わんこ
旅の途中のより道として本来のルートからは逸れる村へ向かっている。
途中で休憩や昼食を取りながら、険しい山道を既に十時間弱ぐらい歩いている気がする。移動で半日とは日帰り旅行のような感覚に聞こえたのだが、そんな雰囲気ではない。
ようやく木組みの家が見えてきたかと思うと、小さく激しい吐息が地面を這い寄って来るのが聞こえた。
家の角から二匹の犬が飛び出して来た。小さな四本足を真っ直ぐ立てて、こっちをじっと見つめている。
大型犬の子犬といった所か。小型犬ぐらいの大きさがあるが、ずんぐりむっくりな体型や太い足から完成形ではないのは何となく解る。
「あらかわいい」
「わあああああああ」
ミレディとラモンが姿勢を低くしながら小走りで駆けていく。
二匹の犬は鼻を低くしてラモンの足の間に飛び乗った。餌を望んでいるのか、ラモンの手に必死で鼻を押し付けて何かを探している。
家主が家の戸から顔だけだして、微笑ましそうに見ている。
「魔物の赤ちゃんってどこなんだろうね?」
俺が聞くと、ビダルは首を傾げた。
俺達は地面に座り込むミレディとラモンを追い越して、村の奥へ進んでいく。
「何を言ってる。魔物の子ならここにおるでしょうに」
村人が大きな声で俺達を呼び止める。
突然、村人の家の中で家具が揺れた。他の村人の家も戸が開く。
出てきた十数匹の子犬が村の中心に集まってきて、ラモンを取り囲んだ。次々と飛び上がり、ラモンが毛に覆われていく。
「わぁあああああ!」
危険を感じる勢いだったが、ラモンは噛まれてはいないらしい。
俺の足のあたりに白い子犬が一匹が走っている。
抱き上げると、子犬は体を丸めボールのようになった。必死で足を動かしている様が愛らしい。
「お前さんらは御屋形様にお参りに来たんか?」
「オヤカタさま?」
「この犬達の親にあたる方達でさぁね。もう少し行った所の岩場にいるよ」
ここまで来たのだからと歩いていくと、それらしい岩場が見えて来る。上に行く程緑が減って行き、植物は大きな岩の隙間に見える枯草だけになって行った。
入口に岩を削って文字が書かれている。どうやら場所はここのようだ。
俺達は恐る恐る洞窟のゆるやかな曲線の道を進んでいった。やがて、道が開けて大きな空間に出る。
何かに気付いたミレディが悲鳴を上げそうになって、自分の口を押えた。
振り向くと、真横に驚く程巨大な狼がいた。眠って動かないそれが像の様に見えたが、呼吸に合わせて静かに上下する体を見れば、それが生き物なのだと解る。
「良い時に来たの。ちょうど目が覚めた所だった。」
狼が片目を開く。スピーカーのような音の大きさで老人の声が響いた。
腕に頭をこすりつけ、毛を撫でつけると、狼は頭を上げた。
「ワシがルアンの里の長、ルキウス」
「え、あ、はい」
俺は学校で教師を相手にしているかのように返事をした。
狼の背後の壁には金具が撃ち込まれ、巨大な剣が置かれているのに俺は気付いた。あれは何かの装飾だろうか。
誰かが実際に振る姿を想像できない。
ビダルが感嘆の声を漏らす。
「何と大きな……村の犬達は全てあなたの子供か」
「昔から村人がワシの血が入った犬を欲しがったからの。人とも子を為した事があるぞ」
犬にも魔物との混血を求めるのか。完全に人と離れた姿をしているが、人とも混血をしてるという。
大きさもこの間であった蜘蛛よりもなおでかい。俺が寝転がって、ようやく前足の長さと言った所だ。
俺はふと疑問に思った。
「失礼かもしれないのですが、ルキウスさんはどうやって人間の言葉をしゃべってらっしゃるのですか?」
ルキウスは俺の方をじっとみた。魔族にとっても東洋人は珍しいのだろうか。
ルキウスは口を左右に広げ、子供をあやすように笑う。
「100歳を越えて、体がこの大きさになってからかのう。どのようにと言われると、自分では解らぬな」
俺は王子の事を思い出していた。
ルキウスが喋る方法が解れば、王子が喋る方法に繋がるのではないか、そんな風に思えた。
だが、俺の知らない力や魔法が沢山ある世界だ。一言で説明は出来ないらしい。
ルキウスは腕を組んで、その上に頭を載せて、俺達が来た時と同じ態勢で眠りに堕ちようとしている。
「また寝ちゃうの?」
ミレディが言った。
「お嬢ちゃん。ワシの寿命まで後大体500年。
しかし、魂を持つ者が人のようにものを考え生きられる年数はせいぜい200年。狼としてであれば40年といった所じゃ。
多くの物を見過ぎれば、どれだけ強靭な信念を持っていても、やがて一つ一つのものに価値を見出せなくなる。
魂の形を保ったまま生きようとすれば、多くの時間は眠って過ごすしかないのじゃ。
良ければ、村でワシの子供を買って連れて行け。可愛らしいぞ」
ルキウスはミレディの頭を小さく舌を出して舐めた。ミレディの顔が顔を洗ったようにびしょ濡れになる。
俺達はルキウスが眠るのを見届けて、村に帰った。
ルキウスは最後は市場でものを売るように自分の子供を勧めていたが、なるほど。長く生きていれば、少しずつでも人間と物の見方が変わっていくのかもしれない。
「一匹いくらだい?」
ビダルが何か言う前にラモンが村の物に尋ねた。ラモンは話しながら、既に白い犬を一匹抱きかかえている。
村人が金額を提示してくる
「じゃあ2」
「一匹にしなさい」
ラモンが数字を言いかけた所で、ビダルが肩を叩いた。
ビダルは意外とラモンに甘い。最近気づいた。
ビダルが渋い顔で村人にお金の交渉をしている。
「そんなにするのか!」
ビダルは悲鳴のような声を噛み締める様に何度も漏らした。