勘
「詳しく聞かせて貰おうか」
帝国との国境で起きた、兵士集団昏睡事件の調査に赴いた軍目付の男が、最初にリック達へと応対した兵士二名に事情を聞いていた。
彼らの話によれば、彼らが眠らされてから約一日半との事だ。恐らく容疑者はもう国外に引き返したか、国内に紛れ、潜伏しているだろう。
兵士たちは小隊とはいえ、この規模を一気に眠らせる能力。王家の宮廷魔術師にも難しいと思える作業だ。そんな能力の持ち主を国内でのさばらせる訳にはいかない、慎重な調査が必要だろうと軍目付の男は考えていた。
「ふぁい、ひょにんくみれ、おろこ二人、おんにゃ二人れした」
最初に殴られて鼻が折れたという男が、聞き取り憎い声で話す。鼻は治療済みだが、折れた歯は再生しなかった。殴られた瞬間は歯が折れたりはしてなかったようなので、恐らく眠ってる間に折られたのだろう。何のためかは不明だが。
軍目付は、聞き取り憎さに耐えかねて、鼻も歯も無事な男に話を引き継ぐように視線を向け、意思を伝える。
「は、はい、最初は普通に通行させようと思ったのですが、こいつが女に、その、ちょっかいをかけようとしたら男が突然コイツに殴りかかりまして……」
同僚を売るような気持ちなのだろう、歯が無事な兵士は少しバツが悪そうに隣の男に指をさす。
「まあそれで、怪しい奴が炙り出せたのならお手柄だろう。動機は下らなく浅はかな下心だったとしても……な」
「こ、光栄れす」
皮肉も通じない歯の折れた男に呆れながらも、軍目付は二人から情報を収集する。
四人組の外見的な特徴を確認中、気になることがあった。彼が軍目付に任命される前に諜報員として帝都に潜入中、聞いたことがある容姿に容疑者の内の一人の特徴が一致したのだ。
子供でもなく、かといって完全に大人とも言えない容姿、ストロベリーブロンドの髪、何よりグリーンに青のグラデーションの珍しい瞳。
この無能に見える、いや、実際無能としか思えない男が、とっさにそこまで本当に確認できたのかは疑問だが、女をジロジロ見るくらいしか能力がなく、今回はそれを活かしたのかも知れない。
「……おい」
「はい」
軍目付の男が後ろに控えた部下に声を掛ける。
「その四人組の中に、思い当たるふしがある。帝国の最近の皇族の肖像画を用意してくれ。それをこいつらに確認させろ。どのくらいで用意できる?」
「七日も頂ければ」
「話にならん、二日でやれ」
「……はっ」
(まぁ、無いとは思うが、勘が働けばそれに従うのが俺のルールだからな)
彼は長い諜報員としての経験から、勘は有用だと理解していた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
そんな騒動を知ることもなく、あと数日でエルフの村に到着するという街道で、四人はお気楽に旅をしていた。
「本当このへん、涼しくて過ごしやすいね!」
カスガが街道を吹く少し冷たい風に髪をなびかせ、それを押さえながら話す。
街道は帝国の物ほど整備されているとは言えず、多少の走りにくさがある。だがそれなりに往来は多いのだろう、土は充分に踏みしめられている。
「この辺は、『七大災害』のうち、今も継続して発生中の『ベールア寒波』の影響下だからね。本来は地熱でやや暖かい地域らしいよ。エルフは生来脂肪が蓄積しにくいらしく、寒さは苦手だから温暖な気候を好むらしいからね」
「ふーん、太りにくいんだ、いいなぁ」
カルミックが、筒のようなものが入っている長細い袋に手を入れながら豆知識を話すと、カスガがいつものようにちょっとズレた感想を言う。
道中袋に手を入れている事の多いカルミックの様子を見て、リックが尋ねる。
「もう、溜まりそう?」
「んー、もう少しだね」
そんな二人のやり取りを疑問に思い、カスガが口にする。
「何溜めてるの?」
「魔力さ。カルの『特装』は、魔力の蓄積が必要だからね」
「ああそっか、そういえばそんなこと言ってたね」
カスガは自分に渡された『特装』には、魔力の蓄積が不要なので忘れていた。
リックは高密言語の紋様化は慎重に取り扱うべきだ、と思う反面、それを利用した道具が各人の能力の底上げに速効性があり、有用だと理解していた。
ミルアージャに相談したところ予算が下りたので、各人の特性を考慮して幾つか作成したものを旅の前に支給した。
「カスガは使い方マスターした?」
「うんバッチリ! 二回は行けるよ!」
「ミルは?」
「大体使い方はわかったわ。でももう少し魔力消費を押さえられれば助かるわ」
「そっか、もうちょっと理論を考えてみるよ。まぁこの旅で使うような事態になる可能性は低いと思うけど。まぁ念のため……ね」
念には念を入れた方が良いだろう。国境が封鎖されていたことも含めて、旅は何が起こるかわからない。できることは準備しておく必要がある。
(まぁそのためにもまずは認知ドランカーとかいうふざけた名前の症状を治さないとな)
リックは誰にも話してない今回の旅の目的を、改めて確認しなおした。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「こ、この女です、間違いありません」
軍目付の部下が肖像画を用意できたのは、結局三日を要した。ネリア国内にはほとんど流通していないため、帝国内に潜伏している諜報員から取り寄せる必要があった。
兵士が指をさしたのは、皇族家族の集まりの中で、可憐に微笑む一人の少女だった。




