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夫婦喧嘩で最強モード  作者: 長谷川凸蔵
第2章・海岸編
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贅沢な時間

 緑の自然に囲まれた中で、疲れた体をお湯に(ひた)しながらくつろぐのは、リックにとっても久しぶりだった。


 長老の家の裏庭から森を入って、すぐ近くにある天然の温泉に()かっていると、実家のそばで滝の水を温めながら浴びていた日々を思い出す。


 旅と訓練の疲れが取れるからと長老に勧められたのだか、天然の温泉に浸かることが、こんなに気持ちいいとは思わなかった。


 周囲を木々で囲まれているので、景色を楽しむことはそれほどできないが、それは逆に人目をあまり気にしなくても良いということでもある。


「こりゃいいわ……最高だ」


 横にいるカルミックも気に入ったようだ。


 なんとなく、ぼーっと二人がお湯に浸かっていると、カルミックが話題探しなのだろう、リックに話しかけてきた。


「きみとカスガって、どうなの? 実際」


「どうって?」


 リックはあまり興味がないのか、空を眺めながらぼーっとしている。


「いや、恋人同士なんでしょ?」


 カルミックの問いに、リックは


「違うよー」


 と適当に返す。こんなに(ゆる)んだリックは初めてだと思いながらもカルミックが食い下がる。


「いや、どこからどう見てもそうとしか見えないけど……」


 カルミックの話を聞いてるのか聞いていないのか、リックはしばらく沈黙して、やっとカルミックの方を向いて言った。


「前に、フラれてるんだよね」


「えっ……そうなの?」


 意外な事実にカルミックが驚いていると、そのフラれた理由らしきものをリックが続けて話した。


「うん、仲のいい兄妹みたいなもんだからって」


「そうなんだ、何か意外だな……」


「だから、あまり考えないようにしてるかな、その辺は……」


 そう言ってまた空を見ながら弛みはじめたが、カルミックはさらに食い下がって聞いてみる。


「じゃあさ、カスガに恋人とかできても平気なの?」


「うーん、まぁ兄? としては僕より強いくらいの人なら、任せられるかな……」


 ハードルえらい高いな、とカルミックは思った。恐らく本人もあまり考えた発言ではないのだろうが。


(まぁ、そこらへんどうなのか、カスガにも聞いてみよう)


 それだけ考えて、その後はリックを見習って、カルミックもぼーっと過ごした。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「あなたとリックって、どうなの?」


 男性陣の入浴が終わり、入れ替わって女性陣が入浴していた。


「どうってなにが?」


 お湯の気持ちよさにぼーっと空を見ながらカスガが答える。


 いつも弛んでるカスガだけど、さらにゆるゆるだわと思いながらもミルアージャが食い下がる。


「恋人同士なんでしょ? 将来は結婚して村に戻るの?」


「違うよー恋人じゃないよー」


 カスガがいつもと同じようにのんびりと返す。


「そうなの、意外だわ……私が世間知らずだからそう思うのかしら」


「リッくんは私のこと手のかかる妹くらいにしか思ってないと思うよー」


「そうなのかしら……」


「ミルの事はきっと、基本手がかからないけど、たまに困らせる妹って感じじゃない?」


「ふーん……」


 ミルアージャは高い身分に生まれたゆえの価値観から、恋人や結婚は、家同士の結束を生む儀式、といった感覚でしかない。


 だからこそ、二人から感じる運命の絆のようなものに、憧れのような感覚があったのだが……


「じゃあ、カスガはリックに恋人ができても平気なの?」


「それはダメ」


「ダメなの?」


「うん、ダメ。ダメだから平気とか平気じゃないとかないかなぁ、だってダメだから。私がリッくんにお願いごとできなくなっちゃうし」


(結局、よくわからないわね……リックはどうなのか、聞いてみようかしら)


 よくわからないことを考えてもしょうがないので、ミルアージャはカスガを見習って、お湯の中で弛んでみた。


 何も思考せず、目を閉じて、ただお湯に浸かる。


 話すことをやめたはずなのに、穏やかな風から生み出される森のざわめきが、お湯によって弛んだミルアージャの心に語りかけ、さらに心と体をときほぐすような気がした。


 温泉に浸かるのは初めての経験だが、なんと贅沢な体験なんだろうと今さらながらミルアージャは思った。


(思えば温泉だけでなく、男女のゴシップめいた話をするのも初めてだわ)


 それもまた、贅沢な体験なのかもしれないな、と思う。年頃の少女の、ただ興味本位だけで成り立った会話。


 しかし緊張が続いた異国の地で、さらに衝撃的な話を聞いた後だ、それくらいの贅沢も、多少の休息も許されるだろう。


(まあ許す許さないは、私本人の気持ちの問題でしかないのだけれど)


 そう思いミルアージャはまた思考を休めた。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 休むものもいれば、働くものがいるのも世の常だろう。


 困難な依頼をしてきた依頼人を、恨めしそうに睨んでくるかのように見える生首を、特に気にする様子もなくそのまま放置して、王国宮廷魔術師のミーロードは、エルフの魔術師アールトについて思考を巡らせていた。


 四年前の帝国との戦いで結ばれた停戦協定について、アールトの果たした功績については、ミーロードも認める所だ。


 現在結ばれている停戦協定においては、戦い自体は王国がやや劣勢だったものの、結果的にはお互いの領地の割譲などは行われずに、国境は戦争開始前の状態が維持された。


 「闘神」が戦場に発生し、帝国が撤退を余儀なくされたのが終戦の理由だが、敵の宮廷魔術師ネイトの広範囲大規模魔術を、アールトが「反論」によって無効化しなければ、その前に国境の砦は撃破されていただろう。


 前王が何処からか連れてきた謎の魔術師アールトの、華々しいデビュー戦だった。


 ただその後四年間、アールトは特に出世を望むような動きは見せなかった。


 重臣会議に参加しても、特に発言することもなかった。強力な魔術師ではあるが、少なくとも会議の場にはいてもいなくても変わらない存在、それがミーロードを含めた重臣たちの感想だろう。


(ではなぜ、今なのか)


 ミーロードは次善策を考えるためにまずアールトの目的、つまりはなぜ宮廷魔術師になりたいなどと、今になって言い始めたのかを改めて考えた。


 ひとつは、言葉通り宮廷魔術師になりたいということだ。


 しかしその場合なぜ今なのか。


 地位にそれほどこだわっているようには感じないし、今日見せた力をもってすれば、ミーロードを誰にも気付かれずに亡きものにすることなどアールトには容易(たやす)いことに思える。


 自分さえ居なくなれば、アールトの実力的にも宮廷魔術師になるのは、そう先の事ではないだろう。


(つまり奴は、私を利用する事を考えている)


 恐らくアールトは自分が宮廷魔術師になると言えば、ミーロードが何かしらの動きをすると考えたのではないか。


 刺客を返り討ちにして、それをわざわざ警告したのは、希望の動きをしなかった事に対しての軌道修正を図っているとも取れる。


(……私が奴を出し抜いて、密入国者の捕縛に動くようにしたいのだろうな)


 恐らくそれが本命だが、ミーロードが密入国者の捕縛に動かなかった場合、宮廷魔術師になりたいというのが単に本来の目的なら、後手になる。


(結局刺客が通用しなかった時点で、奴の(てのひら)の上なのかも知れんな……)


 気に入らないが、動くしかない。ならば自ら密入国者を捕まえる、結局それが次善策だと思えた。


 その覚悟を決めるように、ミーロードは今も転がっている首を魔術で破壊し、痕跡を消し去った。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 ミーロードがアールトについて考えていた頃、アールトもまた今の状況を考えていた。


 宮廷魔術師になりたいと言ったあの日──


 アールトは、普段はただ時間が過ぎるのを待つだけの王前会議で、その日配られた資料に初めて興味をもった。


 そこにある肖像画の少女と、記載されている同行者の特徴は、闘神ロットマイルを復活させたときに邂逅した人物達だったからだ。


 アールトは闘神の前で彼らと出会ったとき、彼らが闘神を倒せるとは思ってもいなかった。


 まず一番力のありそうな青年でさえ、闘神を解析できなかったし、カルミックは父親の力量や聞いている話を参考に判断しても、とても驚異になるとは考えられなかった。


 惜しむらくは彼らがどうやって闘神を倒したのか、それを確認したかった。何かしらあのときアールトには見せなかった『力』があるのだろう。


 その為にも今は自分が直接対決をするのではなく、まずは誰かをぶつけて確認したい。


 ミーロードでは役不足だとは思ったが、他よりはましだろう。本来は『切札』を奴等に使ってもらえれば良かったのだが


「まあ何もかも上手くはいかんだろうしな……」


 実際のところ、闘神を倒したのが彼らなら、ミーロードでは一軍を率いても足りないだろう。


 それはミーロードが軍を率いて闘神と戦っても勝ち目がないという単純な引き算だ。


「里を巻き込むか……それか何とかしてあの男と戦わせたいものだが……」


 アールトは、頭の中に王国最強の騎士を思い浮かべていた。


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