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第1話:私はマッドサイエンティスト

「お願いします! このとーりです!」


 私は、厳木鏡子 (きゅうらぎ・きょうこ)。高校2年で、新年度が始まったばかりだが誕生日が4月2日なので、既に1年限りの17歳に突入している。


 家には両親が趣味で作ったラボがあり、幼い頃から色々とやらせてもらって3度のメシより発明という生活になり、今ではもう1人でアレやコレを作っている状態だ。ラボの方も、両親の業務多忙に伴い私が引き継ぎ、ほぼ根城と化している。


 将来は企業に身を置くつもりだっただが、大手メーカーの開発で働く両親と隣人から愚痴めいた話を聞くにつれてその気が失せてしまった。大学にするかとも考えたが、何度か学会に足を運ぶ中でその気も失せてしまった。

 その代わりに私が目指しているのが、発明品を売ったり困ってる人を助けたりして生活費を得るビジネスだ。まだ高校生の身だが、親や一部の地域住民からは”お小遣い”という形で代金を頂き、クラスメイトにはファミレスのドリンクバーなどを奢ってもらって報酬代わりにしている。


 そうやって将来の常連客を探しつつ、いかにして高校卒業後も社会に出ずに生きていくかというところを模索しているのが、近ごろの私だ。

 親や隣人の話を聞くからに、組織に所属すること自体が良くなさそうだから、個人的な人脈がメインの収入源となる。今はリンゴしかくれない3つ隣のおばちゃんからも、高校卒業後にはしっかりとした“誠意”を頂く所存だ。こちらも生活が懸かるので慈善事業をする訳にはいかない。私にしか提供できないものがあれば、みんな私を頼るはず。


 事実、「マッド才媛」などという呼び方をされながらも、校内には私を頼る人がそれなりの頻度で現れる。人から相談を持ち掛けられたり、時にはこっちから巻き込んだりしながらも、マッドサイエンティストを自負する者として日々発明に明け暮れているのだ。



 そんな私が今、土下座をしている。相手は担任教師・君津だ。


「スーーッ・・・! きゅう、らぎ・・・!」


 あちゃー、やっぱダメかー。


「いい訳ないだろうが! どのツラ下げて来てんだお前!」


「だからこうやってツラ下げてるじゃないですか!」


「何をされたって許可できるか! 授業以外でお前を物理実験室には入れん!」


 君津は担任であると同時に、物理教師でサイエンス部の顧問でもある。サイエンス部に入ってない人間が放課後に物理実験室を使いたければ、君津の許可が必要なので、こうして頭を下げに来ている。


「そこをなんとか・・・!」


「ならん! 2度もスプリンクラー鳴らした奴に使わせる訳ないだろうが!」


「あれは不慮の事故じゃありません! 計算の範疇です!」


「それを計算でやるのがダメなんだろうが! とにかくもう帰れ! 実験室なら自分の家にもあるだろ!」


「だって家のスプリンクラー鳴らしたら後々面倒じゃないですか!」


「学校でも十分面倒だっただろうが! それにお前何様だ、身勝手にも程があるだろ!」


 ここで私は顔を上げ、決め台詞を吐いた。


「マッドサイエンティストは身勝手な生き物なんですよ」


「帰れ!!」


 結局、職員室からつまみ出された。しょうがないかー、センサー切ってスプリンクラー鳴らないようにするかー。


 仕方なく帰ろうかと思っていたところで、声を掛けられた。


「あ、鏡子。また何かやらかしたの? 凄い声だったけど」


 こいつは、大曲鈴乃 (おおまがり・すずの)。高校に入ってからの縁だが、去年同じクラスで出席番号が1つ違いなことから絡むようになった。

 私の他の生徒から距離を置かれるようになってからも鈴乃は変わらず、それどころかお目付け役みたいなポジションに定着し、行動を共にすることが多い。校内ではもう「厳木に関することは大曲に言え」とまで言われるほどだ。


 で、晴れて今年も同じクラスとなった。私の近くに鈴乃を置いといた方が楽という学校側の思惑も見え隠れするが、まあ、そこも含めて腐れ縁というやつだ。


「なんで何かやらかした前提なのよ。今日はちょっと君津先生に頼みがあっただけよ」


「どんな頼みをすればあんな怒鳴られるのよ」


「物理実験室を使わせてもらおうと思って」


「はあ? あんな騒ぎ起こしといて貸してくれる訳ないじゃん」


「だから土下座して頼んでたのよ。この私が土下座したのよ? 全米が泣くレベルでしょ」


「米のひと粒も泣かないわよ。だいたい鏡子あんた、土下座しながらも内心“もし許可おりたらあんなことやこんなことを~”とか思ってるでしょ」


 うわ、バレてるし。


「にしたって、あんなに頼み込んだのに。・・・ったくあの石頭」


「聞こえてんぞ厳木!」


「ハァ・・・」


 思わず出る溜め息。


(溜め息したいのは私の方よ) by大曲鈴乃16歳


「・・・何度も言うけど、あんた結構ルックス良いのに、その性格がもったいないよね。入学直後は狙ってる男子結構いたわよ」


「こっちも何度も言うけど、知らないわよそんなの。もってるもの全部使わなきゃいけない訳じゃないでしょ」


 母親のお蔭で、自分で言うのも難だが私はそこそこのルックスになっている。さすがに自ら顔を崩すような真似はしないが、マッドサイエンティストたる私にルックスを活かすつもりはない。

 母のように、見た目が良くて能力もあって女性管理職枠にされるなんて真っ平ゴメンだ。明らかにマネージャーには向かない人だから苦労していることだろう。課長となってしまった母は、もう研究のケの字もできていない。


「そんなこと言ってると女子の恨み買うわよ。さすがのあんたも嫌われたくはないでしょ」


「別に最悪は構わないわ。私は70億人に嫌われても、自分にだけは嫌われたくないの」


 もしそれでビジネスパートナーがゼロになったら、その時は仕方ない。世の中、死んだ方がマシなこともある。


「またそれ・・・。そのせっかくの綺麗な赤毛も、持ち主がこれじゃ宝の持ち腐れよね」


 肩の少し下まで伸びる私の髪は、誰が見ても分かるほどに赤毛だ。地毛ということで通しているが、これは後天的になったものだ。第一両親は赤毛じゃない。

 5歳の頃、テレビで見た金髪美人に憧れて、髪は薬で染めるものだと思っていた当時の私は金髪になれる薬を作って飲み、悲鳴を上げて倒れ、3日間うなされたあと目が覚めると、赤毛になっていた。

 当時こそ“金髪じゃない!”と泣いて喚いたが、今となってはこれも悪くないと思っている。


「欲しいなら赤毛になれる薬を作ってあげるわよ? 3日間うなされるけど」


 当然、レシピは保管してある。


「いらないわ。・・・鏡子ならマジで作れそうで怖いし」


 マジで作ったんだよ。真実を知らないはずの鈴乃だが、さすが私のことを良く分かっていらっしゃる。


「ホント、その変なもの作っちゃうところが無ければねぇ・・・」


「私から発明を取ったら何が残るっていうのよ」


「成績は学年トップ、運動神経も女子の上の中、そして地味に達筆。十分すぎるぐらいよ」


(むしろ他の部分が余計なのよ) by大曲鈴乃16歳


「私がいなくたって誰かが学年トップになるし、運動神経も達筆も上がいるわ。私は、私にしか出来ないことをしなきゃいけないのよ」


「はいはい、そうですか」


 鈴乃が呆れたように呟く。


「それで、鈴乃こそこんなトコで何してんの? 何かやらかして呼び出し?」


「鏡子と一緒にしないで。てかあんたを探してたのよ。職員室の方に行ったって聞いたから。今日、ちょっといい?」


 鈴乃がそう言う時には、決まって“ビジネス”の話だ。


「いつものやつ?」


「そ。教室で待っててもらってるから」


 鈴乃が私との友人関係を続けるのは、単に面倒見が良いという理由だけではない。まあ、その面倒見の良さから鈴乃に相談を持ち掛ける人は多く、間接的に私を頼ってくることがある。

 鈴乃を頼った結果として鈴乃の手に負えず私に回ってくるパターンと、初めから私に頼む前提で鈴乃を経由するパターンがある。顔の広い友人がいて、私は大助かりだ。



 教室に戻ると、1人の女子生徒がいた。


「知ってるでしょ。同じクラスの白鳥さん」


 ペコリ、と頭を下げてくる白鳥さん。他人にさして興味がない私だが、クラスメイトは将来の常連客候補なんだから、覚えない訳がない。


「もちろんよ。よろしく」


 返事をすると、沈黙になる前に鈴乃が言葉を続けた。


「じゃあ、教室で話すのも難だし、行こっか」


 いつも私と鈴乃が商談に使っている場所に向かうべく、学校を後にした。


 ここは、東京都窓咲 (まどさき)市。JRの三鷹駅と登戸駅を結ぶ、架空都市線という路線の沿線に位置している。架空都市線沿いに住んでる人もいれば、電車を乗り継いで窓咲高校まで通っている生徒もいる。

 私と鈴乃はチャリ通だが、白鳥さんは電車通学なので自転車を置いて徒歩移動。どうせ目的地には5分ぐらいで着く。


 --------------------------------


 やって来たのは、ファミリーレストラン“ジャスト”。鈴乃からビジネスの話がある時は大抵ここに来て、相談料としてドリンクバーを奢ってもらう。


 メロンソーダをひと口いただいたところで、さっそく本題に入ろう。


「で、今度は何? 白鳥さんから、ってことかな?」


「そうよ。 じゃあ雪実、お願い」


「あ、うん。その・・・」


 何やら照れ臭そうに視線を逸らす白鳥さん。元々人見知りっぽいとこあるし、打ち明ける悩みの内容によっては言いにくいだろう。


「好きな、人がいて・・・」


 おぉっとぉ、随分とセンシティブなものが来ましたねぇ。でも面倒だからさっさと話を進めよう。


「んじゃ、その人と付き合えればいいって訳だ」


 まさかデートさえできれば良いってことはないよね?


「つ、つき・・・は、はい・・・」


 顔、めっちゃ赤い。何この子、乙女か。ターゲットの男子にこの顔見せれば上手く行くんじゃないだろうか。


「ま、確かに失敗したくはないわね。鈴乃じゃ手に負えなかったって訳か」


「・・・悔しいけど、そうね・・・」


 鈴乃が苦虫を潰したような顔をする。内容が内容だけに、私には頼りたくなかっただろうな。

 でもこういう時のために友は居る。鈴乃は、友人の恋の成就のために、私は、目先の利益と将来のために。ここで白鳥さんの恋を成就させることができれば、さぞ感謝されることだろう。やはりクラスメイトは、優秀なビジネスパートナーだ。


「それじゃあ、商談といきましょうか」


次回:級友はビジネスパートナー


※本作で登場する”架空都市線”は、三鷹および登戸の駅を出た直後に架空の世界に突入しますので、鏡子たちの世界にも調布市や狛江市はあります。

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