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夫婦喧嘩で最強モード  作者: 長谷川凸蔵
第1章・帝都編
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深夜の外出

『紅の都』とフラスコ大陸に名高い帝都も、一日一度は当たり前だがその色を失う時間はある。夜の街は静かに佇み、再び色付く事を待っている。


 闇が支配する町の中で、闇に抵抗するようにポツ……ポツ……と窓に灯りを点す幾つかの建物がある。その内のひとつ、5番区画西部にあるひとつの建物から20m程離れつつ視界に入れながら、リックは嘆息した。


(なにやってるんだろ……研究したいのに)


 ミルアージャと『友人』となってから初めての外出だが、友人の誘いに今彼が前向きとは言いがたい。とはいえ長かった一日も間もなく終わるだろう。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 学校の終わりに治安維持隊の詰め所を訪問したいから同行して欲しい、そうミルアージャが言って来たのはリックとカスガ、フランが食堂で昼食を取っていたときだった。


 フランは二人と皇女が親しい事に驚いたようだが深くは話に入って来ず、傍観していた。


 放課後に指定された位置に停車している馬車に同乗し、リックが外出の理由を聞く。


「私がお世話になっている神父様を最近お見掛けしないと思ったら、どうやら何かの事件に巻き込まれているようなのです」


「事件?」


「はい、それで執事に色々と調べさせた所、同様の事件が多発しているとのこと。それで調査状況を調べたいと思いまして」


「皇女自ら……ですか?治安維持隊に任せた方がいいんじゃ」


「神父様は恩人です。恩人になにかあれば少しでも力になりたいと思うのは当然です」


 そう言われれば、リックにも特に反論はない。皇女の我が儘に付き合わされる治安維持隊に同情はするが、それは自分も同じようなものだ。それに治安維持隊の詰所にも少し興味がある。


 目的の詰所に到着する。


「ミルアージャ様、ようこそいらっしゃいました。この分隊を指揮しているアーストと申します」


 アーストと名乗る男は40代半ばほどだろうか。がっしりとした体型に、

帝都を象徴する紅の制服を着込み、腰にはサーベルを武装している。


 皇女の訪問を本音ではどう思っているのかはわからないが、少なくとも表面上は歓迎しているように見える。


 他の隊員も起立し、右手を胸元に、左手を腰の後ろに当て敬礼している。7つある席の4つが空いているのは任務で外出してるからだろう。


「どうもアースト隊長。4年前お城でお会いして以来ですね。その時はまだアイダ分隊長の付き添いだったと記憶しておりますが」


「覚えておいて頂いてるとは、光栄です」


 アーストはそう言いながら、ミルアージャが人一倍の記憶力を持っており、一度会った人間を忘れないと言う噂を思い出していた。


「早速、依頼してあったものを見せて頂けますか」


「こちらです。むさ苦しいところではありますが、よろしければあちらに座ってお読みください」


 来客用の設備などないのだろう、恐らくアーストがいつも座っているであろう席を指さす。


「ありがとう、皆様も任務に戻ってください。わざわざ私の為に手を止めさせて申し訳ありません」


 そう言ってミルアージャは席に付く。アーストはミルアージャに20枚程の書類を渡す。


 アーストがミルアージャの横に起立して待機しながら、リックとカスガに目を向ける。


「皇女様、こちらの方々は……」


 いかにも一般人といった二人が同行していることを不信に思ったのだろう。リックは当然の反応だなと思ったが、紹介はミルアージャに任せることにした。


「私の友人です。リックとカスガ。ネイトの縁者の者です」


「ネイト様の……」


「リックは魔術でネイトに、そしてこのカスガはアレジンの神学術に匹敵すると私は思っています」


「なんと……」


「そんなぁ、リッくんはともかく、私の評価は大袈裟ですよー!」


 カスガは慌てて否定する。アレジンとは三柱の一人、ガーガロー家現当主アレジン=ガーガローだ。


 帝国内の教会を統括するガーガロー家は、初代皇帝シュザインに仕えたセルティ=ガーガローの末裔で、代々神学術のエリートとして皇帝に仕えて来た名門だ。


「犯人は……かなりの魔術の使い手のようですわね」


 ミルアージャの指摘に


「よろしければ根拠を教えて頂けますか?」


 アーストが訪ねる。


「まず、全ての犯行現場で室内に争った形跡がないとの事。失踪した方々全てと顔見知りという可能性も考えられますが、恐らく違うでしょう。その場合人ひとり連れ去るのに争った形跡がないとなれば、魔術で無力化したあとの犯行だと考えられます」


「はい」


「そして次にこの二人目の失踪者であるハタワ神父様ですが、私の記憶では従軍経験があり、魔術もかなりの実力者だったはず。例えばシープで眠らされるとしても、とっさに反論するはず。ならば相手は不意をついたとはいえ、かなりの解析速度の持ち主です」


「なるほど……」


「調査書には共通点として、神学術の使い手との事ですが、例えば経歴などに共通点がある方などはいませんか?」


「特にありませんが、再度調査してみます」


「わかりました。また伺うかもしれません」


 そう言ってミルアージャが書類を席に置く。


「もうよろしいのですか?」


 アーストが尋ねると


「はい、全て目を通しました。ありがとうございます」


 そう言ってミルアージャが立ち上がる。そして急な訪問で迷惑を掛けたことを謝罪し、外へ出る。


 馬車に3人が再度乗り込んだあと、ミルアージャがカスガとリックに話しかける。


「どうやら犯人は強力な魔術の使い手、というくらいしか現状ではわかりません。被害者の共通点は神学術者という点しか今のところありません。動機の推測は難しいようですね」


「なら、もう特にやることはないですね、解散ですか」


 リックが言うと、ミルアージャが首を振る。


「こういった場合、ひとつだけ犯人を特定する方法があります」


 ミルアージャがそう言った瞬間、リックは次に言うことが予想できたため、少し面倒な気分になった。むしろそれが嫌で、解散を口にしたのだが。


 カスガは思い当たる節がないのか、尋ねる。


「どうやって?」


 皇女が微笑みながら、解答を口にする。


「犯行現場を、押さえることですわ」


(そうなっちゃうよね……)


「面白そう!やろやろ!」


 ミルアージャが地図を広げながら


「犯行は不規則なようで、少し法則性があります。第2区画を中心点として、各区画への最短での有力な神学術者が対象となっています。次は恐らくここか、ここ。でもこちらの可能性が高いように思えますね」


 そう言って、第5区画の一点を示す。


「それを維持隊に伝えればいいんじゃないですか?」


 リックが当然の事を口にする。


「治安維持隊は優秀ですが、強力な魔術師を相手にするのは危険です。それに相手が治安維持隊内に情報網がある場合、警備の裏を取られるかも。有力な魔術師なら、それなりの立場かもしれませんわ。それに……」


「自分達でやった方が、面白い。でしょ?」


 ミルアージャの発言を引き継ぎ、にやっと笑いながらカスガがいう。


「その通りよ、カスガ」


 ミルアージャもにやっと笑う。


(いいコンビだな、僕にとってどうかはさておいて)


 そう思いながらもリックも2人を見てると少しワクワクしてきたので、いいトリオではあった。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「リッくんあたし、そろそろ、帰りたい~」


 唐突に、リックの頭にカスガの声が響く。全く同意だが自分が同意してしまうと彼女の忍耐力に限界が来ると思ったので、宥め役となることにした。そもそもカスガの方が当初ノリノリだったことはこの際忘れる事にする。


 リックが首に下げた紐にぶら下がった3本の穴がない笛の内、一本を胸元から取り出し、吹く。


 笛は穴がないので当然音は鳴らない。代わりに紫色の不思議な紋様が浮かび上がり、リックの思考をカスガへと飛ばす。


「まぁまぁ、もうしばらくの辛抱だよ」


「こんなに長くなると思わなかったから、寄宿舎の門限とっくに過ぎてるし、外泊許可も申請してなーい」


「皇女に口を聞いてもらえば大丈夫だよ、たぶん」


「こういうの、楽しいけどさぁ、ただ立ってるだけだと流石に飽きちゃうよぉ」


 頭の中で同意しかけるが、やめる。思考を飛ばすので、同意はそのまま伝わるからだ。


 今リックとカスガ、ミルアージャは例の建物の周囲をそれぞれ20mずつ離れて囲むように待機している。元々ミルアージャの『友人』には護衛としての要素も含まれるわけだが、当のミルアージャが提案してきたので、拒否はできない。


 ミルアージャに思考を飛ばす笛のことは伝えていないので、ミルアージャとは意志疎通はできない。だがまさか言い出した本人が飽きて既に帰宅しているということはないだろう、と思いたい。


 待機時間は事前に最長で2時間と決めてある。間もなく時間が来るので、一度集合だ……とリックが考えていた時に、建物に動きがあった。


 灯る明かりに照らされて、一人の人物が浮かび上がる。その様子をリックが眺めていると、男は建物の外にしばらく佇んだ後、裏口へと歩いていく。その時に灯りが男の顔を強く映し出した。


 男は覆面をしている。夜、覆面をしている人物は有無を言わさず、怪しい人物と断定しても良いだろう。リックは静かに駆け出し、男へと向かう。


 覆面男までの距離が10mを切った頃だろうか、リックが明かりの範囲に入ったのだろう、覆面男がこちらを向き、リックを「認知」する。


 リックは相手の認知を即座に感じ取り、自分も認知と解析を始める。覆面男の力量は中々のもので、反論を準備する。


 覆面男もリックの実力を感じ取ったのだろう。がそのまま呪文を唱えて来た。


「シープ」


 覆面男の呪文の声が、静寂に包まれた帝都に響く。シープは睡眠を誘発する呪文だ。相手の戦闘力を奪う力がありつつ、それほど深く解析が必要ないのが強みだ。


 リックは即座に反論し、呪文は効果を発動しない。


 が、覆面男も通用するとは思って無かったのだろう。あくまで牽制として呪文を放ち、リックの反論を待たずに駆け出している。


 リックは駆け出す覆面男を認知しようとしたが、既に闇に紛れはじめている。完全に闇に紛れてしまえば認知を拡大するしかないが、街中であまり認知を広げるのも抵抗がある。


 覆面男とは別の足音がする。増援の可能性が一瞬頭をよぎるが足音はふたつ、間違いなくミルアージャとカスガが覆面男の呪文の声を聞いて駆けつけているのだろう。


 覆面男の逃げる方向から、ミルアージャが飛び出してくる。ミルアージャと男の目が会うが男は立ち止まらず駆ける。リックと合流し男を追おうとしたその時、男が認知を絞り、解析後に呪文を唱えた。


「インパクト」


 リックもミルアージャも反論できない。単純に自分に向けられた認知範囲では無かったからだ。


 事前に男を含めて周囲に認知を広げていれば、反論は可能だっただろうが、相手が自分を認知して来ず、相手が自分の認知範囲にいなければ通常反論は準備しない。


 男の呪文で、轟音と共に進行方向にあった建物が破壊される。建物が破裂し、倒壊が始まる。


 街中で認知を広げるのを躊躇ったのが裏目に出た。その躊躇いが相手に先手を打たせてしまった。


 街中での轟音は、混乱を引き起こす。破壊された建物にいる人の救助も必要だろう。


 だが既に何人かが幾つかの建物から飛び出して来ている。それでも覆面男を追うべきか迷った所で、


「リック、取り合えず追跡はいいです、住民の安全が優先です」


 ミルアージャが声をかけてくる。リックも同意見だ。要は奴の脅しなのだろう。これ以上追うなら街中の人を巻き込むぞ、と。


 単純な魔術の実力なら自分が上だが、その咄嗟の判断や状況を利用した使用方法などから甘く見れない相手だとリックは感じた。


 覆面男が逃げた方向から一番遠くにいたカスガが追い付いてくる。


 街中が騒ぎになる中でカスガが無責任な事を言う。


「なんか楽しくなってきたね!」


 不謹慎だが、リックも少し同意した。勿論、言葉には出さないほどの分別はあったが。


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