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初めての遠征にて

 その夜、案の定、祖父の夢をみた。


 「わしもやりたかったな~やりたかった。しかし流石は、わしの娘じゃ。見事な腕前じゃったわい。」誇らしげに祖父が言った。


 「たしかに~お母さん凄かったね。」


 「わ・し・が、仕込んだんじゃぞ。あれくらいは、当たり前じゃ。」なに気に自身の自慢もする祖父であった。


 「それで、おばあちゃんはいたの?」


 「いや、影も形もなかったのぉ。まぁ~魂じゃから影も形もあるわけないんじゃが・・・」


 あの世のギャグなのか?とも思ったが「そっか~残念だったね。」と言うことにした。


 「そこでじゃ、今度連れて行って欲しいとこらがあるんじゃが・・・」祖父が切り出した。


 「いいよ。おじいちゃんに付き合うよ。」すでに彩夏もそのつもりでいた。


 そして祖父は、連れて行って欲しい場所について詳しく教えてくれた。


 「そいつはな佐伯くんと言ってな。昔、わしの店によく来てくれた大学生君じゃった。そして今でも、わしの墓にな、たまにだが花を供えに来てくれるんじゃ。何年前だったか、ようやく自分で店を出せましたっと墓の前で言っとった。その店に、ばあさんが、いるかどうかは、わからんが行ってみたいんじゃよ。」


 「わかったよ。おじいちゃんそこに行ってみよ。今でもおじいちゃんに会いにお墓まで来てくれてる人でしょ、私も会ってみたい。」


 「ところでなぁ~彩夏・・・お前、わしの名前は知っとるよな?」


 「えっと・・・」


 「まさか・・・知らんと言うまいな・・・」


 「・・・」彩夏は、黙ってしまった。


 「・・・」茂吉も、黙ってしまった。


 次の朝「お母さん!!おじいちゃんの名前って何んて言ったけ?」と大慌てで訊いた。


 「茂吉って言うのよ。あなた今まで知らなかったの?」


 「だって、おじいちゃんが死んだの私が3歳のときだよね?知らなくて当たり前じゃん・・・」


 それから数日後のこと。その店は、電車に乗り1時間の県内の繁華街にあった。とてもスタイリッシュな外観で「Billard Chez soi 」と書いてある。


 「これに入るの?」躊躇して眺めていると、更にお洒落な服装にメイクアップした女性が出入りするのが見えた。


 「おじいちゃん、無理、絶対無理。ゴメン・・・」と何度も挫けそうになったが、意を決してドアを開けて入った。店内は、外観どおりスタイリッシュで、ジャズが流れる大人の空間だった。ポカーンと突っ立ってると、ウェイターの格好いい男性が、穏やかに声を掛けてきた。


 「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


 「あっ・・・はい・・・」しどろもどろになった。


 「ビリヤードですね。こちらの台をお使いください。お飲み物は、何をお持ちしますか?」


 「えっ、はい、えっとココアを・・・温かいココアください。」


 「かしこまりました。」心から歓迎されていると言う気にさせる心地よい声だった。


 だがしかし・・・心の中の場違い感は半端なく、気持ちを紛らわせようと、取り敢えずキューを組み立てることにした。するとそこに「おまたせしました。温かいココアをお持ちしました。」と先ほどのウエイターが、そっとビリヤード台の横にあるテーブルにココアを置いてくれた。椅子に座り温かいココアを飲むと、心がしだいに落ち着いてきた。


 「よし!練習しよう。」彩夏は椅子から立ち上がるとキューを握った。


 しばらく手球を撞きながらストロークの練習をしていると、不意に声を駆けられた。


 「君、かわいいね。ひとり?一緒に遊ばない?」人生初ナンパだ。しかも絵に描いたようなチャラい男・・・


 「いえ結構です。下手ですし・・・」無視するように言ったが、「俺が教えてあげるからさぁ~」と、しつこく纏わりついてくる。そして、肩に手を置かれた瞬間だった。頭の中で声が響いた。


 「わしの孫に気安く触るな!」


 「えっ?おじいちゃん?夢の中以外でも話できるんだ。」彩夏は心の中で話し掛けた。


 しかし、おじいちゃんには、届いていないのか?返事は無かった。


 「クソガキが、捻り潰してくれるわ」あれ?私、なに言ってるの?


 「なんだと、ガキはお前だろう?」眉間にシワを寄せてチャラい男は怒っている。


 「さぁ!さっさとキューを取れぃ、相手をしてやるわ!」キュー先を相手に突き付けてる私。


 「えっえっ?なにが起こっているの?体が口が勝手に動くよ。おじいちゃん?」彩夏は心の中で叫んだ。


 「小生意気なガキが調子に乗りやがって、よし勝負してやるよ。舐めんなよ。ゲームは、ナインボールでいいな。俺様は紳士だからブレイクは譲ってやるよ。」


 「そうかい・・・ありがとうよ兄ちゃん。」彩夏の声で茂吉が凄んだ。


 チャラい男は、9つのボールをセットすると「用意できたぜ、お嬢ちゃん。さっさと撞きな。」と上目遣いで睨んできた。


 「慌てなさんな・・・久しぶりなんじゃ。それに球は逃げんよ。」シュッ!シュッ!2度ほど素振りをしたその刹那・・・ドガーン!まるでショットガンのようなブレイクがきまった。周りのお客も店員も、あまりの衝撃音に振り向いた時には、⑤、⑦がポケットに落ちた後だった。そしてゆっくりと⑨も吸い込まれるように穴に消えていった。ブレイクナインだ。


 「ちっ まぐれ当たりか・・・しかしガキのくせになんてパワーだ!!しかし次のゲームこそ容赦しないぞ。今度は俺のブレイクだ。」


 バコーン!②だけが落ちた。しかし①は狙いやすい位置にあった。それを容易に落とし③の狙いやすい位置に手球をもってきた。なかなかの腕前だった。しかし③も落としたが、④をポケットに狙うには難しい位置に手球が止まった。男は、④に静かに当てると、クッション際の⑥に④タッチさせ、どこのポケットも狙えないようにした。セーフティである。


 「くくくっ くだらない真似をしおってからに・・・」茂吉の闘志に更に火がついた。


 「フン!これをどう取るって言うんだよぉ~せいぜい当ててセーフティでも狙いな。」男は鼻で笑った。


 「よ~く見ときな。こうとるんじゃよ。」


 右上を滑らかに撞きだされた手球は、④に当たるとすぐに長クッション、そして短クッションへと移動し、さらに反対側の長クッションに当たりコーナーポケット付近にあった⑨に当たり沈めてしまった。


 「なっ・・・」


 「声も出ねぇ~か?さぁ 次のゲームじゃ。」


 再びショットガンのような衝撃音が鳴り響き、①⑥⑧がポケットに落ちた。その後は、②③④⑤⑦と順番に落とした。その手球のコントロールは完璧だった。そして⑨も落としてしまった。


 「どうだい?兄ちゃんまだやりたりないか?」


 「なんなんだぁ? お前いったい何者なんだよぉ?」


 「まだ続けるか?って訊いておるんじゃ!」


 「いっ・・・いやもういいよ・・・」チャラい男は逃げるように店をあとにした。


 と同時に彩夏は、元に戻った。あっ 体が動く!声も出せる。パチパチパチパチ!!!周りで見ていたお客や店員からの拍手が鳴り響いた。その中で、ひときわ大きな拍手をしている紳士が近寄ってきた。


 「茂吉先生のお孫さんですか?」確信に満ちた口調だった。


 「あっ はいそうです。おじいちゃんのお墓に花を供えてくれていた方ですか?」


 「はい佐伯と申します。」紳士は、嬉しそうに微笑んだ。


 「どうして私が茂吉の孫だと判ったんですか?」


 「それは2つあります。1つは、フォームです。うりふたつでした。そしてもう1つは、そのキューです。茂吉先生の形見ですね。」


 「はい」今度は彩夏が、はにかんだ笑顔で応えた。


 ゆっくりと時間が流れているようだった。いつのまにか冷めたココアが入れ換えられ、温かいココアになっていた。


 「おじいちゃんが、この店に行きたいって夢の中で言ったんです。」


 「そうですか。茂吉先生が・・・」紳士は少し涙ぐんだ。


 「今日は、訪ねてくれてありがとう。また遊びにきてくださいね。」


 「はい、でももう少し大人になってからでいいですか?」


 「はい、いつでもお待ちしております。」


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