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第100話:秋だけど! 春のフリーマーケット

 「お姉さ~~ん! ちょっとどうッスか~~!?」


 「見るだけならタダだよ~! 今ならサービスしちゃう♪」


 9月12日、土曜日。本日の窓咲市民ホールは、残暑どころか暑中をも超える熱気に包まれている。年に一度の特別なフリーマーケットが行われているからだ。何が特別なのかは、このフリマ唯一の掟を見れば分かるだろう。その掟は、壁にデカデカと張られた横断幕に書かれている。


<自分自身以外の販売禁止>


 そう、このフリマは、愛や人肌や籍に飢える男女の出会いの場となっているのだ。自信のある者が自らに値段を付けて出品し、そうでない者はお金で解決しようとする、そんな場である。ひと晩でも、1週間でも、一生でも。売り方は問わないが、売っていいのは“春”だけだ。手作りアクセサリーなんてものはお呼びじゃない。結ばれた後にでも作れ。


 人身売買じゃないかって? 野暮だなぁ。これは“フリー”マーケットだぞ? 普段は何故か禁止なものが解禁される場がない方がおかしい。

 当然ながら市も公認、とはいかないが黙認はしている。NPOの窓咲活性化団体が主催しているが、市役所職員が(体裁上は)私的な活動として運営している。5年前までは市主催で婚活イベントをやっていたのだが、結果が振る舞わなかったためこのフリマ、正式にはラブリーマーケット、略してラブマに変わった。


 婚活イベントと違って、このラブマは成約後も結婚はおろか交際にさえ至らず一度のアバンチュールでバイバイというパターンも多いが、一応はこの5年で30代の未婚率が減っている。

 成約カップルにはペア宿泊券が贈呈され、うち抽選で1組には窓咲ガーネットホテルのスーパースイートが当たる。そんな訳で会場をうろついていると、


「お嬢さん、これで年末年始に私とハワイで過ごしてくれるかな?」


「んんーもうひと声!」


「ひとめぼれです! お金はありますから、嘘でもいいので私を好きになってください!」


「マジ? 言っとくけど俺オオカミよ? 噛みついて離さないよ?」


 そこかしこから恥も外聞も捨てた言葉が聞こえてくる。これがラブマの醍醐味である。なお、掟を2つも3つも並べず唯一のものとするために、年齢制限はない。だがみんな年齢確認はするので成約に至らないことが多い。人身売買はする癖に未成年に手は出さない。気持ちはわかるけど。


 また、掟は絶対なので、なかなか結婚しない我が子とか、たまたま拾った身寄りのない子を売ることもできない。あくまで自分自身の販売のみである。裏で脅してたり売上金を回収したりがあると、市や私や八雲組によってバレて粛清される。

 ラブマへの八雲組の関わりはこれだけではない。彼氏彼女をゲットできるかということとは別の重要事項に関与している。それは、


「三連単はもう決まった! あとは落札上位と“ラブシックス”だ! 午前中シメだから急げ!」


 賭博である。単勝や三連単は、ラブマ開始から誰が早く売れるかという予想、落札上位は誰が高く売れるかの予想、ラブシックスは成約の早さや値段は問わず“選んだ6人が今日中に売れるかどうか”の予想である。

 開始からもう1時間経っているので三連単は決まったようだ。例年5分もせずに決まるのでラブマ開始前が締め切りになっている。


「くっそぉ! 三連複にしときゃ100万だったのに!」


「欲を張るからでしょう、おバカさん♪」


 ラブマで一番熱い奴は賭博にいる、とさえ言われるほどイベント本体にも劣らない賑わいを見せている。


「おぅマッド才媛、てめぇも何か賭けてけや」


 八雲組の構成員だ。私は八雲組に限らず大抵の市民に顔を知られている。


「じゃあラブシックスで、12番、65番、122番、205番、290番、348番で、3千円」


 見せられた端末で、グレーアウトしていない、つまりまだ売れていない人から適当に選んだ。賞金倍率は、全出品者のうち何%が売れたか、正解者が何%いるかをベースに決まる。極端な話、全出品者が売れてしまったら誰もがパーフェクトになるので、賭け金が返ってくるだけになる。例年売れるのは3割程度だが。


「ちったぁマジメにやれよツマんねえな」


「暇じゃないんで」


「ラブマに来てカネにもオトコにも興味ねぇなんて、暇じゃなきゃ何なんだ」


「オトコならさっき1000万円のイケメンを見てきたわ。カネは興味ないとは言わないけど、手段はこれじゃないわね」


「そうかよ。じゃあな」


 俺は忙しいんだと言いたげに、男は自分の仕事に戻った。3千円しか出さなかった奴に構ったぐらいなんだから暇なんじゃないのか?


 今日はこれといった用事があって来た訳ではないが、賭博も含めたラブマ全体のシステムに技術協力してるのと、こういう場は金持ちか後のない人間が多いからビジネスパートナーを見つけやすい。

 あと純粋にこの空間が気に入っている。ラブマは私に限らず冷やかし客も少なくない。賭けなんかしなくても人間観察は楽しめるんだな、これが。


 右に左に視線を向けながら歩いていると、


「やあ厳木鏡子クン!」


 話しかけられた。この声は……


「あら、あんたは確か……」


「レッドポリッシュ健央(たけお)サ。レッドポリッシュ、ね」


「あーそうそう。そんな名前だったわね」


 レッドポリッシュ健央と名乗ったコイツは、レッドポリッシュ健央である。相変わらずキザったらしい野郎だ。そしてコイツがいるということは、


「わたくしたちもおりましてよ?」


「ご無沙汰ですね厳木さん」


 説明は後にするが、セットで覚えている残り2人もいた。


「アクアフロンティア久美子にシルクダンシング龍司じゃない。お揃いでどうしたの? ついに追い詰められたの?」


「久美子ではなく久子です! ひ・さ・こ!」


「どっちでもいいじゃんそんなこと」


「よくありませんわよ! 貴女、厳木キョミコとか呼ばれてもいいんですの!?」


 ンな呼び方する奴はシメるだけだ。


「質問への回答ですが、追い詰められたも何も、僕らは“没落御三家”ですからね」


 そう、コイツらは、泣く子がもっと喚く没落御三家なのだ。それは何なのかと言うと、窓咲市東町は富裕層が多く貴族街とも呼ばれており、それなりに格式の高かった赤磨(あかみがく)家、水拓(みずびらく)家、絹踊(きぬおどる)家が、それぞれ親の不倫や事業失敗などで没落してしまったのである。貴族街を追い出され、元の苗字を名乗ることも許されなくなったため3人とも変な呼び名になっている。


「ご存知の通り色々ありましたから、こうでもしないと人生が立ち行きませんのよ」


「今までは様子見だったけど、18になった今ようやく土俵に上がれたのサ」


 確かに18になれば成約率はグッと上がるが、それでも18歳相手にガチで婚活する人間はラブマでも多くはない。


「それ以前に、金も失った元貴族となんて誰が結婚するの?」


 聞いてみた。すると3人は、自信たっぷりに答えた。


「このイケメン具合と」


「美貌と」


「IQと」


 なんてイケてなくて、醜くて、IQの低い回答なんだ。お前らやる気ある? ラブマを甘く見てない?


「そのポジティブさと結婚してくれる人がいると良いわね。じゃ」


「ちょっと待ちなさいよ!」


「何? 私に構うぐらいなら客引きすれば?」


 没落したせいで、金を払う側じゃなくて受け取る側として婚活しなきゃいけないんだろ?


「困っているのが分かりませんの? みんなこのピチピチの18歳に見向きはすれど、具体的な話は聞いてくれませんのよ?」


 だったら尚更私なんかほっといて営業しろよ。100円なら誰か買ってくれるかも知れないだろ? しかしチラリとこいつのブースを見ると、“結婚を前提に”と書かれていた。こりゃ100円でも迷うな……ラブマの成約の効力は大きい。“今晩だけ”という軽い契約もできるが内容を記した領収書を残すことは必須。場合によっては後戻りができなくなる。


「僕たちは良くも悪くも有名ですからね、尻込みする人がいるのも止む無しでしょう。ただでさえ18歳が結婚とか言っていますし」


 没落御三家は、私ほどじゃないが市内で名が知られている。特に没落時は相当なニュースになった。ラブマは窓咲市民に限定されている訳ではないが、案内が市民にしか届かないし口外する人も少ないから市外の参加者は1割もいない。


「それにオレたちは戸籍もないから、婿入りさせてくれる人を探さなきゃいけなくてね。久子クンよりもずっとハードモードなのサ」


 没落御三家は、没落の際に戸籍を失っている。赤磨家、水拓家、絹踊家は、我が国のデータベースから完全に抹消され、この3人は“身寄りのない子”になったのだ。そして貴族街の圧力により、結婚しない限り市が戸籍を与えてくれなくなった。

 3人とも末っ子で、兄や姉は既に独立や嫁入り済みである。親は財産もって駆け落ち成功か、借金を返せずどこぞの地下牢である。


「厳木さんどうせ暇ですわよね? 何かよい案はありませんの?」


「金を失った元貴族とビジネスなんてしないわよ」


「それは冷たすぎるのではなくて? 人が困っているというのに」


「私、人が困っている姿で美味しいご飯が食べられる人間なのよ」


「サイテーですわ……」


「でも金は持っているんだろう厳木クン?」


「ちょっと健央さん何を言っておりますの!?」


「オレは戸籍さえ取り戻せるなら相手は選ばないヨ」


「サイテーすぎますわ……!」


「さすがに僕は厳木さんにとは言いませんが、縁の1つや2つぐらいは紹介して欲しいところですね。厳木さんの普段の顧客に、結婚できなくて困っている女性はいないのですか?」


「紹介料をくれるなら考えるけど?」


「ではこの久子さんを差し上げます」


「勝手に人を差し出さないでくださいまし!」


 えーコイツ? 使い道は、そうだなぁ……


「やっぱり、“結婚を前提に”っていうのがネックなのよね。販売戦略として間違ってるわ。私の手に入るのなら、ひと晩3万円でレンタル事業を始めるわね」


「ここにはサイテーな人間しかおりませんの!?」


 お前はラブマに何を求めてるんだ。結婚を前提に金で自分を買ってくれなんて言ってるお前も大概だからな。


「そんな訳でアクアフロンティア久美子さん、今後男性に貸し出すビジネスをさせてもらえるなら、100万円であなたを買いますよ」


「承諾するはずがないでしょうそんなもの!! あと久美子ではなく久子です!!」


 ちぇっ。見た目だけはそこそこだから儲けそうだったのに。


「あんたら2人も、原形とどめないほどに魔改造していいなら女性に貸し出すビジネスに使えるわよ?」


「それはやめておくヨ……」

「遠慮しておきます……」


 なんだよ。お前らそんな覚悟でラブマに来てんのかよ。人生懸かってるんなら、人生ぐらい賭けろって話なんだよ。


「人生賭ける覚悟がないなら、結婚を前提になんてするのやめたら? 週1デートで良いなら誰か買ってくれるでしょ」


「「「うっ……」」」


 あ、分かった。コイツら……


「本当は怖いんじゃないの? 人と普通の恋愛をするのが」


「そっ、そそっ、そんなことあるはずがないでしょう!? こちらはお相手の言い値で人生を差し出す所存ですのよ!?」


「短期の契約で売ってしまったら、いつ捨てられるか分からないもんね」


「なっ……くぅ……!」


「痛いところを突いてきますね」


「言い返せない……!」


 コイツらに覚悟があったとしても、買い手側にそこまで求められないのがラブマだ。失うのが金だけならいいが、買ってしまった人間の面倒をずっと見なければならないリスクは無視できない。婚活目的の参加者も少なくはないが、18歳のニートはなぁ……。


「目的が自分自身の生活なら、新しくビジネスでも始め……るにも、戸籍がいるんだっけ」


「厳木さんのように様々なソリューションを人に提供できるなら、個人間での商売もできるのですがね」


「スキルもなければ設備もなく、没落御三家に融資をしてくれる人もおりませんから……」


 そうだな、私の真似事をするには設備が必要だ。


「戸籍さえあればアルバイトぐらいできたものを……これほど親を恨むことはない……!」


「同感ですね。あんなの上手くいかないことは分かり切っていたのに」


 ちなみに没落の原因は、赤磨家は母の不倫とそれでおかしくなった父の未成年淫行、水拓家は不注意による政府要人宅の爆破、絹踊家は事業の失敗だ。

 目の前の3人に罪はないが家も差し押さえられ、レッドポリッシュ健央は寺、アクアフロンティア久美子は教会、シルクダンシング龍治は神社に身を寄せることになった。


「居候先の跡継ぎにもなれないのよね?」


「オレがいなくとも普通に跡継ぎがいるからネ」


「右に同じです」


「教会の司祭は世襲ですらありませんし、シスターも足りておりますのよね」


「拾ってもらえはしたけど、いつまでも居座る訳には行かないのサ」


 難儀だなぁ……。賃貸契約にも就職にも銀行口座開設にも、まずは誰かと結婚して戸籍を取り戻すところからスタートだ。当然ながら、没落御三家同士の結婚は貴族街が認めない。できたとして1人余るし。


「しょうがないなあ。手っ取り早く結婚相手が見つかるものが欲しいってんなら、なくもないわよ?」


「本当ですか!?」


「渡りに船ですね」


「それで、何があるというんだい?」


「媚薬よ」


「「「えっ……」」」


 何だよ、人身売買には手を出したのに媚薬は無理なのかよ。


「う、噂には聞いておりましたけれど……」


「本当にあったなんてネ……」


 貴族街でこそ有名だと思ったんだがな。今でも普通に注文来るぞ?


「さすがに薬を使うというのは、催眠術のようで気が引けますね」


 だからさぁ、そんな甘いこと言ってたらラブマじゃ戦えないんだよ! お前らブースにイスとテーブルあんじゃん? その場でお茶するためのモンじゃん? 媚薬混ぜれんじゃん? やるしかないじゃん??


「いや、1つだけ方法がある……!」


 レッドポリッシュ健央が、何か閃いたように言った。


「何ですの……!?」


「この際ですから藁にもすがらせてもらいますよ……!」


 私も含めた3人が見守る中、レッドポリッシュ健央はこう言った。


「オレたちが、その薬を飲むんだ」


 ほぅ。


「そ、それは……!」


「僕ら自身が惚れっぽくなることで積極的なアプローチをして、満更でもない反応をした人との成約を考える、ということですか……!」


「そうさ。これなら人に薬を盛るなんて真似をせずに済む。違うかい!?」


「確かに、この場で自らを出品しておきながら、心の奥底では結婚に向けた意思固めができていない部分はありましたからね。お薬の力で、前に進む勇気を手にするのは悪くありませんわ」


 まぁ、勢いは大事だ。18になっても酒は飲めないから、頼れるのは薬しかない。媚薬の主成分に、非合法なものはない。


「どうするの? 1個1万で、年利10%ならツケにできるけど」


「手が届く値段ですね……」


「戸籍を買うと思えば、安いものですが」


 媚薬とは、その存在だけで人を惑わすことができるのだ。


「オレはやるヨ。言い出しっぺとしてネ!」


「「っ……!」」


「後には、引かないわね?」


「もちろんだとも! このマーケットに出ると決めた時から自分は捨てる覚悟サ!」


「いい返事だわ。それじゃあ、これを」


 ポケットから3つの丸薬を出すと、3人はゴクリと息を吞んだ。


「その、少しずつ、というのは駄目なのでしょうか……?」


「いいわよ。むしろ自分がどう変わっていくかは把握しといた方がいいんじゃない?」


「怖い発言をしないでくださいよ……」


 それぞれが丸薬を手に取る。


「まずは少しだけ……」


 こんなこともあろうかと、グリップを握るだけで丸薬を砕く道具を持って来ている。レッドポリッシュ健央に渡すと、ゴリッと砕いてそのひと欠片を、「ええいままよ!」と言って口に放り込んだ。


「んっ……」


「ど、どうですの……?」


 何とも言えない表情で唇を噛みしめるレッドポリッシュ健央。あの量での効果のほどは……?


「な……あ、あろうことか、久子クンにことが素敵な女性に見えてきた……っ!」


「“あろうことか”とは何ですか“あろうことか”とは! というかそのっ、いきなり何なのですか! 口説くなら他の女性にしてくださいませ!」


「確かに“あろうことか”ではありますね。あの欠片でこれほどとは」


「ひ、久子クン逃げてくれ! このままではキミに惚れ込んでしまいそうだっ!」


「はっ、はぁぁぁぁっ!!?」


「その美貌をオレの視界から消してくれと言っているんだっ!」


「だから何なんですのよ~~~~っ!!」


「言い忘れてたけどそれ、飲んだあと最初に見た人に惚れやすくなるのよね」


「それを先に言ってくれないか!」

「それを先に言いなさいよ!」

「それを先に言って欲しかったですね……」


 3人がそろって私に抗議する。いやー悪い悪い、忘れてたぜ。とりあえずレッドポリッシュは顔にタオルをかぶせて鎮めることにした。


「ふぅ、ふぅ……恩に着るヨ」


「全くもう。貴方がお調子者なのは分かっていますが、急に口説き落としに来られると困るではないですか」


「というか、僕らもこうなってしまうのでしょうか」


「怖いなら、あんまり見た目が好みじゃない人に使うのがいいわね」


「それはそれで失礼な気もしますわね……」


「しかし現代の恋愛で重要なのは積極性と言います。もっと小さな欠片にするとして、僕らに足りないものをこれで補いましょう」


「決して、お互いの前では飲まないことも忘れてはいけませんわ」


「では行きましょう。僕らの戸籍と幸せのために」


 そう言って2人は歩き出した。はてさて、どうなりますことやら。


「……あんたは大丈夫?」


「あぁ、少し落ち着いてきたヨ。久子クンの声も聞こえなくなったし、もう安心だ」


 レッドポリッシュ健央はタオルを取って顔を上げた。


「他の女性の前でそれを飲めば、上書きできると思うわ」


「そうさせてもらうヨ。オレとしたことが何て有り様だ」


「あんた普通に面食いなのねぇ」


 見た目通りのチャラさだったぜ。


「ぐぅの音も出ない……」


 苦虫を噛み潰したような顔を見せるレッドポリッシュ健央だったが、


「いつまでもこうしては居られない! せっかくイベントなんだから良い出会いを見つけさせてもらうヨ!」


 切り替えが完了したようで、意気揚々と歩き出した。さて、コバエ型ドローンを使って観察させてもらおうじゃないか。まずアクアフロンティア久美子だが、


【ど、どうしましょう~……いざとなるとターゲットを決めきれませんわ……】


 チラチラと男の顔を見ては一歩踏み出せない、というのを繰り返していた。シルクダンシング龍治も、


【どうやって相手を見定めればいいんだ……!】


 と頭を抱えていた。ダメだこいつら。ラブマに、婚活に、恋愛に向いてない。このまま尻込みされ続けても面白くないので、ドローンから声をかけてやった。


「何やってんのよアンタたち。フラれることの方が多いんだから、自分を気に入ってくれる人が見つかるまでアタックしまくりなさいよ」


【そうは言っても……!】

【そう言われてもですね……!】


「じゃあ、結婚したいって思いはその程度なんだ? 親のやったことには同情するけど、アンタらの親ともっと無関係な教会や神社に迷惑をかけ続けるんだ? 水拓家と絹踊家の誇りは、恐怖とか羞恥心に埋もれてしまうようなものなんだ??」


【【くっ……!】】


 そこに、レッドポリッシュ健央が畳みかける。


【違うだろうキミたち!! 没落したとはいえオレ達は格式高い一族! お屋敷や家系を失っても、この血だけはまだ流れ続けているんだ! こんなところで恐怖に屈していいようなものではないんだ!!】


【健央さん……】

【健央君……】


【やるぞ! 今こそオレ達の意地と誇りを見せるんだ!!】


【【っ…………!】】


 さあどうするアクアフロンティアにシルクダンシング。水拓家と絹踊家の、血が持つものを見せてくれよ……!


【自分から殿方にアプローチだなんて、はしたない……ですが、それは勇気を出せない言い訳!】


【ここで尻込みしてしまうことの方が、余程の恥です!】


 2人が、自分に言い聞かせるように声を張り上げる。そして、


【今こそ!】


【我らの!】


【【【この血に眠る魂が、再びこの街で咲き誇る時!!】】】


 ガリッと、丸薬の欠片を噛み砕いた。


【っ……!】

【はわ……っ!】

【うお……っ!】


 3人の頬が紅潮する。さあゆけ。戸籍と共に、失われた誇りを取り戻すんだ!


【この感じ……でも2回目だから問題ない……!】


【くっ、殿方がみんな魅力的に見えてしまいますわ……!】


【これは想像以上ですね……!】


 あのサイズの欠片なら、誰彼構わず最初に目に入った人に、とはならないだろう。


【よし、まずはあの人に……】


【あの方にいたしましょう……】


【僕も……決めました】


 歩き出して、ブースに近寄らず物色している風な人にそれぞれ近付いた。


【お嬢さん、ちょっといいかい?】


【あの、ごめんくださいませ】


【少々、お時間よろしいでしょうか】


 声を掛けられた人が立ち止まる。ラブマは客の方がブースに立ち寄って声を掛けることの方が多いから、3人とも目をパチクリさせている。


【店を構えて待つだけの奴より、オレなんてどうだい?】


【えっ私?】

(ビックリした。こんなこともあるんだ)


【あ、あの、わたくし、貴方のことが少々気になりまして……】


【どうえっ!?】

(えっちょっとタイプなんだけど)


【僕も出品者なのですが、是非ご一考頂けたらと……】


【はあ】

(いきなり何なのこの人)


 シルクダンシングは厳しいか。相手選びをミスったな。レッドポリッシュは今後の振る舞い次第、アクアフロンティアは押せばいけそうな感じ。


【まずはお茶からでも大丈夫サ。楽しいひとときを過ごそうじゃないか!】


【う~~~ん。どうしよっかなあ?】

(この人確か没落貴族の……面白いからお茶ぐらいはいいケドもうちょっと様子見かな)


【このご縁を真剣に考えたいんですの……!】


【マジ……っ!】

(てかやらかした貴族の……! ちょっと重そうだけど写真より可愛いし普通にアリ……!)


【悪いようにはしません。もちろん貴女の意思を最大限に尊重します】


【はあ】

(うーんどうやって断ろ。キツい態度取ると周りに結構人いるし)


 レッドとアクアは頑張れ~。シルクは奴のIQなら引き際と判断しそうなものを、媚薬の効果か引く気配がない。


【さあオレと一緒に!】


【ぜ、是非わたくしと……!】


【どうか僕を……!】


 3人は、相手の手を取った。レッドの相手は驚きつつも観察を楽しむ様子で、アクアの相手は満更でもなさそうに握り返し、シルクの相手は困ったように眉をひそめた。


 少なくともアクアは上手くいきそうだったが、


【わ……あ……】


 こいつ、手を握り返されたことで照れてやがる。よく見ると、他2人も自ら女性の手を取ったことに自分で動揺していた。そして、


【し……し……すまない! 大事な用を思い出した! 失礼するよ!】


 レッドは手を放して逃げ出した! 残された女性は、ぽかーんとしながらレッドを見届けたあと、爆発するように笑い出した。あの野郎なにやってんだと思う暇もなく、


【こっ、これ以上は無理ですわ~~~!!】


 アクアも、


【すみません忘れてください!】


 シルクもその場から逃げ出してしまった! アクアの相手は追いかけるそぶりを見せたが、アクアの足がビックリするほど速く、すぐに諦めてしまった。あの感じだと探し回りそうだが、このままじゃアイツはまた逃げる。


「アンタら何やってんの?」


【面目ない……!】

【だってぇ~~!】

【僕としたことが……!】


 ラブマ出品者ともあろう者が、手を握っただけで逃げ出すとは何たる体たらく。しかも、媚薬の力まで借りておいて。


「1人目だったし、今のは練習よね。とにかく次は、明確にフラれるまでその場を離れないこと。いいわね?」


【もちろんだとも……!】

【はいぃ~~……】

【肝に銘じます……】


 大丈夫かコイツら? という私の不安は的中し、


【オレにはまだ早かったみたいだ……!】

【わたくしには早かったみたいですわ~~!】

【僕にはまだ早すぎる……!】


 2人目も、3人目も、同量の媚薬をかじって挑んだがダメだった。ねえ、18歳にもなって手を握ったり顔が近付いたりするだけで逃げるって何なの? お前ら没落前はダンスとかしてただろ? パーティーたまに呼ばれるから見たことあるぞ?


【ダンスは正直パフォーマンスだし】


【お互い恋愛対象として見ませんし】


【そ、それに、今しているのは婚活ということは、その……】


 欠片とは言え媚薬飲んでこれ?? 貴族ってそんな箱入りで過ごすもんなの? むしろ幼少期から嫁婿候補がいるもんだと思ってたんだけど。


「こうなったら媚薬を大きくするしかないわね」


【えぇっ!?】


【で、ですが……!】


【これ以上は自分が何をしでかすか……!】


「何もしでかさないのがダメなんでしょうが。ラブマなんだから飢えてるぐらいが丁度いいの。それに、あまりに失敗を続けると覚えられちゃうわよ? 急にナンパしてきては逃げ出す奴らがいるって」


【わたくしそんな不審な行動は取っておりませんわよ!?】


 取ってんだよバカ! 媚薬のせいで中途半端に認知機能が歪んでやがる。


「客観的に見たらお粗末なお芝居以下よ。さっき誇りとか血がどうとか言ってたのは何だったの? 自分で宣言したことからも逃げ出すような血に誇りを感じてるんだ??」


【【【そんなことは……!】】】


「だったら見せなさいよ。赤磨の、水拓の、絹踊の、血に眠る魂ってやつを」


【もちろんだとも……】


【いぃ今までのはほんの小手調べですわ?】


【いつまでも、お遊戯会を繰り返す僕たちでは、】


【【【ない!!】】】


 ガリッ! 3人は、直径2倍ぐらいのサイズの欠片を口に入れた。丸薬本体の直径と比べると半分程度だが、それでもさっきまでの粒と比べると大きい。直径2倍は、体積にして8倍だ。もたないでくれよ、3人の自制心……!


【お、おぉぉぉぉ!! 力が!】


【いえ、勇気が、みなぎりますわ……!】


【これなら、どんなことだって出来る……!】


 ゆけ! 3人の戦士たちよ! 君たちは今、恋愛エリートをも凌駕する戦闘力を手に入れた!


【そこのキミ!】

【そこの貴方!】

【そちらのお嬢さん!】


【はい】

【え?】

【ん?】


 フッフッフ、いい感じに見境がなくなったな。最初に目の前を通りかかった人物に勝負を仕掛けたようだ。いいか、じっくり攻撃していくんだぞ。いきなり捕まえようとしても失敗するからな!


【あぁ、なんて美しいのだろう! オレはキミに、ひとめ惚れしてしまったみたいだ!】


【はいぃ??】


【なんて魅力的な方……わたくしと、素敵な時間を過ごしませんか?】


【えぇ??】


【僕には分かります……あなたには、目には見えない心の美しさがあると!】


【んん??】


 初手の押しが強めな気もするが、まあいい。これくらいでもないとコイツらは逃げ出してしまいそうだ。


【さあ】


【?】


【さあ!】


【!?】


【さあ……!!】


【!!?】


 3人は早くも相手の手を取った。ここまでのナンパ師はラブマなら無くもないが、自分の身に降りかかって3人とも驚いている。仕掛け人の3人はというと……


(くっ、やはり触れ合うと緊張する……!)


(こっ、ここココこのまま……!?)


(いつまで僕はこうしていれば……っ!)


 ありゃ心の中はグッチャグチャだな。そして、


【すまない!】

【すみません!】

【失礼します!】


 手を放してしまった! だが逃げ出さずにその場に留まったことは成長、というよりは媚薬の効果だろうか。突然の出来事に相手の3人は固まったままだったが、


【ふふふ、面白い人ですね】


【ありがとうございます。こんな俺に声をかけてもらって】


【緊張してるの? お兄さん♪】


 御三家より先に動き出した。それで御三家もハッとして動く。


【お、オレとしたことが、キミのあまりの美しさについ……!】


【すっすみません自分から声をかけておきながら……!】


【そ、その、積極的に行けと言われたのですがまだ慣れておらず……!】


 まだこの程度なのかコイツらは……! こりゃ覚醒イベントでもないと、と思っていたら、


(((このままでは、いけない……!)))


 3人は相手にひとこと謝って後ろを向き、


 ゴリゴリッ!


 残っていた媚薬の欠片を、全部まとめて口に放り込んだ!


【【【!!!??????】】】


 薬による強引な覚醒! やっちゃったねぇ。さて、吉と出るか凶と出るか。


【【【はぁ、はぁ……!】】】


 もう目がヤバい。少なくとも逃げ出すことはないだろう。むしろ相手が逃げ出さないかが心配だが、


【あ、あの、大丈夫ですか?】


【どうしたんですか?】


【お兄さん大丈夫?】


 相手も心配してくれていた。しかしそれを仇で返すように、


【もう我慢できない!】

【もう我慢できませんわ!】

【もう我慢できません!】


【はい!?】

【えぇ!?】

【んん!?】


 振り向きざまに、相手の両手をつかみながらさっき以上に接近! 3組とも、お互いの顔の間が10センチ以下になったが、さすがに相手が背中を反らした。


【【【あ、あの……】】】


 困る相手。しかし、


【どうか、オレと】

【どうか、わたくしと】

【どうか、僕と】


 止まらない御三家。更に、片手を離したと思ったら相手の腰に回し、ズイッと引いて再び顔を寄せた!


【【【ちょっと……!】】】


 相手は抵抗を試みるも、お互いの体が密着しているあまり、そこに手を差し入れて押すこともできない! そして、



【幸せな将来を、磨き上げようじゃないか……!】

【2人だけの世界を、開拓いたしませんか……♡】

【終わらない夜を、踊って頂けませんか……?】



【いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!】

【うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!】

【きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!】



 ついに3人は、相手を押し倒してしまった!


【何の騒ぎだ!】


【人が襲われたぞ!】


【おいおい、ここじゃ強姦は人身売買以上の重罪だぞ……!】


【誰か、係の人を、誰かーーーーっ!!】



 レッドポリッシュ健央(18)、アクアフロンティア久美子(18)、シルクダンシング龍司(18)、住所不定無職。暴行の疑いで現行犯逮捕!!

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