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ふたりの時間

 菊爺が満足そうに手を振り帰っていった。すると周りで見ていた撞球部員が挨拶にやってきた。


 「御大は、ああ言いましたが、実は私たちも白州先生のことは存じております。ここのコーチをお辞めになった後も、ちょくちょく顔を出してくれてましたから。言いにくいのですが、御大も最近少し物忘れの方が進んでまして・・・でも今日久しぶりに見ましたよ。御大がビリヤードをしているのを・・・そして楽しそうなのを」


 「菊田さんは、御大って言われてるのですね。」


 「はい皆そう呼んでます。撞球部の御大と言うか、この社交倶楽部でも最高齢ですから生き字引です。たいへんな紳士ですよ。我々の手本とするお方です。」


 「あの菊爺が御大とは世も末じゃの~それにしても、相変わらずの下手くそ振りじゃ~・・・あの男は昔からそうじゃった。何事も楽しく愉快にが身上で向上心と言うものが、まるでなかった。だが妙に気が合ってな。わしが死ぬまでにもう一度一緒に飲み明かしたいものじゃ~」


 またあの世ジョークかよ・・・付き合いきれん・・・


 「彩夏さん?彩夏さん?どうしんですか?大丈夫ですか?」勇人が心配そうに彩夏の身体をゆすった。


 「あっ はい大丈夫です。でもお腹ペコペコ~まだ16:00なのにぃ~」


 「はははっ ここのコーチが18:00までなんです。あと2時間辛抱してください。一緒に夕食を食べましょう~もちろん僕がおごります。」


 「やった~ じゃ~ホテルにチェックインしてきます。」おじいちゃんもケースの中で休んでっと心の中で声を掛け、キューを分解しケースに入れた。


 「では18:00頃にロビーで」


 「はい」軽く手をあげ、彩夏も撞球場をあとにした。


 フロントでチェックインを済ませると、シャワーを浴び、ベッドに横になった。頭の中は、菊爺との試合を思い出していた。「引き球かぁ~ 気持ちよかったなぁ~。それに静かに優雅に撞き出すかぁ~。キャロムビリヤードのとっても繊細なとこが好きかも。さてっとそろそろフロントに行こう~。」


 しばらくフロント前のソファーに座っていると勇人がやってきた。「ごめん待った?」申し訳なさそうに勇人が言ったが、気になったのは、彼がすごく疲れて見えたことだった。「ぜんぜん待ってないよ。勇人さんこそ大丈夫?疲れてるように見えるよ?」心配そうに彩夏が言ったが「ごめん心配掛けて。あの後、試合挑まれちゃって・・・それより何が食べたい?」勇人は彩夏に心配を掛けまいとカラ元気を出したように言った。そんな気遣いをしてくれる勇人に彩夏は胸がキュンとなってしまった。


 「お好み焼きとたこ焼き、それに串カツ・・・えっとそれと・・・」と彩夏は勇人に悟られないように食べたいものを片っ端から言った。「よし!全部食べよう!!」勇人は彩夏の手をとって駆けだした。またドキドキしてしまう・・・彩夏の鼓動も足取りも小走りになり、勇人と夜の街に駆けだした。


 「ふぅ~お腹いっぱ~い。もう食べれませ~ん。ギブアップです。」彩夏は自身の発言を後悔していた。責任喰いは、すでに限界点をむかえていた。もう歩くだけでも気持ち悪くなった。「ちょっと休もうか?」勇人が気を効かせホテル近くの堂島川のベンチに腰をかけた。「勇人さんの試合、観てみたかったなぁ~」ふっと彩夏は言った。「ごめん、見られなくて良かったと思ってる・・・」しばらく沈黙になった。「負けたの?」と恐々訊いた。「ああ、負けた。完敗だった。手も足も出なかった・・・」また沈黙になった。「そうなんだ、でもきっと大丈夫だよ。次負けても、また次も負けても、悔しいって気持ちがあれば。ね?」陳腐でありきたりの慰めだったけど正直にそう思った。勇人は、思い出したかのように話を変えた「ありがとう。でも1つだけ聞かせて欲しいことがあるんだ。父の店で見た彩夏の腕前は、あんなもんじゃなかった。もっと次元の違うものを感じたんだ。」彩夏はドキッとした。いつか言われるとは思っていたが、その覚悟はしていなかった。


 彩夏は静かに言った「あれは私じゃなかったの。あの時そう言ったでしょう?憶えている?」

 

 「憶えている。確かに君はそう言ったね。」


 「それ以上言ってもきっと信じてもらえない。」彩夏が目を伏せてそう呟くように言った。


 「無理には訊かない。でももし彩夏がいうなら、それは真実だ。」


 「わかった言います。言いますよ。参ったなぁ~笑わないでよ。」


 「笑わない。約束する。」真剣な眼差しだった。その眼差しに吸い込まれそうだった。


 「実は・・・」彩夏は、これまでの経緯を勇人に話して聞かせた。


 勇人の中で話が整合された「それは信じるしかない。すごい体験じゃないか!」


 「お父さんみたいなことを言うのね。」父と勇人が重なってみえた。


 「私、お父さんみたいな人が理想なんだぁ~」あっ 私なに言ってしまったの?


 「ごめんなさん変なこと言って・・・」顔から真っ赤になった。


 彩夏の頭に優しく手を置いた「ありがとうもう大丈夫だ。元気になったよ。彩夏のお陰だ。」


 いつの間にか呼び捨てにされていたが、むしろそれが嬉しかった。

 

 「もう1つお願いしてもいいかな?」真剣な目で彩夏の目を見る勇人だった。


 彩夏は勇人が言うであろう言葉を妄想しドキドキした。「なに?」頬が赤らんだ。


 「撞球部員はいつも昼から練習にくるから、それまで茂吉さんに稽古をつけて欲しいんだ。」


 「ん?なにこの展開?」私のドキドキを返せ~「勇人さんのバカー」彩夏はスクッと立ち上がった。


 「明日何時に撞球場に行けばいい?」勇人を睨みつけて彩夏は言った。と同時に「ごっごめん吐きそう・・・」彩夏はうずくまった。「うげぇげげげ~」とても男性に見られたくない醜態だった。勇人は、背中をさすりながら「大丈夫じゃないと思うけど大丈夫?」勇人の意味不明な慰めの言葉がむしろ惨めだった。もっと一緒にいたいけど正直「消えろ消えてくれ」と心のどこかで考えてしまった。吐き終えると幾分楽になった。「10:00に撞球場にいくようにするね。恥ずかしいとこ見せちゃってゴメンね。」そう言うと彩夏は、ホテルの方へ走って向かっていった。しばらく走るとまた、うずくまってしまった。ちらっと勇人の方を見た・・・心配そうに見ていた。吐きそうなのを我慢してVサインをしてみせ、ゆっくり歩いてホテルに向かった。ふらふらと・・・


 次の朝、ホテルで朝食をとっていると、勇人が同じテーブルに座った。目を合わせられない・・・


 「えっと大丈夫だから、大丈夫だから昨日の事は忘れて!」少し大きな声で彩夏が言った。


 隣に座っていたビジネスマンが口に入れたスープを噴いて、こっちを見た・・・「あっ 誤解です。そんなんじゃありませんから・・・」しどろもどろになりあたふたした。「良かった。元気になって。」勇人がいつもの優しい口調で言った。「ごちそうさま。じゃ~あとで撞球場にいくね。」手を合わせて彩夏が席を立った。でも引き留めて欲しい気持ちも強くあった。「珈琲を淹れてくるから、それを飲んで座って待ってて欲しいんだ。急いで食べるから。」勇人が寂しそうにお願いした。「あっ 私自分で淹れてきます。それに急いで食べるのは消化に悪いですよ。あと私ホットココア派なんです。」引き留められて嬉しいはずなのに、彩夏は、なぜかツンな口調になってしまった。


 しずかな時間が流れた。お互い無口になっていたのもあるが、流れていた心地よい音楽がふたりを甘い気持ちにさせた。「そろそろ時間だね。用意してくるよ。また一緒に食べたいね。」と勇人が声を掛けた。その言葉に「はい」っと素直に言え彩夏の機嫌もなおっていた。


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