大事なこと、些細なこと
作業が落ち着いたのを確認して、カスガは
「さ、じゃあ戻りましょ」
と、リックに声をかける。
「うん、あとちょっとデュラーン卿と話があるから、カスガは馬車に戻ってて」
「えー、のけ者?」
「そうじゃないけど……疲れてるでしょ? たいした話じゃないから座って待ってて」
「んー……わかった。襲っちゃダメよ」
「しないしない」
連続での治療で疲れていたのか、カスガは素直に馬車に戻る。やり取りを聞いていたらしくデュラーンが先に声をかける。
「話とは何だね?」
「カスガが……赤緑病の治癒を開発し、公開したのはご存知ですか?」
「ああ、知っている。開発は勿論のこと、公開するとは素晴らしい。今回の留学も、その功績が認められた為と聞いている」
「ええ……」
新しい病の治癒方法は、独占すれば、莫大な富を産み出す可能性がある。特に赤緑病のような不治の病と言われてるものの場合、治療方法への需要は高い。
だがカスガはそれを公開した。色々な人が治せた方が、助かる人が多くなるという単純明快な理由だ。
「でもカスガに言わせれば、まだ治療方法に改善の余地があるとのことです。現状だと、まる二日間祈り続けないといけないからです。それを短くしたいと言うのが留学の一番の動機です」
「二日間も……大変だな」
「ええ、僕もそう思って言いました。短くできればカスガの負担も減るねって。そしたらカスガに少し呆れられました」
「なぜ? 君の感想は私と同じだ」
「『患者さんの苦しむ時間が減るのが大事なの。私の負担が減ることなんてそれに比べたら些細なことよ』って……」
「……」
「だから、もし、中止してないなら、そして間に合うのなら作戦を中止してください。カスガに止められたから、僕にできるのはもう、お願いするしかない」
こちらにすがるように目を向けてくるリックにデュラーンは答えた。
「正直に告白しよう。君の推理した作戦の内容は、ほぼ正解だ。これを把握してるのはブラース老と、私だけだが。そして証明はできないが、赤の狼煙が中止だというのは、本当だ。安心してくれとはとても言えないから、信じてもらうしかない」
「……だとしたら、なぜあの段階で中止したんですか?」
「情報の修正を迫られたからだ」
「修正?」
「……君を敵に回すべきではない。そう判断した。こう見えて、その辺の判断には自信がある。でないと、三十年以上も戦いを続けられんよ」
「……わかりました」
そう言ってリックは馬車に向かう。
その背に向けてデュラーンが声をかける。
「巻き込んでしまい、本当にすまなかった」
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「正しい判断じゃったと思いますよ」
遠くに見えるリック達の馬車を見ながら、ブラース老がデュラーンに語りかける。
「ウム……しかしあれほどの人物がいるとは……我が軍に……いや三十二年前に居れば……この地域はまだ王国の物だったかも知れんな」
「若い頃戦場で出会ったネイトの奴よりも、解析能力ならもしかしたら上かも知れませんな」
「それほどか」
「まぁ奴も、今はあの頃より腕を上げおるでしょうが…ピークを過ぎて衰えたワシとは違って……」
ネイトは現在帝国の宮廷魔術師を務める『三柱』の一人だ。
エルフ族の魔術師で、エルフは生来魔術への適正が高いが、その中でもトップクラスの実力者だと言われている。エルフは長命の種族の為、その能力を衰えることなく長い期間維持できるのも強みだ。
「弱音を吐くとは、ブラース老らしくない。それにまだまだ我々にはあなたが必要だ」
そう言うデュラーンを見ながら、ブラース老は複雑な心境になる。
実際帝国は、この地をうまく統治している。皇帝自身が清貧を尊ぶ性格のようで、役人の不正などには厳罰をもってあたるため、中央から派遣された人間も誠実な者が多く、住民の評判も悪くない。
確かにカラカリ自由軍は一定の支持を獲得してはいるが、それはカラカリ自由軍によって山賊の襲撃を免れた者の他には王国の旧既得権益層が多く、彼らの多くは当時誠実に領地経営をしてきた者ばかりとは言えない。
王国復興を目指し、理想に燃える若きデュラーンに身を捧げ、ここまで来たが、デュラーンも先程のように老獪な立回りで保身することも多くなってきた。
(デュラーンが理想より、己の身が可愛くなった時は…まぁそれよりワシがくたばるのが先かもな)
カラカリ自由軍にも、若い者がいる。未来ある彼らを過去の因縁で戦わせるのが果たして正しいことなのか…
今までも何度も考え、その度に答えを保留した問…
(理屈じゃなく、感情の問題、か……)
そう言い切るカスガを思い出し、そうできない老いた自分を情けなく思いながら、ブラースは天を仰いだ。
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リックとカスガを乗せた馬車は、カラカリ街道まで戻ってきた。
「ここで待とう」
支道と本道が交わる地点でリックが言う。
「ここで? 宿場町に向かわないの?」
「帝国からの使者がもし先に行ってるとしたら、僕らが来てないことが判れば戻ってくるだろうし、まだここまで辿り着いて無ければ早く合流できる」
「なるほどねぇ、さすがリッくん」
「あと考えたくないけど、もしさっきの狼煙を見て、変に警戒してこの地域に駐留する帝国軍なんかに応援を頼む、なんて事態になってたら、狼煙の方向を調べる為にここを通る可能性もあるし」
「ふむふむ」
「そうなったら、嫌だろう? 折角治療した人達が傷付く可能性があるし」
「あ、それは別にいいわ、私はリッくんのせいで人が死ぬのが嫌なだけだもん。だってあの人たち戦うのも、結果死ぬのも仕事でしょ?リッくんの仕事は人殺す事じゃないじゃない」
「あ、そう……」
何が大事なことで、何が些細なことなのか……まだまだ自分にはわかって無いようだな……迷いなく言ってくるカスガを見ながら、リックは思った。




