第一話 全裸転生
一人称視点です。
「強い男に────────見た目も────に───」
(……なんだ?誰かの声が…)
「────肉体を変え─リス───────よろしいで────」
(今度は女の人の声だ…)
「はい─────────」
(待てよこの声って俺の声か?)
「それでは─────────」
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真っ暗な視界の中で唯一感じられるのは胸の高鳴りだけ。ジンジンと熱い物を胸の両サイドから感じる。やがてざわざわと耳が音を集め始めた。
「──────iufajnqq!vnvnuriqq!vnzmivrl!」
目を開けると髭を蓄えた小太りの男が何か叫んでいる。
「fvmeuriwq!kmnbioeir;a!!」
(外国人?何を言ってるんだ?ここどこ?今日は加藤と映画見に行っててそれから…)
ぼんやりと考えながら周りに目をやるとムキムキのフルチンボディが自分の首に繋がっていることに気が付いた。
「うわああああ!」
身長155㎝体重43㎏のチビでガリなモヤシっ子の体とは到底思えない筋肉隆々の体は、従順にも離れることなく俺の命令通り俺の体を後退りさせた。
「え!?なんだこれ?俺の体どうなってんの!?あそこもでけええ!ええ?」
「fjklriaq!nrreq!」
農場の真ん中で全裸の筋肉男と髭面のおっさんが大声で騒いでいた。そんなのどかでカオスなマジックアワー。
(全く状況が読み込めない)
「husvrq!vijiorgq!jfrl;fific!」
「ちょっと一回黙ってて!」
伝わらないとは分かっていても言わずにはいられなかった。しかしそんな俺の気持ちが伝わったのかおっさんは小さく息を吐き、麦わら帽子を取り汗を拭き始めた。
(一つ一つ思い出してみよう。俺の名前は山田純太郎。二十歳の大学生で家族構成は父、母、姉の四人家族。今日は日曜で友達と映画見に行っ─────)
カン!カン!カン!カン!カーン!
けたたましい金属音が辺りに鳴り響き、その音の発信源であろう見張り台のような場所から男が顔を出し必死になにやら叫んでいる。
(鬱陶しいなあ、今度は何だよ、ってヤバイ!今の状況を考えるとこれって明らかに俺が原因じゃないのか?)
焦っている間もなく手首を強くおっさんに掴まれる。先ほどまでとは打って変わっておっさんの瞳が鋭く光る。心臓が跳ね上がり呼吸もできないほどの緊張が走った。
「あの俺は─────」
「jvfliio!nvnwio;oakk!vfmj;snkv!pkmsfenq!」
おっさんは俺の声を遮り、掴んだ右手に麦わら帽子を手渡し、ジェスチャーを交えながらなにか叫んでいる。ジェスチャーを読み解くとおっさんの魂の叫びは恐らくこうだろう。
「局部を帽子で隠せ」
とりあえず帽子であそこを隠すとおっさんは険しい表情のままだが一回頷いて、またなにやら叫びながら手招きをしてきた。
(何もかも分かんないけどどうすることもできないし、とにかくついていこう)
走り出したおっさんの後を追いながら、胸元に妙な心地よさを感じていた。おっさんの後を追いながら頭の中で状況整理を再開する。
(なぜか俺はマッチョになっててその上全裸で、言葉の通じないおっさんからライフセーバー(麦わら帽子)を渡される。んー、全く整理できない。)
走りながら辺りを見ていたがどうやらここは小さな集落のようだ。均一に広がる畑。舗装されていない道路。全裸でも問題ないくらいには温暖な気候。
(そして何よりさっきのカンカンといういかにもな非常事態の警告。一瞬自分のことだと思ったけど)
おっさんの後をついて行く中で他の村人とも出くわしたが、軽く悲鳴を上げるだけでおっさんが何か言ってなだめるとすぐに落ち着いていた。
(この様子を見る限り、やっぱり別の何かが関係してるよな)
そして連れて来られたのは少し広めの木造の小屋。中には女性と子供が所狭しとうずくまっている。またもや悲鳴が上がるがおっさんがなだめてすぐに静かになった。それからおっさんは静かにと俺にジェスチャーして小屋から出ていった。
小屋の中は異様な緊張感がただよっている。抱きしめあう母と子。目に涙を浮かべながらもじっと耐える女児。深々とフードをかぶり顔を伏せる銀髪の少女。拝み手のままピクリとも動かない老婆。麦わら帽子で局部を隠す全裸男。静寂の中みんな息を殺していたがさっきまで涙をこらえていた女児がついに声を上げ泣き始めた。
(なんだろう、あの泣いてる子見るとなんかすごくムズムズする。泣き顔フェチとかロリコンでもないのに。あれ?何だっけ?こんな時に何か思い出せそうな)
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誰かが泣いている。
「純!しっかりろ!おい!純!純!」
声を出そうにも半開きの瞼を上げる力さえ出ない。
「おいマサ!てめえやりすぎなんだよ!これやべーよ!早く逃げんぞ!」
ああ、ヒーロー映画なんて見るもんじゃないな。不良に絡まれてる女の子助けようとしたけど映画みたいにはいかねえや。女子にも腕相撲勝てないくらいひ弱だしな俺。
「もしもし!救急車お願いします!はい!場所は─────」
歪んでいた世界から色さえもなくなっていく。音も消えて光も消えて。
─────
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気が付くと見知らぬ部屋にいた。部屋というよりただ真っ白な空間というべきか。そこには携帯ショップの窓口さながらぽつりと机と椅子が置かれている。
「ようこそ」
淡々とした声が耳を刺す。いつの間に現れたのか、黒髪の女性が椅子に腰かけじっとこっちを見ていた。
「山田純太郎さんですね?どうぞ、掛けてください」
事務的な呼びかけに困惑しながらも何とか言葉をひねり出す。
「えっと、あなたは?ここはどこなんですか?」
「私はただの案内人です。ここは不遇の死を遂げた童tんっんん!失礼。清らかな魂の救済場所です。つまりあなたは死にました。それから質問は最小限に留めてください。私も忙しいので」
冷淡な口調でまくし立てられ言葉が出ない。
(夢にしてはやけに凝ってるな、本当だとするとあの後死んだのか。ボコボコにされたのは覚えてるけど流石に死んでねえだろ)
「よろしいですね。救済場所と言っても選択肢は一つ異世界への転生しかありません。転生しない場合はこのまま天界へお連れすることになります。そのかわり転生を望むなら出来る限り希望に添えるよう尽力することを私がお約束致します。」
「もとの世界には─」
「帰れません。あなたのいた世界では死者が蘇ることも異世界と干渉することもできない。それがあなたのいた世界の理だからです。」
案内人は聞かれることを予想していたかのように食い気味に言葉を返す。
(納得できるようなできないよな…でもそれってつまり俺が行くことになる世界はそれらが存在するってことか)
「その異世界ってどんな世界何ですか?」
「お答えできません。転生先の情報はお教えできないことになっています。」
(案内人が答えられないとはこれいかに)
「どうなさいますか?」
「さっき言ってたこっちの希望に添えるってのは何なんですか?」
「例えば強大な力を持った肉体を持つこともできますし、何かしら神がかったアイテムを持ち込めたりと希望があれば叶います」
「強大な力」この言葉で自分の中の疑いよりも興味がまさった。
(勇気を持ち敵に立ち向かう、子供の頃からそんなヒーローに憧れていた。しかし気持ちだけ持ち合わせても現実は甘くなかった。力さえあれば、いつもそう思っていた俺にとって強大な力、これほどまでに魅力的な言葉はない。どうせ夢だし、このまま話進めよう)
「転生します!それでとんでもなく、目一杯強い体にしてください!それから見た目もいかつく、こうなんていうかマッチョで男らしい感じにして欲しいんですがそれってできますか!?」
「…できますけど外見は変えても能力に差はでませんよ。元々の肉体データに能力値を上書きするのが通常のやり方ですし、そのほうがよろしいかとおもいますが。」
「いや、そこは譲れません!」
(この見た目のままだと老若男女問わず誰彼構わずなめられる。見た目だけで、こいつできる!みたいなのが憧れだったんだよなー)
「そうですか。しかし外見も変えるとなると一から作り直すことになりますから、何かしらの不具合・バグが生じるリスクがあるのであまりオススメはできません。」
「え?バグって」
「過去に数例ですが確認されています。毛髪の成長が早くなる、歯が生え変わる、鳥肌が立たない等、些細な事ばかりです。
また、一度転生したらこちらからは二度と干渉できない決まりなのでそうなっても自力で解決して頂くことになります。まあたとえ干渉できても不規則に発生するバグの修正は神様でも不可能なんですけど」
(自力で何とかって無責任にも程があるだろと言いたいところだけど、本当に些細な事ばかりだな。それにバグと言ってもむしろプラスにとれなくもないし)
質問は最小限にと言われたがその後も色々と疑問を投げかけた。ほとんどの質問に答えてもらえなかったが、転生後は少しの間記憶が曖昧になること、他にも転生者がいること、ここで出た転生者の要望を案内人が転生神とやらに送り、転生に至ること等あまり有益とは言えないことだけは教えてもらえた。
「えー、それでは身長は190㎝。色黒で筋肉質。顔もいかつく頬には傷――——」
案内人は手元の紙にさらさらと僕の希望要項書いていく。
「それでは最終確認です。」
「山田純太郎さんあなたは異世界への転生を望みますか?」
「はい。最強の男にしてください。見た目もゴリゴリのマッチョに変えて。」
「かしこまりました。肉体を変えるリスクについて先ほどご説明しましたが、そのことについては了承を得たとの判断でよろしいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします。」
「それではお元気で。クソ童貞さん」
「なっ──」
余計な一言を付け加え、案内人が勢いよく手元の紙に判を押す。途端に辺りが一斉に輝きだした。光に包まれながら自分の肉体が綻んでいくのを感じる。
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気が付くと夢から覚めていた。いや現実に戻ってきたと言うべきか。今のこの非現実的な状況を現実というにはまだまだ違和感があるが、受け入れるしかない。自分にとって一番身近な現実はもう終わりを迎えたのだ。
(でも母さんの作る料理がもう食べられないのが辛い。あとゲームと映画とネットと音楽と…上げだしたらきりがない。考えないようにしよう)
改めて自分の体を見てみる。骨太の腕。厚みのある胸板。バキバキに割れた腹筋。おまけなのかバランスを考えたのか股には立派なモノがぶら下がっている。
(どちらにせよ有り難し、)
「roia;k!!!」
小屋の外から叫び声が聞こえる。そうここは異世界。自分で望んだ世界。
(この叫び声はさながらヒーロー誕生のファンファーレと言うべきだな、せっかく第二の人生なんだ、不謹慎だけど楽しもう。世界が俺を呼んでるぜ)
俺は立ち上がり、小屋の戸を前に一度深呼吸した。そして勢いよく扉を開ける。
扉を開けると異世界であった。てか白亜期であった。目の前には全長5mはあろう土色の巨大なトカゲがグルルと鳴き、よだれを垂らしながら二本足でたっている。良くできた作り物のようにも見えだが呼吸、体温まではっきりと感じられる。
手に持っていた麦わら帽子が静かに音をたて地面に落ちる。心臓の音がやけに大きく感じる。背中を伝う汗がケツの割れ目に吸い込まれる。
(もう昔の自分じゃない。俺は生まれ変わったんだ。憧れだった強い男、いや漢に。)
怖気づきそうになる自分にそう言い聞かせた。
「おらああああああああ!」
不安を振り払うように、ありったけ握りしめた拳を思うがままに振るう。手の甲に鈍い衝撃が走り、拳で捉えた巨大な塊は二、三十メートル先に吹っ飛んだ。
「おお、おお、おおおおおお、俺つええええええ」
勢いそのまま周りで村の男たちが応戦しているトカゲたちも殴り、蹴りとばす。
異変を感じたのか次々とトカゲたちがこっちに向かってくる。そのつどスマ〇ラの百人組手のように次々と殴り飛ばす。
(気持ちいい!)
「どんどんこいやー!」
ものの一分で十数匹は倒しただろうか目のつく所には最後の一匹。鍬を持ち這いつくばる小太りの男に襲いかかろうとしている。
(あれは麦わら帽子をくれたおっさん!)
「mdnzvvq!!jctn!」
おっさんは必死に叫び助けを求めているようだった。
「待ってろ!今行くぜ!」
全力で駆け負傷したおっさんを狙うトカゲの前に立ちふさがる。
(こういう時背中で語るのが漢ってもんだよな)
後ろは振り返らず親指を立てる。戦いの高揚感からかフルチンであることをすっかり忘れ、かっこつけている男がそこにはいた。
最後の一匹となったトカゲが咆哮し、走り出す。二つの影が重なり、鈍い音が大地を揺らした。
「うおおおお!」
俺が勝利の雄叫びを上げると周りからも歓声が上がった。疲弊し、焦燥していた男たちが目に涙を浮かべ頭を下げ、握手を求めてくる。
(ああ、今まで満たしたくても一度も満たされなかったものが満たされている。)
「tbmwu!」
そして小太りで髭面のおっさんも笑顔を浮かべ何か叫びながら近づいてきた。おそらく感謝の言葉だろう。
(そういやおっさんは見ず知らずで全裸の俺を助けようとしてくれたもんな、感謝するのはこっちだよ)
笑顔で握手し、抱擁する。何度も強く抱き締められ、おっさんの衣服でチクビがこすれる。
───刹那。全身に電流が走る。────
時折感じていた違和感と快感。気のせいではなかった。ずっと切なかった。
(バグで乳首が敏感になるなんて聞いてない。こんなに…こんなに気持ちいなんて聞いてねえええー!)
「ああああああぁぁぁぁああ!////」
野太い喘ぎ声が村中にこだました。