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夫婦喧嘩で最強モード  作者: 長谷川凸蔵
第2章・海岸編
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普通の男

 竜神谷という名前ではあるが、ここは谷と、そこから流れる川から形成された扇状地も含んだ場所の総称だ。


 ただ谷も、扇状地も、山と海とで囲まれているので、外界からは緩やかに隔離されている。


 その中心部を流れる竜神川の側の公衆浴場で、俺はベルルスコニと名乗った美女に、体を洗われていた。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「ん? あなた、なんかくっさいわねー」


 自己紹介を済ませた後、彼女は不躾に俺に顔を寄せて、鼻をヒクヒクとさせたあとにそう感想を述べた。


「いつからお風呂に入ってないの?」


「風呂? 風呂ってなんだ」


「……体を洗ったり、お湯に浸かったりよ。体の汚れを落とすことだけど?」


「そんなことは、生まれてこの方、したことないな」


 そう答えると、俺はベルルスコニに無言で公衆浴場へ強制的に連行された。


 もちろん、強制的といっても縛られたりしたわけではなく、ただ俺が抵抗しなかっただけだが。


 ベルルスコニが、右手で俺の袖を指先だけでつまみながら、集落のあいだを引っ張っていくのは、それなりに注目を集めた。


「おーいベルちゃん! なんだその男、人間かー?」


「お父さんのお客さん、ザックよ」


「あ、ベルさーん! どこいくのー?」


「お風呂。この人とってもくさいの」


 その後も次々と、竜神谷の住人からベルルスコニは声をかけられていた。


「人気者なんだな」


「そうね、人気者なの!」


 謙遜もせず、彼女は持っていた桶を脇に挟んで、器用に腰に手を当ててそう答えた。


 公衆浴場に到着し、言われるがまま服を全て脱ぐと、彼女は「股間を隠せ!」と目をそらしながら命令し、布を渡してきた。


 浴場に設置してあった、背もたれのない簡素な椅子に座り、指令通り股間を隠したまま、彼女のなすがままに身を委ねている。


「さっきのは訂正する、返り血などを落とすときは、水を使用していたぞ、そういえば」


 ベルルスコニが持参した桶で、彼女によって体にお湯をかけられ、布で擦られながら俺は情報の修正を伝えた。


「あ、訂正しなくても大丈夫よ、くさかったし、まだくさいから」


 彼女はそう言って甲斐甲斐しく、体を洗ってくれていた。暫くただゴシゴシと布で擦られていると、彼女が話しかけてきた。


「でも生まれてからって……あなた、幾つなの?」


「3歳だ」


「……面白くないわ、全然」


「そうか」


 それだけ話して、また沈黙する。


 しかし彼女は、沈黙はあまり好まないようだった。


「ねぇ、あなた『調停者』なんでしょ? 何しにこの谷に来たの? 神様がちぎったものを数えに?」


 彼女の言っているのは、この大陸に伝わる神話だ。


 白と黒の神が海で泳ぎ疲れ、お互いフラスコ大陸に上がって休もうとするが、大陸は狭く二人同時には休めない。


 そのために、お互いが先に大陸で休むため、自らの体をちぎって競うように陸地に投げ入れ、多く投げ入れた方が先に休むという優先権を主張する。


 どちらが投げ入れた数が多いか調べるのが調停者の役目、というのが神話だが、真実は全く違う。


 恐らく裏切りのエルフ達が広めた、下らない嘘だが、あまり興味はない。


 そもそも俺は、ちぎったものなど数えない。敢えて言うならちぎったものを殺す役目だ。ただ本来の使命などイチイチ説明する気も起きなかった。


「ここは目的地じゃない。ランティースへ向かう」


 そう伝えると、彼女は少し驚いたように返事をしてきた。


「え? 今の時期は無理じゃない?」


「なぜ?」


 ベルルスコニに聞くところによると、ランティースにすぐに行くことは難しいようだ。


 記録とは違い、竜神谷とランティースへの交流は既に途絶えていた。


 ランティースでの魔鉱の採掘と、武器の生産は既に成り立っておらず、他にろくな産業もなかったランティースには人がほとんど住んでいないらしい。


 そのため近いとはいえ、外海に存在するランティースへの渡航の技術が、竜神谷では既に失われているようだ。


 竜神谷にある船は、沿岸での漁を行う為の小舟しかなく、沖に嵐が頻発するこの時期に、外海へとその船で向かうのは自殺行為とのことだった。


「だから、しばらく泊まっていけば? 礼儀とか教えてあげるわ、あと、体の洗い方も、ね」


 笑顔を浮かべながらの彼女の提案に


「気が向けばな」


 と適当に答えた。


 すると、彼女は少し沈黙したあと、俺の正面にささっと回り込んでしゃがみ、顔を覗きこんで来た。不思議なものを見たような、驚いたような顔をしていた。


「なんだ?」


「あなた、変わってるわね。私に誘われて喜ばない男って、初めて」


「そうか、君は美しいからな。普通なら喜ぶべきことなのかも知れないな」


「あ、それはわかってるのね、ならいいわ。あと、ね……」


 そう小さく呟いたあと、彼女らしくなく、何かモジモジと言いにくそうにしている様子が気になり「なんだ?」と促してみる。


「あと、くさいって言っちゃったけど…… あなたの匂い、何か嫌いじゃないわ」


 俺にそう告白しながら、指を口元に添えて、微笑んだベルルスコニは、何というか、そう、魅力的だった。


 簡単に言えば、その笑顔で「気が向いて」しまったのだ。


 そういう意味では、俺も普通の男と変わらないのかも知れないな、と思った。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 竜神谷での日々の中で、特に変わった事はなかった。


 たまに闘神を倒して、竜神谷へ戻るとその都度ベルルスコニから歓迎されたこと。人が出迎えてくれるというのが、嬉しいというのはこのときに学んだ。


 なぜか、竜神谷の男たちに喧嘩を売られることが多かった。そしてその八割は、なぜかベルルスコニが吹き飛ばしていた。


 彼女の祖母が、一度竜神谷を訪ねてきた。彼女と、彼女の連れは『記録』にも残っている有名人だった。


 彼女に挨拶すると「こんな礼儀正しい調停者は初めてだわ」と誉められた。嬉しかった。ベルルスコニに習ったことがしっかりとできて、ベルルスコニが喜んでくれたことが。


 彼女の連れは、俺が出会った中でも別格に強かった。彼なら、闘神ともある程度戦えるだろう、俺には及ばないが。


 俺が、少しだけ、笑うようになったこと。


 ベルルスコニの魔術は、裏切りのエルフの中でも、特に力を持っているレベルと比べても遜色がなかった。


 高密言語の事を知らない、知りたいと言われて、消えるまでは用がないと思っていた「引き継ぎの間」に連れていくと、紋様を興味深げに眺めていた。アービトレーションは連れていくことに激しく反対したが。


「あなたの事、好きになったみたい」


 帰り道でコニーに、そう言われたこと。


 俺もその時には、同じ気持ちになっていたこと。


 しばらくして海が落ち着く時期となり、俺がランティースへの渡航を決意した頃、彼女は谷から姿を消した。

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