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夫婦喧嘩で最強モード  作者: 長谷川凸蔵
第1章・帝都編
19/63

提案役と修整役

「あの……劇場(シアター)は……どちらでしょうか」


「劇場? ああ劇場なら……」


 少女の問いかけに、男は狭い路地を指差した。


 ミルアージャ12歳の時。


 城下にある教会への訪問から抜け出し、ミルアージャは街中を歩いていた。


 彼女が劇場を探していたのは、退屈な城内での数少ない楽しみが演劇の観賞だったからだ。


 皇女として生まれ、他に何者にもなれない運命を背負った彼女は、演劇の中の人物に感情移入することで、何者にもなれる気がした。例えそれが慰めであっても。


 周囲の追従に彼女は微笑む。でも心から笑うことなどない。そう彼女は彼女の人生で皇女として演ずることを義務付けられている。


 南劇場とだけかかれた小さな建物の前で、彼女は途方に暮れていた。彼女は演劇を見るのに、お金が必要だとは知らなかったのだ。


「お嬢ちゃん、見たいのかい?」


 演劇を見に来たのだろう中年の男性が話しかけてきた。


「はい、でも、お金が…」


「はっはっは、今日は博打で儲けて懐が暖かいんだ。親父さん、2人分」


「あいよ、もうすぐ始まるよ」


 彼女は運よく劇場へ入ることができた。


 劇場は……彼女の予想外に、とても狭かった。20人ほどの観客だろうか。粗末な椅子にそれぞれ座っている。


 しばらくすると、舞台に、演者と思われる二人の男性が現れる。


 ミルアージャは驚いた。セットも何もない、簡素なステージのまま始まったからだ。


 二人が話を始める。二人の話はサンカーイ地方の独特の訛りが強く、ミルアージャはすぐには意味を把握できない。


 しばらくすると…回りの人間から、笑い声が溢れてきた。


 ミルアージャは驚いた。皇居内でこれほど笑いに溢れることはないからだ。


 2人の話を聞く。ミルアージャはその明晰な頭脳で話の構造を分析する。


 まず向かって左の男性が、現実的ではない、少し突拍子も無いことを言ったり、理不尽な行動をしたりする。すると右の男性が、現実的なことを言ってそれを訂正する。


 訂正された男性は訂正された内容に反論したり、曲解し、さらに非現実的な話や行動をする。するとまた右の男性がムキになって現実的な話に戻そうとする。


 演劇上の配役の説明が一切なかったので、彼女は頭の中で左の男性を「提案役」、右の男性を「修整役」と名付けた。


 話の構造自体は、それの繰り返しだ。提案役が何かを発言したり行動し、修整役が修整する。


 ただそれぞれが一連の流れの中で行われ、独特のリズムのような心地よさがある。最初は気になったサンカーイ訛りも、むしろ心地よくなってきた。


 そして劇場はさらに笑いに包まれ…ミルアージャはいつしか、人生で物心ついてから初めて、心から笑っていた。


 そしてこの素晴らしい話術を自分のものとして、身に付けたいと思った。


 帝国に住むみんなを笑わせて、幸せにする、それが皇女として課せられた義務だと思った。


 劇が終わり、教会へ戻り執事と合流した。執事はミルアージャの行動を嗜めたが、心ここに有らずといった感じで聞いていた。


 翌日。


 朝、自室で外出の準備をしていたミルアージャは、昨日の話術を早速試したいと思った。ただ変わったエピソードの創作は難易度が高いと思ったので、理不尽な行動からやってみようと思った。


 まもなく執事が入室してくる。彼女は考え……


「姫様、失礼致します」


 ノックしてから、執事が入室してきた。


 ミルアージャが目に入る。


 いつもと同じ、美しい顔だ。


 赤いスカートの腰の部分を、首に巻いている。マントのように見えた。


 ミルアージャが手を斜め45度程度に開き


「火山の中から、頭がポーン!」


 と言った。確かにスカートは山の形のように見えた。


 執事は暫く無言を貫いた後


「スカートはそのようにお召しになるものではございません、お着替えを」


 と普通の注意をして、スケジュールを伝えたあと退出した。


「……何がいけなかったのかしら」


 この後、ミルアージャの奇行に、周囲は頭を悩ませる事となる。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「しかし、危なかったわ……」


 ミルアージャは自室で、朝の出来事を思い出していた。


 見とれ税。


 なんと言う発想力だろうか。


 異性に見とれるという多くの人間が体験する普遍的な事。


 納税もまた、庶民にとっては非常に日常的な事だ。


 その普遍的かつ日常的な出来事を融合し、非日常を生み出すとは。


 思わず笑いながら「修整役」になるところだった。何とか我慢したが。


 彼女が目指すのはあくまで「提案役」であり、どれだけ気になっても「修整役」として話をするのは我慢している。


 その後リックが「そんなのないよ!?」と言っていたが、まぁ合格点だろう。欲を言えばサンカーイ訛りで「ンナモン、アリマヘン、デッシャロ」の方がモアベターだろうが。


 その後のエピソードも良い。まるで見とれ税が本当に庶民生活に根付いているかのような錯覚を覚えてしまう。


 修整役として叫び出すのを我慢するのが限界だったので立ち去ったが、背後から「見とれ税……」と聞こえてきた時は、小さく「オマエ、シツコイネン」とサンカーイ訛りで呟いてしまった。


 しかし、この見とれ税、使いたい。言ってみたくなる魔力がある。でも、そのまま模倣するのは……いやしかし……


 コンコン


 執事のノックが聴こえ、我に返る。


「はい」


「失礼します」


 執事がスケジュールなどを伝えてくる。


「では、これで」


「その前に一つ、良いかしら」


「はい、何なりと」


「私の顔は……その……美しいでしょうか?」


「はい、とても美しゅうございます」


「見とれるほどでしょうか?」


「はい、執事という立場上、失礼の無いようにしておりますが、そうでなければ男女問わず、その御尊顔を何時までも眺めたいかと」


「では、私の顔を長時間眺めたい者には特別に課税すれば、見ることを許可するというのはどうでしょうか」


「……お父上が、とても容認しませんでしょう。そのような事をおっしゃるのは、今後、お止めください」


「……………わかりました」


「では、私はこれで」


 普通に注意して、執事が退室した。


 (何がいけなかったのかしら)


 しばらくミルアージャは反省し、カスガの事を思い出し


「マケヘンデ……ですわ」


 静かに呟いた。

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