才能
有力貴族が多く住む第2区画、イーロン家の2階の父親の書斎で、カルミックはガラスの容器を手に持ち、父の『秘密』を今日も眺める。
30cmほどのガラス容器には、肉片が入っている。
肉片は常に、わずかに動いている。
この肉片の不思議なところは、「認知」はできるが、「解析」が一切できない。つまり、魔術を直接、この肉片に発現できない点だ。
最初カルミックがこれを発見したとき、父は言葉を濁した。でもカルミックには見当がついていた。
これはきっと……
ガチャ。
扉が開き、カルミックの父、キャレイブが入ってくる。
「また、見ておるのか。ここには入るなと言ってあるはずだぞ」
「は、すみません、つい……どうも知的好奇心が刺激されます」
「……仕方ない奴じゃ。まぁ、わからぬでもないが、もうここへは入るな」
「すみません、しかし、お約束しかねます、あまりにもその……不思議なので」
ふー、とキャレイブが溜め息を付き、言う。
「学校はどうだ。もう4年も通っておるのだろう」
「はっ、年々魔術の実力は上がっていると自負しております」
「ウム……お前には、才能がある。ネイトを超えて、イーロン家初の宮廷魔術師になれる器だとワシは思っている」
「ありがとうございます」
そう答えながらも、カルミックは心の中で否定する。
(魔術の才能? そんなものは、無い。人間として生まれた時点で……生物としての限界だ……地上の生物が水の中では、魚のように泳げないように)
イーロン家。
魔術の名門。
そう言われて誇らしく思ったこともあったが、今は違う。
ネイトさえいなければ、という言葉は、裏を返せばネイトがいる限り永遠の二番手と言うことだ。そして少なくともネイトは戦死でもしない限り、カルミックより長生きだろう。
父が息子の事を才能があると言っているように、きっと父も、祖父に言われて来たのだろう。
ネイトに追い付き、追い越せと。
父の期待に答えよう、そう思い、努力もしてきたが、限界を感じていた。
今日もネイトの推薦で入ったという、あの新入生の解析。
試そうと思い仕掛けたが、試されたのは自分の才能の無さだった。
自分はあのレベルに生涯達することは無いだろうと思う。恐らくあの新入生にはエルフの血が流れている。つまり、才能とは、何に生まれるかで決まってしまう。
「父上、我が儘を申し上げてすみませんでした」
「まぁ仕方ない、好奇心もまた、魔術を極める為の必須の才能だからな」
(極めて無いのに、極める為の才能を語る、か……)
カルミックはもう、父の言葉を素直には受け取れない。それは代々二番手を運命付けられた家系の、呪いなのかも知れない。
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「『知ったかぶり』……かしら?」
「知ったかぶり……?」
リックがネイトの屋敷の裏手にある屋内練習場で、いつものように魔術や武術のトレーニングを開始してしばらく経った頃、ネイトが様子を見にやって来た。
休憩を兼ねて、兼ねてから疑問に思っていた、ベルルスコニが認知範囲を拡げても、解析スピードが殆ど変わらない点について、ネイトなら何か知っているのではないか質問したところ、そのように返ってきた。
「そう、知ったかぶり」
「よくわからないな……」
本人に同じ質問をしたところで、「わかんない、できちゃう」としか答えないのでネイトに聞いたのだが、結局よくわからない。
「そもそもよ。私たちが『認知』とか『解析』って呼ぶもの、それ自体なんだと思う?」
指を立て、授業のように質問してくるネイトに、同じく授業のようにリックが返す。
「呪文を唱える為の手順でしょ?」
「それだと模範解答過ぎて面白味がないわ。これはエルフの伝承だけど」
「うん」
「そもそもエルフや竜神族は、この世界の住人じゃない。いわゆる神話にある『海』の生き物よ。つまり、別の世界ね」
「別の世界……」
「その『海』からこの世界に移住したとき、そのままでは存在できない私たちエルフや竜神族の祖先は、今より強力な力を持っていた。その力で、自分達とこの世界を、存在可能にする為に作り替えたと言われているわ」
「神話で言えば、神が休む為の準備……だね」
優秀な生徒の解答に満足したのか、笑顔で頷きながらネイトが先を続ける。
「その結果、私たちは存在する。だからこれは私の考えだけど、『認知』や『解析』は、『海』での世界の見方、捉え方なの。本来のこの世界の見方ではないの。だって、この世界をただ見るなら、目があれば充分よ」
「まぁ、そうだね」
「恐らく私たちの遠い祖先がこの世界に来たとき、『海』での生活様式を持ち込んだのね。この世界では存在の為に肉体が必要なように『海』では存在の為に魔力、そしてそれを使用した認知、解析が必要だった」
「う~ん……」
「でも今、私たちが『海』を見れないように、本来はこの世界を見るのに、『認知』や『解析』は向いてないのかもね。だから私たちエルフの認知、解析は、この世界に来たときより衰えてる…暗闇で本を見続けると、視力が落ちるのと同じね」
「ところで……それが、どう知ったかぶりに繋がるの?」
「せっかちね。まぁ良いわ、きっとコニーは本を行間やページを飛ばして読んでも内容を把握しちゃうの、そしてそれが当たっちゃうのね」
「えぇ……」
「それか『海』の世界の住人のように、この世界を見るほど優れた『視力』を持っているか。人間が目を凝らさないと見えない距離を、鷹があっさり見通すようにね。まぁ結局、本人にしか、わからない感覚なんだろうけど、ね」
「人より視力が高い、ってのはしっくりくるかも。でも結局例え話だから、正解はでないんだろうね」
「ふふ、そういうこと。まぁあなたも眼鏡でもかけてみれば?今よりよく見えるかもよ」
話は一通り済んだと感じたのだろう、ネイトが右手を開きながら上げ、練習場を立ち去る。
(眼鏡……ねぇ)
リックはネイトの話を反芻しながら、トレーニングを続けた。
 




