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初めてのキャロムビリヤード

 彩夏は、菊爺とともに撞球場に入った。そしてキューを組み立てていると、心の中で茂吉が話しかけてきた。

 

 「彩夏ちゃん、わしに撞かせてくれんかのぉ~?久しぶりに菊爺と対戦してみたいんじゃ。こやつは、下手じゃったからのぉ~どれくらい腕を上げたかみてみたいんじゃ。」


 「ダメ!最近ビリヤードが面白くなってきたところなんだから、もっと上手くなりたいの私。」


 「どうしたんじゃ彩夏ちゃん、ぼぉ~っとして。」菊爺が心配そうに声を掛けた。


 「あっ すみませんちょっと考え事してました。」


 「キャロムビリヤードには、四ッ球・リブレ・ボークライン・バンド・スリークッションと言う5つの競技があってな。今日は、まず四ッ球からやってみようかの。そもそもキャロムビリヤードは、ヨーロッパの王侯貴族の嗜みの1つでな。その流れで日本の社交界でもキャロムは、盛んなんじゃ。皇族や華族の社交界『霞会館』などでもキャロムをやっておるよ。我々も紳士の嗜みと考えておる。ヨーロッパでは、今でもキャロムビリヤードは盛んなんじゃが、日本のビリヤード屋は、映画の影響かのぉ~ポケットビリヤードばかりになりおった。」


 「菊田さん、話が長いですよ。」勇人が、からかうように言った。


 「年寄りは、話が長いもんじゃ」菊爺は恥ずかしそうに話をつづけた。


 「四ッ球は、名前のとおり、四つの球を使った競技でな。先攻の手球が白、後攻の手球が黄色、あと二つの球は赤色だ。手球を撞いて2つ以上の球に当たると得点が入るんじゃ。簡単じゃろ?点数は、手球が当たった色の組み合わせで決まっておって、撞いた手球が赤と相手の手球に当たると2点。赤と赤なら3点。全部に当たると5点の点数が入るんじゃ。2つ以上に当たると次も撞け、当たらないと交代じゃ。」


 思ったより簡単なルールで良かった。これなら私にもできそう~


 「じゃ~まずはバンキングで先攻後攻を決めるかの」


 「えっ?バンキング?勇人さんバンキングってなんですか?」


 「簡単に言うと手球を短クッションに向かって撞いて、戻ってきた手球が反対側の短クッションに近い方が、先攻後攻を決めることができるってことかな。」勇人がいつもの優しい口調で教えてくれた。


 「なるほど、わかりました。やってみます。」


 「では審判は、私がやりますね。」勇人が名乗りでた。


 「キュー数は、10キュー。持点は菊田さん60点。白州さん30点。裏撞きありで。」


 「すみませ~ん キュー数と持点が、わかりませ~ん。それに裏撞きって言うのも。」


 「あっ そうだね。キュー数は、失敗するまで撞けるって、さっき説明しただろ?失敗したら自分の1キューが終わり、相手に代わり。相手もミスしたらまた交代。これで1キュー目終了。10キュー勝負と言うのは、それを10回しますと言う意味だよ。その10キューの途中で、持点に達した方が勝ちになるんだ。先攻が先に持点に達しても、引き分けの可能性を持たせる為に、後攻も撞くことができるんだ、これを裏撞きっていうだよ。」


 「なんとなく理解しました。後は、やりながら覚えます。勇人さんありがとう。」


 「どういたしまして」勇人はニコッとほほ笑んだ。


 「では両者バンキング用意・・・はじめ!」勇人の号令で彩夏と菊爺は、キューを撞きだした。


 彩夏の撞いた黄色い球は、短クッションに当たり、反対の短クッションに真っ直ぐ戻ってきた。しかしまたバウンドして、台の真ん中付近まで転がった。菊爺の撞いた手球は、短クッションから5センチの位置にゆっくり止まった。

 

 「お嬢ちゃんは、球に元気があってよいの~ わしの球は息も絶え絶えじゃ。ほっほっほっ」


 バンキング勝負は、菊爺に軍配があがり、先攻を選択した。


 勇人は、4つの球を白、赤、赤、黄と台の中央線に対し直線状の所定の位置に並べた。


 「では、お嬢ちゃん はじめるよ。」菊爺が穏やかに言い、ゆっくりとキューを撞きだした。


 菊爺の撞いた白い手球は、赤球にかすめるように当たり、長クッションから短クッションとバウンドし、彩夏の黄色い手球にあたった。


 「2点」と勇人がコールした。


 続いて菊爺は、黄球から赤球に当てた「4点」再び勇人がコールした。さらに赤球と赤球を当て「7点」とコールされ。どうやら合計点をコールしているようだと彩夏は思った。


 「球は、やさしく優雅に撞くんじゃよ。」菊爺が独り言のようにつぶやいた。


 また赤球と赤球に当たった。「10点」とコールが続いた。


 しかし次で菊爺は、はずしてしまった。「あら、手が言う事を利かなんだ。」菊爺は、無念そうに椅子に腰をかけた。「さぁ お嬢ちゃんのお手並み拝見じゃ」


 勇人は、キャロムビリヤード用の得点盤に10点の点数を入れた。


 「黄球を撞いてくださいね。頑張って!」勇人が静かに言った。


 「なんだ勇人先生は、お嬢ちゃんの味方かいな~」勇人は、恥ずかしそうに「そうですよぉ~」っと舌を出してはにかんだ。


 よし!頑張んなきゃ!彩夏の撞いた黄球は、ものすごい勢いで赤球に当たり、もう1つの赤に当たった。しかしまだ勢いが止まらない。さらに菊爺の白球にもあたり、ようやく止まった・・・


 「マシ5点!」勇人が大きな声でコールした。すべての球に当たることを「マシ」と言うようだ。


 さて、次はどう狙おうか?と台を見ると、赤球と赤球が並んでいた。「やっぱこれよね。」と彩夏は言うとバシッっと撞き「8点」とコールされた。いつのまにか台を囲むように撞球部員が集まっておりその中から「あっ、もったいない・・・」っと誰かがつぶやいた。


 台の上の4つの球は、バラバラに散らばっていた。それを見て「そうか、ゆっくり当てた方が良かったってことなのね・・・」もうどうやっても当たる気がしない配置のように彩夏には思えた。そして案の定、はずしてしまった。勇人は得点盤に「8点」を入れた。


 「菊田さん、2キュー目お願いします。」勇人が声を掛けた。


 「さてわしの番じゃな。」菊爺は、台を眺めて「さて、どうしたものか」と呟いた。菊爺の手球から他の球を直接狙えないような配置だった。「さてと、引くかな」と言うと、優雅にキューを撞きだした。菊爺の手球は彩夏の黄球に当たると、バックスピンが掛かり、赤球に当たった。勇人は「2点」とコールした。最初に当てられた彩夏の黄球は、短クッションから長クッションへとバウンドし、赤球の近くまで移動してきた。観客から「上手い!」と声があがった。


 なるほど「手球」と「的球」の方向性と力加減で、次に当てやすい球の配置にするのね。彩夏は感心した。菊爺は更に2度続けて当て「6点」のコールがなされたところで「ペシッ」って音が鳴った。菊爺は、キューミスをしてしまった。キューの先端の革でできたタップ以外の場所に手球が触れてしまったのである。「ファウル」のコールがされたが、6点が加算され菊爺の点数盤は16点となった。


 「さて私の番か」彩夏は台に目をやった。4つの球がみんな近くにあった。「これってすごいチャンスなんだよね?」しかし彩夏は、逆に緊張した。簡単な配置のはずなのに当たる気がしなかった。その時、菊爺が立ち上がり「球は愉しく撞くもんじゃよ。」っとそっと肩に手を置いた。するととても肩が温かくなった。


 「球は愉しく、そしてゆっくり、そして優雅に・・・」彩夏は、頭の中で復唱し、そして静かにキューを撞き出した。黄色い手球は、赤球に当たり、もう1つの赤に、そっと当たった。「3点」とコールされた。深呼吸をし、そしてもう一度ゆっくりと赤球と赤球に当てた。「6点」とコールされた。今度は、赤球と白球に当て「8点」とコールされたが、ここで先に菊爺がやってみせた引き球を用いなければ当てれない配置となった。厳密には、他の方法もあるのだが、彩夏には経験がなく、その方法は見いだせなかった。


 「引き球は、手球の下を撞いて、バックスピンを掛ける。それは判っている。でも的球のどこに当てれば、正確に目標にバックスピンで当てれるんだろう?」彩夏は、長考してしまった。頭の中で「おじいちゃん教えてよぉ~」と叫んでみたが返答はなかった。それをみた菊爺は「審判さんや、試合中だがアドバイスしてやってくれてもいいよ。お嬢ちゃんが困っとる。」


 「わかりました。相手プレイヤーの許可のもとアドバイスさせて戴きます。」と勇人が宣言した。「彩夏ちゃん、まずね、手球で最初に当てる的球を第一的球と呼ぶね。その直線ラインを見て覚えて、次に第一的球と、引き球で次に当てたい第二的球のラインを想定するだろう。それで二本のラインでV字が出来るよね。そのV字のちょうど真ん中の中点を狙うんだ。」


 「わかりました。やってみます・・・手球と第一的球のラインと第一的球と第二的球のライン。その二本のラインがつくるV字・・・うんラインが見えた。そのV字のちょうど間の点ね。ここか!えい!」綺麗に撞き出された黄色い手球は、赤球に当たり、鋭いバックスピンが掛かり、もう1つの赤に正確当たった。「やった~うそみたい!」。周りから拍手とキュー尻を床にトントンと叩く音が撞球場に響いた。それに勇人の笑顔が達成感を数倍増させてくれた。そして「11点」と勇人が嬉しそうにコールした。そのあとに更に2点を追加したが、ここではずしてしまった。2キュー目は「13点」で合計「19点」になった。


 「さすがは、茂吉さんと綾さんのお孫さんじゃわ。センスがいい。」菊爺も褒めてくれた。そのあとは無我夢中で撞いた。気が付けば6キュー目になっていた。彩夏が、赤球と白球に当てたところで「スリーモア」と勇人がコールした。「スリーモア?」彩夏は勇人を見た。「あと3点ってことだよ彩夏ちゃん。」とニコッと教えてくれた。そして次に見事に赤球と赤球に当てて見せた。それは覚えたての引き球だった。


 「試合終了!30点撞き上がりで勝者白州!」勇人が最後のコールをした。勝ちはしたが点数的には51対30だった。


 「これは恐れ入った。参りました。もうヘトヘトじゃ」菊爺が手を差し出してきた。ふたりは固く握手をすると再び拍手が鳴り響いた。「もう茂吉さんを知る者は、この倶楽部では、わしくらいじゃがな。なにせ後は、80代70代の若造ばかりじゃからの。ほっほっほっ、また明日も遊びにおいで、歓迎するぞ。」



 


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