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第15話:あぁ泥試合、窓咲高校 対 裏連学園(後編)

 中盤もド中盤の5回表。0対3でリードしていて、次は敵の攻撃だ。まずは5番バッター。


 カキーン。


 いきなりヒット。うちのピッチャーは右投げだから江畑にはスライダーが効いたけど、左打者にはなぁ。しかも2巡目だし。


 バントでワンナウト2塁になった後、


 カキーン。


 私のいるセンター前。


「ホーム行けぇ! センター女だぞ!」


 でもドーピングしてるよ? うりゃっ。


 そしてキャッチャーミットに文字通り吸い込まれ、余裕のタイミングで間に合った。だが、


「うらぁー!」


 クロスプレーになる。あー、これ練習してねー。


 ズサーーーー!


 ボールを持ったキャッチャーに対して思いっ切りスライディングが入り、


「セーフ! セーーーフ!!」


「「「ウウェーーーーーイ!!」」」


 案の定、キャッチャーがボールをポロリ。タッチする方に意識が行ったのとぶつかった衝撃で吸引ボタンから指が離れてしまったか。


「これよこれ! これぞマドコー・クオリティよ!」


「・・・くそっ!」


 悔しがるキャッチャー。


「ドンマイ、ドンマイ! まだ1点だ! 切り替えて行こう!」


 だが、


 カキーン。


 またヒット。ワンナウト1・2塁だ。

 なんだぁ? 2巡目とは言えこんなに急激に変わるもんなのかぁ? さっきのUFOトラップもあるし、怪しいなぁ。敵ベンチの連中が時々チラチラとスマホを見てるのも気になる。コバエ型ドローンでサイン盗んでる私らと一緒じゃないか。


 右打者の9番バッターがファールでスライダーを凌いでいる間に、コバエ型ドローンを派遣。やっぱあいつら、サイン盗んでるじゃないですかぁ。キャッチャーミットの構え位置までバッチリ映っておられる。なかなか点が入らずに焦ったのかな?


 あのアングルからすると、方角的には正面。随分とズームアップしてるように見えるから、私の後ろか。


 ・・・なるほど、2人組の少年のうちの片方が何か持ってるな。誰かの弟か? コバエ型ドローンを派遣したら、キャッチャーのサインがガッツリ映ってたよ! そんな時は、

 

「ストレート、インコース高めを投げなさい。キャッチャーのサインはスライダー、アウトローのままで」


 バッテリーに遠隔でこれを指示すれば問題な~し。


 シュッ、パシッ。空振り三振。ツーアウト1・2塁だぁ! サインと全然違う球を投げても? アイツらからすればウチはザコだしぃ? ピッチャーのノーコンで片付くでしょう~。


 1番バッターに回ったが、ストレートのサインでスライダーを投げさせ、引っ掛けさせてセカンドゴロ。スリーアウトチェンジ。


「くそっ! マドコーのくせに!」


「マドコーだからこそ、かもだけどな。読めなさすぎて困るわ」


 さすがにサインと全然違う球になってることは大声でバカにできないだろうねえ。サイン盗みごときで私に対抗しようなんて100年早いのよ。負けた後も相手ピッチャーがサイン通りに投げれなかったのを言い訳にするつもりかい?



 5回裏、こっちの攻撃。9番バッターからのスタート。その初球!


「うぉっ!」


 あわや顔に直撃かというインコース高めのストレート。


「ったく危ねぇだろ」


 そして次が、アウトコース低めのストレート。さっきの危険球で及び腰になったせいか手が出ない。ストライクには入っているようだ。


「いいよいいよ! バッターびびってる!」


 しかも煽ってくる。3球目。


 カキーン。


 同じくアウトローにへっぴり腰で手を出してしまい、ピッチャーゴロ。そして、続く2人も同じ手を食らった。おい。


「オッケオッケ! インハイでビビらせりゃ何もできねぇぞアイツら!」


「くっそ、アイツら・・・!」


「怒っても仕方ないわよ。相手の弱点探るのは当然よ」


 この程度で打てなくなるなんて、弱小校のサダメか。



 6回表。敵はスライダーをファールで凌ぐことを覚え、ピッチャーの制球が乱れてきてフォアボール。続く打者には、


「しまっ」


 カキーン。


「くっ・・・!」


 投げ損じの棒球を捕らえられ、頑張って飛びついたが右中間を抜けた。さすがに今のを吸引すると不自然な軌道になる。

 あのピッチャー、もうダメだな。身体能力は薬でごまかしたが、集中力が切れてきてる。そっちの薬も用意すべきだったか。


「ホーム狙えー! 敵のキャッチャー、ポロリもあるよー!」


 ランナーがホームを狙う。


「私が投げるわ!」


 ボールに追いつき、ちょぉぉっと速くするけど、


「っせい!」


 ヒューーッ、パシッ。


 後はキャッチャー、頼んだぞ。ボタンから指を離すなよ?


 ズサーーーー。


「あ・・・アウッ!」


「「「ワーーーーッ!」」」


「おいマジかよ今の・・・」

「あの女あそこからノーバンかよ・・・」


 ちょっとやりすぎちゃったかな? ま、わざわざ男子に混ざって野球してるぐらいだし、その辺は野球女子ってことで大目に見てちょ。


 だが尚も、ワンナウト3塁のピンチで打者は江畑。


「ピッチャー交代よ。佐藤くん疲れたでしょ。ベンチ動いて」


 監督たる顧問の先生がタイムのジェスチャーをして、選手の変更を告げる。続いてのピッチャーは高橋。すれ違いざまにスライダー指輪を受け渡し、高橋がマウンドへ。投球練習は、まあ上々でしょ。


「そろそろスライダーも狙われそうだから、1回ボール半個分外してみて。サインはスライダーで、ミットは余裕のある位置のストライクゾーンで構えて」


 その結果、


「スッタライィーク!」


 空振り。やはり狙ってきたか。かと言って露骨にストレートに戻すのもなぁ。そろそろ敵もサイン盗みをアテにしなくなるだろうし。


「フォアボールなってもいいから、スライダーで低めに集めて」


 本当にフォアボールになった。まあいいや。ホームラン打たれるよりは。


 次、5番打者。しかし第1球、


 カキーン!


 特大フライ。ライトの方に行った。こりゃタッチアップ不可避だな。


「そのまま取りなさい。私が何とかするから」


 こんなこともあろうかと、3塁ベース付近には仕掛けを用意している。ボールが落ちている真っ最中の、正に今! 食らえ! トロピカルミラーーージュ!


「うっしゃっ」


 パシッ。


 明らかにライトがボールをキャッチする前に、サードランナーは走り出した。


「おい、戻れ! 戻れ! 早すぎるぞ!」


 だが、タッチアップでダッシュ中のランナーにその声は届かない。


「サードに投げなさい。アウトにできるわよ」


 そのまま、スリーアウトチェンジ。


「は?」


「おぉぉい! 何やってんだよ~~!」


「いやちゃんとライトが取ってから走ったって!」


「みんな見てたぞ! ありゃ早すぎだ!」


「はぁ~~!?」


 彼は悪くない。だって、ライトがボールを取ったように見えたんだもの。


「また鏡子でしょ・・・」


「何が? どう見たって彼の自滅でしょ。ラッキーだったわね」


 何はともあれ、6回表が終わって1対3でリード。締まっていこー!


 この回の打席は、私からだ。さっきのノーバンバックホームで警戒されそうだが、一度はインハイ作戦を仕掛けてくるはずだ。とりあえずインハイは「きゃあ!」とか言って尻もちついて、その後のアウトローを狙いに行こう。だが、


 スッ。


「は?」


 キャッチャーが、離れた位置に移動した。


 シュッ、パシッ。


「ボール」


 シュッ、パシッ。ピッチャーに戻った。って、おい!


「おーい、女子に敬遠とか男かよー!」


「女々しすぎだろ裏連学園~!」


 ウチはウチでガラ悪いな。


「なーに言ってんだよ! さっきのバックホームみたら警戒して勝負避けるに決まってんだろ! 第一打席も明らかにお前らより上手かったし」


「女が主力って、お前らこそ女々しいんじゃねぇのかー!」


 どっちもどっちだなマジで。


 シュッ、パシッ。


「ボール、スリー」


 でも、敬遠されるって、なんかつまんないわね。ならばいっそ、


 シュッ。


 敬遠の球なんて超スローボールだ。それに飛びつき、ウィンクで少し軌道も変えてやって、


「何っ!?」


「やぁー!」


 カキーン!


「チッ、ファールか」


 だが下手に前に転がるよりはマシか。


「おい、テメー! ちゃんと勝負しろよ!」


 私はバットを江畑に向けてそう言った。


「私はなぁ、野球がしたくて、必死に練習して、みんなに頼み込んで、ここに出させてもらってんだよ! 公式戦には出れねぇからコレしかねぇんだよ! てめぇ、ここで敬遠したら、裏連のピッチャーは女相手にビビって敬遠ってSNSにバラまくぞ!!」


「くっ・・・」


 歯を食いしばる江畑。さあ来い、男の意地ってもんがあるだろう?


「いいだろう。女なんぞにナメられたままで堪るかよ!」


【ストレートど真ん中だ】


 でしょうね。江畑、あんたはそのつまんない意地に負けるのさ。挑発に乗ってくれてありがとさん。


 カキーーン!


「!」


「ありがとう。一生の思い出になったわ」


 客席やバックスクリーンがある訳じゃないが、ホームランラインとされている線の向こうに、ボールは落ちた。


「「「うぉえーーーい!」」」


 歓声を浴び、茫然と立ち尽くす敵たちのそばを通り、ダイヤモンドを1周。これで4点目だ。


「厳木さん、マジ、女神!」


「フーーーーーッ!」


「気を抜くんじゃないわよ。3点差なんてすぐにひっくり返されるんだから」


 結局、石田も含む4・5・6番はインハイ作戦に敗れて凡退。お前らなぁ・・・。



 7回表。6番打者からなのでここはスパッと決めてしまいたい。ピッチャー振りかぶって~、投げ…


「タイム!」


「ん?」


 投げれない!


「おい、何だ」


 主審は相手校生徒なので、キャッチャーが聞くしかない。


「悪ぃ悪ぃ。コンタクトがズレちまって」


「そんなのアリかよ。って、審判そっちだったな。くそっ」


「失礼なことを言うな。今のは、投げる前だったのでタイム有効でいいだろう。それに、これはただの交流試合だ。細かいことを指摘するのは趣旨に反するぞ?」


「あぁ? ンだよくそっ」


 何話してるのかは聞こえんが、審判が敵なんだからどうしようもない。イライラしても無駄だから気を取り直して行こう。ピッチャー高橋、振りかぶって~、投げ…


「タイム!」


「はぁ?」


 投げれない!


「おい、今度は何だ!」


「すまねぇ、今度はくしゃみが・・・っくしょい! 悪ぃ悪ぃ、もういいぜ」


「ったく」


 ピッチャー高橋、イライラした様子で足で砂を払う。


「さっきから、うっぜーんだ、」


 あ、やべ。


「よっ!」


 カキーン!


「なにっ!?」


 レフト前ヒット。おい高橋~。あの程度の小細工に揺らぐなよ~。続くバッターは、バントと見せかけてバスター!


「マジ・・・っ!」


 ノーアウトのランナーにはバントしかしてこないはずのコイツらが、ここでフェイントを仕掛けてきた。ノーアウト1・2塁。


「くそっ!」


 持ちこたえてくれよ~? 高橋ぃ。


「こん、にゃろ…」


「タイム!」


「ぁあ!?」


 またしても、投げようとしたところでタイム。


「おいフザけんなよ!」


「まぶたに蚊が止まったんだよ! 交流試合なんだから、そんなことでピリピリすんなよ」


「そうだそうだ!」


「9連敗もしてたら勝ちたくなる気持ちも分かるけどなー!」


 相変わらず飛んでくるヤジ。マジ品のないやり方だが、こっちも文句を言えた義理ではない。しかし、高橋に冷静さが残されていなかった。


 カキーン!


「!?」


「「「ウエーーーイ!!」」」


 レフト前に運ばれた。2塁ランナーが帰り、2対4。


「なんなんだよ!!」


 グローブを地面に叩きつける高橋。ダメだこりゃ。


「ヘイヘイ、ピッチャー乱れてるよ~!」


「けっ。ちょっと練習して守備が上達したって、マドコーはマドコーじゃん!」


 そこなんだよなぁ・・・。こいつらは、“楽して勝ちたい”という奴らだ。メンタルの防御力なんて紙切れのように薄い。マジでそっちの薬も作ってれば良かったぜ・・・。


 とは言え、ビジネスの都合上勝つ必要があるし、あいつらをあのまま調子付かせておくのもムカつく。3人目のピッチャーを出したってすぐに崩れるんだから、


「ピッチャー変わりなさい。私が出るわ」


「は?」


 私はマウンドに向かって歩き出した。


「あんなみみっちい小細工、私が蹴散らしてやるわ。あんただってイライラするのは嫌でしょ」


「くっ・・・」


 高橋にはベンチも戻ってもらい、センターには別の選手を送った。そして私はマウンドへ。なんでこんなことまでしなきゃいけないんだよ。


「鏡子がピッチャーとか嫌な予感しかしない・・・」


 何言ってんだよ。私がマウンドに立った瞬間に勝利が確定するんだから安心して見てろよ。


 次は9番バッターか。もう私は要注意人物認定されてるから、思いっ切りやれるぜ。まずは渾身の、ストレート!


 パシィッ!


「すっ、スットライィーーク!」


 見逃しのストライク。気っ持ちいーねえ。次はスライダーでファールを取り、続く3球目は~?


「なっ!」


 フォーーーク。吸引機能付きミットで後逸も抑え、空振り三振。


「オイあの女フォーク投げたぞ!」


「マジかよオイ・・・」


 マジだよ? 今までのピッチャーは弱小校ゆえにスライダー指輪しか与えなかっただけで、今さら私がフォークやナックル使ったところで問題ないっしょ。この回はこのまま三者三振。



 7回裏。インハイ作戦は続く。こいつらも色々と考えてるようで、1人目はインハイに直接手を出してピーゴロ。2人目はインハイ時に目を瞑って回避したがその後センターフライに倒れた。3人目も目を瞑る作戦を実行したが、


「う゛っ!」


 横腹にデッドボールを食らった。


「オイ今の狙っただろ!」


「ンな訳ねぇだろ。スッポ抜けたんだ。今のは避けれたんじゃないのか? わざと当たりにいったんじゃないだろうな」


 目を瞑ってたのがバレたな。怪我しないように緩い球投げてきたし。まあバッターボックスに立っといて目を瞑る方が悪い。ボールは友達、怖くない。

 だが、デッドボールを見せられては目を瞑ることはできず、強烈なインハイを見せられ、私の作った細工バットにも関わらず打ち方が悪すぎてバントさえロクにできず、あっさりとスリーアウト。こりゃアカンですわ。守り切ることを考えた方がいい。



 8回表。スライダーに加えフォークやナックルで翻弄できるとは言っても限度がある。1人目は三振にできたが、


 カキーン。


続く江畑にはゴロを打たれた。ボテボテのファーストゴロだったが、


「うわっ!」


「え?」


 ボールと一緒にバットまで前に転がってやがる。予期せぬ出来事に、ファーストはバットを避ける方に必死でボールを取れなかった。ライトをボールを取りに行ってる間に江畑は1塁に到着。


「テメェ・・・!」


「悪い悪い、手が滑っちまった」


 そうだね、手が滑ったなら仕方ないね。この程度のことで文句言ってたら生きていけないよ? 野球部のみんな。


 次の打者はバントを選び、ツーアウト2塁。チッ、どうするよ。転がされるだけでダメなのかよ。三振って簡単じゃないんだぞ。とりあえず転がされるのは避けたいから、


「ストライーーーク!」


 フォークで空振りを誘う。続けて投げてみたが、


「ボーール」


 やっぱ見送るよなぁ。仕方なくナックルを投げると、


 カキーン。


 案の定サードゴロ。だが今度はバットは飛んでない。さすがに同じ手は使って来ないか。だが、サードがボールを取り、投げようとしたその時、


 ピカッ。


「うわっ!」


 1塁ベンチ側から、強烈な光が。思わず顔を背けたサード。しかし勢い余って放たれたボールは誤魔化せないレベルでファーストの頭上へ。


「うぉえーーーい!」


「回れ回れーー!」


 結果、ツーアウト2・3塁に。


「おい! 今のフラッシュだろ! 守備妨害だ守備妨害!」


「はぁ~!? 言いがかりはやめてくださ~い」


 いや~今のはカメラのフラッシュどころなかったぞ~? 何持ち込んでんだよあいつら。


「過ぎたことは変わらないわ。あの程度のことでグチグチ言わない!」


 こいつら、自分たちはガッツリ反則やってるクセに何で相手のセコにはそんな堂々と突っ込めるんだ? まあいいけど。


 しっかし、三振必須ってマジでしんどいな。ツーストライクまで追い込んでからの~?


「っせい!」


 よっしゃ、空振り!


「いてっ!」


 あ?


 なんとキャッチャーが後逸。なんか腰を押さえてるが、


「早く取りに行きなさい!」


 3塁ランナーの帰還に間に合うことはなく、1点返された。


「オイ審判さっき何かしただろ!」


「何を言ってるんだ。審判が選手の邪魔をする訳がないだろう。蜂にでも刺されたんじゃないのか?」


 こりゃ後ろから何かされたみたいだな。さっきのフラッシュと言い、この私と同じ戦法を使うんなんて、やるじゃないか。


「フザけんな! こっちはしっかり痛みが走ったんだよ!!」


「だから知らん。変な言いがかりはよせ」


「あぁ!? しらばっくれんのかよ! こんな審判信用できるか! 交代しろ!」


「キャッチャー西岡、退場!!」


 審判はそう叫び、大きなジェスチャーで明後日の方向を指差した。


「は・・・!?」


「審判への暴言だ。当然だろう」


「はぁ!? マジふざけ…」


「フザけてんのはテメェだろ~! 審判に文句付けるとか有り得ないっしょ~!」


「てか審判が退場っつってるしぃ~?」


 めっちゃ飛んでくるヤジ。こりゃ西岡は諦めだな。


「西岡くん、しょうがないわ。審判に従いましょう」


「でもウチはキャッチャー俺しかいねぇんだぞ!」


 それはマジでお前らの都合だろ。予備ぐらい準備しとけよ。


「俺がキャッチャーに入る」


 キャプテン石田がキャッチャーに入り、サードに別の選手を投入。さて、8回表でリードは1点、ツーアウトながらも1・3塁のピンチだ。投球練習をやった感じ、石田もそこそこ取れるようだった。私が作ったミットのお陰だけど。


 たかだか親善試合で退場者が出るという事態にまでなったが、気を取り直して1球目。投げた直後、


 パァァン!!


「何だ!?」


 バカでかい破裂音が響き渡った。


「石田くん、ボール!」


「え・・・? あ!!」


 時すでに遅し、3塁ランナーが同点のホームを向かっていた。


「あちゃー・・・」


 音を使ってくる作戦もあったのか。こりゃ1本取られたわ。


「おい今の・・・!」


「投げた直後の騒音だったのでインプレーとする。文句があるのか?」


「くっ・・・!」


 石田はこらえた。これ以上退場すんじゃねぇぞ?

 敵の細工もこれ以上はなく、このバッターを打ち取ってスリーアウト。次の回で逆転狙って来る気だな? させるかよ。



 8回裏。1人目はインハイ作戦にあっさり凡退して、私のターン。だが、


「申告敬遠だ」


 まぁ、そうくるか。こればかりはどんなに挑発しても無駄だろうな。次は4番の石田、バントを選択してツーアウト2塁。4番に意地もプライドもない。


 次、5番打者。その第1球、ピッチャー振りかぶって~?


「ぐおっ!」


 投げない!


 そして、キョロキョロと辺りを見る。


「今のボークだろボーク!」


「完璧投げようとしてたよなぁ? みんな見てたぜ!」


「ちっ、違う! 今なんかビリッとして」


「それでも止まったモンは止まったしょ~! 蜂にでも刺されたんじゃないの~?」


「くっ・・・」


 実際は電撃だけどね。しかしさっきのは言い逃れできないのか、ボークということで私は3塁へ。


「オイあいつら絶対何か仕込んでるだろ~!」


「テメェらこそ、都合よく蜂とか騒音とか出るかよ!」


 品のない奴らだ。しかしここは勝ち越しのチャンス。捨てる訳にもいくまい。これ以上荒れるのも難なので、エレガントに行かせて頂きましょう。


 続いての1球、投げた!


 ポーーーン。


「は?」


 江畑の投げた球は、手から離れた瞬間に斜め上に向かって飛んで行った。あらあら、手でも滑ったのかしら?


 遠慮なくホームをいただき、5点目。勝ち越しだ。


「どうした江畑!」


「いや、すっぽ抜けた感覚もないんだが・・・くっ!」


 悪いね。この反則合戦、より高度な反則ができる方が勝つのさ。乗ってきたのはそっちだぞ? 乗らなきゃこっちの圧勝だっただろうけど。


 結局5番バッターは打ち取られ、チェンジ。次が最終回だ。


「さ、ここで抑えたら勝ちよ。締まって行くわよ!」


「「「ウォオーーッス!!」」」


 9回表。ツーストライクまで追い込んでからの、3球目。


 パァァン!


 ウザッ。フォークを選んだが、例の騒音作戦に石田がやられて後逸。振り逃げで早速ランナーが出た。

 こりゃもうフォーク使うの無理だな~。石田が騒音に惑わされるとこまではどうにもならんわ。こいつらは、私のグローブを使ってやっと普通の選手並みの腕になる。


 次は送りバントでワンナウト2塁。追い付かれんのやだなー。


 カキーン。


 サードゴロ。次は何を仕掛けてくる? まず、ボールがキャッチする前にフラッシュ攻撃で後逸! 次に私がトラップ発動してランナーつまづいて転倒! ついでに首筋に蜂に刺されたような痛みをお見舞い!


「レフト、こっちよ!」


 レフトはボタンを離さなかったようでフラッシュ攻撃に耐えた! そしてボールを私に向かって投げ…


「ぐっ、ぐああああぁぁぁぁ!」


 投げない! なぜかその場で悶え始めた。


「あああああああぁぁぁぁぁ・・・!」


 なおも悶え続けるレフト。まさか、あいつ・・・。


 そのまま、為す術もなくホームインを許し、再び同点。


「どうしたマドコー! ついに体までバグッちまったかぁ!?」


 みんなでレフトのもとに駆け寄る。


「か、体が、全身筋肉痛みたいに痛ぇ・・・」


 悲痛の表情で自分の状態を訴えるレフト。このタイミングで来るってことは、


「あんた、昨日薬飲んでないでしょ」


「え? くす、り・・・?」


「飲んでないでしょ」


「あ、ああ・・・どうせもう試合だからいいやと思って・・・」


 やっぱりか。


「試合終わったら言うつもりだったけど、あれ、36時間摂らないでいると副作用で筋肉痛になるのよ。おとといの夜に飲んだのが最後なら、今きたのね」


「え・・・」


「ベンチー! 担架お願いー!」


 ベンチが動き出す。


「昨日飲んでない人、他にいないでしょうね・・・?」


 3人いた。


「ここは私が抑えるから、ベンチ戻ったらすぐに飲みなさい」


「「「ウス・・・」」」


 こいつら、ただでさえダメダメなのに人の言うことも聞かないのかよ・・・副作用教えたら飲まない奴がいると思って黙ってたのが仇になったな。


 レフトには替えの選手を入れ、定位置に戻る。逆転されっと益々面倒だ。あんまりやりたくなかったが、しょうがねえ。


 私はポケットからガムを取り出し、パクリ。こっちは効果も強いぶん副作用もエグい。こりゃ私もとんでもない筋肉痛になっちまうわ。

 それと、私の強化だけでは抑えられないから石田、お前はいかなるトラップにも動じないように固まってもらう。


 ピシッ。


「ん・・・?」


 さあこれでアンタは爆竹が鳴ろうが蜂に刺されようが絶対動かない体になった。ミットの位置も変えられないが、そんなのはもういい。吸引機能は私が遠隔操作できるし、ストレートも変化球もあそこに吸い込まれるのさ。大事なのは、何があっても石田の手が動かないこと。


 ストレート! スライダー! シュート! 釣り球と見せかけたフォーク!


 全てをこれまで以上の剛速球で投げ、2者連続三振でスリーアウト、チェンジ。やっべー・・・こりゃ明日私死んだわ。ガムの方は24時間でくるからタイミング重なるんだよねぇ・・・。


「あの女・・・まだ引き出し持ってやがったのか」


「だが同点だ同点!」


「後2回はあの女に回んねぇしな!」


 次の打順は6番から。三者凡退が続けば3番の私には回らない。それまで抑え続けるにも限度があるぞ?


「残念だったな女ぁ! 野球は1人じゃ勝てねぇのさ!」


 そうみたいね。だが? 私は1人じゃな~い。


「あんた、ちょっと私に化けなさい」


「え?」


 小柄な部員を呼びつけて、他の部員たちの背中の後ろに隠れてゴソゴソ。私が持って来てた大きなバッグから取り出したのは、赤毛のカツラ。


「これって・・・」


「よろしくね♪」


 こめかみの下にハミ出ている赤毛がトレードマークになってるから、それさえ移せば何の問題もない。私は、モミアゲ部分までバッチリのカツラすればアラ不思議、男の高校球児に早変わり!


 続いて、6番、ファースト、副島。でも中身が副島とは限らない。

 初球はバカの2つ覚えのようにインハイ。次はアウトローですね? ホームラン打てば勝ちだけど、本物の副島にそんなことできないからこっちだぁ!


 カキーーン。


 ボテボテのサードゴロ、だが球が遅すぎて時間が掛かっている!


「取るな! ファールだ!」


 ファールになるのを見送ろうとするサード。でもギリで止まっちゃう~。私はファーストベースを踏んで、そのまま2塁を狙う!


「もういい! 取れ! セカンドで刺すぞ!」


 サードがボールを取った瞬間、


 チッ。


「え?」


 ボールが手から逃げるように滑り出た! ファールゾーンに転がって行く! 私は2塁までも蹴って3塁へ!


「急げ! こっちだ!」


 サードがボールを追い、ピッチャー江畑が3塁に向かう! 私と江畑、どっちが先に着くかの競争だ~!


「ぬおっ!」


 江畑転倒~~! 私がまともに勝負する訳ないじゃん。サードはボールを取ったがもう諦めたようだ。だが?


「なにっ!?」


 私は止まらずホームを目指す!


「バックホームだ! 早くしろ!」


 ボールがキャッチャーに向かって投げられる!


「欲張り過ぎたな、おバカさん」


 欲張らなきゃ、手に入らないものもあるのさ。これで最後だ。食らえ! マッドストーーーム!


「うわ、なんだ!」


 キャッチャーのいるその場所で、砂嵐が巻き起こった。お互いツイてないわねえ。自然現象だ、しょうがない。


「くそっ!」


 砂嵐に巻き込まれたことでキャッチャーをボールを取り損ねた。私は砂嵐が収まるのを待って、悠々とホームイン。ベンチにVサインを送った。


「い、い・・・いよっしゃーーー!!」


「勝ったぞーー! 10年ぶりの勝利だーー!!」


「もうウラレンなんか怖くねぇーーー!!」


 そこまで素直に喜べるアンタらが、マジで羨ましいよ。だがまあ、勝利は勝利。ベンチに戻ってハイタッチをして(鈴乃だけはゲンナリしていたが)、カツラも戻して最後に整列。ウラレン連中のシケた面が最高のご褒美でした。


「ありがとう。楽しかったわ。ウチに負けたのはショックだろうけど、私というチョー強力な助っ人がいたことを言い訳にしていいわよ」


 事実そうだしね。


「そうとでも思わんと、やってられん」


「ただいまの試合は、5対6で窓咲高校の勝ち! 礼!」


「「「あざっした~~!」」」

「あざっす~♪」


 これにて一件落着。後は祝勝会のバイキングだね!


次回:祝勝会バイキング

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