命の恩人リーザ
気が付くと俺はベッドの上にいた。
でも明らかにさっきまでの無機質な病室じゃない。
天井も壁もすべて木目調で、どうやらログハウスのようだ。木のいい香りがする。左を見ると立派な暖炉に火が揺れている。ああ、いつかこんな家に住みた……ん!? 一体どういうことだ!?
慌てて飛び起きると、奥からエプロンをつけた三つ編みの可愛らしい少女が現れた。ミトンをした両手で赤い鍋をもっている。まだ幼い。10才くらいだろうか。綺麗なブロンドの髪にグレーの瞳――。見た目だけで言えば日本人には到底見えない。
「目が覚めたんですね!本当によかった」
少女はにっこり微笑んでこちらへ歩いてくるとベッドの横のテーブルに鍋を置き、その蓋をあけた。たちまち湯気と美味しそうな匂いが広がる。中身はかぼちゃスープだ。最高か……!!
――いや、そんなこと思ってる場合じゃなかった。とりあえず状況を把握しなければ。
「た、助けてくれてありがとう。俺、記憶が曖昧で……一体何があったのか教えてくれないかな?」
少女はハッとして、こちらを向き深々とお辞儀をした。
「大変申し遅れました。私はリーザという者です。今朝がた、ベルホルツの村まで野イチゴを摘みにお散歩していたら貴方が道に倒れているのを見つけたのです。そのままではいけないと思いまして、私の家にお連れさせていただきました」
道に……?
いや、俺は病室でうたた寝していたはず……。
しかもベルホルツの村って何だ!?
「もしかして、ここ東京じゃないのか?」
「えっと……トウキョウ……です……か?」
リーザは不思議そうに首を傾げた。――それはもう完全に「東京って何?美味しいの?」と言いたげな表情だった。
「申し訳ありません。トウキョウという土地は存じ上げないのですが……ここはベルホルツの村の西にある森の中です。私はこの森に一人で暮らしております。――あっ一人というのは間違いでした。この子はルーノ」
甘ったるい声でリーザの足元にすり寄ってきたのは、猫とも犬とも言えない見たこともない生き物だった。背中には翼が生えている。さっきから薄々気付いてはいたんだが――これは現実世界じゃないな。だとしたら何だ? ラノベによくある異世界転移ってやつか? それとも……
「あの……お見受けしたところ、この辺りの方では無いようですが、どちらからいらっしゃったのですか?」
リーザは暖炉の前の椅子に腰かけた。ルーノが彼女の膝にひょいっと飛び乗る。
彼女がそう言うのも無理ないだろう。よく見れば、俺は高校の制服を着たままだ。転移したらその土地にふさわしいような衣装に勝手になってるものなんじゃないのか? 現実は甘くないんだな。いや、現実じゃないけどな。
「俺はその東京っていう……まあ、そう言っても分からないだろうけど、まったく別の世界から突然こっちの世界に連れてこられたらしい。でも、すぐに元の世界に戻らないといけないんだ。そばにいてやりたい人がいて……」
「それは大変でしたね……。こうして巡り合ったのも神のお導きかもしれません。私にできることがあったら何でもお手伝いさせていただきます!」
「ああ、リーザ。ありがとう。俺はシュウ。よろしくな」
そう言って手を差し出すと、彼女は見た目とは裏腹に力強く握った。
冗談ではなく、手の骨が砕けそうなくらいの力だ。
「すごい力だな」
思わずそう漏らすと、彼女はパッと手を離して顔を赤らめた。
「はっ!申し訳ありません。私なぜか人より少し力が強いみたいで……」
「そういえば一人で俺を家まで運んだくらいだからな」
「私、この力のせいでみんなに怖がられちゃって、友達がいなくて……もしよかったら、お友達になってもらえたら嬉しいのですが……」
「じゃあ、友達になろう!俺もこの世界に知り合い一人もいないしな!」
「本当ですか?嬉しい!」
リーザは少女らしく屈託なく笑った。
「さあ、もう今夜は遅いです。温かいスープを召し上がって、ゆっくりお休みになってください。私は屋根裏で眠ります」
「それは悪いな。俺がそっちで眠るよ」
「ご心配には及びません。私、いつも屋根裏で眠っているんです。窓から星を見ながら眠れるから……明日の朝、ベルホルツの村まで行ってみましょう!何か手掛かりが見つかるかもしれません」
この世界で最初に出会ったのがリーザで本当に良かった。
でもこのまま眠ったら元の世界に戻ってたってことも有り得るよな。友達になったばかりでリーザにはちょっと悪いけど。
――美百合。どうかまだ無事でいてくれ。