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異世界への扉

 高瀬に連れられ一行は、綾が消えたと言う場所に向かった。ホテルから東に1kmくらい離れたあたりと言うその場所は、大きな商店街の中であった。


 「くんくん・・・コロッケの揚る匂いがする。美味しそう~見てるだけでお腹減ってきちゃう。」3歩進む度に美味しそうなものがあり、彩夏のテンションは、どんどん上がっていった。


 その時「このあたりです。」と高瀬が言ったその場所は、人通りの多い商店街の真ん中あたりだった。


 「人通りがありますね。」勇人が言った。


 「はい、でもここで間違いありません。」高瀬の目に嘘の色はなかった。


 彩夏はキューケースを開き、キューを組み立て始めた。「なんだか恥ずかしい・・・みんな見てるよ。」そして心の中で「おじいちゃん着いたよ。ここがおばあちゃんの消えた場所なんだって。どう?なにか感じる?」と茂吉に尋ねた。


 「なにも感じんのぉ。」ガッカリした声が頭に響いた。


 彩夏は皆に首を振ってみせた「なにも感じないみたいです。」


 「そうですか。でも近くに大きな神社があります。おそらく何か関係していると思うのです。行ってみましょう。」高瀬はそう言うと足を進めた。


 商店街から少し歩くと大きな門があり「大阪天満宮」と書いてあった。一同は門をくぐり境内に入り本宮に参拝した。境内にはいくつかの社があり、その中の1つ「霊符社」の前に来た時の事。ひとりの巫女が現れ「私は『鷽鳥の(うそどりのおさ)』」。とだけ言うと大門の方へゆるりと歩き出した。


 そして鷽鳥の長は、大門の下で足を止め天に指を示し、皆も見上げた。そこには十二支の絵が描かれた方位盤があった。「我が主が大宰府に行かねばならない前の晩、道明寺の大恩のあるおば様との別れに際し、間違って鳴いた鶏に朝が近いと勘違いをさせられ、満足に語らうこともできず大宰府に旅立たねばなりませんでした。」


 「ふんふん、それで?」と彩夏が目をパチパチさせた瞬間、巫女は鳥の姿になり飛び立った。そして黒い装束を身に纏った初老の男の肩にとまりました。


 「綾さんの件で来られたのですね。」初老の男の声は心の中で聴こえた。「綾さんは、多くの霊を従え現世にあってとても危険な存在でした。未練を残し成仏できぬ魂の集合体は、荒魂(あらみたま)となり天変地異や疫病の蔓延などの禍の核となります。しかし綾さんの清い魂は、和魂(にぎみたま)となり暴走せずその姿を保っていました。・・・たぐい稀な和魂とは言え、このまま放置するわけにもいかず、我が神領に住まわせることにしました。この世界とは別の世界ですが。」


 「道真様とお見受けします。そして伏してお願い致します。どうか綾ともう一度だけ話がしたいのです。」茂吉の声が心の中で発せられた。


 「ふむ・・・つがいの鳥が離れて暮らすは不憫であるな。」どこからともなく、笛の音が鳴り 道真は扇子を広げ舞を始めた。舞ながら鷽鳥の長に「この者達を鳳凰領に案内して差し上げなさい。」と命を下した。


  鷽鳥の長は肩から飛び降りると再び巫女の姿になり「命に従います。」とだけ述べた。道真は頷くと白く輝きだし消えてしまった。鷽鳥の長の手は、静にそして緩やかに宙に大きく円を書く、そこに光の輪が出現した。「さてこちらに来られよ。この先は主の神領である。皆に入領の許可が出ておるが、入れるのは魂だけである。入領するわ全員か?」鷽鳥の長が問うてきた。


 「鷽鳥の長様、魂だけと言うことは身体はどうなりますか?」高瀬が質問した。


 「むくろは、ここに捨て置かれる。」鷽鳥の長が当たり前のように言った。


 「では私は残った方が良いですね。みなさんの身体をホテルにでも移しておきます。」


 「境内から出すこと能いませぬ!」鷽鳥の長はキツイ口調で言った。


 「なぜです?捨て置くわけにはいきません。」高瀬も食い下がった。


 「そうですね。参拝者の手前もあります。ではこちらでお預かり致しましょう。」鷽鳥の長はしばらくの沈黙の後「境内と神領は繋がっているのです。帰るべき躯がここになくば、戻ることも適いません。」と説明を加えた。


 「わかりました。鷽鳥の長様、感謝いたします。」高瀬は鷽鳥の長に頭を下げた。


 「勇人さん、私の両親にこのことを話してくれないかなぁ?」目を伏せて彩夏が言った。しかし勇人は彩夏と共に行きたかった。返事のできない勇人のその様子を察した高瀬が言い出した。「やはり、私が残りましょう。ご両親様の連絡先を教えてください。私から話をしておきます。」


 「高瀬さん!」勇人は高瀬の手を取り感謝した。高瀬は微笑ましくただ笑っていた。


 光の輪をくぐるとそこは、森の中にある大社おおやしろであった。そして彩夏は目の前に茂吉がいることに驚いた。「お・・・おじいちゃん?」ふたりは目を見合った。そこに2人の巫女が駆け寄り鷽鳥の長に頭を下げる。「お帰りなさいませ鷽鳥の長様。」


 「この者達がしばらく逗留します。」鷽鳥の長が言いつけると「わかりました。」と2人の巫女は再び深々と頭を下げた。鷽鳥の長は、こちらに目をやると神領について説明を始めた「ここは鳳様が治める鳳凰領『酉の国』です。もともと鶏の長が治めておったのですが、主がまだ人であった頃に鶏の長の眷属が失態を犯してしまい。その地位を剥奪されてしまったのです。それからというもの鶏の長を慕う者共と鳳様に付き従う者との諍いが絶えませんでした。そこに綾様が多くの人の魂と共に参られました。そして両陣営に出向き仲裁をしてくれたのです。」


 「どのようにして仲裁したのですか?」勇人が尋ねた。


 「和魂の域に達していた綾様の魂は、こちらの世界では主に次ぐものなのです。和魂として鶏の長に訊ねられました『主のことが好きか?』と、すると鶏の長は「敬愛しております。」と頭を垂れると綾様は優しく頭を撫ぜられ『そうか』と微笑まれました。次に鳳様のところに赴かれ、慈愛の満ちた目で『今まで御苦労様でした。』と言い鳳様の頭に手を置きました。自らの領地の争いで主に心配を掛けていると言う自責の念に苛まれていた鳳様は涙し綾様に全てを託され争いは終息しました。」


 「なるほど、すごい方ですね。」勇人が感心していると、彩夏が「私、おばあちゃんのおばあちゃんの時しか知らない。はやく会ってみたいな。ねっ おじいちゃん。」


 「そういじゃな。早く逢いたい。逢いたいが・・・なんで綾は若く、わしはジジイのままなんじゃ?」


 「純粋な魂に年齢はない。業深きお前にはそれが理解できんのだ。」鷽鳥の長は、バカにした目で吐き捨てるように言った。「それからお前、自身の名前をこの国で出さぬ方が良いぞ。」と付け加えた。


 「鷽鳥の長様、祖母にはどこに行けば会えますか?」彩夏が訊ねた。

 

 「主は『鳳凰領へ案内せよ』とだけ命じた。それ以上の事はできぬ・・・求めても得られぬ時がある。求めずとも得れる時もある。ここよりは自由にされよ。」鷽鳥の長は鳥になり、いずこかに飛び去ってしまった。


 「これからどうしますか?茂吉さん。彩夏さん。」勇人が言った。


 「そうじゃな。とりあえず勇人くんの後ろの巫女様たちが、なにやら言いたげのようじゃ」茂吉が目配せをしながら勇人に言った。


 「えっ?」勇人が振り返ると巫女たちは「どうぞこちらへ、みなさま方に逗留いただく部屋にご案内いたします。」と奥の方へ歩き始めた。真っ白な漆喰の壁が続く廊下の先にその部屋はあった。よく手入れがされた竹林が黒光りする板間に映り込む息を呑むような美しい光景、そんな部屋だった。


 「からすの間でございます。どうぞお寛ぎください。すぐに食事の用意をいたします。」巫女はそう言い残すと姿を消した。


 「うわ~もうお腹ぺこぺこ~」彩夏は板間に座り足を延ばした。「はぁ~板が冷たくて気持ちいい~」

その声を聞き、皆が座ったところへ、よく冷えた素麺と山菜の天婦羅が届けられた。一同が食べようとすると「しばしお待ちを・・・」ともう一人の巫女が言い天婦羅になにやら、とろ~りとかけ始めた。「ではお召し上がりください。」と巫女が優しく微笑んだ。ぶっきらぼうな冷たい印象だったのだが、その笑みは真逆のものだった。


 彩夏は、天婦羅を箸で掴み、匂いを嗅いでみた。乳製品のような甘い香りがする。そして口の中に入れた瞬間、今まで味わったことがないとても高貴な味覚が全身を駆け巡った。「美味しい」と独り言が全員の口から漏れた。ひとりの巫女が嬉しそうに『「醍醐」と言うものです。』と言った。もうひとりの巫女は「そんな説明じゃ判らないわ『蘇』に熱を加え溶かしたものでございます。っとちゃんとこう説明するのよ。」っと言ったが、皆の「醍醐?」「蘇?」と首をかしげ不可思議な顔を見た妹巫女は「お姉さまの説明でますます混乱されてるわね。」っとクスクス笑った。


 一同が食べ終わると膳が下げられ姉妹の巫女は「まずは町にでも行かれますか?」と口を揃えて言った。大社の前は1本の道だった。「右に行くと鶏の長の町があります。左に行くと凰様の町があります。まずは領主である鳳凰宮にご挨拶くださいますよう。」姉妹の巫女は頭を下げ見送った。


 



 

 


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