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夫婦喧嘩で最強モード  作者: 長谷川凸蔵
第2章・海岸編
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婚活

 ──四年前。


 村から少し離れ、建物も畑もない、草木もまばらな荒野と呼んで差し支えのない場所に、五人の男女が集合していた。


 ザック、ベルルスコニ、リック、エクス、カスガだ。


 ザックが、リックとエクスそれぞれに移動場所を指示し、二人が向かい合う。お互いの距離は歩いて十歩程度だろうか。


 二人が指定した場所に移動したのを確認し


「二人が怪我しても良いように、治療役としてカスガちゃんにも来てもらいました。じゃあ……ファイ!」


そう言ってザックが手をビシッとクロスした。


 特に何も起きなかった。沈黙が流れた事をそう表現するなら、だが。


 しばらくして、沈黙は破られた。


「いや、『ファイ!』じゃなく、まず事情を説明してよ」


 突然訳も分からず村外れに連れてこられたリックが、当然の疑問を口にする。


「めんどくせーな、二人殴り合え、以上」


 そう言って再び手を「ビシッ」とクロスさせるザックを見つつ、はーっとため息をついてから、リックがエクスの方を見ながら事情を聞こうとする。


「あの、どういう事でしょう? あなたは事情をご存じなんですか?」


「お前と手合わせするように言われている!」


 そう告げて、エクスはリックを観察する。


 銀髪の美少年。すぐそばにいる父親にも、母親にも似ているがどちらかと言えば母親似だろうか。


 身長はエクスより一回り下。少年の同世代と比べれば平均よりやや高いのだろうが、本格的な成長期はこれからだろう。


 つまり体の出来上がる前の、子供だ。


 手合わせすると言ってもまだあまり納得してないように見えるが、エクス自身もザック同様あまりごちゃごちゃ話をするのは好きじゃない。


(ちょっと脅かしてやるか)


 エクスは腰に下げてる剣はあえて抜かず、右手と足元に魔力を集中させた。


 エクスの足元に「ボン!」と爆発するような音がする。魔力で強化された踏み込みが通常ではあり得ない推進力を生み出し、そのままリックの眼前に、一瞬で詰め寄った。


 その勢いのままリックの顔面に拳を突き出す。


 特に回避行動などをしなかったリックの眼前に、拳が寸止めされた。


 拳圧による威力で発生した風によって、リックの髪がふわりと揺れる。ただ拳を目の前にした本人は、正にどこ吹く風といった涼しい顔をしている。


「避けないのか?」


 エクスの問いかけに対して。


「踏み込んだ位置とリーチから、当たらないと思いました」


「そうかい」


 あっさり答えるリックに、賞賛と、多少の「生意気なガキだ」という苛立ちの気持ちが混ざり、エクスが懲らしめようと右手に魔力を込めた。


 「ヴォン!」という音を伴ってエクスの右手から魔力による障壁が発生した。とても避けられるような距離ではないと思ったが……


 リックは超反応で障壁を発生させ受け止める。


 金属同士がぶつかるような、キィンと高い音が鳴り響いた。青い魔力の障壁同士がぶつかった作用で、小さな稲妻のような光のスパークが発生する。


(いい反応だ! だが……)


 エクスがさらに魔力を込めると、障壁の威力がリックのそれを遥かに凌駕し、リックが障壁ごと吹き飛ばされた。


(ふん、軽いな)


 エクスが吹き飛ぶリックを見ながらそう感想を覚えた時……エクスは自分が強力な魔術の認知範囲に入った事を知覚した。


 凄まじいスピードで解析が進む。吹き飛びながらリックがこちらを解析していた。簡単な魔術ならエクスも反論できるが、これはそんなレベルではなさそうだ。


 吹き飛ぶリックを追撃するために、エクスが素早く踏み込んだ。一瞬で追い付き拳を振るったが……リックはそれをさらに障壁で受け止め、吹き飛びながら距離を稼ぎつつ、呪文を唱えた。


「コーマ」


 リックの昏睡の呪文で、エクスはあっさりと深い眠りについた。




──エクスが目を覚ました時、側に四人が集まっていた。


「どう? 私たちの息子は」


 腰に手を当てた黒髪の美女が、まるで自分の手柄のようにエッヘンと自慢気に言ってくる。


 最近ここまであっさり負けたことのないエクスは、笑顔を浮かべながら言った。


「最高ですね、これから楽しくなりそうです!」



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 その日以降も、リックとエクスの手合わせが続いた。


 エクスが本気で倒そうと何度も追い詰めるが、リックが上手く距離を稼いで魔術でやられる日々。


 ミーロードの使う障壁破壊などがエクスにも使えれば勝負はまた違ったのだろうが、当時のエクスは魔術を併用した、小手先の技に必要性を感じていなかった。


 そもそも彼の魔力を込めた一撃を受け止められるような相手が、今まで他にいなかったのだ。


 そんなある日、練習の場に治療役として来ていたカスガが、普段はボサボサの髪を、珍しくとかしていた。


 普段のカスガとは違う雰囲気に、エクスが感心したように言った。


「今日、なんか違うな!」


「そう?」


「うむ。その髪型は結構似合っている。それなら俺の側室に迎えても良いぞ」


「え、側室とか()だよ……エクス(にい)ってたまに偉い人みたいなこと言うよね」


「詳しく言えんが、偉い人なのだ。それともリックが良いのか?」


 エクスがリックを指差しながら、カスガに聞いてくる。


「私とリッくんは兄妹みたいなもんだし、リッくんは結婚とか、一人の女の人とずっと一緒に暮らすような事をするべきじゃないと思うの」


「ふーん、良くわからんが……」


 え? 僕ってそうなの? とショックを受けてる感じのリックを尻目にエクスは提案する。


「なら、リックを俺が倒したら、嫁に来い」


「どうせ無理だから、いいよ」


「ふっふっふ、余裕で倒して見せよう」


 その後、何故かいつも以上に気合いが入ってるっぽいリックにあっさりとやられた。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 エクスが村へ来てから一年後。


 この一年で、リックもエクスも少し体が大きくなった。最近は一日中勝負がつかず、引き分けの日が多くなっていた。


 リックは体の成長に伴い武術の腕前が上がり、エクスはリックの魔術に対してかなり反論できるようになっていた。


「休憩するか」


 そう言ってエクスは腰の剣を抜いて、一振りする。


 特に力を込めたように見えないが、それだけで近くにあった三本の太い木が切断されて倒れた。


 三人が切り株に座ると、エクスが話を始める。


「リック、お前大人になったらどうする?」


「ん? まだあまり考えてないかなぁ……」


「俺はそろそろ故郷に帰る。父上が病気らしくてな。で、家を継ぐことになると思うんだが、結構大変な仕事でな。お前が大人になったら色々手伝って欲しい」


 そうエクスに頼まれたリックは、たまに村で手伝う野良仕事などを頭に浮かべながら……


「うん、エクス兄ちゃん好きだし、お陰で強くなれたし手伝うよ」


と返事をした。


「おお、頼むぞ!」


「私もリッくんが手伝うなら、何か手伝うよ!」


 カスガの発言に、エクスはふっと笑いながら


「お前は、嫁に来てくれたらそれでいい」


そう言ってカスガの頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと撫でる。


「もー、髪がぁ。それに村の女の子、みんなにそう言ってるの知ってるんだからね!」


 抗議しながらカスガがエクスの手をはねのけようとするが、ビクともしない。


「正確には、村の美人には、だな!」


 はっはっは、とエクスが笑う。


「じゃあベルおばさまにも言わないと」


「……お前は俺を殺す気か?」


 カスガの発言に、エクスは冷や汗をかきながら手をどかした。




──それから数日後、王の容態が急激に悪化したという知らせを受け、二人に挨拶する時間もなくエクスは王国へと帰還した。 


 王が崩御したのち、ネリア王国に跡目争いが起きた。


 強力な武力を持った第三王子が、二人の兄の軍勢を片っ端からねじ伏せて王になったと噂になった。


 その噂は他国である帝国の、そのまた田舎ではあまり話題にならなかったし、ましてや女と見れば口説く豪快な男と、大国ネリアの第三王子を同一人物として頭のなかで繋げる者はいなかった。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「まぁ、そんな感じだ」


 エクスの話はもう少し簡略化されていたが、リックやカスガは当時を思い出して懐かしい気持ちになっていた。


「て言うか、王様になったんなら連絡くれれば良かったのに! 絶対こっそりベルおばさま口説いて、ザックおじさんの怒りを買って逃げたんだと思ってたんだから!」


「すっかり忘れてたな! はっはっは。まぁベルさんは命をかけて口説く価値がある人だとは思うが、流石に命は捨てられんな!」


「人の親、口説くとかどうとかヤメテ……」


 カスガとエクスの会話に、リックが複雑な表情で呟く。


「リックとは、基本素手の戦いだったのですか?」


 ミルアージャが疑問に思いエクスに聞いたが、答えたのはリックだった。


「まぁ、エクス兄ちゃんが剣を使ってたらまた違ったよねきっと。あんなに上手く剣使う人、父さんとエクス兄ちゃんしか今まで見たことないなぁ」


 リックの感想に、エクスは意外そうに返事をする。


「お前が剣を使わないのに、俺が使うわけにもいかんだろう? 素手の武術勝負で……」


「え? でも僕代わりに魔術ガンガン使ってたけど……」


「あっ……」


 リックの一言に、エクスは何か気がついたような、驚愕したような表情を浮かべたあとで


「当時言えよ! ずるいぞ!」


とリックを非難した。


「いや、年上だしハンデくれてるのかなって……」


「あんだけ負けてハンデもクソもあるか! もしお互い剣を使えば、お前も練習になったかも知れんだろうが!」


「いやー、あの頃は親の喧嘩を仲裁できれば良いと思ってたから……」


「ああ……『アレ』か……」


 何か恐怖の光景を思い出したのか、豪快なエクスには似合わない、少し怯えのような表情を浮かべブルッと身を震わせる。


「まぁお陰で俺は多少魔術の腕が上がり、帰国してからミーロードの得意な武術と魔術の融合技を使えるようになったからいいんだけどな!」


 非難も半分冗談だったのだろう、エクスが笑いながら自慢する。


 ミルアージャは話を聞きながら、リックが父親の攻撃を受け止めていただけで、なぜあれほど格闘の技を使えるのかという、知り合ってからの疑問が氷解する。


「まあ、昔話はこれくらいにして、来た理由を聞こうか」


 エクスが話を促すのを聞いて、ミルアージャが前に出る。


「では、私からお話し致します」


 ミルアージャが話始めた。


 帝都での事件や回帰主義者の存在、闘神発生など一連の流れ、今後もしかしたらベールアに闘神が発生する可能性があることなど。


 かなりまとめた分かりやすい話だったが。


「ようは闘神が出てくるかも知れんからやばい! ってことだな!」


「まぁ、そうです」


 エクスはそれ以上にざっくりとまとめた。


 そして、カスガとミルアージャを順番に見ながら


「じゃあ、その闘神を俺が倒したら、ミルアージャ皇女結婚してくれ。あ、カスガは側室に来い」


そう宣言する。


 ミルアージャがきょとんと、カスガは「はいはい」といった感じの呆れ顔で返事をする。


「父に相談しなければいけないと思いますが、私個人としては両国の友好にもなりますし、別に構いませんが」


「どうせ無理だから、別にいいよ。倒すとしてもリッくんが倒すと思うし」


 二人の返事に、エクスは満足そうに頷きながらミーロードに指示を出す。


「よしミーロード! 後の事はしばらく任せた! リックよ、お前に俺の仕事を手伝って貰うはずが、俺が手伝う事になったな! まぁ当時よりさらにメチャクチャパワーアップしてるから任せておけ!」


「うん、頼りにしてる。闘神との戦いになれば、倒すのは僕だと思うけど」


 エクスに対して、笑顔でリックが挑発的に言う。


「はははは! ならどっちが二人を嫁にするか競争だな!」


「いや、そうじゃないよ……」


 勝手に決めて盛り上がるエクスを、ミーロードは慌てて止めようとした。


「いや、さすがに王自ら行くのは国としては……何かあると困りますし……」


「大丈夫だ! 普段は(まつりごと)も人任せだし、王として早く世継ぎを残す相手を迎えんとな! 婚活だ婚活!」


「……わかりました、どうせ言い出したら、私の話など聞いて頂けませんから……」


「うむ、言い出したら聞かん!」


 そう言ってはっはっはと笑うエクスと、何かを諦めたようなミーロードを見て、カルミックはミーロードにとても親近感を覚えていた。


 それはともかく、こうしてネリア王国最強の騎士の同行が決まったのだった。

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