初めてのビリヤード
次の朝、トーストを食べながら変な夢の話を両親に言ってみた。
「おぃおぃ それは、すごい体験じゃないか!!」
お父さんの目がキラキラして身を乗り出してきた。
「そんで、やっぱただの夢と思うのよ。私としては」
「いやいや、本当に夢枕で彩夏に頼んだのかもしれないと、父さんは思うんだ。」
「お父さんも彩夏も、なに馬鹿な事、言ってんの?早く食べてさっさと行きなさ~い。」
「もぉ~ お母さんは、夢がないなぁ~。これってロマンだよねお父さん。」
「そうだぞ。UFOとかUMAとか幽霊とか。ロマンじゃないか~」
「はいはい、二人とも早くしないと遅刻しちゃうわよ。」
授業が始まっても、ぼぉ~っと昨夜の夢の事を考えてしまう。
「ダメだ。どうしても気になってしまう・・・家に帰ったら、あのキューを持ってお店に行ってみよう。」
「ただいまぁ~お母さん。」
「お帰り~宿題済ませたらケーキ一緒に食べよ♡」
「お母さん、お店の鍵貸して。やっぱり気になるから行ってみたいの。」
「じゃ~ケーキ全部、おかあさん食べちゃおうかな~?」
「帰ってきたらちゃんと宿題するから、今から食べよ♡」
「仕方ないなぁ~彩夏ちゃんはぁ~ じゃ~ あ~ん。」
ばくっ 「お母さん すごく美味しいぃぃ~ どこのケーキ?」
「ネットの評価が4.0もあったから気になっちゃって~ちょっと遠かったけど買ってきたの♡ それと鍵ね。ちゃんと戸締りして帰るのよ」
「はーい 行ってきま~す。」
夢だと思うけど、一応じいちゃんのキューも持っていくか・・・キューケースを前カゴに入れ、自転車でお店に向かった。
お店の中は、とても静かだった。昨日は母と一緒だったので、なにも感じなかったけど、今日は、少し怖い・・・
「お邪魔しま~す。誰かいますか?っているわけないか・・・おばあちゃんいますかぁ~?」
突然、おじいちゃんや、おばあさんの霊が出てきても怖いけど・・・
「やっぱ、昨日のままだ。なにも変わったところは・・・ないな・・・戸締りして帰ろう。」再び自転車に乗り帰宅した。
「どう?なにかあった?」と母が声を掛けてきた。
「なにもなかったよ。それより疲れた。ごはんまだぁ~?」
「何言ってるの?ケーキ先に食べたんだから宿題頑張りなさ~い」
「むむむ~変な夢のせいだ・・・お腹減ったぁ~」
その夜は再びやってきた。また、じいさんの夢をみてしまったのである。
「今日は、店まで行ってくれてありがとう。」
「いえいえどういたしましてぇ~でもひどい目にあったよ。宿題終わったの1時だよ。」
「それは、悪かったのぉ。明日、目覚めたらキューケースの中を見てごらん。よく見たら二重底になっとるから、そこにわしのへそくりが隠してあるんじゃ。貰っとくれ、今日のお礼じゃて。」
「うわ~ありがとう~おじいちゃん!今月、小遣いピンチだったんだよぉ~夢じゃないよねぇ~。いや・・・夢か・・・これは夢だよ。冷静に考えて夢だ・・・」
次の朝、ガバっと布団を跳ねのけ、キューケースを開けてみた。美しく象嵌されたキューを外に取り出し、ケースの中を探すと真紅の裏地が二重の蓋になっていることに気がついた。
「えっ?まさかね。まさかでしょう?」鼓動がドキドキと高まった。
ゆっくり真紅の蓋を外してみると、なんと教科書で見たことがある「お顔」が大量に出てきた。
「一、十、百、千、万、一万円札? 確かこれ?「聖徳太子」だよね?彩夏ちゃんは、聖徳太子を10枚ゲットしたってか・・・使えるのこれ?」
「お父さんお父さん!!大変だよ。」階段を駆け下りた。
「なによ、朝から騒々しい!」朝食を作りながら母が言った。
「お母さんには、関係ないの!ロマンの話なんだから」
「どうしたんだい彩夏?なにかあったんだね?」父がまたキラキラした目で身を乗り出した。
「そうなのよ。聴いてよ。見てよ。お父さん♡」彩夏は、昨晩の事を父に話した。そして聖徳太子10枚を拡げて見せた。
「じゃ~ん こ・れ・は、すごいでしょう!!」得意げに言ってみた。
「うん!すごいよ!これは、驚いた!!」父は、目を白黒させていた。
「ねぇお父さん、このお金って使えるの?」
「もっもちろん使えるよ・・・諭吉さんに換えてあげようか?」
「じゃ~3枚だけ換えて、後は貯金しとく♡」
「無駄遣いしないのよ。あなたすぐ無駄遣いして、小遣い足らないって、泣きつくんだから~あと仏壇に手を合わせてお礼言っとくのよ。ほんと不思議なこともあるもんね。」
「貯金するって言ったでしょ!お礼も夢の中で言ったもん。」
それから3日が過ぎた、あれから夢に祖父が出て来る事はなかった。
「おじいちゃん、お店行っておばあちゃんに逢えたのかな?それで安心して、またあの世に帰ったのかな?」そんな風に考えていた夜の事である。
「彩夏~彩夏~」また私を呼ぶ祖父の声がする。
「今度は名前も間違えてないか。」などと多少、根に持つ彩夏だった。
「おじいちゃん?今度は、どうしたの?」
「せっかく連れて行ってもらったんじゃが、店に、ばあさんがいてなかったんじゃ~どこかをさ迷っておる・・・きっと、わしを探して徘徊しとるんじゃ。心当たりを一緒に探してくれんかのぉ?」
「心当たり?自分で探せないの?」
「わしは、このキューに宿ったからのぉ~お前に憑りついてもいいんじゃが・・・」
「それは、ヤダ。キューは持っていくから心当たりを教えて?」
「彩夏は優しい、いい娘じゃの~」
「この前、たくさんお小遣い貰ったしね。いただいた以上は働くよ。それに・・・さ迷ってるなら、おばあちゃん可哀想だもん。一緒に捜そう~」
「でも何処を探せばいい?」
「そうじゃなぁ~あやつは寿司やステーキよりビリヤードが好きじゃったからのぉ~まずはビリヤード屋じゃな。」
「わかった明日は、日曜日だし、お父さんに頼んでみる。近くのビリヤード屋さんに行ってみよう?」
「すまない、本当にすまない。この前、迷惑掛けたから言い出し辛かったんじゃ。」
そして次の日の朝、また父に昨晩の夢について相談した。
「そうか、義父さんの気持ち解るよ。じゃ~昼からみんなでビリヤードに行くか!」
「うん、お父さんありがとう。」
父の車で近くのボーリング場のビリヤードコーナーに向かった。20分ほど車を走らせると目的地のボーリング場に到着した。
「さて、ここが一番近いビリヤード場だけど、取り敢えず、ビリヤードするか。でも父さん、ビリヤードは得意じゃないんだよなぁ~」
ボーリング場に入ると、ボーリングのレーンが並んだ反対側にビリヤードコーナーと卓球コーナーがあった。
「じゃ~!お母さん教えて。前に約束したでしょう?」彩夏は、祖父のキューを組み立てた。
「そうねぇ~教えるとなるとまずは、ブリッジからね。」
「ブリッジ?」彩夏は、首をかしげた。
「そう、ブリッジ。ブリッジには、いくつか種類があるけど、今日は一番ノーマルなスタンダードブリッジを教えるね。まず、人差し指と親指でワッカを作って、この中にキューを通して、そして中指から小指は扇状に拡げて、ワッカを中指に固定するのよ。」
「こう?こんな感じ?できてる?」
「そうそう、彩夏、上手よ。」
「後は、足を前後に拡げて、顎の下にキューがくるように構えてみて。」
「こうかな?後ろの手は、どの辺を待てばいい、お母さん?」
「肘から90度下を軽く持って、キュー先を目標に真っ直ぐ撞きだすの。コツは、後ろの手を目標に持っていく感じよ。球を置くね。撞いてみて。」
コンッ!白い手球は、短クッションに跳ね返り、真っ直ぐに撞いた位置に戻ってきた。
「うまいじゃない!なかなか最初から出来ないものなのよ。さすが私の娘だわ。」
「えへっ すぐにお母さんに追いつくからね。お父さんの方はどう?」
先も言っていたが、父はビリヤードをあまりしたことがない。一度お母さんとお付き合いが始まった時に一緒に行ったことがあるが、お母さんが、あまりにも上手すぎて、負い目やら引け目を感じてしまい。以後、避けていたそうだ。結婚の申し込みに、ご両親に挨拶に行った際、初めて実家がビリヤード屋さんと知ったのだとか。そして今も悪戦苦闘している。真っ直ぐ手球がかえってこないのだ。「何でだぁぁぁ~」と叫んでいる。
お母さんは、微笑んで「彩夏は、のみ込みが速いわね。じゃ~Vブリッジも教えるね。親指を人差し指の拳頭につけて反るのよ。」
「お母さん拳頭ってなに?」
「えっと、グーに握った時にできる骨のコブのとこ。そのコブと反った親指の間にVができるでしょ?その隙間にキューを滑らせるの。」
「なるほど、これがVブリッジかぁ~」
「さぁ~講義はここまでゲームを始めましょう!」
「最初にするゲームとしては、エイトボールあたりからがいいんだけど、3人だから・・・そうね、なにから落としてもいいってルールにしましょう。落としたボールの番号が点数になるってので、じゃ~彩夏、ブレイクしてみて。」
「ブレイク?」
「最初に撞いて球を散らせるの。もちろん穴に落ちたら点数よ。」
「了解!人生初ブレイクいっきま~す!」
バコーン!鼓膜がビリビリする程の音が鳴り、①③⑭の球が穴に落ちた。
「彩夏!!すごいぞ!!」お父さんが嬉しそうに叫んだ。
「ほんと、いいナイスブレイクよ!」お母さんも手をたたいて褒めてくれた。
「うわ~気持ちいい~①③⑭だから18点頂きかな?じゃ~次は⑦をですね~えい!・・・あ~んダメだぁ~はずれたぁ~」⑦は、惜しくもサイドポケットの角に当たりポケットインしなかった。
「よし、彩夏には負けないぞ。次は、お父さんが撞こう。一番近い⑧を狙って、どうだ!」
カコーン!!「やった~お父さんすごーい」
「よぉ~し次は⑪を狙って・・・入ったら逆転だぜ彩夏!!」
「はずせ~はずせ~」彩夏は呪いをかけるように手をユラユラ~させた。
カコーン!!「いただき~ふふふっ、やる時はやる男だぜ俺は!」
「悔しいぃ~」彩夏の呪いは届かなかった。
「まだまだ入れるぞ~そこで指をくわえて見てろよ~」気合がすごいお父さんだった。
「あなたぁ~がんばって~」っと、お母さんがウインクした瞬間、父は、はずしてしまった。母の魔力は、すごい・・・っと思う彩夏だった。
「次はお母さんの番ね。」
「お母さん、頑張って~」彩夏とお父さんの声がハモった。
母は、静かに構え、そして静かにささやいた。
「②ボールサイドポケット・・・」コトンとポケットに落ちた。「続いて④ボールコーナーポケット。」コトンとまた落ちた。「⑤コーナー、⑥コーナー、⑦サイド・・・」台の周りを軽やかに移動しながら、ボールは、次々とポケットに吸い込まれて消えていった。
「お母さん凄い・・・まるでワルツでも踊っているみたい・・・」
「あら、全部落としちゃったみたい。ごめんなさい。私、キューを持ったら、ダメなの。周りの音とか聞こえなくなってしまうの。」
「ううん、凄かったよ。魅とれちゃった!ね?お父さん。」
「ああ、とても綺麗だった。もっともっと見続けたかったよ。」
「もう~からかわないで~後は、あなた達で遊びなさい。」顔を赤らめて母が言った。
「ええ~なんで~一緒にやろうよぉ~。」
「そうね。もう少し彩夏が上手くなったらね。ごめんね。お母さんキューを持ったら真剣になっちゃうから・・・」っと申し訳なさそうに母が言うので
「わかった。でも今度また教えてね。じゃ~お父さん勝負だ!!」
「よし!とことん付き合うぜ彩夏!!」しかしその後は、父が凹むまで彩夏が勝ち続けた。
「はぁ~疲れた~彩夏もう勘弁してくれ~。お前、本当に初めてか?筋がいいなぁ~」
「はぁ~楽しかった。またやろうね。お父さん。」