次の目的地
回帰主義者との戦闘を終えたリック達は、一度エルフの里へと戻ることにした。ミーロードを一旦休ませるように長老から提案されたからだ。
辛そうにしながらも何とか立ち上がったミーロードに、カスガが話しかける。
「よろしければ里まで背負いましょうか? カルミックが」
それを聞いてえっ? というリアクションをするカルミックをよそに、カスガが続ける。
「カルミックというのはあなたを吹き飛ばした犯人で、やっぱり宮廷魔術師様に殺人未遂を働いた訳ですからたぶん死刑でしょうけど、その罰としてなんなら王都まで背負わせるので、せめて苦しまない感じでよろしくお願いできませんか?」
と訳のわからないお願いだか、申し出をされたが、ミーロードは首を振った。
もちろんそれは苦しめて死刑にするという意思表示ではなく、自分で歩けるということだ。そして後半の言葉は無視した。治療してくれた事には感謝しつつも、相手にするほど元気はなかった。
そんなやり取りを見ながら
「さっきの必要とかって話は……」
カルミックが呟くが、それも同じように無視された。
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長老の家に戻りミーロードを寝室で休ませたあと、応接室に集まってこれからの事を相談する。
応接室とはいえ、元々来客も少ないのだろう。全員が座るほどの椅子が用意されているわけではなく、リックとカルミックは壁を背に立っている。
ミルアージャには椅子が用意されていたが、立っていた方が全員に向けて話しやすいのか、テーブルに両手を付いて立ち上がり話していた。
ミーロードは里に戻る道中で
1、ミルアージャ一行は非公式ながら、許可を取ってネリア王国へ訪問してきた。
2、兵士たちに暴行したのはミルアージャ一行になりすまし、罪を着せようとした組織。
3、兵士たちの殺害もその組織によるもの。
という事にすると言ってきた。
どこまで彼の提案どおりに事が運ぶかはわからないが、今後のネリア国内の移動を考えれば、ミルアー団一行にとってありがたい提案だ。
今後いつまでも、国内でネリア王国の手勢に追われるのは面倒だし、トラブルの元になる。だからこそ、優先して行うべき事ができた。
ミーロードを王都まで送り届けることだ。
ミーロードが王都に戻れず、道中で回帰主義者達に襲撃されて殺害されるようなことになれば、国境の件はもちろん、ミーロード及び兵士殺害の容疑まで加わる可能性がある。
そうなれば、これまで以上にネリア王国による追跡が始まるだろう。
現在は政治的な駆け引きを考慮しているのか、指名手配などはされていないようだが、宮廷魔術師殺害ともなれば、さすがに事態は動く。下手したら戦争のきっかけになりかねない。
一人で王都に帰還させるのは、回帰主義者に道中でミーロードが狙われた場合、リスクが高すぎる。
「──というのが、私の分析です。一旦二手に別れるか、それとも全員で行動するか。皆さん何か意見はありますか?」
ミルアージャが全員を見ながら話を締めくくる。
「意見じゃないんだけど…… ちょっと確認したいんですが、回帰主義者ってどのくらいいるんですか?」
リックが長老に尋ねると、長老は少し申し訳無さそうに首を振りながら……。
「わからん…… ここ数年ほどはこの里を出ていったものはほとんどおらんが、里の外で育ったエルフもそれなりにおるからのう……」
「そうですか……」
「元々この世界に来たといわれるエルフは千人ほどで、里に定着したのはおよそ半数。そのうち世界を作り替える程の力を持っていたのは五人、その中の一人が裏切ったと言われておる。
裏切りが発覚し、五人のうち三人が『調停者』や『アービトレーション』を生み出す為に犠牲となった。一人が世界の行く末を見守るために残った、その一人が儂の、いや儂らのご先祖じゃ」
長老が最後に『儂ら』と訂正したのはリックにとってもそうだという事だろう。
「なんか、リッくんの家系って凄いんだね、だからリッくんも凄いのかな?」
長老の話のスケールの大きさから、何となくカスガは言ったのだろうが、リックは珍しく面白く無さそうな顔をしながら
「生まれつきとか血筋じゃなく、色々身に付ける為に結構頑張ってるよこれでも」
とカスガの話に反論する。
カスガは少し驚いたように目をパチパチさせた後、少しムッとした顔で
「リッくんが誰よりも努力家で、頑張ってるなんて今さら言われなくても知ってるもん、でもだからって自分の事だけじゃなくて、回りにも優しいし、私をいっぱい助けてくれるし、そういうところが凄いなぁって思って言っただけだもん」
そう言って不貞腐れたように横を向く。
そう言われると、もうリックは何も言えない。いや、ひとつだけ言えることがあった。
少し照れたような表情で
「ごめん、子供っぽいこと言って」
とリックは謝る。
言い返されたというのに、特に不快そうには見えない。元々カスガが特に考えずに発言したことなど、彼にもわかっていた。
そんなカスガに、照れるような事を言わせてまで、自分の事を肯定させたのは、つまりリックの中にも同じような考えがあった、と気が付いた。
両親が強力な力を持ち、どうやら帝国の初代皇帝まで自分の曾祖父、曾祖母は帝国の宮廷魔術師で、その父親はエルフの長老で血筋を辿ればエルフの中でも特に力があったらしい。
そんな話だけ聞かされれば、強くて当然、と誰でも思うかもしれない。そしてカスガにはそんなふうに思って貰いたくなかったのだ。
そしてカスガがそんなことを本気で思わないなんてわかっている。
つまり自分をちゃんと見てほしいという子供っぽい甘えなのだ。
「ううん、いいの私こそ変なこと言ってごめんね」
そんなことは百も承知だ、と言わんばかりの余裕の表情でカスガが謝る。
二人のやり取りを見ながら、カルミックは不思議な気持ちになる。
(本当にリックってフラれたのかな……)
「まあそんなことはともかく」
ミルアージャが強引に話を変える。
真顔のようで、少し不機嫌そうなミルアージャの表情にカルミックは見覚えがあった。
つい先日帝都の宮廷で行われた演劇の公演に、イーロン家の代表としてカルミックが招かれた時、友人ということでミルアージャの横に座る事になった。
演劇が始まってしばらくしたときに、ミルアージャの方をチラッと見たときに同じ表情をしていた。
演劇はお世辞にも、出来が良いとは言えなかった。つまり……
(見てらんないわ、って事だろうな)
気持ちはわからないでもなかった。
「長老さま、寒波が終わるまでにはどの程度の猶予があるのですか?」
長老にそう尋ねた頃には、ミルアージャはいつもの表情に戻っていた。
「わからん、明日には終わっとるかも知れんし、まだ先かも知れん。ただ見張らせていた場所は寒波の中心からそう遠い場所ではない、一ヶ月は猶予はないじゃろうな。じゃが事情は変わった。先に王都に向かうべきじゃろう」
「お考えを聞いてもよろしいでしょうか?」
「お前達の奴等の呼び方、回帰主義者というのを借りれば、回帰主義者達相手に儂一人で対抗するのは正直難しいじゃろう。人数を分けるのは危険じゃ」
長老はそこで一旦話を区切ったあと、更に続ける。
「そして全員でベールアに向かうにしてもミーロード殿を王都に届けない限り、道中支障が出る可能性があるのであれば、それを優先するしかなかろう」
「そうですね……」
あまりいい気分にはならないが、仕方なくミルアージャは炭化して死んでいた兵士達を思い浮かべる。
人を一瞬で炭化させる、当たり前だが尋常ではない高火力だろう。単に魔術で炎を発生させ、兵士を燃やしたといったレベルではない。
魔術において発生した効果の高さは、解析の深度に比例する。あれほどの火力を出せるのは、恐らく長老が一度手本を見せてくれた高密言語による太陽光を凝縮する魔術、「鏡凝天集」だろう。
そのレベルの魔術に反論できるのは長老、リック、そしてカルミックがかろうじて、といったところか。
だとすれば、カスガやミルアージャができることは少ない。治癒の奇跡にしても、食らってしまえば即死ということであればほとんど出番はないからだ。
自分があまり役に立たない、という事実を認めることは多少抵抗があるが、そんな小さなプライドの為に大事な判断を誤ることは、それこそプライドが許さない。
つまりあの回帰主義者たちとの戦いにおいて魔術戦を行う場合、戦力は現状長老とリックのみということだ。
そう考えれば、人を分散する余裕はない。
「では、ミーロード様の回復を待って、全員で王都に向かいましょう。少し時間のロスは生じますが……」
「ウム。どちらにせよ寒波が収まらんと中心には行けんからのう。そちらを優先して変に早く着いて待ちぼうけ、下手したらみんなでカチンコチンということも考えられるしの。儂寒いの苦手じゃし」
少しおどけたように長老が言った。
その言葉が、気遣いだということくらいはミルアージャはすぐにわかる。緊急時なのだから、間に合わないより早く着いて準備した方が良いだろう。
(でも、それも見習わなくては)
そう、緊急時だからこそ、焦りは禁物だ。ただ気を張り詰めるだけでなく、余裕があるように見せたり、回りに気遣いをすることも大事だ。
「長老が固まっちゃうと大変ですわ、ではとりあえずそれを避ける為にも王都に向かいましょう」
ミルアージャも長老を見習い、努めて明るく宣言した。
魔術の腕だけでなく、長年エルフの里を率いてきた長老の、人への接し方にも感心しながら、先程のリック達への態度を反省するミルアージャだった。




