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綾への糸口

 彩夏が撞球場に入ると、すでに勇人が練習をしていた。真剣に球に向き合いキューを撞き出す動きの美しさ、その横顔、表情をもう少し観ていたくて、静かにソファーに腰を掛けた。「ギシッ!」


 彩夏は勇人と目があった。「ごめんなさい。練習の邪魔したみたい。」


 「ううん、気にしないで。僕の方こそ気が付かなくてゴメンね。」勇人は、彩夏に近づき話を続けた「その・・・えっと茂吉さんとは、どうやって話せばいいのかな?」


 「あっ 待ってすぐにキューを組み立てるから。」彩夏は、キューケースを開き大慌てでキューを組み立て、心の中で「おじいちゃん返事して!」と叫んだ。


 「なんじゃ~突然大声で呼び出して、心臓が止まるかと思ったぞ。」もう止まってるって・・・あっダメだ!思わずあの世ジョークに反応してしまった。いつもは無視できるのに・・・彩夏は頭を抱えて悶えてしまった。


 「どうしたの?彩夏?大丈夫?」目をつぶり身悶えする彩夏を勇人は、声を掛けて心配したが、彩夏は心の中で茂吉との会話中で無反応だった。


 茂吉はニヤニヤしながら「ついにわしの出番が到来したとみた!」と自信満々に言った。


 「そうなの。佐伯さんの息子の勇人さんが、おじいちゃんに指導して欲しいんだって。」


 「なんと佐伯くんの息子とな。それはわしの孫弟子も同然じゃ。よかろう!わし直々に指導してくれよう。彩夏、しばし身体を借りるぞ。」


 彩夏の目が開いた。「良かった!声を掛けても返事がないか・・・ら・・・」何か空気の違うものを勇人は感じた。「勇人くん、はじめまして。」茂吉は勇人の肩に手を置いた。


 「茂吉さんなんですね。お逢いできて光栄です。」勇人は目をキラキラさせた。


 「うむ。わしに教えを請いたいとは殊勝な心掛けじゃ。さっそく腕前を拝見してみるか。まずは、1ゲームじゃ。初球は撞いてくれて良いぞ。」


 「うわ~おじいちゃん凄い上から目線。感じ悪~」彩夏は茂吉に是正を求めたが、茂吉は知らんぷりを決め込んだ。


 「では、よろしくお願いいたします!」勇人は一礼をしてから、キューを構えそして美しいフォームでキューを撞き出した。静かに右上を撞き出された手球は、赤球にあたり長クッションから短クッションと伸びるように転がり茂吉の手球に当たり、先に当てた赤球に近づき止まった。


 続いて、まだ初期位置から動いていない赤球を殺し球と言われる技法で当てた。手球は、静かに転がり黄球に当たった。赤球は長クッションから短クッションとバウンドし、4つの球すべてが近くにまとまった。


 殺し球とは、手球を第一的球のほぼ正面に当てることにより、手球の動きを殺し、静かに第二的球に当てる技法である。


 勇人のキューさばきは巧みであった。集めた4つの球を散らさないようにコントロールしつづけ、まもなく80点になろうとしていた。しかし僅かに手に力が入り4つの球は、棒状に並んでしまった。これを出合い球と言う技法でとろうとしたが、うまく出合わすことが出来なかった。


 「勇人くん、なかなかのものじゃよ。さすが佐伯くんの息子じゃ。持ち点はいくつじゃね?」茂吉が訊いた。「10キューでの持ち点は、400点です。」


 「400点!」彩夏はびっくりした。あの菊爺の6倍強。流石はコーチをするだけのことはあると彩夏は妙に納得してしまった。


 「ではいよいよ真打ちの登場じゃわい。勇人くんしっかり目に焼き付けるんじゃよ。」茂吉はウインクして言った。


 そこから一時間が過ぎたが、まだ茂吉の1キュー目が続いている。失敗する気配など微塵もなかった。そして更に30分が過ぎ不意に茂吉は撞くのを止めた「1000点じゃ。さてもういいじゃろう?それに気になる視線を感じるんじゃが・・・」そう言うと茂吉は一点を睨んだ。そこには、よく手入れされたひげを蓄えた紳士がたたずんでいた。


 「高瀬さんお早いですね。」勇人が会釈した。


 「勇人先生おはようございます。しかし、そんなことよりその女の子は、何者ですか?只者ではないのは見ていてわかりましたが。」高瀬はそう言うと彩夏の方に近づいてきた。


 「老練な獅子の匂いがする。女性には失礼な表現だが・・・」高瀬は自身のキューを手に取ると「さてお相手頂こうか?貴女が何者であろうと、ここは撞球場、腕前をもってお互いを語り合いましょう。」


 「ちょっと高瀬さん。いきなり失礼ですよ。それに今は私がご教授頂いている最中なんです。」勇人が割ってはいった。


 「そうですね。不躾でしたね。ではこうしましょう?私は『綾』の居どころを知っている。これでご理解頂けますか?」


 「なっ!」その言葉に一同は凍りついた。


 「あれ?これは予想外。もっと歓んでくれると思ったのですが。」高瀬は苦笑してみせた。


 「勇人くん!今度門外不出の茂吉システムを幾つか書き残してお前さんに与えよう。これは避けれぬ。退けぬ戦いじゃ。」


 「聡明で賢明な判断です。敬意をもって最初から全力で参りますよ。茂吉さん。」高瀬は、そう言うと彩夏の握手を求めた。


 「おじいちゃん!やるっきゃないよ!」彩夏は燃えるように茂吉に言った。


 「彩夏、お前に身体を半分替えそう。そうすれば、わしがどう判断し、どう考え、どう撞くのかお前にも判るはずじゃ。こんな教え方をするのは初めてじゃから、うまくいくか?わからんが。」


 彩夏と茂吉は、高瀬とガチッと握手をした。


 「四ッ球では、お互い勝負がつかないかもしれませんね。そうだ『リブレ』にしませんか。いかがです?」高瀬が提案してきた。


 「いいだろう。」茂吉が承諾した。「おじいちゃんリブレって?」彩夏が尋ねた。「簡単に言うと三ッ球じゃよ。ルールは四ッ球と同じじゃ、白赤黄のの3つの球で行う競技じゃよ。手球以外2つしかないから、点数はすべて一点なんじゃ。」


 「では、私が審判をさせて頂きます。」勇人が名乗り出た。「ルールは、キュー数制限無し、125点取り切りでお願いします。」3つの球を所定の位置にセットし「お互いバンキングの用意をお願いします。」勇人の声が撞球場に響いた。


 「では、バンキングはじめ!」


 ふたりは、鏡に映った者同士のようだった「カツン」と音までが同時に鳴った。撞き出された手球は、短クッションに当たると静かに反対側の短クッションに触れるように止まった。


 「判定します。お待ちください」勇人が球の上に手をかざした。そして「双方撞き直し願います。」と言った。両者ともクッションに球をタッチさせていたのだった。


 「ひげ面のくせに、やるじゃねぇか。高瀬くんとやら」茂吉が声をかけた。


 「口の悪い女の子にしか見えませんよ。茂吉さん。」高瀬は面白そうに言った。


 「おじいちゃん、発言は慎重にしてよぉ」同期している彩夏が恥ずかしそうに言った。


 「すまんすまん」茂吉は謝るしかなかった。


 「でも高瀬さん・・・さっきから私の事を、茂吉さんっと言ってるよ。私がおじいちゃんだと判っているみたい。」彩夏は茂吉も気が付いているとは思ったが一応確認の為にささやくように言った。


 「そうじゃな。ますます謎は深まるばかりじゃ。」茂吉から焦りのようなものを感じた。


 「では撞き直しお願いします。」勇人の声が再び撞球場に響いた。


 ふたりは、また呼吸を合わせたように同時に撞き出した。しかし茂吉の球はわずかにクッションから離れ止まってしまった。「少し、力んでしまったわい。」茂吉は残念そうに言った。


 「そうでしょうね。どうやら初球は私のようです。」高瀬は落ち着いて言った。


 「あやつ・・・わざと・・・いや、プレッシャに負けたのはわしじゃ。」茂吉の頬に汗が流れた。


 「勇人くん、試合中に悪いが、高瀬くんについて教えてくれ。」茂吉は小声で言った。


 「はい、彼は3年前にこの社交倶楽部に入ってきました。私が父に代わり撞球部のコーチをし始めた頃です。キューを持つのも初めてでしたが練習熱心な方で1年で150点を撞けるようになってました。そしてこの1年で突然飛躍的な上達をみせて、今では私でも歯が立ちません。」


 「なるほど、もう1つ気になることがあるんじゃが、それはあとで彼に直接訊くとするかの。」茂吉と勇人の会話が終わった時には、高瀬の点数は24点になっていた。


 「まだまだ撞きそうじゃの。それにしても・・・」茂吉は自身の疑問をはやく高瀬に問うてみたかった。しかしそれには彼に勝たねばならない。そう茂吉は確信していた。


 押し抜き、引き球、殺し球、マッセ、それにファイブ&ハーフ、+2などのクッションシステム取り、どれも完璧だった。彼は一流のタップダンサーのように台の周りを軽やかに舞った。しばらくしてようやく彼がはずした。点数は60点に達していたが、彼は少し不満足そうだった。「さていよいよ生ける伝説の腕前を目の前で見れるわけですね。」それは彼なりのブレッシャの掛け方だった。


 「死んでるって・・・高瀬さん」心の中で彩夏は呟いた。彩夏にはそれがブレッシャだとは気が付かなかった。


 「あまり良い配置を残しておらんのぉ~」茂吉が言った。


 「ええっ それも計算の内です。」高瀬が言った。


 「じゃが、わしには通用せんよ。」茂吉が鋭い眼光で球を撞いた。勇人も高瀬も身震いがした。まるで獰猛な獅子の風格だ。


 「ブルっちゃいますね。勇人先生。」高瀬が勇人に言った。


 「はい」勇人も小さく答えた。


 茂吉の動きは、まるで獲物を狩る獅子そのものだった。いっさいの容赦はなかった。そしてあっという間に120点に達した。


 「ファイブモア」勇人のカウントが撞球場に響いた。そして「フォーモア」「スリーモア」「ツーモア」「ワンモア」とコールが続いた。そして最後の1点で茂吉の勝ちが決まる。しかし茂吉はそれを外した。ワザとなのは明白だった。


 「獅子は、力を欺かぬものと心得ておりますが?」高瀬は茂吉を睨み問うた。


 「獅子は狩場の獲物を狩り尽くさん。さぁ 最後のチャンスじゃ。」茂吉が言葉を返した。


 お前さんは、このブレッシャに耐えれるかな?そう茂吉は心の中でつぶやいた。彩夏にもそれは聴こえ茂吉の意図を理解した。おじいちゃんは、高瀬さんに稽古をつけてあげてるんだわ。いやそれとも・・・された屈辱を晴らしているのかしら?


 

 高瀬の心中は穏やかではなかった。石のように硬くなってしまった身体は、彼にとってさほど難しい配置でもなかった球をはずさせてしまった。


 「参りました。勉強になりました。これまでの非礼をお詫びいたします。」彼は深々と頭を下げた。


 「では聞かせてくれるか「綾」のことを・・・それともうひとつ、高瀬さんあんたのフォームや球の取り方の癖、綾とそっくりじゃ。綾の弟子じゃね。」茂吉は穏やかに言った。


 「はいすべてお話しいたします。」高瀬の目から闘争の色が消えていた。


 「あれは1年ほど前のことです。私が以前『清交倶楽部』があった場所に立ち寄った時のことでした。」


 「以前とな?」茂吉が言った。


 「はい清交倶楽部は2度ほど移転をしております。私はこのホテルに移転してからの会員でしたので、発祥の地とかに興味があり訪れてみたのです。」高瀬の口調はとても丁寧であった。


 「なるほど、それで合点がいった。ここへ着いたものの見覚えが無かったわけじゃ」茂吉も納得した。


 高瀬は話を続けた「その時に『清交倶楽部発祥の地』と言う石碑の前に、ひとりの袴姿の美しい女性が涙を流して立っているのを見たのです。私は目を奪われました。私が『どうしたのですか?』と声を掛けると「思い出の地なのです。」と彼女は言いました。『清交倶楽部は移転して今もありますよ。』と言うと、ぜひ連れていって欲しいと言われ、この場所に案内をしたのです。そして彼女の名前をお訊きすると『白州綾と申します。』と答えました。私はその時、ようやく彼女が世界チャンピオンにまで昇りつめた伝説の女性だと、そして彼女がすでにこの世の者でないことに気が付いたのです。」


 「なるほど、ここまでの話はよく判った。それで綾はその後どうなったんじゃ。」


 「はい、私は彼女に教えを請いました。行くところがあると何度も断られましたが、何度もお願いをしました。すると彼女はうなずき『では、しばらくの間だけ憑依させてもらいます。』と言われました。私はふたつ返事で了承しました。」


 「なんと高瀬くんは、綾と同期して腕を上げたわけだったのか。」茂吉はヤキモチにも似た感情を抱いた。


 「綾さんはたまに私から離れ、不慮の事故で亡くなった人など、この世に未練を残している霊の方々に、いつも優しく声を掛けておられました。いつしか綾さんの周りには綾さんを慕う霊が集まってきていました。そして3カ月が過ぎたあたりから、私は咳き込むようになり日に日に痩せてきたのです。綾さんは心配そうに『もう止めましょう。1つの身体に2つの魂と言うのはあなたの身体への負担が大きすぎるわ。』と言って離れようとしたのです。『私はもう少し、もう少しで何か掴めそうなんです。』と懇願しました。綾さんはとても困った顔をされてました。」


 「綾は優しいからのぉ~特に世話になったと思う奴には、心底親切じゃった。」茂吉は久しぶりに聞く綾の消息とその気遣いに心を震わせていた。


 高瀬は話を続けた「それから2ヵ月が経ったある日、天満のあたりを通った時のことです。白く光り輝くものが目の前に現れ私を包み込んだのです。そして語り掛けてきました『お前が引き連れている者どもは、すでに成仏が叶わぬ存在。かと言って捨て置くわけにもいかん。そこでだが、唐突ではあるが私は『雄鶏』が苦手でな。十二支『酉』の世界は『鶏』ではなく『鳳凰』に任せておる。その為かその世界に不均衡が生じておってな。あの世ではないが、その世界になら、その者どもの魂を導いてやることができるのだが。』と仰ったのです。私から離れひれ伏した綾さんは『お願い致します。この者たちの魂をどうかお救いください。』と申されました。そして綾さんは、光の中のお方に導かれて消えていきました。」


 「綾らしい。綾らしい振る舞いじゃ・・・」茂吉は涙を流し号泣した。


 「これが私が知る綾さんの消息です。」高瀬はそう言うと彩夏にハンカチを差し出した。


 「これから、どうされますか?」高瀬が尋ねた。


 「お前さんは霊感が強いようじゃ。彩夏の中におったわしの存在も気が付いておったのじゃろ?」茂吉はハンカチで涙を拭い高瀬に言った。


 「そのようですね。否定はできません。」高瀬は差し出されたハンカチを受け取るとそう言った。


 「綾のいる世界に行くにはどうすれば良いと思うね?高瀬さん。」茂吉と彩夏の願いは1つであった。


 「それは私には判りませんが、私が光に包まれた場所に一緒に行ってみましょうか?」高瀬が提案した。


 「お願されてくれるか。ありがとうありがとう高瀬さん。」茂吉も彩夏も再び涙があふれてきた。


 「あの、僕もお伴させてもらっていいですか?」一連の話を横で静かに聞いていた勇人だった。


 「勇人くんは、もうわしの友達じゃ。いや孫弟子じゃったか。もちろんかまわんよ。」


 「では、さっそく行ってみますか。」高瀬が皆に言った。


 次回ようやく異世界編に突入します。過去にタイムスリップするか異世界に転移するか?このまま日本や世界を渡り歩かせるか?かなり悩んだのですが・・・う~ん道を誤ったかな?

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