですね。そのような意図はありませんよ」


 どうだか。


 “クスリ盛る”とは、先日の野球部の件とは関係なく、去年の体育祭で「クラスの女子にキャーキャー言われたい!」という願いに応えるためにドーピング薬を盛ったら、中学時代の彼を知る者が不審に思い、教師も巻き込んで問い詰めたようで依頼主がビビって白状したのでバレた。


 その結果、彼の出た種目の得点はゼロ。私は一貫して「頼まれただけ」と主張を続けたが、私の分までゼロ。そして2人そろって反省文を書くことに。そして今年は、私の所属する赤組全員にドーピング検査が行われることになっている。

 これを誰かがSNSで拡散したらしく、体育祭でドーピング検査やってる学校があるとネット上で噂になり、窓咲市教育委員会からは「恥を知れ」と罵られた。


 ドーピングをせずとも奇怪現象が起こるだけで私が疑わるから、今年は大人しく真っ当に参加するつもりだ。ビジネスがなければ勝つ必要もないし。


 なお、デフォで人外の運動能力を持つクーロンくんもいるが、全員参加型を除き最大3種目までという制限が全校生徒に対して掛けられているので特に調整はない。

 それでも去年の彼の活躍は凄まじく、中でも騎馬戦が開始3秒で終わったのは今でも語り草となっている。「ヒトセン流・奥義! 裂空手 (レックウシュ)!」の声と共に、手刀突きから空気砲が放たれ、衝撃波も相当なもので騎馬が全滅した。何が起きたのか事態を呑み込むまでに30秒かかった。

 技の本体である空気砲は、皮肉にもその方角にあった、対戦相手だった青組の応援席テントを崩壊させた。敵の本陣ごと打ち崩した完全勝利だった。


 彼の破格の運動能力を前に、今年は体育の授業と同様にハンデも検討されたが、バランス調整が難しいのと、学校行事で特定の生徒にディスアドバンテージを与えることに反対意見が出て、武術の使用を禁止する方向で落ち着いたらしい。


 彼の参加競技は既に囁かれていて、武術抜きでも十分に勝てる騎馬戦と、女子生徒の推しが激しい“プリンセスロード”(お姫様だっこで障害物競争)、最後の種目でポイントの高い“レインボーリレー”(ただの対抗リレー)だ。プリンセスを巡るクジ引きは、まだやってないのに既に白熱模様となっている。

 衣装は演劇部が用意する煌びやかな純白ドレスで、クーロンくんがあまりに軽々と持ち上げる上にカワイイ顔して「1番目指して頑張るゾ!」とノリノリなので、去年のプリンセス役も超ハイテンションだった。で、ぶっちぎりの1位でゴールイン。


 あらゆるスポーツ競技から出場停止を食らっている彼にとって、合法的に参加できる体育祭は気合いが入るらしい。クーロンくんは1組で赤組なので、嬉しいことに味方。ただ本人は「キョウコと勝負がしたかったゾ!」と悔しがっている。同じチームで本当に良かった。“ドラグーンパニック”、クーロンくん外野って地味にやばくない?


「ん゛ん゛っ。とにかく、そちらの方、よろしくお願いしますね」


「とりあえずやってみるわ」


 商談終了ということで立ち上がる。


「あ、そうそう。迷い猫と言えば、」


「え?」



 もう1件増えました。



 とりあえず写真と連絡先だけ送ってもらって匂いサンプル採取は明日にすることにした。まず今日は、5万円の依頼主の方だ。生徒会室を後にして、廊下に出る。


「お、厳木。やっぱりここにいたか」


 担任の君津だ。それは良いのだが、“やっぱり”?


「あーちょっと、体育祭関係で頼まれごとを」


「そうか。それがあるところ悪いが、1つ頼まれてくれないか?」


 私を探してたのか。あんまり良い予感はしないな。


「内容によりますが」


「お前なら半日あればできるだろう。実績もあると聞いている」


「とりあえず、言ってみてくれません?」


「大したことじゃないからここでいいな。ペット可のアパートに住んでるんだが、隣の部屋の猫が失踪したとかで、毎日子供がワンワン泣いてうるさいんだよ。見つけてやってくれないか」


 また猫かよ・・・。あんた、アパートに住んでるのは知ってたけど、なんでそう都合良くペットOKんとこに住んでんだよ。


「イズミーランド年パス。シーと両方いけるやつで」


 イズミーランドというのは千葉県にあるテーマパークで、“泉”が由来のようでとにかく水系のアトラクションが多い。“シー”の方は無駄にアトラクションが海水になっている。“泉”が由来なのにイズミーシーって何だよ。

 それはさておき、最近値上げに次ぐ値上げが起きてるから、両方いける年パスはキツいぞ~?


「そうか、助かる。これ、写真と隣人の連絡先だ。話は既にしてある。よろしくな」


 あ?


 君津は、スタスタと去って行った。・・・マジ? くっそー! 1週間アメリカ旅行とかにしとけば良かったーー!!



 ファミリーレストラン“ジャスト”に寄って鈴乃と合流、迷い猫が更に2件増えたことに呆れられながらも、5万円の依頼主のもとへ。


 5万円の主は気さくなおじいさんで、抜け毛とかのサンプルも分けてもらった。明日は、生徒会と君津に頼まれてる分の回収か・・・。



 鈴乃と別れ、帰宅。週末に備えてあれこれ検討したのち、小休止で夕食。


「鏡子」


「ん?」


 父親の、正志 (ただし)だ。世間話をふっかけてくることは珍しくないが、


「会社の若手が、飼い猫が逃げ出したショックで休んで“見つかるまで来ない”とか言い出してるから、週末に探してくれないか?」


 あ?


「いや、そんなん自分で探させなさいよ」


 田邊さんにカケルくん、5万円のおじいさんならまだしも、なんで見ず知らずの“知り合いの知り合い”まで助けねばならんのだ。報酬があれば引き受けんこともないが、キャパオーバーだ。


「じゃあワトソンを貸してくれ」


「ダメよ。週末は他の依頼でワトソンも駆り出す予定だから」


 ちなみにワトソンは、小学3年の時までに貯めた“お小遣い”で自分で買った。世話も教育も全て私が行ったことで優秀な相棒となったのだ。


「おい、俺が過労で倒れたら我が家の収入がだな・・・」


 今更そんなマウントの取り方が通用しないことぐらい、あなたもご存知でしょう。私は無言でツーンとした態度を取った。


「5万・・・、5万でどうだ・・・」


 父は、手をプルプルさせながら開いて、下も向いた。よっぽど切羽詰まってるみたいだな。猫1匹探せば5万は、悪くない。だが、おじいさんの件は、その段階では2匹しか抱えてなかったから引き受けた。今は5匹抱えてるんだから、


「12万5千。週末で見つかったらくれるんなら、やってあげるわ」


「12、万・・・」


 自分でも分かるほどヤバい価格設定だ。だが、これぐらいもらわんとやる気が起きん。顔を青くしていく父の様子を、母は“どうすんだろ”的な好奇の目で見ている。


「わかった・・・頼む・・・・・・」


 まいどありー。


 --------------------------------


 翌日、金曜日。

 迷い猫が6匹になったことで、鈴乃は「もう驚かないわ」と言い、田邊さんは「やっぱ厳木さん人気だね」と言い、生徒会長は「大変そうですね」と言い、君津は「頑張れよ」と言った。


 この日は迷い猫案件が飛び込んでこなかったことに安堵し、生徒会長と君津経由の2件のお宅にお邪魔して匂いサンプルを採取させてもらった。


 その夜、


 タンタラタンタラタタララララララ♪


 電話が鳴った。私が常連になってる金物屋さんだ。


「はい、もしも…」


【あ、鏡子ちゃん? 夜遅くにごめんね。ウチの近所のお婆さんが、飼い猫がいなくなったとかでヘコんでてさ・・・。探してもらえない? 今注文入ってるやつのお代マケとくからさ】


「ちょっと待っ…」


「あとで写真送っとくから、よろしく」


「えっ」


 プツッ。


 ポーーッ、ポーーッ、ポーーッ。


 おっちゃああああん!!。


 --------------------------------


 そして、土曜日。ワトソンを連れて校門前へ。ここで鈴乃と田邊さんと落ち合うことになっている。集合時間は9時。


「おはよ」

「おはよー☆」


 2人は既に来ていた。


「おはよ。あ、それと、また1匹増えたから」


「は?」

「え?」


 おいおい、もう驚かないんじゃなかったのかい? 鈴乃ちゃん。


「待ってーーーーーーーー!!」


 あ?


 声のした方を見ると、視線の先の交差点を4匹の猫が横切った。更にそれを追うように1人の女性も。


「えっと・・・」


 鈴乃が、“あっちからやる・・・?”といった困惑の表情を見せる。


「探す必要がない分だけ楽っしょ!」


 田邊さんも乗った。まあ、見ちゃったからねえ。


 タンタラタンタラタタララララララ♪


 今度は何だ!


 表示された発信元は“AS”。駅前にある、ワトソンを買ったペットショップだ。かなりの大型店で動物病院も併設されており、来週末にワトソンの定期健診が入っている。そのことか?


「もしもし、きゅうら…」


【鏡子さん!? 助けてください! 大変なんです! ちょっとトラブルがあって、売り場の猫ちゃんたちが逃げ出しちゃったんですぅぅ!! 90匹もです!! このままだと動物病院の方も営業できませぇぇぇん!!!】



 この街どうなってんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!


次回:探せ! 101匹猫ちゃん

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