第10話;上客その2
私は、厳木鏡子 (きゅうらぎ・きょうこ)。高校2年、4月下旬だけどもう17歳。女子高生をやってる傍ら、家には両親が趣味で作ったラボがあり、物心ついた頃から研究に手を染め、今ではすっかり3度のメシより発明という生活だ。
そんな私がなんで学校なんか行ってるのかって? 将来のビジネスパートナーのためよぉ。卒業後は進学も就職もするつもりがない。
私が目指しているのは、発明品を売ったり困ってる人を助けたりして生活費を得るビジネスだ。既に親や一部の地域住民からは”お小遣い”という形で代金を頂き、クラスメイトにはファミレス奢りなどで報酬代わりにしている。人脈作りには、多少の社会生活は必要でしょう?
そんな訳で今日もまた、学校に向けて出発だ。
「あら、セルシウスじゃない。おはよ」
「厳木さんか・・・おはよう」
この私の挨拶に対してテンションの低い返しをしたコイツは、摂津信司 (せっつ・しんじ)。向かいの家に住んでいる同級生だ。もちろんクラスも同じ腐れ縁。
なぜセルシウスと呼んでいるかと言うと、小学校の授業でコイツが、自分のカタカナを“セッシ・ツンヅ”と書いたことによる。セッシは摂氏、すなわちセルシウス温度だ。もうそう呼ぶしかない。もはやコイツは自らセルシウスと名乗ったようなものだ。
「それじゃ」
お互いに自転車なのに、あっさり去って行くセルシウス。昔は「きょーこちゃん、あそぼー!」とか言って可愛かったのになあ。人間、歳を取っちゃいけないね。
小学3年か4年かぐらいになってくると、セルシウスは優等生コースに、私はその正反対のコースに進み始めて心の距離が開き、今とはなっては「厳木さん」呼びだ。まあ? 成績は私の方が良いんだけれどもね?
顔立ちは、イケメンではないけれど少年風。背も165センチぐらいで小柄なこともあり、一部の女子生徒から人気がある。あんまり学校でセルシウスに付きまとうと私が女子から睨まれる羽目になるのだ。まあ、怖くないけど。
そしてコイツは、どんなに困っても私を頼ることは絶対にない。
授業なんかすっ飛ばしてて昼休み。弁当も食べ終わった頃。
「厳木さん」
「ん? あ、珍しいじゃん、セルシウス」
セルシウスの方から私に話しかけるのは本当に珍しい。
「その呼び方はやめて。あと、呼んでる」
セルシウスが指さした先に、開いたドアの所に人。来た来た、来ましたねえ。
「生徒会副会長ともあろうお方が、何のようでしょう?」
「生徒会室でお話しします。来てもらえますか?」
「はいはーい」
そう、他でもなく、生徒会こそが、定期的に私にビジネス持ち込んでくれる第2の上客なのだ。
「待って鏡子、あたしも行く」
第1の上客たる親友・鈴乃がついて来るのも、お約束。そしてもう自分は用済みだと去って行くセルシウス。彼はとにかく私と関わることを嫌う。特に校内では。
生徒会室に入ると、会長、副会長の他に、男子生徒が1人。この人が今日の依頼人か。
「ちわっす」
スリッパの色が青だから、3年か。だったら私に直接頼みに来ればいいものを、わざわざ生徒会を経由するなんて、そこそこのガタイに反して臆病なんだね。
「それで、どんなことで困ってんの?」
私は、学校の先輩相手では敬語は使わない。さっき同級生たる副会長に使ったのはご愛嬌。
「俺、野球部のキャプテンなんだけど、もうすぐウラレンとの年1恒例の交流試合があって・・・」
「それで、勝ちたいってことね?」
ウラレンというのは、窓咲市北部にある裏連学園のことだ。
「ああ。ウチの野球部が弱小なのは知ってると思うが、万年2回戦落ちの裏連にさえ9連敗中でさ・・・奴らももうやる前から勝ち決まってるみたいな態度でムカつくから、何としても勝ちたいんだ・・・!」
野球部キャプテンは、悔しさを滲み出す感じで言った。
「ふーん」
それはいいんだけど、今、“何としても”って言ったか?
「で、それは野球部からの依頼になるの? それとも生徒会?」
それでアプローチ変わるんだけど。
(あーもう絶対これ反則考えてるでしょ) by 大曲鈴乃16歳
「生徒会としては、野球部の対外交流試合の勝敗は重要ではありませんので、こちらから厳木さんへのお願いは野球部の相談に乗って頂くことだけです」
「んじゃもう後は私と野球部の間で決めればいいのね。 昼休みは時間限られてるし、放課後にしましょ、キャプテンさん。練習時間削ったって変わんないでしょ」
「ウッス。お願いシャス、厳木さん。あ、俺、石田ッス」
なんでアンタは後輩に敬語使ってんのよ。野球部大丈夫かよ。ま、いいけど。
それじゃあこれからは、野球部さんとの商談ですね。生徒会の皆さん、仲介お疲れさま。
次回:野球部員のプライド




