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人を食う蜘蛛

 翌朝、俺達は逃げる様にして街を出た。

 門を通る時、門番に何か言われるんじゃないかと不安になったが、何事も無く街の外に出る事が出来た。石を敷き詰められた平らな道を抜け、砂利の多い土の道をしばらく進む。

 ふと道の横に広がる森の中で影が動いた。

 大きさが人間のサイズではない。熊だろうか。

 目を凝らして木の間や枝の間を見るが、何もいない。

 俺が立ち止まったのに気付いて、ミレディも立ち止まり、森の方を見る。しかし、特に何も見つけられないようだ。

 気のせいかと思い、俺は再び歩き始めると、今度は頭上に伸びた枝が擦れ合うような音がする。

 次の瞬間、上から鮮やかな黄色や黒の塊が馬車の前に降って来た。

 

「危ない!」


 ビダルが馬を引きずり抑え、もう片方の手でラモンをかばった。

 黄色と黒の塊が何本ものパイプのように太い足を四方八方に伸ばしていく。

 そして最後に足の中心に女の上半身が現れた。

 相手の動きが止まって、ようやく俺はそれが蜘蛛に女の体が付いている生き物だと理解した。


「なんだこれ!」


 ラモンは恐ろしい速さで逃げだした。後にビダルとミレディが続く。

 俺も気付けば、自分の手に持っている槍の事も忘れて、全速力で街の方向へ走っていた。

 後ろで砂埃が立ったのを感じて振り向くと、蜘蛛女は姿を消している。

 蜘蛛女は飛び上がって、先頭を走っているラモンの前に降り立っていた。両手を広げて立ちふさがっている。その両手にはそれぞれ農具らしき鎌が握られている。

 ミレディが俺の後ろに隠れながら槍を相手の方向に向ける様に押して来る。

 俺はようやく槍を構えて、相手に向けた。

 しかし、相手に向かって突いた瞬間に猛スピードで反撃を食らうんじゃないか。そんな想像が頭によぎって、動けない。

 

「うおおおおおお!」


 獣のように吠えながら、ビダルが前に向かって突っ込んでいく。手に持ったたいまつにいつの間にか火をつけて、相手に向けて振っている。ビダルは目をつむり、相手を見ない様にしながら必死に腕を動かしている。

 相手はおびえ、手で火を振り払いながら、後退した。

 ミレディとラモンはその隙に後ろの方へに走り始めた。

 ビダルを置いていく訳にはいかない。俺は槍を相手に向けて、思い切り突進する。

 蜘蛛女は猫のような声を上げて怒りながら、足の一本で槍をはじいた。


「逃げますよ!」


 ビダルの手を引いて場所の方へ走る。

 蜘蛛女はビダルの手の火を怖がっていたが、俺達が後退し始めた次の瞬間には蜘蛛女は飛び上がり、今度は俺達と馬車の間に立ちふさがった。

 言うまでも無く、さっきからずっとやばい状況なのだが、俺は初めて明確に死を意識した。

 動きの速さも質量もこちらの比ではない。

 決死の覚悟で槍を棒のように振り、相手に叩きつける。


「ふふふ。あんな役立たずの意向がなんだというのだ!」


 蜘蛛女は足で胴体をかばいながら言った。誰の何の事を言っているのだろうか。

 俺が必死に武器を相手に叩きつけていると、突然蜘蛛女の後ろから怒声が響いた。


「うおおおおおお!」


 ガラスが割れるような音と液体が飛び散るような音が二、三回続いた。

 蜘蛛女が小さな悲鳴を上げると、八本の足で素早く方向転換した。

 ビダルがみるみる青ざめていく。


「お前ら! まさか!」


「父さん! 松明をこいつに投げて!」


 蜘蛛女の向こうからラモンの声が聞こえた。

 ビダルは歯を食いしばりながら、松明を女に投げた。酒を全身に浴びた女の体はあっという間に火に包まれる。


「いやあああああああああああ!」


 女が火の熱さににもだえ苦しみだした。


「フゥウウウウ!」


 ミレディが興奮して歓声を上げる声も聞こえて来る。

 女が苦しみながらでたらめに走り回り始めた。俺とビダルは恐怖におののいて、後ろに向けて走りだす。

 女は道連れとばかりにこちらに向かって来た。

 わずかな時間走っただけのはずだが、何分にも感じたし、いつの間にかかなりの距離を逃げている。

 ついには体のほとんどが灰になって、女は前のめりに倒れた。


「姉さん、殺し損ねたわ。ごめんなさい」


 俺が恐る恐る近付くと、虫の息になった女がうわごとのように呟いて、息絶えた。

 その顔はよく見ると、昨日酒場で俺を襲った魔女によく似ていた。 

 

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