上陸
俺は、大きな勘違いをしていた。
いや、勘違いというよりも、判断が自己中心的だった、ということだろうか。
ベルルスコニとお互いの気持ちを確かめ、数ヵ月を共に過ごし、彼女は姿を消した。
それが何かを意味しているのか、あるいは彼女の気まぐれなのかはわからない。
もちろん彼女の安否は心配だが、そのこととは別に、タイムリミットが迫っていた。
ランティースへの渡航の期限だ。今の時期を逃せば、さらに一年近く足止めされることになってしまう。
『本来の目的を、遂行しろ』
アービトレーションがしつこく言ってくる。
俺が『裏切りのエルフ』達の拠点がランティースにあると知ってもう十ヶ月、もしかしたら奴らはすでに島を引き払っているかもしれない。
奴等が、仲間が帰ってこないのは俺の仕業だ、と考えたならそうする可能性は高い。
ただ、どちらにしてもこればかりは実際に現地に行ってみなければわからない。
俺は数週間に渡るベルルスコニの捜索を一時中断し、相棒の言うところの竜神谷へ来た本来の目的を遂行する事にした。
竜神谷で一番の船を借り、ランティースへと渡航した。一番とは言っても船は外海用の帆船のような豪華なものでは無かったが、幸い体力と、それを補ってあまりある魔力を持つ俺は、海が穏やかであれば手漕ぎの船でも問題はなかった。
竜神谷沿岸をを出発してから二日ほどの航海で、無事ランティースへとたどり着いた。
過去は魔鉱石の採掘と、それに伴う武器などの加工品の輸出で賑わいを見せていたであろうその島は、往時には多数の貿易船が停泊していたのだろう、港の桟橋は手漕ぎの船を接岸させるには、不釣り合いに立派だ。
何十隻も停泊可能な桟橋に、ポツリと手漕ぎ船が一艘佇んでいるその姿は、寂寥を感じさせるどころか滑稽ですらある。
行き来するだけで不便なこの島が、裏切りのエルフどもの本拠地ということに少し違和感を覚えるが……ただその不便さゆえ、外界から隔離され、隠れ家としては最適とも言える。
島の大きさは、半日も歩けば外周を回れるとのことだが、魔鉱を採掘していた坑道などに隠れ家があるなら、発見は少し面倒だろう。
ランティースへと上陸し港を抜けた辺りで、まずは周辺の索敵をしようと剣を抜くと、アービトレーションが警戒の声を発した。
『闘神、人為的なものだな。恐らくまだ「繭」の状態のようだ』
裏切りのエルフが、闘神の生体組織を利用して闘神を発生させるとき、生け贄となった神学術者と「素体」となる人物で、球体状の肉の塊となる。
これを俺たちは『繭』と呼んでいるが、繭に対してはアービトレーションの感知が働きにくい。
逆に言えば、アービトレーションが繭を感知できるなら、その距離は相当近いということだ。
闘神化する前に間に合えば、一方的に消し去る事が可能だが、もし闘神となれば戦いは避けられない。
そして、繭があるということは……
改めて剣を地面に刺し、索敵を行う。前方、およそ歩いて十分程度の場所に、五人ほどの二足歩行の生物を確認できる。
十中八九、裏切りのエルフどもだろう。
それとは別に、魔力で関知した反応に少し違和感を覚え、索敵範囲を拡大していく。
島の至るところに加工された魔鉱による、魔力の痕跡を感じ取れる。
採掘されずに残った魔鉱石にしては、感じ取れる魔力の波長や場所は規則性を感じさせた。
「どうやら島全体が魔法陣化されてるな」
魔術に疎い俺には効果は不明だが、その範囲から大規模な魔術が展開される恐れがある。
相棒へと相談することにした。
『解呪できないかな?』
『反射されたお前の魔力の波長から考えるに、魔法陣の一部は放置された坑道を利用しているようだ。解呪の為に坑道に入ること自体が、生き埋めにする為の罠かも知れない』
『そうだな』
相棒と頭の中で会話をしながら、索敵により検知した五人の元へと向かう。まず裏切りのエルフどもで間違いないと思うが、確認前に殺してしまうと違った場合洒落にならない。
索敵に反応があった場所へと向かい、念のため途中で再度索敵を行う。五人が移動していない事は確認できたが、もしエルフならこれ以上近付けば優れた聴覚によって、こちらの接近は捕捉されるだろう。
微かな音も聞き逃さない相手に対して、これ以上バレずに接近するのは難しいだろう、俺は駆け引き抜きで奴等の前に姿を見せた。
同時に、俺の視界にも奴等の姿がハッキリと見えた、やはり索敵にかかったのは五人のエルフだった。
島民がいないはずの島で、突然現れた人間の俺を警戒するような、固い表情で五人が見てくる中、俺は最後の確認をする。
「俺は調停者だ」
その言葉で、明らかに奴等の顔色が変わり、更に警戒を強めるようにこちらを睨んでくる。状況証拠とはいえ間違いない、裏切りのエルフどもだろう。
先頭にいる男が口を開いた。
「レーガスト様の言う通り、現れたか……しかし、五人を相手に策も弄さず、一人堂々と現れるとは…… いくら調停者とはいえ、少し自信過剰ではないか?」
その一言を皮切りに、五人は各自バラバラに散開しつつ、俺に認知を向けてきた。
奴等が俺に向けた認知範囲内の解析が進む中、俺は魔力を練って足へと集中して移動速度を上げ、一人のエルフの背後に移動した。
「消えた!?」
俺の移動を目で捉えることができなかったのか、奴等のうちの一人が叫ぶ。
「化け物じゃあるまいし、消えたりできねえよっ、と」
俺がそう言いながら右手でアービトレーションを振うと、目の前のエルフの頭部と体が切り離される。頭部がそのまま悲鳴を上げる暇もなく落下しながら、陸に打ち上げられた魚のように口をぱくぱくと、まるで声なき声を出そうと振り絞るかのように動かしているのが目に付いた。
俺はそれを黙らせるかのように、口の中に左手の親指以外の指を四本突っ込んで引っ掛け、腕に魔力を込めて一番離れた場所にいるエルフへと頭部を投げつけた。
投げた頭部が、砲弾のように激しい風切り音を立てながら、吸い込まれるように標的のエルフの顔面に向かう。
エルフは避けることもできず俺の投擲をまともに食らい、ぱん! と音を立てて、投げた頭部もろとも二つの頭部が血と脳奨を撒き散らしながら砕けた。
驚いたような顔を浮かべる残り三人に種明かしをする。
「俺、両利きなんだ。いいコントロールだろ?」
俺のせっかくの種明かしに特に反応することもなく、エルフどもは高速移動によって一度見失った俺に再度認知を向けてくる。その内の一人は姿を見失っても対応できるように、かなり広めに認知をしているようだ。
もちろん、そいつから狙う。俺は目の前にある頭部を失ったエルフを、そいつに向けて蹴り飛ばし、すぐに駆け出した。
「い、インパクト!」
俺の次の標的となったエルフは、高速で飛んでくる死体に対応するため、俺を狙っていた認知を利用して死体に対して衝撃魔術を使用した。死体が相手に届く前に空中で破裂して、破壊された。
血の雨が降り注ぐ中、俺はその血を全身に浴びながら距離を詰め、剣に魔力を込めながら、魔術の使用で隙ができたエルフを頭頂部から股下まで真っ二つに切断し、その勢いのまま地面に剣をたたきつけた。
「地竜衝波!」
激しい魔力の波が、剣を叩きつけた場所を中心に地面を破壊しながら周囲へと伝播していく。
ぶっちゃけただの索敵の強化版のような感じだが、残りのエルフの二人は、吹き上げられる土砂によって宙を舞い、集中が切れて認知が霧散した。
『技に適当な名前をつけるのは感心しないな、前に使用したときは荒地開墾撃、だっただろう?』
『コニーが、それダサイって言うからさ。なんか、強そうな生き物の名前入れると格好良いよ、って言ってたんだよ』
変なこだわりを見せてきた相棒にそう答えながら、俺は左手の中に握り込んでいたものを、魔力を込めた親指で弾いた。
それは凶悪な飛び道具と化し、宙に浮いていたエルフの一人の頭部を撃ち抜いた。
最初に首を切り落としたエルフの口内に指を突っ込んだ際に、頭部を投げながら歯を折り取っておいたのだ。
最後に生き残ったエルフは、情けないことに着地も受け身も上手く出来ず、地面へ叩きつけられ、肩の辺りを押さえてうずくまっている。
生き残った男へと歩み寄る。くしくもその男は俺に自信過剰だと「アドバイス」してくれた奴だった。
「お前ら自信過剰過ぎないか……?」
アドバイスのお礼に、俺からもアドバイスすることにした。まぁ次に生かす機会もないだろうが。
「な、なにが……」
「俺を見た瞬間、バラバラに逃げれば一人くらい生き残れたかもしれないのに、まさか戦おうなんて、自信過剰だってことだよ」
「ふざけたことを! お前は……」
どうせ大したことは言わないだろうと思い、相手が話し終える前に剣を振った。
やはり最後の敵は、せっかくの俺のアドバイスを活かす機会を永遠に失った。




