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夫婦喧嘩で最強モード  作者: 長谷川凸蔵
第1章・帝都編
33/63

矛盾の解消


「カスガ!」


 リックが叫ぶのと、カスガが倒れるのは、同時だった。腹部から、じわっと地面に赤く広がりを見せた血液の量が、それが致命的だと伝えて来た。


「ミルアージャ!!」


 リックが、怒声とも取れる声量で叫んだときには、ミルアージャは既に駆け出していた。さっきまで、やることなどひとつも思い浮かばなかった。


 今は思いついている。

 そして、自分を心の中で叱咤する。


 何が、人の上に立つだ、何が、俯瞰で見るだ、私は何様のつもりなんだ、たかが皇帝の娘として生まれただけの、15の小娘が、何を達観したつもりになってたんだ。


 カスガは自分の信じる、今やるべきことを実行した。私も彼女に倣おう。


「認識阻害」を使用し、闘神の目を欺く。

 リックが引き付けてる今なら彼女一人なら逃亡できる。

 だが⋯⋯


 今は何に変えても、やるべきことがある。


 友達は、死なせない!!


 決意を胸に、破壊され、足場の悪い床に足を取られながらもカスガの側にたどり着き、祈りを始める。


 カスガの腹部が、時間を巻き戻すように再生が始まるが⋯⋯

 

 傷の状況を見立てながら、ミルアージャは判断する。


 厳しい。

 助けられるかは、五分五分、しかもそれは邪魔が無ければ、だ。

 そもそも、これほどの重傷を癒やした経験などない。


 ミルアージャが祈りを継続していると⋯⋯ 

 

「ミル、アージャ、やめて、にげ、て、わたし、リッくんの足手、まとい、に、なりたく⋯⋯ない」


 力なく、カスガが命をふり絞るように話す。


 この状況でも、自分よりリックを案ずるカスガを見て、ミルアージャはすぐに生まれそうになる弱気を振り払う。


「喋らないで、私は、逃げない。無駄よ。だから、私の祈りを無駄にしないで」


 二人の様子を見ていたリックが、改めて闘神の方を向き、怒声を上げた。


 その咆哮を聞き──カスガは虚ろな目で、思い出していた。


 村に山賊が襲来し、ベルルスコニが追っ払ってくれたとき、一人の山賊の生き残りが、カスガに剣を向けた。


 その時もリックは咆哮をあげ、山賊を叩きのめした。

 カスガが見た、リック唯一の激昂だ。


 それはリックに微かに流れる、竜神族の血だ。竜神族は、怒りを、力に変える。生粋の竜神族は、普段から怒りをコントロールする(すべ)を訓練する。


 リックは咆哮を上げたその勢いで突進し、闘神へと殴りかかった。


 拳を魔力で強化した、全力の一撃が闘神に叩き込まれる。


 それまでリックの攻撃を防いでいた障壁を貫通し、闘神の本体に拳は突き刺さった。その威力で闘神を屋敷の二階部分まで吹き飛ばす。


 ただ怒りをコントロールできないリックに、その勢いは長続きしなかった。現に拳は、原型を留めないほど変形してしまっていた。


 これ以上肉弾戦は無理だ。

 リックは賭けに出ることにした。


 ──今までにない、魔術の使用。


 ここからは全てが、ぶっつけ本番。


 だが、サポートが必要だ。


 闘神すら倒すほどの徹底的な一撃を叩き込む為の、隙が必要だ。


「カルミック!」


 急に声をかけられ、カルミックが動揺する。カルミックの返事を待たずにリックが言葉を続ける。


「今からアイツをぶち殺す! だが集中する時間がいる! アイツを一瞬でもいい! ⋯⋯頼む!」


「し、しかし⋯⋯」


 解析できない相手に、どうその一瞬を⋯⋯カルミックの逡巡を感じたのだろう、リックが叫ぶ。


「魔術師として、お前の父親は一流だったぞ! それを今、越えろ!」


 リックの言葉で──カルミックは父の言葉、その教えを思い出した。


(魔術での戦いは、力比べではない。力比べなら、力を持つものに勝てない。状況を把握し、利用するのが魔術の奥義だ)


 その言葉に背中を押されるように、カルミックは認知、解析を始めた。そして、確信する。


(そうだ、父上は父上なりに⋯⋯自分のやり方で、魔術を『極めよう』としたんだ! その方法を父がどこかで間違えたなら、正しいやり方を見せてやる!)


 その視線から、カルミックが認知した場所をリックは理解し⋯⋯


(そう、そこだ、それでいい)


 心の中で呟きながら、まだ無事な左手を懐に入れて、ある物を取り出した。


 それは魔鉱で作られた試作品の眼鏡だった。


 縁だけで、レンズはない、ただの眼鏡。だがよく見ると紋様が全体に刻まれている。


 リックが眼鏡を耳に掛けると──その瞬間、眼鏡が紫に発光し、膨大な魔力の消費を感じた。

 既に消耗は激しい中、それは命を振り絞るような行為だ。

 もう、後戻りはできない。

 だが、消費する代わりに手に入る「力」がある。


『完全解析』


 それは、『海』の『神』がこの世界を見る視点。

 それまで解析を受け付けなかった目の前の闘神すら、問答無用で解析し始めた。

 リックが認知範囲を絞り、闘神の周辺に集める。かつてない深度で、世界を理解する。


 ネイトとの雑談で構想し、最近研究してた試作品。

 副作用を懸念して、まだ試作段階の状態だ。


 闘神も自分が解析されているのを理解したのだろう。

 リックに認知を向け、解析を始める。


 リックの解析が終わる前に、闘神が解析を終え、術を発動しようとする。


 闘神の術に、リックは反論はできない。


 自分の周囲に認知を展開していないし、仮に反論へと魔力を回すと、解析を一から行う必要がある。


 それをすると、眼鏡に奪われる魔力のせいで、力尽きてしまうからだ。


 だからこそ、リックはカルミックにサポートを頼んだ。


 闘神が正に呪文を唱える、その瞬間── 


「コラップス!」


 闘神の足元、一階部分の基礎がカルミックの術によって破壊され、闘神が落下する。リックへの認知がズレ、術は不発に終わる。


 解析できないなら、解析できる部分に発動する。


 カルミックの父の思想を受け継いだ一撃が、強敵の隙を誘発する。


 術をぶつけられるのは、闘神が自動落下中の刹那の時間、これを逃せば、もう敗北しかない。

 

 しかし⋯⋯リックは、ここに来て重大な誤算をしていた。


(想定より、眼鏡による消耗が⋯⋯激しい⋯⋯魔力が⋯⋯⋯⋯足りない)


 ダメかと思った瞬間、なぜか思い出す。


 帝都で、少しだけカスガと別れたその日。


「ふさわしい言葉、欲しい言葉があると思うの」


 それが何か、まだ聞いていない。


 ベルルスコニが深夜震えながら抱き締めて来たあの夜。


「おやすみ」


 としか言えなかった自分。何を言うべきだったのか。


 自分にも、欲しい言葉、言って欲しい言葉がある!


(ふさわしい言葉も、欲しい言葉も言えて⋯⋯ない! 聞いても、無い! 知りたいんだ、それを!)


 そのために、コイツを倒す!


 ここで諦めてしまえば、自分だけではなく、全員の運命がここで終わる。


 それは、受け入れられない、なら、絶望はできない、している場合じゃない!


 そう強く念じながら、諦めそうになる心から、絶望を吹き飛ばすかのように思考を巡らせ──辿り着く。


 答えは、希望は、あった。


 ベルルスコニに託された、魔石。


 試作品は完成していた。


 魔石が砕け、弾け飛ぶ。


 リックに魔力を供給する。


(足りる!)


 リックが呪文を唱える。過去、成功したことのない、構想だけの術。


 カルミックが、そして遅れてミルアージャが気付く。


「高密⋯⋯言語?」


 それはどちらの呟きだったのだろうか。


 完全解析の状態なら、必ずや発現する!


 そう信じてリックが術を発動する


「縮膨双殺」


 リックは世界に、自分の意思を伝え、強烈な命令を与えながら思い出す。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「矛盾する存在によって、矛盾を解消する、なんかかっこいいと思わない?」


 カスガが、自分の赤緑病の論文をリックに読ませながら、そう言ってくる。


「うん、良いね、格好いいよ」


「へへー、嬉しいねなんか、そういうふうに、リッくんに褒められるってさ」


「僕もなんか格好いい術考えよう、その矛盾の両立、みたいなさ」


「ほんと? できたら見せてね、絶対だよ!」


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「縮膨双殺」は、大量の大気を認知範囲に召喚する。


 召喚されながら極限まで圧縮された大気は、膨大な熱エネルギーを生み出す。


 それを対象に全て伝熱させ、叩き込む。


 熱エネルギーを失った大気をその後、認知範囲内に急速に膨張させる。


 急速に膨張された大気は急激に冷やされ、一部を液体化するほどの温度低下を起こす。


 結果、対象は急速に冷凍され、水分を奪われ、崩れ落ちる。


 灼熱と極寒同時の、矛盾した一撃が、対象を完全に破壊する。


 現象は認知範囲内にしばらくとどまったのち、元の姿を取り戻す──その影響を受けたもの、つまり闘神を除いて。


 闘神は、一切原型を留めることなく、その高い再生能力を活かす暇もなく一気に破壊され、サラサラと崩れ落ちた。


 リックの召喚した「矛盾」が⋯⋯


 希望の祈りの奇跡が生み出した絶望、という「矛盾」を⋯⋯


 静かに、解消した。


 ミルアージャは、氷の粒子がサラサラと流れるその光景は、場違いだが⋯⋯⋯⋯


 美しいと感じた。

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