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夫婦喧嘩で最強モード  作者: 長谷川凸蔵
第2章・海岸編
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闘神ベルルスコニ

 大規模魔法陣の存在ゆえに、少し警戒しながら島の中心地へと歩いて行くと──採掘された魔鉱の集積場の跡地なのか、石造りの大きな建物が見えてきた。


 その規模は城と呼ぶにはいささか大袈裟だが、地方の砦ほどの大きさがある。


 建物は、放置されてかなりの年月が建っているようで、蔦と苔で全体が覆われていた。


 さらに近づくと、鎖で扉の一端を上下させて開閉するタイプの、大きな門が目に入った。


 門には、緑に包まれた壁と違い蔦や苔は生えておらず、定期的にこの入り口が使用されていることが伺えた。


 おそらく入り口の使用者だろう、門の前に一人のエルフが立っていた。


「ようこそ、調停者」


 そう声をかけてきたエルフの男は、かなりの高齢だった。


 人間で言えば八十歳くらいに見えることから、恐らく千年近く生きているだろう。


 俺の事を調停者だと指摘してきた事、建物内部から繭らしき反応があることから、老エルフもまた「裏切りのエルフ」で間違いないはずだ。


『高齢のエルフは、手強いぞ。魔術の腕はもちろんだが、奸智に長けたものが多い、魔法陣の事もある、罠を疑え』


 アービトレーションが俺に思考を飛ばしてくるのと……


「アービトレーションが警告している頃かな? ここにお主が来たのは私の策だ。貴重な、若いエルフ計九人を犠牲にしたことで、ここに来るように誘導した」


 老エルフが話し始めるのはほとんど同時だった。


 男はさらに話を続けた。


「予想よりは遅かったがね…… 何か寄り道でもしていたのかな? まあそう仕掛けたし、そのおかげで準備は整ったわけだが」


 確かに油断ならない奴のようだ。俺が裏切りのエルフどもを倒し、記憶を吸い出し、この島に来ることまで読んでいた、ということだろう。


 アービトレーションの能力も把握している様子から、裏切りのエルフの中でもかなり上位の存在のようだ。


 手先のエルフへは情報を制限し、あくまでもここが拠点だと教え、その策とやらは伝えない、それによって他のエルフを使い捨てにしてまで、俺を呼びつけるのなら──その策とやらにそれなりに自信があるのだろう。


 だが、策に付き合う必要など、俺にはない。


 目の前にいるなら、闘神の繭もろとも斬り殺せば済む。そう考えアービトレーションへと魔力を込めた。


 もしかしたらそんな俺の考えまで読んでいるのか、エルフの老人は慌てる様子も見せずに話を続けた。


「アービトレーションの能力で、各地にある『海岸』へ転移できるお主に、本来ならこんな策は通用しないだろうがね。

 偶然、策の仕上げが可能になった。最後の一手に迷っていたんだが、ね」


 そう言って、奴は門の横にあるレバーを回した。


 巻き上げられていた鎖がジャラジャラと音を立て、閉めていた門を解放する。


 門は、そのままバタンと前方に倒れ、建物の中の様子が見えてきた。


「では、始めるとしようか。

 この手を打てば、私は確実に君に殺されるだろう。

 魔力が枯渇するのだよ、『ゲート』で逃げられないほどにね。

 だが、一度見てみたかったのだ……死ぬ前に調停者とやらを、ね。

 色々話したいこともあるが、君はそれを許さないだろう」


 老エルフの宣言のあと、門が開くと同時に、祈りの声が聞こえた。


 入り口からすぐそこに、闘神の繭があった。


 俺は、人との繋がりは、調停者を強くもするし、弱くもする、不安定な存在だから引き継がれない、そう思っていた。


 そう、俺との繋がりを持った人間を、俺の運命に巻き込んでしまうかもしれない、といった考えは、この時までなかったのだ。


 俺の勘違いは、そこだ。


 あくまでも、調停者としての自分の都合だけを考えた判断だったと、この時否応なしに気付かされたのだ。


 闘神の繭の中心には、姿を消したベルルスコニがいた。


 俺がベルルスコニを確認するのとほとんど同時に、老エルフが何やら呪文を唱えた。


 魔法陣を起動したのだろう、大規模な魔力の波動とともに、地震のごとく地面が大きく揺れ始める。


 俺は剣を地面に刺し、練っていた魔力を使って、魔力の波を飛ばす。


 かなりの範囲を索敵の要領で調べた結果、どうやらこの地震は、島全体に起きているようだ。


『島ごと、お前を沈める気だ。海岸へ転移する、場所を選べ』


 アービトレーションの言葉とともに、フラスコ大陸の七ヶ所に設置された海岸が、俺の頭に浮かんでくる。


 俺は転移する場所を選択せず、アービトレーションへと溜めた魔力の内、索敵で使用したあとの残りを、斬撃に乗せて老エルフの下半身へと飛ばした。


 大規模な魔術を使った為に、本人が言うように魔力が枯渇したのか、そもそも躱す気も無かったのか──俺の斬撃によって老エルフの両足が切断された。


 斬撃を放ちつつ、溜め直した魔力を足へとめぐらせ、脚力を上げて一気に間合いを詰め、そのまま老エルフの頭蓋へとアービトレーションを突き刺した。


 その瞬間も──老エルフは表情を変えなかった。


『アービトレーション! こいつから繭の解除方法が無いか、記憶を吸い出せ!』


『そんなものは、無い』


『いいから、やれ!』


『私は無駄なことはしない』


『アービトレーション!』


『執着するな、何事にも。使命以外には』


 こいつはベルルスコニを救うことに協力する気などない、そう判断してエルフの頭から剣を抜いた。


 すぐに駆け出し、揺れが一層激しさを増す中、俺が門をくぐった時──繭は地面へと、その姿を溶かし──


 アービトレーションが闘神の発生を告げた。


 そう、目の前に闘神が出現したのだ。






 闘神ベルルスコニ。


 ビリビリと肌を直接震わせるようなプレッシャーに、かなりの力を持っていることはすぐに分かった。


 放置すれば、多くの人間に仇なす存在となるだろう、だが──


 最愛の人物が目の前で闘神になった、その事実は俺の存在意義を激しく揺らした。


 そして、まるで俺の気持ちと連動しているかのように、地面の揺れも激しさを増していく。


 島の崩壊に巻き込まれたとき、俺も、そして闘神と化したベルルスコニにもどうなってしまうのか、予測できない。


 もちろん、俺は海岸へと転移すれば事なきを得る。


 闘神となったベルルスコニも、闘神特有の生命力があれば少々のことで死にはしないだろう。


 ただしそれは決着を先伸ばしにし、不確定な要素が増えるだけだ。


 闘神の強さは、素体の強さに比例する。


 元になる生命体の特徴や強さを引き継ぐのだ。


 となると、魔術師であるベルルスコニの闘神化は、俺にとっては本来相性の良い相手とも言える。


 対闘神用にアービトレーションを発動すれば、自動反論によりあらゆる魔術を無効化できるからだ。


 倒すなら、今、この時が最善。


 しかし……島の崩壊までに倒せる気がしない、いや──倒す気が、湧いてこない。


 そんな気持ちとは矛盾して、頭の中に命令は鳴り響き続けた。


『目の前の敵を、倒せ』


 それはアービトレーションの発した言葉なのか──俺の調停者としての役割が命じているのか、それすら区別が付かない。


 揺れる。揺れ続ける。


 対価も、報酬もなく──親からの愛情は、布切れに記された刺繍しか与えられず、好きだと言ってくれた相手は、俺の役割に巻き込まれたせいで、美しかったその姿を俺が倒すべき存在へと変質させられた。


 俺が本当に、この世界の秩序とやらを守るための存在なら、それだけの役割ならば。


 なぜ意思を与えられたのだ。


 ただ役割だけを与えて──悩みなど覚えない、意思の無い存在に作らなかったのだ?


 ……いや、相棒は俺をそのような存在に導く役目があったのかもしれない。


『執着しないほうが良いだろう』


 俺が何かに心を動かせば、その都度、そう言われた。


 皮肉なことだ、俺がベルルスコニに執着していなければ。


 竜神谷で、姿を消した彼女の捜索なんてせずにさっさと島に渡航していれば。


 彼女が闘神となる前に、ここに来ていただろう、もしかしたら素体となる前に助けられたのかもしれない。


 最も、そんな事で悩んだのは体感した時間ほどでは無かったのだろう、彼女が俺に何かしてくる前に、俺はアービトレーションに魔力を込めて、戦闘体制に移行した。


 代々染み付いた『闘神を滅する』という使命だか何だかは、思考を裏切るように、使命を裏切らないように、俺の意志を気にせず体を動かし始める。


 まず、剣を握りなおした。


 生まれて、調停者を引き継いでから、何度も確めた、確かな感覚が、まるで支えのように俺の中の揺れを治める。


 もしかしたら、俺が望んだ存在に、意思などなく使命を果す存在へと変質しようとしているのか、などと思っていた、その時──


「……ザック」

 

 耳を疑った。聞き間違いに違いないと思った。


 過去、闘神が声を発したことなど無いのだから。


 しかし、それが聞き間違いで無いことはすぐに知れた。


『闘神が、発語するだと? 過去無いことだ』


 アービトレーションが驚いて、呟くように言った。


 間違いない、彼女はまだ飲み込まれてないのだ!


 俺は思わず、感嘆してしまった。


 見事だ、見事な策だ!


 もし、あの老エルフが、ここまで読みきっていたのなら、見事と言わざるをえない。


 俺の揺れは、一気に傾き──


 先程まで自らの意思を塗りつぶそうとしていた俺は、混乱の中、気が付けば──変わり果てたベルルスコニを抱き締めていた。


『何をしている!』


 アービトレーションが警告を飛ばした、その瞬間、意識が途絶える。


 俺は頭を、吹き飛ばされていた。


 しばらくして再生し、意識を取り戻す。


 心臓を、握りつぶされた。


 しばらくして再生し、意識を取り戻す。


 死と再生を繰り返しながら、抱き締め続けた。


 俺の命の数が、徐々に削られていく中……


 俺は、ふとベルルスコニを見た。


 彼女は泣いていた。泣きながら、俺を何度も殺していた。


 彼女も、人と、闘神との間で、揺れていた。


 俺は自分の支えを失ったが、彼女を支えなければいけない。


 もし何らかの思惑で、俺に意思を与えられたなら。


 俺の使命に、もし報酬が与えられるなら。


 それは、ただひとつ、この時のためだ。


「コニー、頼むよ、帰ってきてくれ……」


 彼女が──


 動きを止めた。


「そうだ……飲み込め……そしてまだ、俺と……一緒にいてくれよ……」


 闘神を飲み込む──


 俺はそれができた人間を、一人だけ知っている。


 彼女の祖父、シュザインだ。


 シュザイン冒険録には『神の啓示』を受けたと記載されているが、それは闘神を飲み込んだという事実だ。


 方法は、不明。


 だが、それに賭けるしかない。


 まず、闘神としての力を弱めることを試そうと思った。


 アービトレーションに魔力を込め、対闘神の能力を発動させた。


 刀身が朧気になり、その存在がゆらゆらと陽炎のように揺らめく。


 密着した状態から、彼女を滅ぼしきらない程度に、彼女の腹部に剣を刺し弱らせようと考えた、その時──




「駄目! そこは!」


 

 ベルルスコニが、叫んだ。



 同時に、彼女を包み込んでいる漆黒が、徐々に薄れていき、そして──



 島は崩壊を始めた。


 

 俺は彼女と、剣をしっかりとその腕に抱え、竜神谷から一番近い『海岸』へと転移した。





 ランティースの崩壊による沈没と、その余波で発生した大津波によって沿岸部が受けた大打撃により、五大災害は、数を二つ増やし、七大災害と呼ばれることになった。





 後に……



「あの時、私一人だと、きっと無理だったわ。あなたが励ましてくれたのと、何よりも、この子が()()を半分引き受けてくれたから……そして、どうしてもこの子を護りたい、そう思ったら──戻ってこれたの」



 生まれたばかりのリックを腕に抱きながら、コニーは言った。

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