第16話:祝勝会バイキング
「それでは、マドコー野球部10年ぶりの勝利を祝して、カンパーーイ!」
「「「カンパーーイ!」」」
「かんぱ~い・・・」
私の活躍で大勝利を収めた裏連学園との試合があった日の夕方、再び集まってバイキングチェーン“すたみな花子”でディナー。勝ったというのに、鈴乃だけはやけにテンションが低い。
「あれで喜べるこの人たちの気が知れないわ・・・」
「いいジャン別に。向こうだって結構コスい真似してきたんだから。真面目に練習して勝ちそうになっても同じことしてきたっしょ? おあいこよ、おあいこ」
あのレベルのイカサマに対して正々堂々戦って勝つなんて、私はそんなおアツいのは専門外なのよ。
「いやー鏡子さんマジ救世主ッス! 女神ッス! 天使ッス!」
手を握りブンブンと振ってくる野球部員。ウザいから離れろ。
「我らの女神、鏡子さんに感謝!」
「「「フーーーーーッ!」」」
こいつら・・・。まあ? 祭り上げられるのも悪くないけど? 今後もビジネスに協力してくれそうだし。
「ま、私にかかればザッとこんなもんよ」
「「「フーーーーーッ!」」」
「みんな、静かにして!」
マネージャーから注意が入った。
「ちょっと鏡子」
「ごめんごめん。こいつらがあまりにも調子いいもんだから」
あんただって私のお陰でタダ飯もらってんだから感謝しなさいよ?
(素直に喜べないわ・・・) by 大曲鈴乃16歳
「見たか? 整列の時のあいつらの顔」
「見た見た。まじザマぁ見ろってカンジだよな」
「試合前の顔を見せてやりたかったぜ~」
ひどい言い様だな。よっぽど裏連の連中に見下されてたのが悔しかったのか、2~3年の奴らの喜び方が尋常じゃない。1年は、ただ単に勝ったという結果に満足してるだけのようだが。ちなみにこの10年ぶりの勝利は、あの交流試合だけでなく、他の練習試合や公式戦も含めて全部らしい。
「てゆーかアンタたち、ちゃんと言うこと聞きなさいよね。副作用のこと話してなかった私も失敗だったけど」
「マジすんません鏡子さん! 油断してしまいました!」
「このあと来るであろう副作用の罰を、しっかり受けます!」
「覚悟してなさいよ? マジ死にかけるからね?」
なお、試合中に動けなくなったレフトの奴はここに来ていない。顧問の車で家には帰れたが、今日はほぼ寝たきりになるだろう。
「36時間だから、昨日の夜にちゃんと飲んだ人は明日の昼間よ。さっき飲んだ人は明日の夜にくるから、ゴールデンウィーク何日か潰れることも覚悟しなさい」
「余裕ッス! あの勝利のためなら尊い犠牲ッス!」
「今日1日が既にゴールデンたぜ!」
「鏡子さんからの愛の鞭だと思えばむしろ大歓迎ッス!」
「ゴールデンウィークの本番はこれからだ!」
そういうのやめろ? 気持ち悪いから。
かく言う私も、明日の昼に死ぬのは間違いないだろう。試合中に食ったガムの副作用は24時間で来るからダブルパンチだぜ。フゥーーッ♪
それからは、「あれ絶対あいつら何か仕組んでたよな~」とか「インハイばっか植え付けるとかセコ過ぎだろ」とか言って各々さっきの試合を振り返っていた。
で、私たちはガールズトーク。
「2人はなんでこんな奴らのマネージャーに?」
これ、一番気になる。こんな奴らのために日々雑用をこなせるこの人たちの気も知れない。
「わた、しは、幼馴染がいるから、だけど・・・」
その人は、はにかむように横を向いた。はっは~ん、そういうことか。ま、よくあるやつだよね。
「だけ、ど・・・」
2度目の「だけど」がきた。さっきよりもトーンダウンしていて、恥ずかしそうというよりは元気がなさそう。
「まあ、これじゃあね~」
もう1人のマネージャーが、ひたすら裏連をディスるか私を祭りあげるかの部員たちを眺めながら言った。
「あぁ~・・・」
「・・・・・・」
鈴乃が同情の声を上げ、もう1人のマネージャーは悲しそうにうつむいた。新人じゃなさそうだから2年か3年だよねえ。想い人が誰かは知らないけど、目の前で「鏡子さん女神!」とか言ってるよ? ドンマイ。付き合う前にヤバい奴だって分かって良かったじゃん。
「あなたは?」
もう1人のマネージャーにも聞いてみた。
「私はただ、野球部のマネージャーっていうのをやってみたくて。ただ、ウチがこんなに弱いことは入るまで知らなかったわ・・・」
「あっははは!」
さすがに、強豪に行く訳でもないなら野球部のマネージャーを理由に高校選んだりしないよね。あなたもドンマイ。
「鏡子そこ笑うとこ?」
「むしろ笑ってちょうだい。自分でもみじめに思えてるんだから。他の人と共有できただけでも嬉しいわ」
達観しておられる。世の中、諦めは大事。
「さて、もうちょい食おっかな」
皿を持って立ち上がると、
「鏡子さん!」
「ん?」
「僕が取って来ますよ。何をご所望で?」
「んじゃ、生姜焼きとネギトロ軍艦、あと適当に惣菜とって来て」
「かしこまりましたぁ!」
皿だけ渡して、椅子に座る。
「ラッキラッキ~」
「あんたねえ」
「いいじゃない。本人がやりたいって言ってんだから。私はタダ働きは嫌いだけど、人が勝手にする分は止めないわよ? 自分の役立つんなら尚更」
「・・・・・・」
部員の中に想い人がいるというマネージャーの顔が更に暗くなった。まさか今の奴が? もう諦めなって。幼馴染なんて、変わっちゃうもんだよ。
「鏡子さん、お待たせしました!」
「あら、ご苦労さん。ありがとね」
「いえっ、これくらい当然のことであります!」
「よろしい」
やっべー、これ、クセになりそう。召使い手に入れた気分なんだけど。
「ほどほどにしなさいよね」
「それはコイツらに言ったら?」
「すみません! 鏡子さんのご友人さんへの気配りが不足しておりましたっ!」
「あたしはいいから!」
「あっはは! 鈴乃も仲間入りじゃん」
「ホンット勘弁して・・・」
テーブルに屈服する鈴乃。おいおい、構ってもらえるうちが華なんだぞ?
「大曲さん、どうぞ!」
「はぁ、何なのよ・・・」
ファーストネームじゃないだけマシだと思うことだね。
その後も野球部員に崇められながらバイキングディナーを過ごしていた訳だが、
「これより野球部恒例、ババ引き罰ゲーム大会を行いまーす!」
「「「いえ~~~い!」」」
なんか始まった。
「え、何?」
マネージャーに聞いてみた。
「みんなでトランプを1枚ずつ引いて、ジョーカーだった人が罰ゲームをやるものよ。試合の後はいつもやってる。反省会という名目で、負けた戦犯をクジ引きで決めるそうよ。勝ったからやんないと思ってたのに」
名目なんて飾りさ。
「面白そうじゃない。私もやるわ」
「鏡子?」
「いや、鏡子さん・・・! 鏡子さんに罰ゲームをさせる訳には・・・!」
「私が罰ゲームする姿を見たくないの?」
「見たいです!」
「素直でよろしい」
こういうのは、参加することに意義がある。
「あたしはパスだかんね」
この根性なしが。ま、16歳のお子ちゃまにはまだ早いかもね。
という訳で、ババ引き罰ゲーム大会、開始!
「最初はマイルドに行こうや~。最初の罰ゲームは、変顔!」
トランプを引く前に罰ゲームの内容を決めるシステムらしい。妙なところでフェアなんだな、こいつら。適当な部員がジョーカーを引き、世紀末でも笑えない変顔を披露した。
「続いては~? パントマイム!」
また適当な部員がジョーカーを引き、“見えない壁”が見えない下手クソなパントマイムを披露。
「はい、次行きましょう! これはむしろご褒美か? 鏡子さんからの空手チョップ!」
「は?」
「「「フーーーーーッ!」」」
別にいいけど、私が自分でババ引いたらどうすんのよ。
結局普通に野球部員が引いた。
「お願いします!」
頭をこっちに向ける部員。
「ちっきしょ~あいつ、いいとこ持って行きやがって」
チョップするのが構わんのだが、これがご褒美だって? 二度とそんなこと言えないようにしてやんよ。まだドーピングの効果残ってんだぜ?
「はあぁっ!」
「ごおぉ!」
その部員は目ん玉ひんむいて大声を上げた。そして、バタリと倒れた。
「しあ、わせ・・・」
元から頭がおかしかったのか、チョップでおかしくなったのか。
「はーい、次。これは欠かせないでしょう。青汁イッキ飲み!」
「また始まった・・・」
マネージャーが嘆く。これはエスカレートしていくやつだなあ。
「げっ!」
今日の試合で先発だった佐藤が引いた。
「いよっ! ピンチを招いた戦犯!」
「テメェもエラーしただろうが!」
そして佐藤が、コップになみなみ注がれた青汁を一気飲み。
「う、お・・・」
胸を押さえ、動悸でもしたかのように苦しみだす佐藤。
「おっぷ・・・」
あ、これ、やばい。
「何やってんのよ!」
マネージャーも動き出す。
「私に任せて」
佐藤、吐くな。絶対に吐くな。居酒屋でも十分な粗相になるのに、バイキングでなんて完璧にアウトだ。しょうがないから、薬を投与してやろう。
「ほら、これをお食べ。楽になるから」
そして3時間後、自分の家で盛大に吐け。
「鏡子さん・・・ありがとうございます・・・」
佐藤は一命を取りとめた。後で死んでね?
「はーい、次。大曲さんへ愛の告白! そして玉砕!」
「巻き込まないでよ!」
「別にいいでしょ。玉砕までセットなんだから」
「こんな奴らの相手するのも面倒なんだけど」
トランプを引いた結果、鈴乃に玉砕されることになったのはキャプテンの石田。
「あー、もう。さっさとやるわよ」
諦めて立ち上がる鈴乃。そして石田も移動し、2人で向かい合う。
「・・・・・・」
思い詰めた表情を見せる石田。
「早くしてくれませんか」
面倒臭いという表情を隠しもしない鈴乃。
「・・・・・・」
そして石田が、その重い口をついに開く!
「すみません! 鏡子さん一筋なんです!」
「フザけないで!!」
「あぁーーっはっはっは! 鈴乃、フられてやんの・・・! 石田くん、まじ最高・・・!」
やべぇ、腹筋崩壊しそうだ。
「「「ヒューーーーッ!」」」
「さすが我らがキャプテン! 鏡子さんは裏切れない!」
「アンタたちねえ!」
“鏡子さんのご友人”として崇められていた鈴乃、あっさり手の平を返される。こういう連中なんてそんなもんさ。
「・・・鏡子、アレある? 激辛玉」
「え? あるけど」
激辛玉とは、名の通り激辛の丸薬だ。死ぬほど辛い以外の効能はなく、主に制裁用に持ち歩いている。
「はい」
「ありがと。 石田先輩、これ、どうぞ」
「え?」
鈴乃は石田のアゴに引いて口を開かせ、激辛玉をポイッと投げ込んだ。そして頭とアゴを挟むように押さえ付けて口を閉じる。
「ん・・・ん゛ん゛ん゛ん゛~~~~~!!」
石田、無事死亡。
「よーし、次で最後だ! 最後は恒例のぉ~~? ババとハートのエースと2人でロミジュリ!」
「「「フーーーーッ!」」」
何だよそれ。
「これよこれ! この時を待っていた!」
「鏡子さんとロミジュりたい!」
ロミジュるって何だよ。マネージャーに説明を求めるべく顔を向けると、
「いつも最後はこれよ。ババとハートのエースを引いた2人で“ロミジュリ”のラストシーンを演じるの」
「マジか」
ちなみに“ロミジュリ”のラストはこうだ。色々あって追放されていたロミオは、ジュリエットが死んだとの知らせを受ける。実はジュリエットは死んでなくてロミオと駆け落ちするために蘇生できる仮死の薬を飲んでいたのだが、その作戦が書かれていた部分を読まずに帰って来たロミオはジュリエットが死んだと思い込み、マジもんの毒を飲んで自殺。目を覚ましたジュリエットも、ロミオの後を追ってナイフで自殺。
こいつらとこれやりたくねー。さっさとトランプ引いちまおう。
「げっ!」
私が引いたのは、ジョーカー。観念し、それを表に向けて皆に見せる。
「うおぉぉぉ! 鏡子さんロミオだあぁぁ!」
「ジュリエットじゃないのかー!」
「いやこの際ロミオでもいい! この俺が!」
「いや俺が!」
「俺こそが!」
「俺たちが!」
「「「鏡子さんのジュリエットになるんだ!!」」」
意味わかんねえ。こいつらついにバグったか? あぁ元からか。
「“俺たちが”って何なのよ・・・」
鈴乃が真っ当なツッコミを入れる。そしてハートのエースを巡る争いだが、
「ジュリエットの座は俺のもんだ!」
1人の部員が、トランプを表にしてハートのエースを探し始めた。おい。
「おいテメェ! ズリぃぞ!」
「んにゃろっ、寄越しがやれ!」
一瞬にて揉み合いに発展。もはや平等にクジ引きをする気はゼロだ。ワーワー、ギャーギャーと、野球部員たちがトランプを巡って争っている。
「ねえマネージャー、止めなくていいの?」
「もう無理でしょ、こうなったら。早く決着が着くのを祈りましょう」
こっちはこっちで諦めが早い。
「キターーーーー!」
ついに誰かがハートのエースを手にしたのか、頭上に手を伸ばして1枚のカードを掲げた。
「ぐおっ!」
だがそこに他の部員からボディブロー。手からカードが離される。
「フッ、甘いな。勝負とは、最後まで分からないも…何っ!」
そいつは舞っていたカードをパシッと取ったが、それはすぐに他の部員に奪われた。
「この野郎! 返しやがれ!」
「いいや、俺のもんだね!」
その後も乱闘騒ぎに近い押し合いへし合い状態が続き、最終的に1人だけが立ち残る展開になった。
「俺の、勝ちだ・・・。決まった・・・!」
涙さえ流しちゃってるよ、こいつ。こっからロミジュリだって? 勘弁してくれ。
「・・・鏡子、激辛玉、もう1つ」
ナイス鈴乃。って、結構頭にきておられますね、このご様子は。
「ちょっと、いいかしら」
「ん・・・?」
満身創痍になってる勝者のもとに、鈴乃が寄る。そして、激辛玉をポイッ。その部員は、突然口の中に入ったものを噛みしめた後、
「のわああぁぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴を上げ、バタリと倒れた。
「何なのよ、これ・・・」
マネージャーが頭を抱える。目の前には、机に屈服したり椅子や床に倒れ込んでいる野球部員たちの姿が広がっており、バイキングチェーン店内の一角は地獄絵図と化していた。
「これ、私も後追い自殺しなきゃいけない系?」
窓咲高校野球部は3ヶ月間、“すたみな花子”に出入り禁止になりました。
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翌日、自宅の自室にて。
早めの昼食を済ませた11時半。
「そろそろ、か・・・」
まもなく、ドーピングの副作用、全身の強い筋肉痛に襲われる。
「なんであたしまで・・・昨日も散々だったのに」
「いやマジ動けなくなるからさ。晩ご飯まで身の回りの世話よろしく」
「はぁ・・・」
そして、その時が訪れる。
「ぎ、ぎぃぃやああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
次回:副作用の午後




