再認識
ネリア王城内でエクスの武器庫をリックが破壊したあと、一行は城内でそれぞれ部屋を与えられ休む事になった。
現在はミルアージャの与えられた部屋に、ミルアー団と長老が集まっている。
「ミルの部屋、なんか豪華だなー」
カスガが部屋の様子を興味深げに見ながら感想を口にする。
ミルアージャ以外の四人に与えられた部屋は、入り口からすぐ寝室となる一部屋だったのに対し、ミルアージャの部屋は入室してすぐが応接室、その奥に寝室と二部屋が連続した造りとなっている。
応接室にはテーブルと、五人分の椅子もあった。
「まぁ、当然身分を考えた部屋割りだろう。今はそれより今後の事だ」
キョロキョロと回りを見るカスガから視線を外して、リックがミルアージャに話を促す。
「とりあえず、ミーロード氏を城に送り届けるという目標は達成しました。エクス王の同行は予定外でしたが、王国の追手を心配する必要も無くなりましたし、明日ベールアに向かいましょう。それにあたって……」
ミルアージャはそこまで言ってから、長老の方を見る。
「実際、ベールアの寒波の中を進むにあたり、しておくべき準備などあれば教えていただきたいのですが」
「中心部はともかく、周辺は魔術や防寒具でなんとかなるじゃろう」
二人のやり取りを聞きながら、部屋を見るのに飽きたのだろう、カスガが質問する。
「そもそも……そんな寒いところに何しに行くんです? 闘神が凍ってるってのはわかるんですけど……討伐するんですか?」
「出来るなら、そうした方が良いのじゃが……そもそもワシが一人で行くつもりだったのは、再凍結させるためじゃからな」
カスガの問いに答えながら、長老が続ける。
「恐らく闘神を捕らえている魔術は『極氷棺檻』という、相手を極低温で凍らせて死に至らしめる魔術、これの暴走だと思うんじゃが……本来なら効果はこんなに続かん。闘神に使用したせいで何かしらの理由で暴走しておるんじゃと思うが、他の要因、またはワシの知らん別の魔術ならお手上げじゃ」
長老の発言を受けて皆が思案する中、いち早く考えをまとめたのはリックだった。
「僕は討伐に切り替えた方が良いと思う。長老が一人で行こうとしたのは……犠牲になるつもりだからでしょう?」
「……おいそれとは犠牲になるつもりはないが、その可能性は高いと思っておった。実際先代長老……つまりワシのじーさんは戻って来なかったからのう」
長老の話を聞いて、ミルアージャは違和感を覚えた。
「先代がおじいさまということですが……お父様は?」
長老はその質問をされたくなかったのだろう、少し顔をしかめるような表情をした後、ため息をついた。その表情を見て皆が察した。
「回帰主義者だったのですね」
リックが皆を代表するように聞き、長老は頷いてそれを肯定した。
──とその時。
コンコンと扉がノックされ、中からの返事も待たず、扉は開けられた。
入室した人物を見て、誰もそれがマナー違反だとは咎めない。
エクス、ミーロードともう一人……赤みがかった茶髪のショートカットで、リック達と同世代くらいの、つまり若い女性が入室してきた。
女性は恐らく騎士だ。肩から胸を覆うような皮の鎧を身に付け、腰に剣を下げている。
この世界で武術の使い手は、攻撃に対して魔力による障壁を張り防御する。その為、動きが制限されるような重い鎧を身に付けることは少なく、防具はやや軽視されがちだ。
「よお、みんないるな? ちょうどいい」
カルミックが立ち上がりエクスに席を譲ろうとするが、エクスがそれを手で制止しながら話を始めた。
「話しておこうと思ったのは……俺が同行するにあたって今後、一行の指揮権は誰にあるか、ということだ。それは話しておかないとないと混乱が生じるだろう」
すぐに納得したように頷くミルアージャをよそに、リックやカスガ、カルミックは複雑な表情だ。長老は……特に何も変わらなかった。
「ピンと来てない奴もいるかも知れんが……例えば先日、回帰主義者との戦闘だが……聞いた話だけで判断すれば、その場面で俺ならミーロードが人質に捕られようが、アールトの野郎はブチ殺してる……ミーロードを犠牲にしてもな。その上でもう一人のエルフを拘束し、回帰主義者どもの情報を引き出そうとしただろう」
そう言われ、リックもエクスが言いたいことを何となく理解するが、エクスはさらに話を続ける。
「個人的な事を言えばそりゃあ、ミーロードが助かったのは嬉しい。だが目的があって、邪魔する敵がいるならそこは戦場だ。最終的な目的が回帰主義者どもの打倒なら、その場面でのミーロードは戦場において必要な犠牲だ、と俺なら判断する。現状だと回帰主義者へのダメージは無く、ただ我が国の兵士が殺された、というだけだからな」
「それについては、ワシの判断じゃ……すまない」
申し訳なさそうに言う長老に、エクスは首を振りながら答える。
「いや長老、誰かを責めたいわけではないのです。実際ミーロードが生き残ったからこそ、こうやって俺が同行する事になったわけですから。そこでミーロードが死んでいたら、まだ王国としてはリック達に追手を出していたでしょう。ただそれは判断してそうなったというよりただの結果だ」
「結果的にそうなった、ではなく、この一行が何を優先していくか、それを判断して結果に責任を持つ者が必要……ということですね」
「そういうことだ」
もちろんミルアージャは自分の判断に責任を持つ──持っていたつもりだった。
だが必要な目的のために誰かを──この場合、友人達の誰かを犠牲に出来るか、と言われれば……
「私は、誰かを犠牲にするような判断はできないかも知れません……回帰主義者の打倒は目的ではありますが、優先するのはあくまで皆の命です。甘い、と言われるかも知れませんが……」
「いや、まずは生き残る、それが目的ならそれでもいい、今回の件は対応できる人員が限られてる訳だしな。結局何を優先していくかと言うことだ。その結果に責任を持つ、その覚悟があるのなら、今後の指揮権は皇女殿で良いだろう。俺はあまり頭を使うのは得意ではないからな」
笑いながら言うエクスだったが、ミルアージャはエクスが謙遜しているか、そうでなければ──真面目な話をして少し照れているのだろうと思った。
ミルアージャに経験を積ませようとしているのかもしれない、とも思う。
今回エクスがベールアに同行するのは、ネリア国内の問題だからだ。
闘神との戦いにおいて数を頼みにしても犠牲が増えるだけなのは、歴史が証明している。実際ミルアージャが知る限りでも闘神とまともに戦えたのは、四年前の戦場でのアルルマイカと、前回のリックだけだ。
エクスも派兵ではなく自ら向かう、つまり対闘神には少数精鋭で当たるべきだと判断したのだろう。
ただ今後も回帰主義者や闘神との戦いが続くなら、王自らが毎回易々と動けるものでは無い──それは本来皇女であるミルアージャもそうなのだが──国の指導者である王よりは自由になる事も多い。
今後の闘いを見据え、今回ミルアージャに指揮権を与え経験を積ませよう、エクスはそう判断したのかもしれない。
(前回も結果的にリックが闘神を倒してくれただけで、私は判断を間違えていた……気を付けなければ)
頼れる友人に囲まれ、少し気が抜けてるのかもしれない、エクスにそう見られた気がして──そしてそれは恐らく正しいと認めて──ミルアージャは反省する。
二人のやり取りを聞きながら、リックは思う。
リックにしてみれば、犠牲はすべて無駄だ──少なくとも、犠牲になった本人達にとっては。
いくら回りが「犠牲は無駄にしない」と誓ったところで、犠牲になった本人は帰ってこないのだから。
だからこそ、思い出す。
(ここにいる誰も、死なせない。例え誰かの判断に逆らうことがあっても、だ)
それは別に今さら、改めて誓った訳ではない。だから、思い出しただけだ。
ネイト邸でミルアー団のみんなと過ごす中でとっくに決めていたことだ。場を乱すつもりは無いのでここでわざわざ言わないが。
「私から、よろしいでしょうか」
それまで沈黙していた女性の騎士がそう発言した後で、ちらりとミーロードを見る。その視線を受けてミーロードが彼女の紹介を始めた。
「彼女はクラリス。今回王が君たちに同行するにあたって、私が護衛として選んだ」
「クラリス=ジュテタリウスです。指揮権は皇女様とのことですが、私はあくまで王の護衛を最優先とします。それは許可して頂きたい」
ミーロードが紹介し、クラリスと言う女性が発言するのを見て、エクスがうんざりしたような顔をする。
「いや、付いて来なくていーから……」
「ええっ!? エクス兄が美人の同行を嫌がってる!?」
「美人~!? どこが!?」
「え? 顔だけど……」
エクスとカスガのやり取りを聞きながら、リックは改めてクラリスを観察する。
すこしキツそうな印象はあるが、確かに美人といって良いだろう。そしてカスガが自分のたれ目を気にして、このような顔つきに憧れているのも知っている。
エクスの反応を見るに、この女性のことが苦手なのだろう。
「私の外見に付いての話はどうでも良いですが、王を一人、あなた方に同行させるなどあり得ません」
「それはそうですよね、大事なお立場ですし」
クラリスの発言を受けてカルミックが答えるが、返ってきたのは意図したものとは違っていた。
「いえ、立場とかじゃなく女性にとって迷惑ですからこの方。王の護衛兼、女性陣の護衛です」
「……」
意外な答えにカルミックが沈黙する。
ミーロードはだだっ子のわがままに疲れた親のような雰囲気を滲ませながら、それでも冷静に話始めた。
「……まぁクラリスは私の弟子だか、私の師匠の娘でもあり、長い付き合いで王とも気心は知れている。その上で武術の腕前を考えても足手纏いにはならないだろう」
ミルアージャはジュテタリウスという家名に聞き覚えがあった。
ネリア王国における武術の名家で、現当主のバルキハル=ジュテタリウスは「武聖」とも呼ばれたが、アルルマイカとの戦闘の負傷で騎士としては引退したと聞いている。
「私としては同行は構いませんが……帝国に対して何か思うことがあるのでは、という心配はあります」
ミルアージャはそう言って、クラリスの反応を見る。クラリスもミルアージャの発言の意図を察したのだろう、その上で──少なくとも表面上は──何も変化なく答えてくる。
「父のことですか? 戦場での負傷は騎士として名誉でこそあれ、恥じるものでは無いでしょう。……もし戦場で出会えば、アルルマイカ殿に雪辱を晴らして見せようという気概はもちろんありますが」
それはそれ、とあくまでさっぱりとした表情で言うクラリスを見て、ミルアージャはそれは恐らく本音だろうと判断した。
「であれば、私としては同行を反対する理由はありません。陛下はもちろんお強いのは重々承知しておりますが、それが護衛が不要なのとは別問題ですから」
リックは、自分より弱い護衛など無駄、とかつてミルアージャが執事に言っていたというのを思い出すが、この場でそれを言うのは適切ではないことぐらいはわかる。
「ま、皇女殿がそう判断するなら受け入れるしかないな。さっき皇女殿が一行を指揮すると決めたのだから」
少し残念そうにエクスが言うのを見て、カスガが少しいたずらっぽい表情を浮かべた。
「なんでそんなに嫌がるの? もしかして、本当に大事な女性は口説かないとか……そういうの?」
「……バカバカしい、せっかく羽根伸ばせるのに、と思ってたってだけだ」
カスガと、あきれるように言うエクスを見ながら、リックはよくそんなことに切り込めるな、とカスガの事を改めて尊敬するような不思議な気持ちになった。
同時に、あとでちゃんと注意しようとも思った。
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結局、一行の出発は二日後となった。
エクスの引き継ぎの件だけでなく、この二日間の間にベールア行きに必要な物資──防寒具や食糧、カルミックが使用した魔石などを補給したためだ。
特に魔石の在庫が少なく、リックによる精製も必要なため必要最低限、つまり予備の確保も困難で、一回分集めるのにもそれなりに時間がかかった。
一行の利用する馬車は二台となり、それなりに立派な物だった。
だがエクスの同行は基本的にお忍びなため、王族用のものとはいかず一ランク下の物だったが、それでも乗り心地はかなり改善されカスガは終始ご機嫌だった。
リックは出発前の二日間でネイトや両親への連絡も済ませ、現在の状況を伝えてある。
調停者や、その引き継ぎの件について詳しく聞いてみたいと思ったのだが……「帰ってきたら話す」とザックにはあっさり言われてしまった。
道中特筆するようなトラブルもなく──四日後、リック達はベールアへと辿り着いた。




