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夫婦喧嘩で最強モード  作者: 長谷川凸蔵
第1章・帝都編
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知恵と忍耐

「仮に後世、帝国の統治に批判的な歴史学者が居たとして、帝国の悪行を事細かに調べようと各地に調査に出掛ける事があるとすれば、帝国からの贈り物である「街道」の利便性に大いに感謝することだろうね」


 そんな教師の説明を思い出しながら、もちろんリックも、街道に感謝していた。馬車が効果的に走れるこの道のお陰で、帝都まで楽に行けるからだ。


 景色を見ながら、街道についての教師の説明をさらに思い出してみる。


 帝都はフラスコ大陸の北西部に位置し、帝都を中心に整備された街道は、七つの大きな街道とそれぞれを繋ぐ支道によって成り立っている。


 七つの内二つは大陸東部を統治するネリア王国へと繋がっている。


 街道の拡がりの歴史はそのまま、帝国の侵略の歴史でもある。

 

 平時には帝都へ徴税や商い品を効果的に集積し、戦争時は兵士及び物資を効果的に輸送できる。


 リックとカスガが村の支道から合流した三番街道は、帝国の三番目の支配地でもある旧カラカリ王国の名を取ってカラカリ街道とも呼ばれる。


 そんな授業で聞いた光景を目にしながら、リックの家を出て約6時間、カラカリ街道に入ってから疲労を見せていた馬を馬屋で交換し、再度出発してしばらくの頃。


 馬車に揺られながらカスガが唐突に言った。


「リッくん、お尻フワッフワにしてくれない?」


 リックは勿論わかっている。


 カスガに、こちらを何か試すような意図は、全くない。


 全くないのだが、カスガがリックに何かしらの要望を伝えてくる時、リックは知恵なのか、あるいは忍耐力なのかを試されているような心境になる事がある。


 言うまでもなく、その二つとも必要なこともある。


 勿論、うんわかったと答えて、はいっとお尻フワッフワにできるのが、ベストだ。そうすればカスガも「ありがとう、わぁお尻フワッフワだぁ」と答えるだろう。


 ただ問題は、お尻フワッフワにする方法なんて知らないってことだ。


 まだ知恵の問題なのか忍耐の問題なのかどうかわからないので、リックは確認のために質問した。


「カスガのお尻、固いの?」


「違うわよ! 座りっぱなしでお尻が痛いの」


「その場合、できるできないは置いておいて座席を柔らかくして、が正しいんじゃないのかな?」


「わかるでしょ? 座席なんてお尻を乗せる以外、使い途が無いんだもの」


 まぁ一理あるとは言えるかもしれない。


 帝都から派遣された馬車は、屋根もあり、座席もあるしっかりとした作りではあったが、貴族たちが乗るような豪奢なものではなかった。


 必要最低限の設備が整ってはいたが、座席にクッションを使用することは、必要なものとは思われなかったようだ。


「できる?」


「できるかもしれない、でもやらないけど」


「えーっ、なんでー」


「この馬車は帝国の財産だからね、かってに作り替えることはできない。そして許可が下りたとしても、やらない。『あれ』は秘密だからね」


 そもそも座席を柔らかくする魔術などない、となると、新たに魔術を生み出す必要がある。


 この場合、現象を固定化──固いものを柔らかい状態にし、さらにはそれを維持するとなれば、高密言語の紋様化となるだろう。


 リックは自分の高密言語の紋様化は、家族とカスガ以外には秘密にしているし、彼らにも秘密にするようにお願いしている。


 ベルルスコニは「えーなんで! 超すごいじゃん、竜神族の知り合いに自慢しまくりたい!」と駄々をこねたが、もし他言したら二度と耳掻きしてあげない、と脅迫したら、秘密にすることを約束してくれた。


 リックは高密言語の紋様化の暴走は、少し大げさに言えば世界を滅ぼす可能性があると考えている。


 そもそも魔術とは、魔力を使用して神との交信を果して奇跡を再現する神学術とは違い、魔力を使用して『世界』に対して自分の望む事象を『命令』することである。


 その中でも高密言語は神々がこの世界を製作するのに使用されたと言われる、元々口語の魔術だ。


 通常の魔術ではなく高密言語を紋様化し、効果を持続させるのに成功してるのは、リックの知る限りでは自分ただ一人だ。

 

 通常の魔術の場合、文様化(いわゆる魔法陣など)は、圧縮されることがないので少しの効果に対して単純にスペースを要求される。


 なので強力な魔法であればあるほど、スペースを要求されるので、単純にすぐ限界が来る。そのため日常生活を少し便利にする程度の効果は期待できるが、強力なものは実用化が難しく、研究も進んでいない。


 それに対して省スペースで使用できる高密言語の紋様化は強力だが、弱点もある。先ず元々の口語と違い、文様化に際しては現象を長く固定するために厳密に解析しなければならない。

 

 口語の場合多少のアドリブでも現象は再現される。『世界』に対してニュアンスが伝われば良いのだ。標準語でも、方言でも構わないといった感じだ。


 それに対して、高密言語の紋様化には、口頭の魔術以上に厳密さが求められる。

 

 何故なら『世界』は、一つの命令を辛抱強く聞き続けるほと寛容ではないのだ。

 

 神々の命令を守るのに必死で、他者の命令に寛容になれないのかも知れない。


 例えば馬車の座席を柔らかくする現象を解析し、口語で高密言語を使用したとする。


 現象の発現に成功すれば、座席は柔らかくなるだろう。ただ、効果が持続しない。1分もすれば、座席は再び固くなるだろう。そして1分という時間は、使用する魔力に対して元が取れるとは言い難い。


 では紋様化による座席の硬度の変化は?


 解析をミスなく終え、現象を発現させる理論を構築したあと、魔石の粉が入ったチョークで紋様を書くか、座席を刃物で傷つけて魔石を埋め込み紋様をかけば、柔らかくできるかもしれない。


 ただ、現象の解析は通常、試行錯誤が必要で、一回で完全な解析が完了するのは稀だ。理論の構築となればさらに一朝一夕とはいかない。


 リックが七歳の時に高密言語の紋様化の理論を思い付き、試行錯誤を重ね、カスガに笛を渡すまで二年かかっている。


 今はあのときより解析も上達したので、理論を構築しつつ3、4回試せば現象をある程度解析し、紋様化できる自信がある。


 ただ理論の構築の途中でミスして馬車全体を柔らかくしてしまい、崩壊させる危険が無いとも言えない。


 今馬車が崩壊するのは世界が崩壊するよりはマシだが、もしかしたら同じくらいうんざりするかもしれない。


 ともかく紋様化は現象を固定してしまう。


 大したことない現象の固定ならリカバリーが効くが、そうでない場合、危険だ。それが大げさとは言え世界を滅ぼす可能性に繋がっている。


 ⋯⋯といった内容を、リックは御者には光を見られないように手で隠しながら『笛』でカスガに伝える。


 カスガは不服そうだったので、リックは自分の荷物を開いて毛布を取り出しだ。四角に畳まれたそれにカスガを座らせる。


「ありがとリッくん!」


 カスガが微笑んだ。


 知恵と忍耐を駆使して利用できるものが既にあるなら、世界をわざわざ作り直す必要なんてないさ、そう考えながらリックは笑みを返した。


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