定められた破滅
「おっと口が滑ってしまったようじゃ、『調停者』に関しては本来長老だけに引き継がれる秘匿事項でな、すまんが忘れてくれ」
長老は手を振りながらそう言って話を変える。
「で、お主らの用件は?」
既に何度か口にしながら、その度に中断された問いかけを再度してくる。
「ミルアージャと申します。私からよろしいでしょうか」
ミルアージャはリックの様子を伺い、彼が今は冷静ではないだろうと判断して話を始める。
「数ヵ月前になりますが、私たち四人は『闘神』と遭遇しました」
その発言に、長老は驚いた顔で全員を見回す。
「よく生きておったな」
長老の疑問はもっともだ、とミルアージャは思う。決してこちらを軽んじて発言した訳ではないことはすぐに理解できた。闘神との遭遇、それは基本的に死を意味するからだ。そんな当然の疑問にミルアージャは答える。
「はい、リックの活躍のお陰で何とか闘神は倒しました」
「倒したじゃと! 闘神をか!」
先程以上の驚きを持ってリックを見る。闘神を討伐した記録は、過去残っていないからだ。
ミルアージャが事件の経緯を説明する。帝都で神学術者の誘拐が頻発したこと、その事件を追うことで闘神と遭遇したこと。
ミルアージャの説明に、カルミックが補足する。闘神が自分の父が保有していた肉片から発生し、その闘神は神学術者達の祈りの中で生まれたこと、そして……
「その際に『回帰主義』を名乗るエルフと出会いました。彼は人を唆して帝都の神学術者達を拐い、闘神復活の贄としたのです」
カルミックの補足を引き継いで、ミルアージャが再度説明を進める。
「なんと、そのようなことが……」
「もし長老様が、回帰主義に心当たりがあれば、教えていただきたいというのが今回の訪問の理由です」
「ふーむ」
そこまで聞いて、長老は椅子に体重を預けながら揺らし、天を仰ぎ見る。何か考え事をしているような静かな時間がしばらく過ぎ……
「心当たりは、ある。だが何処から話せば良いのか……」
長老は手遊びの様に折れた杖を認知、解析したあと呪文を唱え修復する。修復はそれなりに難しい術だが事も無げにやって見せることで長老の力量がかなりのものだとわかる。
「それに、これはさっき言った長老だけに伝わる秘匿された歴史に関わってくる……」
「なぜ、秘匿の必要があるんですか?」
先程までの衝撃からやや立ち直ったのだろう、リックが長老に尋ねる。
「……エルフや竜神族にとっては、敗北と罪の歴史であり、お主ら人間に背負わせてしまった業だからじゃ」
その発言にリックは少し挑発的に笑い
「我が身可愛さに、内緒にしてるってことですか?」
そのまま表情を変えずに発言をした。それを聞いて長老が一瞬顔に怒りの表情を浮かべるが
「……生意気言いおって!さすがワシの玄孫じゃ!」
怒ってるのか褒めているのかわからないことを言いながら、長老が笑う。
「しかし、そう言われても仕方がないかも知れんな……」
長老は心中で、闘神を倒したというこの若者達に対して尊敬の念を覚え始めていた。情報を秘匿していると言えば聞こえはいいが、結局はリックが指摘しているように我が身可愛さであることは否定できない。
それに引き換え彼らが里を訪れた理由は、シンプルな言い方をすれば「正しい事」を行おうとする若者らしい気概だ。彼らは命の危険に身を晒すような対決を経てなお、乗り越える為に前に進むことを選んでいるのだ。それに対して「エルフの恥」だからと追い返すことはあまりにも情けない事だという気分になってきた。
「よかろう、ここだけの話、というやつじゃ。闘神を倒した褒美としてな。約束できるか?」
長老の真剣味を増した問いかけに、三人が静かに頷く。
「は~い!」
一人が軽い返事をする。長老は一瞬止まったが、咳払いをして話始めた。
「神話、は聞いたことがあるじゃろう。あれには少し間違ったとこがあってな」
「間違い?」
「エルフや竜神族は逃げてきたんじゃ、この大陸に。お主らが『神』と呼んでいる者との戦いに破れて……な」
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『海』と呼ばれる世界には、上も下も右も左も無かった。
魔力が満ち溢れ、意識と力だけを持つものが多数存在し、実体もなく、時に争い、勝者は相手を飲み込み、消し去る世界。
その中に『灰色』と呼ばれた圧倒的な存在があった。
巨大な力を持ち、力の象徴である『槍』を携えたその存在は、周囲にある他の力を次々と飲み込んでいった。
『エルフ』と『ドラゴン』と呼ばれる存在が飲み込まれまいと協力しながら抵抗し、長い時間と多くの同胞の犠牲を払い、隙を付いて『槍』を奪い、『灰色』を攻撃した。
勝利したかに見えたその攻撃は、『灰色』を『白』と『黒』に分けたに過ぎなかった。
決して飲み込むことの出来ない存在を前にして、エルフとドラゴンは敗北を悟った。
白と黒の激しい追撃から逃げる為に、『槍』の力を使い、この世界への道を開いて移住した。
エルフと竜神族が『海』からフラスコ大陸へと逃げて来た時に、まず最初に行ったのは自分達を作り替える事だった。
彼らは『力』の象徴である槍を使い、この世界の生き物を真似て自分達に肉体を与えた。
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「そして何とか槍を奪ったまま、この世界、つまり人間達が住む世界に逃げてきたんじゃ。まぁ実際どのような戦いだったかはワシも上手く言えん。存在の仕方がどうもこの世界と全く違うらしくてな」
聞いた四人も、正直何処まで理解できたか疑わしい。だがカスガがとりあえず気が付いた疑問を口にする。
「私は神学術を使います……『奇跡』とは、その全てを飲み込む『白』や『黒』の力を……利用しているってことですか?」
カスガの発言を首肯しながら、長老が話を続ける。
「そうじゃ、その存在を人間に伝えたのが、お主らが回帰主義者と呼ぶもの、『裏切りのエルフ達』じゃ。奴等はこの世界の人間に奇跡を使わせて『白』と『黒』を呼び込ませ、破滅させようとしている。奴等は……『海』にこの世界を飲み込ませようとしておるのじゃ」
そこまで聞いて、カルミックが父親の事を思い出し、尋ねた。
「僕達が戦った闘神は、元々の闘神の肉片を核として、祈りの中で生まれました。つまり祈りが、その『白』や『黒』を呼び込み、闘神へと変化させるということなんですね?」
カルミックの疑問、いや確認に対して長老が頷く。
「そういうことじゃ。奇跡の発現に乗じて、奴等はこの世界に少しずつ、少しずつ侵入してくる。そしてある程度集まるとこの世界に適応するために生き物に取り付き肉体を得て『闘神』と呼ばれる存在になるのじゃ。奴等の目的は『槍』を取り返し、この世界を『海』の一部に作り変えることじゃ。エルフや竜神族が神学術に適正がないのは、太古の戦いの記憶で、本能的に奴等を呼び込むのを拒否しておるのじゃ。人間には、奴との戦いの記憶が無いからな。そこを利用されたのじゃ」
ミルアージャは、とんでもない話になってきたと率直に思った。今さら人間の生活から、祈りを、奇跡を取り除く何てことは不可能だ。
エルフや竜神族が自然の中で生活する事を好む理由も解る気がする。彼らは奇跡に頼らない自然の循環の中に身を置くことで、破滅を遠ざけようとしているのだ。
人はこれからも増えるだろう。そうすれば奇跡を願う者も増える。そしてその奇跡が本来死ぬはずだった者を助け、また人を増やす。その循環の先に待っているのは破滅だと気が付かずに。それを思い付き、実行した回帰主義最初のエルフの戦略に恐ろしさを覚える。
「つまり本来避けられない破滅を、避けるための存在が必要だった……ということですね」
リックがポツリと口にする。長老がリックの発言の正しさを認めて頷いてから……
「もうわかったじゃろう、その破滅に対抗するために、我々エルフと竜神族の祖先が命を引き換えに生み出したのが『調停者』とその武器『アービトレーション』じゃ」
厳かに伝える。
「でも、治療の見込みのない、延命のようなものだ」
「……そうじゃ、問題の先送りでしかない」
リックと長老の話がよく理解できずにカスガが問う。
「えーと、『調停者』……ザックおじさんがその闘神を倒せるんなら、問題はある程度解決するんじゃないんですか? これからはリッくんや私達も手伝えば……」
カスガの発言に首を振りながら長老が答える。
「闘神が発生するサイクルは、どんどん早まっているんじゃよ。祈る人間が増えたせいでな。その発生頻度はいつか『調停者』の処理能力を越えてしまう。神話風に言えば、数え切れなくなると言ったところじゃろうか」
ミルアージャが長老の発言を引き継ぐ。
「つまり本来は闘神が発生したら、調停者がそれを速やかに倒す、でもそれが追い付かなくなってきた。一部が表に出てきてしまい『ロットマイル禍』のような悲劇が起きている、と」
「やれやれ、話が早くて助かるわい。つまり……」
長老が強調するように、あるいは……
「『奇跡』がこの世界にもたらされた事により、この世界の破滅は運命付けられたのじゃ」
絶望を告げるように言った。




