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夫婦喧嘩で最強モード  作者: 長谷川凸蔵
第2章・海岸編
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それぞれの誓い

 煉瓦と石畳のせいで少し埃っぽく、夜も輻射熱で暑い帝都の夏の空気とは違い、ここエルフの里では夏の夜でもひんやりと澄んだ空気が体を包む。


 でも同じ空なのに、何故人は旅をすると空を見上げるのだろう。いや、今見上げてるのは旅のせいではなく、滅びの運命の話を聞いたせいで、本当にそこに空があるのか確認したくなるような気持ちだったのか……


 そんな自分には似合わない感傷を感じながら、エルフの里でカルミックは空を眺めていた。


 長老はあの後、少し話疲れたとのことで話は終った。しばらくは長老の家に滞在すると良い、といって部屋を用意してくれた。


 ささやかな夕食をご馳走になり、聞いた話を誰も話題にすることもなく、一同は静かな時間を過ごした。


 各々、心中で激しい会話をしていたのかも知れない。カルミックは食後、何となく外に出て座り空を見上げていた。


「何で、僕なのかなぁ……」


 カルミックは、不思議だった。


 リックは、カルミックが知る中でも別格だ。魔術の腕前はもちろん武術もそうだし、何より頭もキレる。高密言語自体リックに出会って初めて目の当たりにしたし、その紋様化ともなればもう人間業ではない。


 カスガも普段の言動はちょっと気になる点はあるが、神学術においては稀有の才能だし、ミルアージャは未完成とはいえ各分野で才能を発揮している。将来性を含めれば、前の二人に充分迫る逸材だろう。


 四人の中で、自分だけ凡人だ。多少魔術は使えるが、唯一無二ではない。探せば他にたくさんいるレベルだと自分で思う。その上で、それしか取り柄がない。


 それなのに、世界の破滅の運命を特別に知ることとなり、それを誰も疑問に思わない。本人を除いて、だが。


「まぁ巻き込まれた、とも取れるな、うん」


 自分で言ってみて、情けないことに腑に落ちた。正直聞いた話を思い返しても、じゃあこうしましょうなんて話は何も思い付かない、と──


 長老の家の扉が開いて、ミルアージャが出てきた。カルミックの事を見つけて、膝を抱えて横に座る。


「何してるの?」


 ミルアージャの問いにしばらく考えたが、


「何も、してないかな」


それ以外の答えが浮かばずに、また空を見上げた。カルミックの動きに釣られるようにミルアージャも空を見上げる。


 しばらくただ空を見上げるだけの時間が続いた後、ミルアージャが話かけてきたのか、それとも独り言なのか、とにかく呟いた。


「あの星も、いつか消えてしまうのかしら」


 そう言うと、ミルアージャは抱えていた膝に顔を(うず)めた。


 破滅はすぐにではない、でも確実にやってくる。そんな話を聞いて、今になってそれが現実感として迫って来たのかもしれない、ミルアージャの様子を見てカルミックはそんな想像を働かせた。


 カルミックの気のせいかも知れないが、ミルアージャは少し震えているように見えた。


 誰よりも大人びて話をするし、気丈に振る舞いもするがまだ十五の少女なのだ。突然世界の運命を背負うような、責任を負わせられる筋合いも無いだろう。


(そうか、誰だって巻き込まれてるんだ、何かに)


 なら自分はそれに気付かせてくれたこの少女の為に、せめて出来ることをしよう。そう誓うのは別に凡人にだって許されるだろう。


 お互いの胸中はわからないが、二人はしばらくそこに座っていた。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 食事が終わり各自が自由に過ごしている時間に、リックは長老の部屋を訪ねた。


「なんじゃ? まだ聞きたいことでも?」


 リックは自分が里を訪ねた本題を切り出した。


「『認知ドランカー』の治し方を知りたいです。本来はその為に僕は来ました」


「認知ドランカーじゃと?」


 長老からすれば、かなり久し振りに聞く単語なのだろう、多少興味を持った表情を浮かべた。


 リックは闘神との戦いの詳細な説明をする。高密言語の紋様化については迷ったが、話すことにした。我が身可愛さなどと言ってしまった反省もある。


 驚くかと思ったが、長老も理論的には可能だろうと言うことで思ったよりもすんなり受け入れてくれた。


「ふむ、なるほどのう。教えてもいいが、ひとつ忠告がある。その闘神を倒した術はもう使わんほうがええ」


「何故ですか?」


『縮膨双殺』は対闘神戦を考えた場合、切り離せない奥の手だ。これまでは積極的に闘神と戦うつもりなど無かったが、聞いた話が真実なら話は別だ。


 もし使わないとなると他の戦略、手段を考えないといけないが、正直思い付かない。


「強すぎる術は発現するのに、世界に(ひず)みを生む。『七大災害』は、強力な術の歪みで発生したとワシは睨んどる」


「そうなんですか……ちなみにうちの母親、たまに七大災害のうち四つくらい召喚してますけど……」


「……恐ろしい母親じゃな、さすがワシの曾孫」


 コホン、と長老は咳払いして、続ける。


「かつてこの辺りが温暖な地域だったことは知っておるじゃろ? それが今は寒波の影響で涼しくなっておる。その寒波を産み出したのがワシのじーさんの魔術の暴走じゃ」


 あっさりと衝撃的な事を言ってくる長老に少し呆れながらリックは返答する。


「ええ、なんかとんでもない家系ですね……」


「まぁ、闘神をそれで封印しとるんじゃからしょうがないがな」


「なるほど……って、封印?」


 長老の意外な言葉にリックが反応する。長老の話によると、現在の寒波の中心部付近で発生した闘神に対処するために、当時のエルフの長老が高密言語で強力な術を使用したらしい。中心部はあまりに寒すぎて誰も行けないし、闘神が凍りついているせいなのか、『調停者』の剣である『アービトレーション』も探知しないのではないのかとの事だった。


 通常、発現した術の効果がこれほど長く残ることはないので、暴走では無いかというのが長老の説だ。


「なるほど……」


「で、運の悪いことに認知ドランカーの治療はその中心部近くの『海岸』と言われる場所に行くことでな、そこはこの世界に違和感を持った、移住したばかりのエルフ達が、『海』に似せて創った場所なんじゃよ」


「『海岸』ですか」


「つまり認知ドランカーとはこの世界と『海』の見方の違いから、違和感がつきまとう状態じゃな。何度か交互に解析を繰り返して、使い分けを物にすれば、自ずと収まると言われておる」


「なら、溶けるまで治療はおあずけですかね?」


「とはいえ、寒波は五百年も続いとるからのう……」


 リックは言葉には出さなかったが『海岸』という場所こそ、あのエルフが自分にはできなかった闘神の周囲を解析した事に何か関係があるのでは、と思った。


 リックが闘神と対峙し、解析しようとしたときに感じた違和感、あれは闘神の周囲が『海』に近い存在になっているのでは無いか。エルフが『海岸』を創ったように、闘神が自分がこの世界に存在しやすように、自分の周囲をその『海岸』のようにしているのではないか。


 なら話は簡単だ。寒波を越えて海岸にいき、そこで『海』での解析方法を手に入れ、その足で寒波を止めて闘神を解析しに行けばいい。それで疑問には答えが出る。


 問題は、長老は間違いなく反対するだろうということだ。


 それとザックのこともある。恐らく今までふらっと家を出ていたのは、闘神を退治していたのだろう。自分が闘神を解析してみる前にザックが闘神を倒してしまえば、その解析のテストは先伸ばしになってしまう。


 どうするのが良いのか、リックは世界の危機など忘れて自分の都合、つまり自分の能力の強化の事を考えていた。


 結果から言えば、長老は反対することは無かったのだが……


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 長老に話を聞き終えたころ、部屋をノックをする音が聞こえた。


「あのー、リッくんいますか?」


 カスガの声が聞こえ、リックが長老に頭を下げて部屋を辞する。カスガが話があるとの事で割り当てられた寝室へと向かった。


 相部屋のため、それぞれのベッドに腰を掛けたところでカスガが話を切り出した。


「私……もう祈らない方が良いのかな。他にろくな取り柄も無いのに……」


 カスガは長老に聞いた話がよほどショックらしかった。長老に質問してから、ずっと考え事をしていたのだろう。


「もしかしたら、私の祈りも、誰かの迷惑になっちゃってたのかなって思っちゃうと……」


 リックとしては、一人二人祈る者が減ったところで、別に変わらないと思う。だがそれは正しいかも知れないが、只の理屈だ。そして理屈が正しいからすぐにわかったとならないのが人間だ。


 そして、今は理屈でカスガを納得させる必要なんてない、ただ自分の想いを伝えよう、リックはそう決めてカスガへと話始めた。


「僕はカスガが、今まで正しいことをしてきたと確信してる。これからもそうすると信じてる。闘神なんて、父さんがいなくたって僕が全部倒してみせる」


 カスガがはっとリックを見る。


「破滅するって言われたって、そんなもの、受け入れる必要なんてないんだ、僕らで一緒になんとかしよう」


 カスガが質問してきたのは、答えを求めたわけではないのだから。


 幼いあの日──


「リッくんは、寂しくないの?」


と聞いてきたのと、同じだ。祈るべきかやめるべきかを知りたくて聞いた訳ではない。


 祈りの無い自分が、一緒にいる資格があるのか、そういった漠然とした、自分でも気が付かない不安だ。なら変わらず一緒にいようと伝えるだけでいい。


 カスガも、自分の悩みの理由がわかったのだろう。


 自分のベッドから飛び出して、リックの胸に飛び込んだ。胸に顔を埋めて、体を震わせはじめ、そして……


「私、まだ皆と居ても、いいよね。一緒に居ても良いんだよね……」


そう言って激しく嗚咽した。


「当たり前じゃないか」


 堰を切ったように激しく泣くカスガの背中を優しく撫でながら……


(ふさわしい言葉、欲しい言葉、か……)


 帝都でしばらくの別れの時にそう言われて、それが言えなくて、怒られた事を場違いにも思い出していた。


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