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死後の世界

 静寂。


 最初に感じたのは……いや。

 これは感じたとは言えない。ただ虚無だっただけだ。


 何も聞こえないここは、何だろう。


 僕はゆっくりと、重い瞼を開けた。


 だけど、目を開けても景色は変わることは無かった。


 きっとここは真っ暗なのだろう。

 だから、目を開けても何も変わらない。黒いまま。


 ここは何処なのだろう。そして――


 僕は誰なのだろう。


 左腕を上げ自分の手をぎゅっと閉じる。ふわふわとした曖昧な感覚はまるで自分の体ではないみたいだった。

 裾を見ると違和感を覚えた。そのまま視線を移動させ自分の服装を確認する。

 白いワイシャツの上に黒い学ランを羽織っており、ズボンも学校指定の黒い長ズボンだった。


 僕は学生なのだろうか。

 記憶がない。それも僕のことについてだけが。まるで葉っぱが芋虫に所々食べられたみたいに僕自身の記憶だけが抜け落ちている。


「やあ」


 声が聞こえた。僕の声ではない、男の声。


「もしもし、聞こえてるかい?」


 僕はゆっくりと声のする方に顔を向ける。

 誰だろう。もしかして僕を呼んでいるのだろうか?


 顔を向けた先には、一人の白髪の少年が立っていた。

 少年は人当たりの良さそうな明るい顔で、僕と目が合うと、にこりと笑った。


「初めまして、羽々音憂くん」


 目の前の少年はそう言った。


 羽々音……憂……それは僕の名なのだろうか。

 聞き覚えがあるようで、ないような、朧げな感覚。


「そうか、まだ記憶が混乱しているのか。ごめんね、訳が分からないよね」


「僕の名前はクロ。よろしくね」


 クロ。少年はそう名乗った。

 僕は何か言おうと思った。けれど、何を言えばいいのか分からなくなってしまい、言葉に詰まる。


「いいんだよ、無理しなくて。まずはゆっくり、思い出していこう」


 クロは両手を振り笑顔で大丈夫と言った。

 そのクロの優しさに僕は少しだけ落ち着けた。


「ここは、どこ、なの?」


「……ここはあの世。死後の世界だよ」


 クロの言葉に僕は驚かなかった。何故だかそんな気がしてたから。


「じゃあ、僕は死んだの?」


「そうだよ。君は死んでいる。」


 クロは目を伏せ、悲しそうな表情をする。どうして僕が死んだだけなのに、クロがそんな顔をするのだろうか。

 僕は少し考えたけれど、何も分からなかった。


「他になにか聞きたいことはあるかな?」


 クロの言葉に僕は思案する。けれど、何も無かった。


「何となく、思い出ました。ありがとうございます」


「そうか。それは良かったよ」


 クロは微笑む。だけどそれは最初の時と違い、少し無理をしているように見えた。きっと僕のせいなんだろう。


「僕はこの後どうなるの?」


「それは、君がもう少し自分のことを思い出して、それから自分で決めてもおうと思ってる」


 クロの言葉に僕は反応した。分かってるんだ、クロが言いたいことが。でもそれは僕の望みじゃなくて、寧ろ、それが嫌で――。


「僕の名前も友達や家族のことも思い出した」


「そう、じゃあ」


 クロの言葉が続く前に、クロが聞きたかったであろう答えを、僕は答えた。


「――それと、どうして死んだのかも」


「……そう」


 クロは一言そう答えると押し黙った。拒絶されたかの物言いに、続く言葉を失くしたのだろう。


「じゃあ、憂くんは、ボクが言いたいことも、分かってるのかな」


「嫌だ」


 僕は間を開けずに答えた。


 クロは死の世界の者。

 僕が目を開けた先にいた者。

 僕の存在の全てを知る者。


 そして、僕を裁く神。


「世界は、君が思う程生きづらいものじゃない。君はただ、廻りが、悪かっただけだ」


 クロは必死に応える。僕の存在を認めてくれる。

 けれどそれは僕の心に何も届かなくて。


「君を愛する者は、君が必要な者は沢山いる」


 ……やめろ。


「そして、君が心から愛せる者だって――」


「いないッ!」


 怒鳴り声をあげ、クロの言葉を遮った。

 クロは突然の事に口が開いたままになるが、やがてゆっくりと閉じ、顔を俯ける。


「何もない。そんな人誰もいない。もういいんです。僕はもう大丈夫ですから……」


 声が震える。何故だか視界が歪みぐしゃぐしゃになる。


 そうか、僕は泣いているのか……。


「……僕は君に、希望を掴んで欲しいんだ」


 それがクロの願いなのだろう。

 けれど、そんなもの僕は要らない。


「僕はこのまま消えたい」


「あの世界とはまた違う、新しい世界で、希望を見つけてくれないか?」


「希望……」


 欲しくても、手に入れられなかった。

 手を伸ばしても、それは遠のいていく。

 微笑みかけてくれた、あの子との思い出。


「でも、もういないんだ。みんな居なくなったんだ……」


 もうあんな辛いのは嫌だ。

 思い出すのも嫌だ。早く消えたい。


「クロは神様なんでしょ? 神様なら僕のお願いを聞いてよッ! 僕は消えたいんだ!」


「……それが本当の願いなのかい?」


 クロの言葉に僕は胸にチクりと痛みを感じる。


「……そうだよ。クロには申し訳ないけど、それが僕の願いだ」


「それじゃあ、あの子との約束は無かったことにするんだね?」


ドクンと。心臓が張り裂けるような感覚に陥る。



――ねえ、憂。貴方は、貴方だけは……。私の分まで、幸せになってね? 私との、最後の約束……。



 僕が死ぬ前の、彼女の最期の言葉。

 彼女が、僕に託した最後の願い。


「守ら、なくちゃ……」


「良かった。思い出してくれたんだね」


 そうだ、どうして今まで忘れたままだったんだ。

 誓ったはずなのに。彼女の分まで、生きて、幸せを掴むのだと。


「……クロ。さっきの言葉、取り消してもいい?」


 僕の言葉に、クロは笑顔を取り戻し、嬉しそうにうんうんと何度も頷く。


「ああ、勿論! それじゃあ、もう一度聞くよ」


 コホンと、クロは目を瞑り軽く咳払いをした。


そしてもう一度、先程の質問を繰り返す。


「新しい世界で、希望を掴まないかい?」


 僕は答える。


 誓ったから。


 彼女の分まで幸せに生き抜くと。


「たとえどんな世界でも、掴み取ってみせる!」


 果たせなかった約束を、果たしに行く。


――希望を見つけに、新しい世界へ!


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