三柱の実力
負けられない戦いがある……リックは対峙するネイトを前に、決意を新たにする。
ここはネイトの屋敷の裏にある屋内運動場で、簡単なランニングなどを天候に左右されずに行える場所だ。
総レンガ造りではあるが、採光には気を使っているようで中は思ったよりも明るい。
ネイトもリックもラフな運動着に着替え、これから「模擬戦」を行う。
カスガも緊張した面持ちで二人を見守る。
「さあ、始めるわよ」
ネイトの掛け声と共にお互いが「認知」を開始した。
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数刻前、ネイト邸応接室でのこと。
「盛り上がってるところ悪いけど、一緒に住めないし大学にもいかないよ?」
『えっ?』
とても意外だ、という顔で二人が見てくるので、間違ってるの僕なのか? という気持ちに一瞬なるが、意思を強く持つ。
「いやだって、両親に何も言ってないし」
「あの子達も、一緒に住めばいいじゃない。もともとリックをのびのび育てたいって話だったんだから、もう大丈夫だと思うわ」
そうじゃないんだ、ここでの話に帝都の平和がかかってる……そんな謎の責任感の様なものを感じながらリックが説得を続ける。
「……もしさ、沖を船旅しているときに、この船に火をつけちゃおって人が居たら、どうする?」
「止めるわね」
これは行けるか! そう思いさらに説得をする。
「あの二人が帝都に住むなんて、その百倍くらい悪化するよ? 状況が……」
「大丈夫、少々の事は無かったことにできるわ」
「いや、少々じゃないんだって! というかそれって別に解決策じゃないし!」
としつこく同居の危険性を主張してくるリックを見ながら……静かにネイトが立ち上がる。
そしてリックの側まで歩いてきてから……
床にごろんと転がって手足をバタバタさせながら
「やーだ! 一緒にすむの! 寂しいの! 住むの! 広いの!」
めっちゃ駄々こね始めた。
騒ぎを聞き付けて、黒のドレスを身に纏った秘書が入ってくるなり、「あちゃー」と言ってリックに状況を説明する。
「ネイト様にお仕えして4年……私はネイト様が自分のご意見を曲げたのを見たことがありません。最初は素晴らしく理知的なんですが……否定し続けると最後こうなります」
と言って、駄々こねるネイトをビシッと指差した。
「えーっ……」
「ご本人は、高齢から来る赤ちゃん返りだとご主張なさってますが、それを否定しても『赤ちゃん返りなの!』と言ってお譲りになりません」
「はた迷惑な……」
頭を抱えるリックに対し……
「さっさと諦めることを推奨致します」
秘書が中立の立場から降伏を勧告する。
「んーでも、大学で学ぶようなことも無いしなぁ……」
というリックの呟きを聞いた瞬間、ネイトは「ピクッ」と動く。
「へぇ、随分な自信じゃない、学ぶ必要がないなんて」
そう言って腰に手を当てながら立ち上がる。
「いや、自信とかじゃなくて、特に習いたいこともないというか……」
「ふーん、魔術を極めたつもり? いいわ、貴方の実力見てあげる。もし模擬戦で私に勝てるなら、貴方の言い分聞いてあげるわ。負けたら私の言う通りにする。どお?」
そう提案するネイトに
「いや、勝負は別にしないし、大学にも行かないけど……」
とリックが断ると、ネイトは床にごろんと倒れ
「するのー! 勝負するのー! とても公平なーのー!」
と駄々こねてきた。
「お受けになった方が、よろしいかと」
秘書が静かに言った。
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模擬戦のルールは大陸でよくある「寝たら負け」だ。
「寝たら負け」は実力がシンプルに反映されるとして、魔術師同士の実力を比べるのに適してると言われる。
魔術師同士の戦いでは認知、解析の精度が占める割合が非常に高いが、ただ相手を認知、解析すれば良いというものではない。
まずリックがネイトの周辺5m程を認知した。ネイトは認知範囲に入っているのは当然把握している、リックの解析が終わる前に、後ろへ何度かバク転をしながら認知範囲外へ抜けつつ、平行してリックの周辺7m程を認知する。
リックの解析が終わり、睡眠呪文「シープ」を唱えた時、ネイトはギリギリ認知範囲外へと出ている。リックの魔術発動の隙をついてネイトの解析が終わり、「シープ」を唱える。
リックが素早く自分の周辺を認知、解析し「反論」する。反論は成功し、魔術は発動しなかった。
(あのタイミングで反論なんて……言うだけあるわ……)
ネイトが舌を巻く。
魔術師同士の戦いの場合、認知や解析は重要だか、相手の認知範囲も把握できるため、認知範囲外へ物理的に脱出……つまり魔術を「避ける」といった駆け引きが生まれる。
(さすが三柱……凄いな)
リックもネイトの技術に驚く。バク転のような激しい動きをしながら認知、解析するのはかなりの訓練、力量が必要となる。
相手が魔術を避けられないような広い認知範囲にすると、その分解析が遅くなるため、相手が認知範囲を絞って解析してきた場合、解析が追い付かず魔術に対して反論が難しくなる。
簡単に言えば認知を広げ過ぎると魔術によるカウンターを貰う。その場合は魔術を避けるために物理的に認知範囲から出るしかない。
相手の認知範囲、解析能力に合わせて物理的に避ける限界点を駆け引きしなければいけない。
リックは隙のある状態から7mを物理的に避けるのは難しいと判断し、反論を選んだ。
並の術者ならとても反論が間に合うタイミングでは無かったが、リックは認知範囲を極限まで絞り、解析を間に合わせた。
ちなみにベルルスコニはこういった駆け引きは殆どしない。なぜか彼女の解析能力は認知範囲を変えても殆どスピードが変わらない。
お互いの実力を見て、状況は膠着する。
(さて……曾孫相手に『見』も無いわね)
ネイトが先に仕掛ける。リックに対して認知範囲を絞る。それを見てリックは様子見の為に自分の周辺を認知する。
ネイトは……絞った認知範囲を突然7つに分けた。
(馬鹿な、そんなこと可能なのか?)
認知範囲を分けるなんて見たことも、考えたこともなかった。それぞれが約1.5m程の認知範囲となり、リック周辺にランダムに設置される。
その内一つはリックを捉えている。
リックは自分への認知を解き、ネイトへ素早く認知を合わせ極限まで絞り、解析してネイトの魔術に対してカウンターを狙う。
(……!? 解析が予想より早い! まずい!)
ネイトも、リックの解析スピードが、自分の予測をはるかに越えてきたために少し慌てる。このままでは自分の解析が不充分な状態で術を発動する必要がある。
解析を終えたリックが術を発動する。術も一段強力なものを使用した。
「ディープシープ」
ネイトもやや解析が不充分なまま、ほぼ同時に術を発動する。
「チェンジ」
「チェンジ」はネイトの奥義だ。認知範囲を分割し、認知範囲内の物体を入れ替える魔術だ。
つまり、瞬間移動である。
ゲートと違い移動は認知範囲内に限られるが、魔法陣の設置などが必要ないので非常に強力である。
分割した認知範囲を用意しておけば、相手の魔術は勿論、物理的な攻撃を容易く避けることが可能だ。
ただし、今回は解析が不充分な状態だった。つまり、完全な転移は行われず、一部のみが転移する。
パサッという音がする。リックの後方にネイトが表れる。リックが気配を感じて素早く振り向く。
素っ裸のネイトが立っていた。
「どえええええ! 服、服着て!」
リックが慌てて反射的に目を反らす。ネイトは落ち着いて認知、解析した。
「シープ」
「あ」
リックはこてん、と眠った。
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「おっきろー、どっエロー、おっきろー、どっエロー、おっきろー、どっエロー」
カスガの刻む軽快なリズムでリックは目を覚ました。
はっ、と慌てて飛び起きる。
「負け……たのか……」
リックは思い出して、呟く。
「でも……自分のひいおばあちゃんの裸見て、興奮して倒れるなんて……リッくんやばくない?」
汚いものを見る目で、カスガが言う。
「あら、エルフは人間と違って近親婚をタブー視しないわ。もしそうなら、とっても嬉しいわ♪」
ネイトは満更でも無いように言う。ちなみに今も裸だ。
「いや、僕負けてちょっと傷付いてるんだけど……」
「まぁ、鼻っ柱は折れたかしら。これでもまだ学ぶ必要無いなんて言う?」
「……」
「ま、もう少しそこで今の戦いのこと考えてみなさい」
そう言ってネイトは屋敷に戻る。
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「あっぶなかった……もう……限界……」
自室に戻ったネイトはベットに倒れ込んだ。
別に裸で居たかった訳ではない。服を着る余裕が無かったのだ。
実はリックの術は完全には避けられず、2割位かかっていた。ネイトの予想を越えた、異常とも言える解析速度と術の威力だった。
通常ならちょっと眠いかな? 程度のはずだか見極めが甘かった。昏倒してもおかしくないレベルだったが意地で寝ないようにしていたのだ。それもここで限界だった。
そのまま夕方まで裸でネイトは眠った。
やや肌寒い季節のはずだが、曾孫の成長を見れたためが、その顔は満足そうだった。




