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第17話:副作用の午後

「いや~・・・。わる、いね、すず、の・・・」


「ホントよ。なんでこんな事になっちゃう薬を作るかな」


 私は今、自室のベッドの上で動けなくなっている。野球の試合のために摂取し続けた身体能力向上剤と試合中にやむなく食べたドーピングガムの副作用を受け、重度の全身筋肉痛に襲われている。マジで、体が動かない。

 首もロクに回らず完全な仰向けも辛いから、電動リクライニングで45度ぐらい上半身が起こされている状態だ。


「すべ、ては、勝利の、ため・・・」


「だからってここまでやる? グローブとかバットとか、ピッチングマシン作っただけでも十分でしょ」


「負け、たら、その全てが、無駄に、なる・・・」


「あんたって無駄に意地張るとこあるよね。それで勝ったってとこもあるけどさ」


「そりゃ、これは、びじねす、ですから・・・」


「仕事に命懸けると身を滅ぼすわよ?」


「わた、しの、仕事は、しん、ようが、だいじ・・・。やく、そくは、簡単、には、破れない・・・」


「こんなボロボロになってまでやることなのかなあ?」


「でも、やきゅう部、みんな、よろこん、でた。あのかん、じなら、これから、いい手駒に、なるはず・・・」


「手駒とか言ってんじゃないわよ」


 こんな状態になってまでやったんだ。それぐらいのリターンはなきゃ困るぜ。


「今の鏡子の状態を見たら、野球部の人たちは買い出しでも何でもしてくれそうよね」


「やつらも、今、しんでる、はず・・・」


「あぁー・・・」


 昨日バイキングでワイワイやってた野球部の連中が今の私のようになってるのを想像したのか、鈴乃の顔が青くなる。


「なんて危ない道具を作ったのよ」


「身体能力は、必要に、なる時が、ある・・・」


 これ、鉄則。最後に頼れるのは、己の体のみ。


「ハァ、もう今更しょうがないけど。それより、部屋ももうちょっと片付けなさいよ。床は本棚やタンスじゃないのよ」


 鈴乃はそう言って腰を上げ、散らかっているマンガや洋服をまとめ始める。


「ラボの方はいつも綺麗なのに、どうして部屋はこうなのよ」


「らぼは、仕事場・・・。ものを、定位置に、置くのは、きほん・・・」


 決まった物を、決まった場所に置き、使ったら戻す。基本中の基本だ。そうしないと、物を探すことに時間を奪われてしまう。


「それを部屋でも心掛けてくれないかしら」


「ゆうせん、順位の、問題・・・。マンガは、なくなっても、困らない。服は、見つけたものから、選べば、いい・・・」


「せっかくオシャレな服ばっかり揃ってるのに、持ち主がこれで可哀そ」


 鈴乃が服を軽く畳んではポンポンと並べていく。


 コンコン。


「鏡子―、鈴乃ちゃーん、入るわよー」


「どうぞー」


 返事をしたのは鈴乃だ。


「ただいま。ジュースとお菓子よ。って、鏡子あんた、何してんの・・・?」


「あ。いやー・・・」


「それがですね」


 鈴乃が説明してくれた。


「・・・バカ?」


「はんぶんは、あなたの、血・・・」


「じゃあ残りの半分が悪かったのね。それ、連休中に治るんでしょうね」


「数日あれば、よゆう・・・。今日の夕方にも、歩けるぐらいには、なる、はず・・・」


「治らなくても学校には行きなさいよ」


 鬼か。


「それじゃあ鈴乃ちゃん、ごゆっくり。あの様子じゃ鏡子はジュースもお菓子も無理そうだから、鈴乃ちゃんがもらっていいわよ」


「ジュース、飲む・・・」


「あーそう」


 母がなぜかクッキーを手に取り、


「ごめん、間違えたわ。でもせっかく持って来たんだから食べなさい」


「あぐ、がぐ、がぐぐ・・・」


 口にクッキーを詰め込まれる。


「ほら、ちゃんと噛む」


 そして私のアゴが、強引に押される!


「あぐ、いが、いがががががが・・・!」


 いてぇ、いてぇ! 筋肉痛いってぇ! 地味に首にもクる! アゴ強引に動かすんじゃねぇ! 鬼ババ! 媚薬値上げすっぞ!


「んじゃ、頑張って飲み込んでね」


「が、が・・・」


 口の中はクッキーの破片だらけだ。気持ち悪いから飲み込みてぇ。でもこれもうちょっと噛まないと無理だ。でも噛むと筋肉痛が痛む。なんてこったい。


「・・・ジュースいる?」


「まは、むい・・・」


「何て言ってんのよ・・・」


 筋肉痛に耐えながらも10分かけてクッキーを飲み込み、ジュースにはストローがあったので鈴乃にコップだけ持ってもらって飲むことができた。液体飲み込むだけでも地味に痛い。


 私は何とか動くようになった指でスマホゲームをして、鈴乃は適当に拾い上げたマンガを読んでいた頃、


 タンタラタンタラタタララララララ♪


 絶賛操作中だったスマホの着信音が鳴った。


「すず、の。スピーカー、モード・・・」


「はいはい」


 スピーカーモードに切り替わり、通話開始。


「もし、もし・・・」


「もしもし。鏡子ちゃん? 頼まれてたやつ、今日持って行く約束だったんだけど、ちょっと急用が入っちまってなぁ。窓咲の駅までは行けるんだがそこに来てくんねぇか? 3時ぐらいだ。んじゃ」


「え」


 プツッ。


 シーーーーーン。


 一方的に用件を言われて返事をする間もなく切られましたよ? 電話の相手は、お得意さまになってる金物屋さんだ。枯渇してきた部品の仕入れが今日で、私自身が動けなくなることを見越して配達まで頼んでたのに。


「すず、の・・・」


「っ・・・」


 私は超頑張って首を回して、鈴乃を見つめた。


「はぁ・・・お店の人の写真とかある? 顔さえ分かれば行けるでしょ」


「わた、しを、連れて行って・・・」


「はぁ? 何言ってんのよ。あんた動けないでしょ」


「車いす、らぼに、ある・・・」


 こんな副作用のある薬を作ってるんだ。準備ぐらいしているさ。この部屋もラボも1階で、洗面所-トイレ間ぐらいに近い。



 鈴乃に車椅子を押してもらい、駅に出発。電動なのだが、「なんか怖いからあたしが押す」と言われ、従っている。


「持つべきものは、友、だね・・・」


「あたしは今、友達がいることで面倒が増えてるんだけど」


「友達に、そんなこと、言っちゃ、だめ・・・」


「人をビジネスパートナーぐらいにしか考えてない人に言われたくないわ」


 ビジネスパートナーは大事。人生懸ってるから。


 公園の前を通り過ぎようという所で、


 ポン、ポン、ポン。


 ボールが飛び出して来た。なんて典型的な。


「あたし取って来るから待ってて」


 車椅子からてを離し、ボールを拾いに行く鈴乃。せめてリモコンを私の手に置いてからに…


「やべやべ、ブレーキブレーキ!」


「えっ、ちょっ、ムリムリムリ・・・!」


 後ろから2人の少年の声。怖いけど、私、振り返らないよ? 首が回らないから。


「鏡子後ろ!」


 次の瞬間、


 ドン!


「ぐえっ!」


 後ろから何かに追突された。筋肉痛に響く! いや、それだけなら良かった。車椅子から前に投げ出された私は、顔面から地面へと向かう!


 まずいっ!


 ダン!


 反射的に、両手を突き出して止めた。が、


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 気が付いた頃には私は、両手をプルプルさせながら地面に倒れ込んでいた。


「鏡子、大丈夫!?」


「う゛、あ゛・・・!」


 大丈夫じゃねぇよ。両手、完全にイッちゃったよ。もう痺れたみたいに感覚ないよ。


「ちょっとアンタたち、2人乗りしちゃダメでしょ」


「「はーい・・・」」


 チャリの2人乗りだったのか。くそが。


「いででででで・・・!」


 3人の手を借り、体の節々を痛ませながら車椅子に復帰。


「おま、えら、今度やったら、ぶちのめすからな・・・」


「「ひぃっ! ごめんなさ~い!」」


 少年らは後方に走り去って行った。全く、迷惑な奴らだ。



 気を取り直して、駅へと向かう。


「にゃ~~~ん」


 右前方。とある家庭のブロック塀の上に、猫がいた。


「あら、可愛いわね」


「ねこは、お気楽で、いいよな・・・」


「あたしからすれば、鏡子も十分気ままに生きてると思うけど?」


「これでも、苦労は、してるんだよ・・・」


「周りはもっと苦労してるんだけど」


「ニャーニャー」


「ほら、猫ちゃんだってそう言ってるよ?」


「いや、言ってないっしょ・・・」


「ニ゛ャー」


 なんか、抗議っぽい鳴き方をされた。


「ほら見なさい。猫ちゃんはあたしの味方みたいね」


「ふざけ、てんのか、この野良、ねこが・・・」


「シャーーーーッ!」


「!?」


「ちょっと!」


 猫が飛び掛かって来た。まず、べったりと顔に張り付いた後、だら~りと垂れてきて、私のほっぺたを両手で挟む状態になった瞬間、


 ぐりっ。


 90度回転。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 いってぇ! いってぇ!! テメェ! 首の筋肉痛ってメッチャつらいんだぞ! てか、正面に戻らねーーー!!


「・・・鏡子、もう1回我慢して」


「え・・・」


 いや、あの、鈴乃さん? ちょっと待ってね?


 ぐりっ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 これは、死ねる。世界が私に死ねと言ってるのか?


「あぁ・・・がぁ・・・」


「にゃ~~~ん」


 何事もなかったかのようにブロック塀の上であくびをする猫。


「テメェこんちくちょ…いででででで・・・!」


 いかん、いかん。感情に任せて動いては、体が崩壊する! 特に怒るのはヤバい。腹筋がヤバくヤバい。゛


「今のは自業自得でしょ。早く駅に行くわよ」


 そうだ。これ以上余計なことをしてはいけない。何とも関わらずに、駅へと行こうではないか。



 首の痛みも落ち着いてきたところで、再出発。


「Hey, girls. Excuse me ?」


 外国人2人組の登場。


「ア、アァー・・・」


 鈴乃が頑張って対応しようとするも、言葉になってない。


「コノチカク、cafe、アリマスカ?」


 cafeだけやたら良い発音で、そんなことを聞いてきた。要は、道案内か。


「ターン、レフ、エン、ゴー、ストレイツ」


 頑張って指を動かして左を指し示しながら、教えてあげた。


「Oh ! Thank you, pretty girl !」


 お礼を言うなり、左を指し示した私の手を握り、ブンブンと縦に思いっ切り振った。


「いぃ・・・!」


 いででででで! やめてくれ!


 更に! そのまま両手を私の背中に回し、全力の抱擁!


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


「What’s !?」


 何が起きたんだという様子の外国人。解放された拍子に私は車椅子にドスンと落ち、


「あ゛う゛っ!!」


 追加ダメージ。


「Oh ! Sorry ! Are you okey ?」


 とても心配そうに眉をひそめる外国人。


「オーケー、オーケー、ノーブロブレム!」


 鈴乃が割って入った。どこもノーブロブレムじゃねぇよ。


「シー、イズア、コメディアン。イッツ、パフォーマンス!」


 誰がコメディアンだよ! パフォーマンスでもねぇよ!


「Really ? Very nice !」


 信じちゃったよ。リアルなのは痛みだよ! ベリーナイスどころか全身が崩壊寸前だよ!


「See you, pretty girls !」


 外国人2人組は、そのまま意気揚々と左の方に向かって行った。


「ゼェ、ハァ・・・」


「今のは、まあ、徳を積んだってことで」


 なんてこったい。相手に悪意がないだけ何を恨めばいいのか分からない。強いて言うなら、車椅子に座ってる人にハグなんてしますかね。抱擁の瞬間に、天国が見えましたよ。



 その後は何もないまま、ようやく駅の姿を捕らえることができた。


「きゃぁっ! ドロボーー!」


 今度は何だよ。ひったくりか?


 駅の改札は2階なのだが、そこへと上がる階段の真ん中辺りで、女物のカバンを持ったサングラス男が飛び降りて来た。


「えっ、こっち!?」


 そりゃあ、いるのが車椅子の女とそれを押す女なんだもん。


「わっ、わっ、ちょっ。来ないで!」


「え?」


 ガーーーー、っと車椅子ごと前に押し出された。ちょっと、オイ!


「わっ、鏡子!」


 ガーーーー、っと前に進んで行く私。


「あぁん?」


 私に気付いたひったくり野郎は、衝突を避けたかったのか左に避けた。


「鈴乃! リモコンで左!」


「え?」


「いいから押して!」


「わかった!」


 ガーーーーーー。


 車椅子が方向転換し、


「おい、来るな!」


 どーーーん。


「ぐおぉぉぉ・・・!」

「うわあああぁぁぁ!」


 ひったくり男に衝突。勢い余って私は車椅子から落ちた。後はスマホが、スタンガンも兼ねてるからそれを・・・。


 ぐにっ。


「ぐえっ!」


 背中の上から押さえ付けられた。


「あ? 邪魔だ! このアマ!」


「ごあぁっ!」


 ついでに横腹を肘で押された。どうやら、立ち上がろうと手をついたら私の背中だった、というパターンらしい。でも肘で突いたのは明らかにわざとだったよねえ?


「ゆる、さん・・・」


 人はなぁ、全身筋肉痛だろうがなぁ、ちょっとだけならその痛みに耐えて気合いで動くことができるんだよぉ!


 ブチブチブチブチと、何かが千切れていくような感覚を味わいながら、私は立ち上がった。


「鏡子!?」


「まぁぁちやがれぇぇぇ!!」


 倒れていた車椅子を起こし、ひったくり野郎の方に押した。


「鈴乃! 前進ボタン押して!」


「あ、うん!」


 そいつは時速20キロまでは出る。ひったくり野郎なんかが逃げられるものかよ。


「どあぁっ!」


 車椅子が追い付き、男は転倒。 おっしゃあ。待ってろよ?


 私は走って追い付き、背中をキック!


「ごぁっ!」


 さぁらにぃ~? ドーピング後に筋肉痛になる薬があるのならぁ? その逆もあ~~る。あなたに特別にプレゼントしましょ~~う。 まぁ? ドーピング効果が得られる頃には刑務所だろうけどね? この痛みを、テメェも味わいやがれ!


「おらっ!」


 ガッ、と、ひったくり男に強引に食べさせた。そっちはミント味だぜ? とびっきりの爽快感を、プレゼントしてやるよ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 その男は、その場で叫んで悶え始めた。


「鈴乃、後はお願い」


「え?」


 副作用を無視して強引に動いたんだ。当然ツケも回ってくるさ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 私もその場で絶叫し、倒れ込んで悶え始めた。何だ何だと、周りに人が集まって来ているのは、なんとなく分かった。



 週末の午後の駅前に、ひったくり男と女子高生の断末魔の叫びが響き渡った。


次回:迷い猫オーバーフロー

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