生還
数日後、ネイト邸前にベルルスコニの声が響き渡る。
「おばーちゃーん! ひさしぶりー!」
「コニー! 待ってたわ!」
二十人程の騎乗した兵士が護衛する、家財を積載した5台の馬車の一つから、ベルルスコニが飛び出してネイトに抱きつく。
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引っ越しは、リックが予想していたよりもずっと早く作業が進んだ。
大学の入学式が終わり、村長への報告の為に一度帰ることをネイトに伝えると、ネイトは1枚の書類をリックに手渡した。
そこにはカラカリ地方に駐屯の部隊に、リック家族の引っ越しを全力で手伝うようにとの命令書と、動員する人数や馬車の数などの具体的な指示、ネイトの署名、それと謎の数字が記載してあった。
数字の理由を聞くと、書類の捏造を防ぐために発行日を法則に合わせて暗号化しているものらしい。具体的な法則は軍事機密のため公開できないとの事だ。
寄宿舎にいるカスガに、一度戻ることを伝えに挨拶しに行った。
「何か、言っておくことがあるんじゃない?」
「あるかなぁ、まぁ思い出したら笛を吹くよ」
「違うわ」
「え?」
「確かにリッくんと私は、何時でも笛で話ができる。でも今はしばらくの別れよ。普段は不要でも、この場面にふさわしい言葉があるし、欲しい言葉があると思うの」
そう言って、カスガがリックの顔をジッ……と、祈るような、期待するような目で見てくる。
リックもカスガをジッと見つめ……
「勉強頑張って! カスガなら大丈夫!」
「もう! それも違う! 死んじゃえ!」
間違ったようだ。
リックはゲートを使用して家に戻り、その足で村長に報告した。
村長はリックの帰還が予想より早いことに驚いたようだが、入学手続き完了の書類を渡すと「ありがとう」と短く言った。
リック一家が帝都に引っ越す事を伝えると、ちょっと嬉しそうにしたあと、咳払いして、寂しくなるな、と言った。
あとは駐屯地に向かい、兵士に書類を渡し、顔色を変える兵士を見た後は流れるように事が運んだ。
ザックはまだ戻ってきてないらしく、後から合流すると伝えてきた。
村に帰還してから六日。リックは再び帝都へと足を踏み入れていた。
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「あ、リッくん生還おめでと~」
ネイトの屋敷の前に、なぜかカスガがいた。
「あれっ、カスガ、学校は?」
「昨日『吹いた』でしょ? 今日は午前中だけだよ」
「……そうだっけ?」
正直、カスガとは毎日『どこでも笛』で話していたので、離れていた気がしない。
あの時の正解を何度か訪ねたのだが、
「それを聞く時点で、死んじゃえ」
と、不機嫌になるので、聞くのはやめた。
「あの、そろそろ……サイン……」
既に屋敷内への荷物の運び込みは完了したというのに、ベルルスコニへの頬擦りが止まらないネイトの前に、任務完了のサインをしてもらう為に、護衛の責任者が佇んでいた。
暫くベルルスコニを堪能したネイトが、急に真面目な顔に戻り
「御苦労様」
と言ってサインする。
「責任者には私から伝えるので、今日は帝都に泊まっていきなさい。これは宿泊兼任務の慰労費です。返還は必要ありません」
と、兵士に豪遊できるだけのお金を渡す。
威厳を保ちたいのだろうが、あの頬擦りを見たら無理だろうと思った。
「さぁ、荷ほどきは明日にして、今日は寛いで。帝都1の料理人に頼んでご馳走を用意してるわ」
「私、おばあちゃんのシナモンパイが食べたい!」
「そう言うと思って、それだけは頑張って自分で用意しておいたわ」
「わーい」
一緒に住むようになって暫くして知ったのだか、ネイトはシナモンパイ以外作れない。
料理はとても豪華だった。今まで食べたことの無いようなものばかり並んでいた。
ネイトは本来食にあまり興味が無いらしい。だが自分でも驚くほど食べた。
「美味しい、やっぱり家族と食べるからかしら……」
「これからは毎日美味しいご飯が食べられるね!」
「やだ、あんまり太っちゃうと、戦場にいけないわ」
そう言って笑った。
しばらく経ったころ
「いやー、ほんと美味しい……授業サボった価値ある~」
とカスガが呟いたのは、聞かなかった事にした。
楽しい一日だった。
明日から学校だ。
(ミルアージャ……一方的な親戚、か……)
「良かったらミルアージャの様子を見てあげて。学校で孤立してないか…向こうは知らないけど、あなたの親戚みたいなもんだし」
皇帝の娘ミルアージャは、ちょっと変わった行動の目立つところがあるらしい。
食事中ネイトからお願いされたのを最後に思い出しながら、リックは眠りについた。




